後悔の味
古より、人類と魔族との間では幾度となく戦争が
繰り広げられてきた。
そして、その度に人類は劣勢を強いられ、
滅亡の危機を迎えた。
それでも最後には人類側が勝利を治められたには、
理由があった。
人類が危機に陥ったとき、勇者と名乗る者が召喚され、
神より授かりし神器を手に魔族を打ち取り、人類軍を勝利に導くのだ。
しかし、たとえ勇者であっても、神器を持たなければ一般兵と何も変わらない。
どんな強大な力をもしのぐ神器を持つことで、初めて勇者は勇者たらしめるのだ。
『神器を持たない勇者』
ゆえに、その称号は勇者の存在理由を真っ向から否定するに等しかった。
最初は俺の召喚の儀だけが偶然失敗してしまってだけだと思っていた。
だが、何度も試しても結果は変わらず、魔方陣から集められた光の集合体が女神像の顔の前で無残に砕け散るだけだった。
「なんだ、何も現れないじゃないか...」
周りから聞こえてくるささやき声と冷たい視線が背中に重くのしかかる。
クリスの方を見ても罰が悪そうに顔をそれされるだけだった。
おかしいだろ...なんなんだよこれ。
哀願と狼狽が混じった表情で女神像をにらむ。
お...おい、女神様...どうしてだ。
...どうして俺には何もくれないんだっ!!
どんなに願っても、女神の形をした石像は無機質に俺を見下してくるだけだった。
「なんでだよ...なんで、何も答えてくれないんだよっ!!」
そう叫ぶと俺は、いつの間にか、外へ向かって走り出していた。
ーー·ーー
あれから何時間がたっただろう。
もう何もしたくない。
何も思い出したくない。
そんな暗い感情が心のなかでずっと渦巻いている。
「なんで俺だけ...」
あの場にいたクラスメイト達の冷たく嘲笑う顔が鮮明に思い出されてくる。
まるで元いた世界でのおれ自身を映しているようだった。
自分より劣る者、俺以外のすべての人間に向け続けてきた、あの冷徹なまでの眼差し。
そう考えると、ただ、今まで俺自身がやってきた行いの罰が、今返ってきただけなのかもしれないとも思えてくる。
「くそっ!」
俺は何も考えたくなくなって、自室のベットの上に敷かれている毛布を頭から被って、その中でうずくまった。
その時、誰かが俺の部屋の扉を叩いた。
「悠くん...いるんでしょ?」
小花代か...
「私と少し話さない?」
「.........」
「...入ってもいい?」
「.........」
「もうっ!勝手に入るからね!」
ガチャッと扉が開く音がする。
その後、ドタドタという足音とともに小花代が寝室に入ってきた。
「......悠くん。」
さっきまでの勢いはどこにいったのか、ベッドでうずくまる俺を見て辛そうに言う。
毛布の隙間から小花代の顔を覗く。
なんで、小花代がそんな悲しそうな顔するんだよ。
泣きたいのは俺の方なのに。
「ごめん、この後会うって約束すっぽかした。約束は後でちゃんと埋め合わせるから、今は一人にさせてくれ。」
この世界に来てから全部うまくいかない。
何もかも思い通りに進まない。
「あのさ悠く...」
「ごめん、今は誰とも話したくないんだ。」
誰かと会うと嘲られた気分になるから。
自分が虚しく思えてくるから。
「私の話を...」
ほら、結局今だって、小花代ですら俺の意を組んで思い通りに動いてはくれないんだ。
「一人にさせてくれって言ってんだろっ!お前も俺の邪魔をするのかっ!」
覆い被さっていた毛布の綿が辺りに散らばった。
「っ.....!」
小花代の体が震え、うろたえて俺から半歩距離をとる。
その表情は憂慮に満ちていた。
「...ごめん、恐がらせるつもりじゃなかったんだ。」
自分の過ちに気づいた時にはもう遅かった。
「ううん、いいよ。私...邪魔だったよね。もう、いなくなるから...本当にごめんなさい。」
「っ、待って!」
その言葉が届くことはなかった。
部屋には床に落ちた小花代の涙の痕と後悔だけが残った。
綾崎が入ってきたのはそれから数分後だった。
彼女は、床に無気力に座る俺の胸ぐらをつかみ、有無も言わさず、俺の頬を思いっきりひっぱたいた。
「って!!」
呆気にとられている俺を見て彼女は言った。
「優しく慰めてもらえるとでも思ったか木偶の坊。残念だったな、あたしは桜羽に代わって、てめえをぶん殴りに来ただけだ。」
倒れた俺を見下す綾崎に一瞬でそれまでの後悔が怒りへと変わった。
「女性の味方はどんな時でも女性のためにってか?小花代に助けでも求められたのか?ハハッ!そりゃいいご身分だ。好き勝手に気の済むまで嫌いな男子をぶん殴れるんだ。さぞストレスはたまらないんだろうな。......ほらもう充分殴れたろ。早くどっか行っちまえ。」
その瞬間、綾崎の表情が一気に険しくなる。
「おい、八つ当たりもいい加減にしろよ?あたしをバカにするのは構わないが、それ以上桜羽を貶しすなら容赦しない。」
グッと首がしまる。
八つ当たりだってことは俺が一番わかってるさ。
綾崎なんかに言われなくても俺が一番わかってる。
だからこそ...
そこまで思って表情が歪む。
「...でもそれじゃあ、俺はどう悲しんだら良いんだ...」
周りの人間を見下してきた俺は......
誰にもすがることが出来なくなった俺は......
「この感情を一体どこにぶつければいんだよ...」
綾崎の手から力が抜け、俺はそのまま床にしりもちをつく。
「んなもん、あたしが知るか。自分のことくらい自分で解決しろ。いつまで、お前は悲劇のヒロイン面しているつもりだよ。辛い思いをしているのは自分だけだとでも思ってんのか。もし、本気でそう思ってんならそれは大間違いだから、もう一回小学生から他人との付き合いかたを学び直せ。」
それは言葉は、予想以上に心に突き刺さった。
「いいか?あたしも桜羽も、お前が最近つるんでる委員長も、隼人だって...全員が同じくらい悩んで苦しんでる。それを踏まえた上でもう一回言ってやる。いつまで、お前は悲劇のヒロイン面してるつもりだ。」
「...っ!」
自分と神楽代の違いに後悔し、小花代の想いに気づけなかったことに後悔し、そして、ここで三度目の後悔をする。
俺がこれまでの人生の中で、どれだけ大切なことを欠如させて育ってきたのかを。
数分前までの小花代の浮かべていた表情が脳裏に過る。
もう小花代のことをないがしろにしないと言いながら、自分の手で小花代を傷つけた。
もう二度と小花代に悲しい顔はさせないと誓いながら、二日も約束を果たせなかった。
その事すらも綾崎に言われてようやく気づかせてもらった。
何やってんだ俺...
自分が虚しく思えるから他人と会うのが怖い?
お前はホントに虚しい奴だろうが。
俺は綾崎に叩かれた場所をもう一度自分で殴った。
「ありがとう綾崎。おかげで目が覚めた。」
力強く立ち上がる。
「もう大丈夫か?」
「大丈夫。もう悩まない。」
それを聞いて綾崎は笑った。
「桜羽はあたしの部屋にいる。急いで行けよ。」
「分かった。」
綾崎の横を通り抜け、玄関で立ち止まる。
「ごめん、綾崎。お前にも酷いこと言った。それでも、俺を救おうとしてくれたこと、本当にありがとう。」
返事の言葉は聞こえなかったが、「どういたしまして」と綾崎が呟いた気がした。
「行ってくるよ。」
そう言って、俺は部屋を出た。




