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竜皇と魔女  作者: Lirica
3/24

≪3≫ 命の料理と城の宝

昼も過ぎるとアシュガは空腹になる。

風儀師が昼食と夕食に付きっきりのせいで、朝しかまともに食事が取れなかった。それだって決まった分量しかでてこない。

アシュガは追加の注文の仕方なぞ知る余地もなかった。

どうしても我慢ができなかった時、アシュガは湖の厨房の裏口でモゾモゾとした。

美味しそうな良い香りにつられたのだ。

思いきって何か食べ物を(めぐ)んで(もら)おうかと考えて、でも勇気が出ずに、裏口で(ただず)んでいると、厨房の人からそっと袋を渡された。

毎日のように叱られているアシュガが可哀想に思ったのだろう。

何も話すことはしないで、知らないふりをしてくれているようだ。

アシュガは袋の中をみた。

美味しそうなパンが入っていた。

「あ、ありがとうございます」

アシュガはお礼を言って湖近くの木の(しげ)みで隠れて食べた。

それからアシュガは空腹で耐えられなくなると厨房の裏口に行き、すまなそうな顔をして立つようになった。

準備されてたかのように、中からパンの入った袋を貰えるようになった。

そうしてアシュガは礼を言って湖の木陰で隠れてパンを食べるようになっていた。

中のパンはまだ温かくて、良い香りがする。パンの中にはハムやソーセージやチーズなどがいつも日替わりで入っていて飽きることがない。

王城の食事は間違いなく食材豊かで味もよく綺麗で華やかなものだったが、アシュガは姉が作ってくれる料理が恋しくて仕方がなかった。


姉は山や川のどこでも食材を調達できた。

恐ろしく詳しいのだ。

山菜に加え獲物を自ら仕留めて、姉秘伝の薬湯スープで味をつける。

見た目はグロテスクにちかいかもしれない。

しかしアシュガが姉の料理で食べられなかったのはギウロコトカゲの燻製串焼きくらいだ。

姉はギウロコトカゲを発見した時は狂喜乱舞して、何日もかけて調理をした。

ある夕食に、姉はアシュガの目の前に串刺しにされ干からび焼かれたトカゲを差しだした。

「やっとできたよ!アシュから食べていいよ」

と目を輝かせて言ってくれたのだが、

嗅いだことのない異臭と焼けた目玉の形相に食べたら呪われる気がして

「いやー」

と叫んで拒絶した。

姉はいたく不思議がり、力が増す、こんなに血に保護を受ける食材はないとギウロコトカゲの効果を説明したが、アシュガは泣いて拒絶した。

姉は勿体ないと言って目の前でトカゲを食してみせた。

目を(うる)ませ顔が赤くなり、(えつ)に入ってトカゲを食べる姉に魔女の姿をみた。

本物の魔女の料理だ。

でも食べられなかったのはこのくらいで、いつも姉はアシュガを気にかけてくれる。

「今日は彩りが少ないから」

と言って出されたド紫の薬膳スープに、姉の料理に慣れているアシュガでさえ引いてしまう一品も(初めてみた人なら卒倒してしまうかも知れないが)

一度食べるとクセになる料理だった。

少しぐらいの体調不良であれば、姉の料理で翌日にはすっかり元気になっている。

そんな事が何回もあった。

力のつく命の料理だった。


アシュガは目の前の綺麗なパンをみて、今度はこれがアシュガの命かと思う。

命のパンだ。

ありがたいと思って食べようとした矢先

「物乞いにまで成り下がるなんて」

侮蔑(ぶべつ)と飽きれが混ざった声がする。

顔を見ずとも声の主がわかった。

「ああ、僕は本当に恥ずかしい、サンタローザ様のお膝元(ひざもと)で物乞いを発見するなんて!」

大袈裟(おおげさ)に、ああと手を顔にかざしてディシュルは天を(あお)いでいた。

アシュガは何故この場所がディシュルに見つかってしまったのか見当もつかなかったが、穴を掘ってでも、もっと深く隠れるべきだったと後悔する。

「君にパンを与えた厨房の者たちを解雇しなければいけないな」

ディシュルは眼を細くして言った。

「なんでそんなことを!!」

アシュガはカッとなる

「君が厨房の裏口ですまなそうな顔をして立っているのをみた。まさか(あわれ)れみを受けていたなんて!物乞いではないか!」

ディシュルはアシュガの前に(かが)み込んで顔を近づけた。

ギラギラと輝く青い瞳が獲物を写し出している。

「君は王城の品位を貶めた」

と言ってアシュガの手にあったパンを奪い後ろへ高く放りなげた。

パンは円を描くように空を舞い大地へ落ちる。

すぐさま鳥が寄ってきて、アシュガの命のパンを美味しそうに食べている。

ディシュルはお構い無しにアシュガをずっと見ていて、いきなり肩を掴むと地べたへ叩き込んだ。

倒れたアシュガのお尻を踏みつけ

「二度と物乞いの真似はするな!今度見つけたら只じゃおかない!」

と言ってパンの袋も回収していった。

アシュガは悔しくて悲しくて、そしてひもじくてそのまま泣いた。


ディシュルの部屋はアシュガの部屋と回廊を挟んで向かえ側に陣取っていた。

アシュガの部屋とは違い、護衛が扉の前に立ち、いつも従者が入れ替わりに出入りを繰り返していた。

アシュガはディシュルが向かえの部屋だと知った時から不安になった。回廊を挟んでいて少し距離があるとはいえ、ディシュルにいつも監視されているようで部屋にいても落ち着かない。

いつかこの扉を破り、アシュガのお尻を蹴りに来るのではないかと恐れた。

アシュガには隠れる場所が必要だった。


ある日の午後、アシュガは空腹を我慢し、隠れ場所を探す旅に出た。

いつもいる東側ではなく、今日は西側に行ってみようか。

そう思い、西の建物へ足を踏み入れた。

西側の回廊の中庭にちょっとした池があり、回りを草花のトンネルが沿うように美しく覆っていた。

「おおっ」

アシュガは嬉しくなった。

西側の方が人が少ないように感じる。

辺りはとても静かだ。

しかもこのトンネルは隠れるのにピッタリではないか!

アシュガは知っていた。

貴人や従者はこんなトンネルに入りはしないとを!

アシュガは中腰になり、トンネルに入った。

草花の良い香りがする。

少し歩いて中まで行き、寝転んでみた。

太陽の光が優しく葉を縫うようにアシュガの目に入ってくる。

幸せな気持ちになった。

ここを隠れ家にして毎日来ようと思った。

自分の安全なテリトリーを見つけたようで嬉しかった。

しかしこのトンネルは長い。

一番先はどうなっているのか探検してみることにする。

四つん這いになって歩くのは非日常的だ。

美しい良い香りのトンネルが好きになった。

嫌な気持ちも(しば)し忘れて、アシュガは自然に笑顔になっていた。

ずんずん行くと、やっと先が見えてきた。

太陽に向かって進んで行くかのように、光が目の前で強くなる。

「わあ」

アシュガは思わず歓喜の声をあげた。

穏やかな木漏れ日にアシュガはずっとここにいたいと思うようになった。

嫌な事を忘れ女神に賛美を贈るのだ。

このトンネルの先の光がアシュガにそう教えてくれているようだ。

トンネルの先からアシュガは高揚していた顔をポンと出した。

目の前には人から隠れるように男女が向かい合わせになっていた。

綺麗なレースのドレスに身を包み、髪を上品に結った娘はたぶん同じ年代の未成人かと思われたが、勢いつけたかと思うと男にキスをした。

男が驚いてその青い瞳を大きくしたのは分かったが、直後アシュガは恐ろしくて震えてしまう。

刹那(せつな)にアシュガと目があったディシュルは口づけたままアシュガをものすごい形相(ぎょうそう)(にら)みつける。

「ちが、ちが」

言葉にならないほどアシュガは恐れおののいた。

気が動転してしまい負け犬のように四つん這いでトンネルに戻ろうとしたそのとき。

「やはり下賎は痴話(ちわ)いなネタに寄ってくるんだな!」

とディシュルに後ろから髪を引っ張られて

「付き(まと)われるのは迷惑だ」

と近くにあった池にお尻を蹴られた反動で投げ込まれた。

高い水しぶきをあげてアシュガはそのまま池に沈んだ。

連れの娘の笑い声がした。

ふんっとディシュルは池に背を向け去って行く。

「ディシュルさまー」

綺麗なドレスに身を包んだ娘も後を追った。


池に沈みながらアシュガは己の不幸を想う。ユオンに村を焼かれてから、もう自分には幸せな時間など来ないように感じた。

姉を取り戻したい。やはり隙をみていつかこの城を出よう。

きっとひもじくて辛いだろうが、ここより希望はある。

そして池から出ようと水の中から手を伸ばした瞬間、ロザが強く光ったような気がした。

あのバルコニーにあった玉座の天蓋(てんがい)を開いた時のように血が沸き立った。

薔薇の影を見た。

「ふう」

と池から顔を上げ、アシュガはもう一度(もぐ)ってみることにした。

(もぐ)って目閉じ、ロザが光りを感じる場所はどこかと顔を周囲に近付けてみる。

一瞬頭に光が刺さる強い感じを受けた!

「ふう」

と息継ぎをし、またその場所に顔を近付けてみると

「あった!」アシュガはマンホールが立て置かれているような物を発見する。

中央には立体的に丸くなった真鍮(しんちゅう)らしき物体が埋まっていて、表面には薔薇の型が掘られていて美しかった。

「ふう」

ともう一度息継ぎをして、その半球体に手を当てる、取り出せると思い、額のロザをその薔薇模様に当ててみた。

血がゾクゾクと騒ぎ出した。

光ったかと思うとゴロッとした感触がした。手のひらに球体が落ちてきた。

「やった!」

アシュガは池に(もぐ)ったまま、ポケットにその球体を入れた。

両手を使って地面に上がりたいからだ。

「ふう」

と池から顔を上げると、そこにはまたディシュルがいた。

「え、や、な、なんで?」

アシュガは独り言のように言うと、地の上に立つ、優美な麗人をみる。

ディシュルは驚き青い瞳を丸くして、アシュガを見下していた。

「気でも触れたか?池に突飛ばされたら、君はそこで泳ぐのか?」

何か得体の知れない物を見るかのような眼差し。

「この山猿!ここで平穏に暮らしたければ最低限、人らしくふるまえ!!」

頭を捕まれた気がするがアシュガの視界は既に狭くなっていた。

「王城の池は泳ぐ場所ではない!!」

ディシュルは激しく()くし立ててアシュガを這い上がらせた。

そしてお尻をグリグリ踏まれ続け、そのまま従者を呼び、アシュガを強制的に部屋へ向かわせた。

アシュガは惨めな気持ちでいたが、ポケットの球体は見つからずにすんだ。

それだけは嬉しい事だった。


その夜、ベッドの下に隠しておいた薔薇の球体を取り出した。

金色の真鍮(しんちゅう)で薔薇の彫刻が美しい。

もう一度、ロザを薔薇に当てる。

「あ」

球体が半分に開き、中から光の映像が浮かぶ。空からお城を眺めたかのようだ。白薔薇が至るところに浮かんでいた。

「これは」

白薔薇の浮かんでいる場所に何かがあるのかも知れない。

「宝の地図だ!」

アシュガはこの城にきてから、一番笑った。


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