俺と信雄で妖怪大決戦
とりあえず、あれの近くにいるのは危険だと考え、俺は住民をできるだけ遠くに
逃がすことにした。
「おめが萬松寺の坊さまけ?」
村に着くと鼻がでかくて赤く、ヒゲが濃い農民が話しかけてきた。
「あ、ああ俺は萬松寺の安信だ」
「オラァ、この村の村長をやっとるごんべだ」
「ああ、よろしく」
「さて、見てわかると思うが、とんでもない妖がでたんだ。
それで住職にみんなを避難させるよう指示を受けたんだが」
ここは木曽川からあまり離れてないから、空で大蛇が暴れているのがはっきり見える。
ちょっと水しぶきがそれるだけで、この村は洪水に沈むかも知れない。
「ああ、もう村のもんは集めてあんで」
「ああ、そうなのか。なら話が早いぜ。どこに逃げればいいかはわかるか?」
「おうおう。逃げるんは熱田だな。熱田ん神主さまは妖ば入れん結界ちゅうのを
作れるらしいでな」
結界なんて作れるやつがいるのか…。マジでファンタジーだな。
「わかった。じゃあここいらの村のみんなを熱田の結界に入れればいいわけか」
といっても大蛇と戦わなかった雲水たちは、付近の村にも散らばってるはずだ。
俺はこのまま、農民たちと熱田に逃げ込めばいいだろう。
行使て俺はごんべ村の住人達と熱田神宮に向かうことにした。
3-2 熱田の巫女
「あんたぁ、あの萬松寺の坊さまにしてはひ弱だなあ」
熱田へと逃げる間、何度か大蛇から弾かれた水が俺たちを襲った。
流れ弾とはいえ、家の2,3軒は沈みそうな水量だ。
こっちに飛んできたときはもうダメかと思ったが、ごんべがあっさり竹槍で弾き飛ばした。
「うっせえ、俺は雲水になって日が浅いんだよ」
「そうかあ、オラは昔足軽だったでな。力には自信があるでの」
ごんべ…普通の農民かと思ってたのに、わりと武闘派じゃねえか…。これ、俺が避難誘導する必要無いんじゃないか?
そんな話をしながら、俺たちは熱田神宮までついた。ごんべの話ではここは結界で守られているらしい。
避難してきた農民たちは境内に集められ、俺たち雲水は中に呼ばれた。
やがて、奥から神主っぽい格好をした、20代くらいの物腰が柔らかいやさ男が出てきた。
「熱田大宮司の千秋季信でございます」
「皆さま、よく民衆たちをここまで連れてきてくださいました。感謝いたします」
どうやら、この人がここのトップらしい。俺は寺では下っ端なので、丁寧な感謝に恐縮した。
「い、いやまあ上司の指示なので…」
「それに農民の皆さんが思いのほか強かったんで、俺はついてきただけなんです」
「ホホホ…クニヌシから無事に逃げ延びただけでもすばらしいことですよ」
「皆さまは安福殿達が瘴気を散らすまで、ここでお休みください」
ここまで必死に逃げてきた俺たちは、とりあえず人心地着いた気分になった。
待ってる間、暇だったので俺は季信に質問をしてみた。
「ここの結界ってのはどんな仕組みのものなんです?」
俺たちは結界に命を預けてるんだから、ここは聞いておきたいところだったんだ。
「具体的な方法については門外不出でございますので、大まかに説明いたしますと」
「巫女が神さんを降ろしまして、天叢剣の神気を引き出すのでございます」
「…はぁ…。」
ここが戦国っぽいファンタジー世界だとは思ってたが、神をおろすだの神気で結界だの、
色んな情報が一気に出すぎてついていけないぞ。
3-2 結界破り
そんなこんなで、俺たちがここに来てからしばらく時間が経った。
外で聞こえていた戦闘音も、もう収まっている。
どうやら安福達は大蛇に勝ったらしい。
そのときだった。
境内の方から農民たちの叫び声が響いてきた。
「ぎゃあああああ!!」
「どうして!境内に妖は入って来ないはず!」
なんだ…?まさか大蛇が結界を破ってきたのか?
いや、だとしたら安福や先輩雲水達が追っかけてきてるはずだ。
そう簡単に暴れさせないはずだけど…。
「ぐええええええ!!」
不快な叫び声とともに、おびただしい数の妖が俺たちのいる部屋まで入ってくる。
おいおい、どういうことだ!結界はどうしたんだよ!!
「まさか…。こんなことが…」
「妖が神器の力を超えられるはずがないのに…」
呆然と立ち尽くす季信に妖が襲い掛かる。
「危ねえっ!!」
俺はとっさに季信を突き飛ばした。
「ぐええええええ!!」
俺は顔の爛れた狐の妖怪が放った業火に飲み込まれる。熱い
肌が肉が焼ける…。やばい…死ぬ…
もしかしたら前世で死んでここに来たのかも知れないが、
また都合よく生まれ変われるとは限らない。
いやだ…。死にたくない。こんなところでわけのわからない妖怪に燃やされて死ぬなんて嫌だ。
3-3 百鬼夜行
俺が意識を失いかけたとき、唐突に周囲の熱さが消え去った。
「危ねえところだったぜ。お前にゃ、まだ死なれちゃ困るんだ」
安福だった。大蛇を倒して、こちらにかけつけてきたのか?
「あ、ありがとう…ございます」
俺は大粒の涙を流して、安福に感謝した。
「なんてことはねえさ。しかし、こいつはヤベえぞ」
「そ、そうだ大蛇は…!?この大量の妖怪達はなんなんです?」
もはや熱田神宮の中は妖怪だらけだった。所狭しと様々な妖怪が暴れまわっていて
何人もの神官や一緒に避難してきた雲水も食い殺されたり燃やされたりしている。
無事なのは俺と季信だけかも知れない。
「具体的なことはわからねえが、こいつは恐らく百鬼夜行だ」
「ひゃ、ひゃっきやぎょう…?」
「伝説では1000年に一度、膨大な瘴気が一点に集まり、無限に妖を生み続ける災害が起こるという」
「無限に妖を生み続ける!?」
それが本当なら、世界は妖だらけになって、人間は皆殺しにされてしまう!
「や、でも記録が残ってるってことは、1000年前どうにかして災害をおさめたんですよね?
じゃなきゃ今でも無限に生み出し続けてるはずだ」
さっきまで妖が無限に出てくるなんてことはなかったんだから、1000年前の百鬼夜行はなんらかの方法で解決したはずだ。
「まず、前に百鬼夜行が起きたのは1000年前じゃねえ。600年ほど前に京で発生したのを安倍晴明が収めたって話だ。方法はわからねえ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。じゃあなんで1000年経ってないのに百鬼夜行が起こるんです!?」
「わからねえが…。恐らくなんか道具を使って、意図的に甚大な量の瘴気を集めてるんだろうな…。人間が気が狂わずに、そんな真似できるとも思えねえが…」
「なんかの道具って…一体どんなことをすれば無限に妖が生まれるような瘴気を集められるんです?」
「………さあな…だが、もしできるやつがいるとしたら…」
「お前じゃなきゃあいつか……」
「俺…?なんで俺が…」
「おい安信、この状況はとてもじゃねえが、俺たちだけじゃどうしょうもねえ」
「お前だけでも逃げろ」
おいおいマジか。だが俺が出家して以来、安福には世話になってきたんだ。
いくらなんでも見捨てて逃げるわけにいかない。
それに、周り中に妖が溢れてる状態でどうやって逃げるんだよ!?
「み、巫女を連れていきなさい……。そうすれば結界を貼ったまま逃げられるはずです」
季信が言った。
「そう何人も逃がす余裕はねえからな。お前と巫女だけで逃げて、大本山・永平寺にこのことを伝えるんだ」
安福が言う。
3-4信雄
その時だった。
「何をちんたらやっておるのだ!」
妖たちの間を抜けて、恐ろしく特徴のない平凡な顔の男が現れた。
「あんた織田信雄だな?やっぱりこいつはてめぇのしでかしたことか?」
安福の言葉によると、どうやらこいつは織田信雄らしい。所説はあるが、
戸籍上は俺の兄ってことになるのか?
「なんなのじゃ!貴様は!この私になんという口の利き方じゃ!」
「んなこたあ、どうでもいいんだよ。てめぇ、どうやって百鬼夜行を起こしやがったんだ?」
安福はあくまで信雄が百鬼夜行を起こしたことを前提に話している。
また、信雄も否定しない。ホントにこいつがこの惨状を起こしやがったのか?
「くくくっ。貴様らごときに教えてやる義理はない。それより信孝!」
「は!?なんだよ?」
急に話を振られたので声が上ずってしまった。
「貴様、出家などして世俗を離れた風を装っているが、ひそかに兵を集め
折を見て俺を殺しに来るつもりだったんだろう」
「は!?なんで俺がそんなことしなきゃならないんだよ!
俺は静かに生きてられりゃあそれでいいんだ!戦争なんかに巻き込むな!」
せっかく秀吉に殺されないために、出家したのに今度はこいつかよ。
冗談じゃない。俺は死にたくないんだ。
「せいぜい甘いことを言っていろ…。織田家の実験は私が握り、
父上のような天下人となるのだ。」
「なりたきゃなればいいだろ!俺はもう出家したんだからお前の好きに
すりゃあいいじゃないか!」
「そうはいかん。お前が生きてる限り、家臣たちは跡継ぎ候補として
見るからな。なんとしてもここで死んでもらわねばな」
なんちゅう理屈だ。しかしそういうだとすれば俺が出家したのは
無駄だったのか…。跡継ぎ候補は殺されるのが当たり前なんだったら、
ここをしのいでも三法師を擁立する秀吉に殺されるかも知れない。
「だがお前を殺すには、その爺が邪魔なようだな。中途半端に妖を倒され
何かの拍子にお前に逃げられてはたまらん」
「ここはやはり…私の新たな力で決着をつける必要があるだろう」
何言ってんだ?こいつ…。新たな力って何だ?
「はああああああ…っ!!!」
信雄の周りを黒い靄のようなものが覆っていく。
「やはりそいつに手を出してやがったか。まずいな…こいつは俺でもどうにもならねえぞ」
安福が弱気なことを言い出す。それにしても信雄に起こってる現象について、
安福は知ってるみたいだ。できればあれが何なのか聞いておきたいが…。
それどころじゃなさそうだ。
靄が信雄を身体を覆いつくすと、徐々に信雄の肉体が変化を始める。
関節や骨格など無視してぐにゃぐにゃと変化していく。正直見ていて気持ち悪い。
そして、変化を終えた信雄は胴体はライオン・コウモリの翼・サソリの尾になり、頭だけが不自然に元の信雄のままだ。
確か、マンティコアとかいう人食いの化け物がこんな姿だった気がするけど…。
なんで日本の戦国武将がマンティコアなんかになるんだよ!?
「ふぅひゃひゃひゃ!!きしゃまらはもう…終わりだゃ!」
「死ねえっ!!」
3-5 憤怒の化身
信雄マンティコアが安福の頭にに食らいついた。
信雄のスピードはとてつもなく早く、安福も反応できない。
俺はとっさに安福をかばおうとしたが間に合わない。
信雄マンティコアは安福の頭を引きちぎり、口の中でゴリゴリと咀嚼しはじめる。
頭がもげてしまえば、動かなくなった胴体に次々と周りの妖が食らいつく
「あ、安福和尚――!!」
俺の頭の中で何かが弾けた…!!
なんでだ…。
俺は何のために転生してきたんだ
仲間が食われるところを見て、自分も食われるために転生してきたのか?
そんなのってあるか!!
これなら、いくら退屈だって前世の方がよっぽどマシじゃないか。
「うぎあああ!!うぎあああ!!」
妖たちが耳障りな声を上げ、俺に襲い掛かってくる
何とか逃げようとするが、腕や足に噛みつかれ食いちぎられる。
「いひゃひゃ…っ。爺がいにゃければ…。私が手をくでゃすまでも…
にゃいようでゃな…」
俺は痛みに転げまわるが、その隙を逃さず一匹の鬼が首元に食いついた
死ぬ…嫌だ…。
わけもわからず転生してきて鬼に食われて死ぬなんて嫌だ。
死にたくない…皆の仇も取りたい…!!
―――――――力が欲しい――――――――
あらゆる不条理を叩き潰す力が欲しい…!
この糞くらえな世界を吹き飛ばしたい…!
そのとき、俺の眼前に謎の文章が表示された。
―――システムメッセージ―――
怒りゲージが一定値に達しました。
スキル:鬼化が解放されました。
………は?
なんだ、俺は死に際に幻覚でも見てるのか…?
―――システムメッセージ―――
スキル:鬼化の使用条件を満たしています
スキル:鬼化を使用しますか?
→はい
いいえ
鬼化…?ってなんだ?信雄のように、妖に変身できるのか?
だが、座禅の修行をせずに妖化すれば精神が邪悪に呑まれるはずだ。
ただ破壊するだけの本当の妖になってしまうんじゃないか?
いや、迷っている暇はない。このままじゃ確実に死ぬんだからな。
化け物になろうが、あがくためならなんでもやるべきだ。
夢中で俺は「はい」を選んだ。
その瞬間、体中の筋肉が盛り上がり、体色も赤くなる。
牙が生え、髪が腰まで伸び、もがれたはずの腕や足が生えてくる。
手足には尖った爪が伸びていく。胸や腹にも毛が生え茂っていく。
そして体中の傷口が見る見るうちに塞がった。
「うが…が」
「があああああああああっ!!」
雄たけびとともに、俺は周りの妖に向かって力任せに腕を振るう
殴られた妖たちが内部から爆発を起こしたように吹き飛び、内臓のようなものはまわりに散乱した。
俺は気にせず他の妖達を殴りつけていく。面白いように俺の殴った妖が爆発する。
(もっと殺せ)(もっと壊せ)
暴れるたび、心に破壊衝動が生まれる。俺はみさかいなく妖と神社の建物を吹き飛ばしていく。
「くそ、やっかいなことになった」
「やつもこの力に目覚めるとは」
そうだ…この惨状を起こしたのは信雄だ…
信雄を…信雄を殺さなくちゃ………。
(殺せ…!壊せ…!!)
俺は全力で硬く硬く拳を握り、信雄マンティコアの頭部に叩きつける。
「ぐおあああああ!!!」
信雄マンティコアの頭部が吹き飛んだ!
いや、こんな化け物なら再生するかも知れない
俺は獅子のボディや蝙蝠の羽根、サソリの尻尾を殴りつけて破壊していく。
よし!信雄を殺したぞ…これで皆の仇は……
(殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ)
!?なんだこれは…!?頭が破壊衝動で埋め尽くされる…!
こいつが瘴気に身を任した反動か…?
(殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ)
―――意識によるコントロール力が一定値を下回りました。これよりオートバトルモードに移行します―――
そこから俺の意識は途切れた。