神で仙人の爺さんを助けるとか勘弁してくれ
「あんたの弟子を捕まえる?」
目の前の爺さんはさっき自分が神で仙人だと名乗ったはずだ。
俺は人間の中でもあんまり出来がいい方じゃないと思うんだが、まさか俺に神だか仙人の弟子を捕まえろというんだろうか
「そうじゃ、実はワシの弟子がこの地上に降りてとんでもない悪さをしとってのう。
このままにしておくと日本が消滅するかも知れん」
日本が消滅する!?荒唐無稽な話に聞こえるが、
今目の前で伊勢神宮が燃えてその燃え盛る炎を爺さんが一瞬で消したことを考えれば全く無茶な話でもない気がしてくる。
「一体、何がどうなって日本消滅なんて話になるんだ?
そもそもあんたの弟子って誰だよ?」
「わしの弟子は、神となってからは闘戦勝仏という名を貰っておるが
元々の名前は孫悟空という」
孫悟空!?野菜の星…の戦闘民族じゃないよな。
この場合は元ネタ、西遊記の方だろう
しかも神というか仏になっているってことは三蔵法師とともに
インドに行って帰ってきた後ってことか?
「その悟空ってのはどこでどんな悪さをしようとしてるんだ?」
西遊記の悟空といえばあの世で天帝に逆らって暴れまわり、お釈迦様に五行山に封印されたんだったか。三蔵法師との旅がメインだからエピソード0って感じだが。
「そうじゃな…。実は悟空のやつは、強い野望をもった人間に憑依し操っているのじゃ。戦争に参加し、数万の兵を敵味方かまわず皆殺しにするためにのう。」
頭が痛くなった。人間に憑依して戦争で敵味方かまわず皆殺しだって?
「あんたの弟子は一応、神だか仏じゃないのかよ!?
なんでそんな酷いことをするんだ?」
「やつはただ純粋に戦いを楽しみたいだけじゃからの。悪気はないんじゃ。困ったことにな」
人を皆殺しにするのに、悪気がない!?そんなことがありうるのか?
「まあいい…それでそいつはどこの誰に憑依してるんだ?
それがわからなきゃ捕まえようがないだろ?」
「悟空が憑依しておるのは、織田家の重臣で信長亡き後の政治を今まさに
牛耳ろうとしている人物…羽柴秀吉じゃ」
猿が憑依したのはサルだった。
「ワシの調べたところでは、1,2ヶ月ほど後に大きな戦がありそうなんじゃ。
表面では織田家での主導権争いじゃが悟空の目的は人をたくさん集めて一人で倒すことじゃ」
「は!?一人で倒す!?」
「そうじゃ、自分一人VS敵味方全軍で戦い勝利することが
悟空の目的のようじゃな」
歴史に残る大戦争を私物化してやがるな。しかし本来の歴史なら、勝家は織田家の主導権を握るために俺を次期党首として擁立してたはずだ。
信雄が死に俺が出家した上にぶらぶらしてるのに、勝家はどうやって主導権を握ろうとしてるんだろう。
「主導権争いって、俺がここにいるのに勝家は誰を跡継ぎにしようとしてるんだ?」
「それがのう。最近、本能寺の変で死亡したとされていた織田信忠が勝家の元に
現れたそうじゃ。」
信忠が生きていた!?そりゃあ信長の長男が生きてりゃあ、孫の三法師を跡継ぎにしなくてもいいだろうが…。そこまで歴史が変わってるのか?本能寺の変は俺がこの時代に来る前の話だぞ?
「しかしその信忠というのは、悟空が日本で従えた猿に仙術を教え、化けさせているようじゃ。秀吉側に力が集まり過ぎて戦そのものが起こらないのを防ぐためにのう」
「なんでまた、そんなややこしいことを…」
悟空は大軍相手に無双するためだけに、秀吉と勝家の対立を自作自演し、
賤ケ岳の戦いを起こそうとしているらしい。
何てはた迷惑なやつなんだ。
「しかし軍相手に無双するようなやつと、どうやって戦えっていうんだ?」
とてもじゃないが、俺達の手に負える話じゃなさそうだ
「なあに、お主等ならちょっとコツをつかめば大丈夫じゃわい」
コツをつかめば大丈夫だあ!?んなわけあるか!何をどうしたら人が神にかなうっていうんだ
だがそこまで考えて俺は一つ思い当ってしまう。トンでも妖怪マンティコアになってしまった信雄を倒すほどの俺の力……!
「つまり俺の妖怪化を何らかの方法でパワーアップさせれば、あんたの弟子にもかなうってことか?」
「まずはそれじゃな。もっとも神としてはあまりお勧めできん方法じゃがの」
「とはいえ、お主の力はやつを捕まえる上で要になる。やってもらうしかないのお」
爺さんは俺を脅かすような口調で言う。何をさせられるのか怖くなってくるな
「邪気を魔神気に高めるためには、生贄が必要じゃ。具体的には…」
「人間を殺して喰らうことじゃな。千人ほど喰えば最低レベルの魔神には
なれるじゃろて」
…………………は?
この爺さん今なんて言った…?
爺さんはほがらかな顔でとんでもないことを言い出す
人を殺して食べる…?そんなことできるはずないだろ。
「バカなこというんじゃねえ!!人を食えるわけねえだろうが!」
「何故じゃ?」
な……ぜ……?何故って当たり前だろうが
俺は人間だぞ人間が人間を食ったら共食いじゃないか。
そもそも俺に人が殺せるわけが……。
「俺は人間だ。人間が人間を食っていいはずがない」
「ほほう…。まあお主が人間かどうかは置いておくが…」
「これほど人が憎しみあい、殺し合う世界でも自分の都合で殺し・食らってはならぬと?」
「当たり前だ。」
「じゃがのう、ワシの弟子が暴れれば多くの犠牲がでるぞい。それこそお主の喰らう人間の数千倍に昇るかも知れん。やつは大陸に戻りたがるじゃろうしの」
歴史上の朝鮮出兵では朝鮮半島を領土化できないまま帰ってきたけど…、
神や仙人のパワーがあれば中国まで侵略できるのかも知れない…
そんなことになれば、そりゃあたくさんの人が死ぬだろうが…。
「多くを生かすためならば、多少の犠牲はやむをえまいよ」
ダメだ。こいつは悪魔の誘惑ってやつだ。ここで誘いに乗ったら
瘴気に精神を呑まれるのと同じことだ。俺は人間だ。妖怪に化けて
戦うにしても精神は人間でなくちゃいけない。
「まあ結論は今でなくてもよいわい。ただし取り返しがつかなくなる前に
決断した方が良いと思うがの」
何といわれようと、手を貸すわけにはいかない。俺が俺でなくなったら
信雄や悟空と同じ、タダの化け物になってしまう。
「今回の戦の後も悟空は日本の様々な戦いに介入し、全軍を滅ぼすじゃろうな
そして日本中の大名に戦をするだけの力がなくなれば」
「この国に興味を無くし、国ごと消滅させるじゃろう」
そういや最初に放置すれば日本が消滅するとか言ってたな
文字通り、悟空のパワーなら島ごとふっとばせるってことか
「だったら爺さんが自分で悟空を捕まえればいいだろう」
爺さんは神で仙人で悟空の師匠っていうんだから、
俺が人を喰らってまで手助けしなくても捕まえられるはずだ。
「それは不可能ではない…がの」
「仙気や神気は本来、癒すための力じゃから、生き物を倒すのに向かんのじゃ。
しかし土地や建物はエネルギーに応じて破壊してしまう」
「つまりどういうことだ?」
「ワシがやつを拘束するほどのエネルギーを使うと、それだけで
日本が消滅してしまうのじゃ」
「だったら、俺が同じくらいのパワーを使っても日本が
消滅するんじゃないか?」
「いや、邪気や魔神気は呪いの力じゃ。こと生物を害するなら
より小さなエネルギーで済む」
神気は破壊にも使えるが、本来 癒すパワーだから、悟空を倒すのに必要なパワーが多すぎて日本が消滅する。
魔神気は元々、生き物を殺すためのパワーだから、そこまで大きなパワーを使わなくても悟空を倒せるってことか
「俺以外に魔神気だかを使える奴はいないのか?」
「人を喰らうことで魔神気を生み出せるのは、生まれつき邪気を
持ったものだけじゃ。一応、信雄というやつは持っていたようじゃが
お前さんが殺してしまったからの」
俺と信雄が持ってる!?それってもしかして信長からの遺伝なのか?
「邪気とか魔神気ってのは何なんだ?瘴気とかとは違うのか?」
「瘴気を善良な心で練ると生気となり、生気をさらに練ると仙気となる。
また瘴気を邪悪な心で練ると妖気となり、さらに生物を死に引き込む積尸気となる」
練るってのはよくわからんが、例の座禅でやらされたようなことか?
瘴気を善悪どちらかでパワーアップさせる方法があるってことか
「瘴気のパワーアップについてはわかったが…邪気とか魔神気とかは?」
「邪気は聖気と対になるものじゃ。悟りを開き心から邪悪を追い出したとき
悟りに目攻めた者は聖気を持ち、追い出された邪悪の化身は邪気を持つ」
待て待て待て、また話が面倒くさくなってきたぞ。悟りを開いて二人に分かれる?
どこかのナメクジの星の人かよ!?
「聖気を練り続ければ神気となり、邪気を練れば魔神気となる。人が神にいたる
唯一の方法は悟りを開くことなんじゃ」
神になる方法とか壮大過ぎて意味がわからんが…。しかし待てよ
だったらなんで俺は邪気を使える?俺は誰かから分かれた邪悪の化身ってわけじゃないと思うが。
「だったら俺は…いや俺と信雄はなんで邪気を使えるんだ?
俺達は邪悪な心の化身じゃないだろ?」
「それは簡単なことじゃ。織田信長は幼いとき悟りを開き善悪に分離した。
しかし邪悪な心が強すぎたため、本体を倒してしまったのじゃ」
はあ!?信長が悟りで善悪に分離して…邪悪の方が元の信長を倒した…?
つまり俺たちが知ってる信長は邪悪の化身ってことか
「つまり俺達は邪悪の化身の息子だから邪気が使えるってことか…。
他の生き残ってる兄弟はどうなんだ?」
「ワシが調べたところでは、生き残ってる者で使えるのはお主だけじゃ」
なるほど…。つまり結局悟空をどうにかできるのは俺だけってことか…。
しかし人を喰らって、正気でいられるとは思えないな…。
結局、暴走した俺が日本を消滅させそうだ。
「ダメだ…やはり俺には無理だ。日本が滅ぶのだけはなんとか避けたいし
罪のない人が死ぬのは嫌だが…、だからと言って人を喰わなきゃいけないなら
俺には無理だ」
「ふむ…なるほどのう。決意は固いというわけじゃな」
爺さんが妙な顔でほくそ笑む。俺の出方をうかがっているのだろうか?
「まあ、ここまでは想定内じゃ。もう片方のプランで行かせてもらうとしよう」
もう片方のプランだと?人を喰わずに悟空と戦えるプランがあるのか?
いや、そんなのがあるなら最初から言ってるはずだ。
「お主は信雄を倒したとき、瘴気によって妖に変化していた。
邪気は今のとこ使いこなせていないようじゃ」
俺は邪気を持ってるけど、使ってないってことか?
しかしそれで倒せたってことは信雄も使えてなかったのかもしれない。
「確かに俺は瘴気の使い方の初歩は安福和尚に習ったが、邪気については全く知らないな」
「邪気を高めるには人を喰わねばならん。それが嫌ならすでに使える瘴気の方を強めるしかない」
「さっきも言ったように瘴気を邪悪な心で練ると妖気となり、さらに生物を死に引き込む積尸気となる。お主にはこの数ヶ月で修行によって積尸気を身に着けてほしいのじゃ」
「ちょっと待て、何で邪悪な方なんだよ。善良な方の仙気ってのじゃ駄目なのか?」
「仙気は聖気・神気と同じく癒しの力じゃからのう。効率が悪いのじゃ。対して積尸気ならば生き物を死に誘う力じゃからの。少ないパワーでも悟空と倒し得るのじゃ」
基本的に邪悪なパワーの方が相性がいいってことか…。それだと邪悪な妖怪がもっと仙人とかを駆逐してそうなもんだが…。いや、この世にどれだけ仙人や妖怪がいるのか知らんけど
「修行ってのはどんなことをするんだ?」
「お主は瘴気の扱いにも慣れておらぬからのう。てっとり早く、瘴気のコントロールを身に着けるためには、瘴気にあふれた場所で危機的状況に陥り続ける必要があるじゃろうな」
瘴気にあふれた場所で危機的状況に…?戦場がまさにそんな感じだと思うが…
平和になりかけている今の日本で賤ケ岳の戦い以外にそんな大きな戦場があるだろうか
「お主にはこの1ヶ月間、焦熱地獄に落ちてもらう。そこで炎に呑まれても傷一つつかず、
また正気を保つことができるようになるまで鍛えるのじゃ。積尸気さえ身に着ければ余裕じゃ。」
は!?
俺の受難はまだまだ続くらしい