親愛なるクリエイターの皆様(前編)
「そこで止まれ」
鋭い声を投げかけられ俺は足を止めた。
長い下り階段を降りた先にある扉。その前に立っていた屈強な男が鋭い瞳を俺に向けてくる。
「そこを動くな。身体検査をさせてもらう」
屈強な男がそう話して右手に握られた端末をかざす。タバコの箱と同等サイズのおもちゃのような端末。だがその精度は話によるとナノベースの極小機器すらも感知するという。
俺は両手を上げて目を瞬きする。緊張も恐れもない。屈強な男には少々けだるげに見えたことだろう。男が右手の端末を俺の体に近づけて、ゆっくりと端末を上下させていく。
「よし。いいだろう」
特に反応のない端末を下げて屈強な男がそう言う。俺は両手を下ろすと一歩踏み出そうとした。だがすぐにまた屈強な男が声をかけてくる。
「まて。念のためレントゲンを取らせてもらう」
「レントゲン?」
まさかそこまで厳重に調べているとは。このような寂れた箱で運営されている団体のくせに意外なことだ。その気配が屈強な男にも伝わったのか。屈強な男がわずかに眉をひそめる。
「悪いな。つい最近、近くの箱で盗みがあってな。みんなピリピリしている。もうこれぐらい厳重でなければ誰も箱を利用してくれないのさ」
屈強な男の話を聞いて俺はうなずく。屈強な男がスマホを構えてパシャリとシャッターを切った。一昔とは異なり、現代はスマホひとつあれば体の内部をデータ化できる。便利な時代になったものだ。
「・・・右腕。どうかしたのか?」
データを確認していた屈強な男がわずかに顔をしかめる。俺の右腕に通常ではありえないデータの波形が現れたのだろう。俺は苦笑すると右腕を上げて説明する。
「事故にあってね。右腕を一度複雑骨折している。今はもう何でもないけど、傷跡が残っているみたい」
「・・・なるほど」
屈強な男がスマホをおろしてニヤリと笑う。
「手間取らせて悪かったな。俺も仕事なんでね」
「いや。当然のことだと思うよ」
「理解してくれて助かる。さあ楽しんでいってくれ」
男がそう話しながら背後にある扉を開く。俺は軽く会釈すると男を横切り扉をくぐった。
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扉をくぐると同時、俺の鼓膜に爆音が叩きつけられる。
一瞬めまいを覚えながらも俺は冷静に周囲を見回す。小さな空間に密集した人々。彼らは一様に興奮状態にあり、悲鳴やら歓声を上げながらその場で飛び跳ねていた。
俺は誰にも分からないよう嘆息すると人の僅かな隙間を縫いながら前へと進んだ。目的となる人物はすぐに見つかる。熱狂する人々の正面。小さな舞台の上に彼女がいた。
「――――♪」
舞台の上で歌を熱唱する彼女。潰れた鼻に切り傷のような小さな瞳。背も低く体型も貧相。お世辞にも美人とは言えない女性だ。だがその彼女の歌声は特徴に乏しい容姿とは正反対の――
誰もが持ち得ないオリジナリティにあふれていた。
「・・・すごいな」
思わず素直な感想が口をついた。こんなことは初めてだ。これまでマイナーメジャー含めて、数百、或いは数千と歌を聞いてきたが、これほど心を動かされたことはないだろう。
彼女の透き通るような声が、胸に突き刺さるような歌詞が、心を直接揺さぶるような曲が、その全てが緻密な計算により組み立てられ、一つの芸術を作り上げている。
「もしかして兄ちゃん。彼女の歌を聞くのは初めてかい?」
ふと隣りにいた男から声をかけられる。俺は怪訝に思いながら「はい」とうなずいた。
「前々から噂には聞いていたんですけどね。ただなかなか聞く機会がなくて」
「確かに・・・今はこうして人の歌を聞く機会なんかなくなっていまったからな」
「俺は歌にはそれほど詳しくないんですが・・・感動してしまいました。ここに来てよかった」
「そう言ってもらえると常連の俺も嬉しいね」
「しかしどうして俺が初めてだと分かったんです?」
男が目元を指差す。俺は怪訝に思いながら自身の目元に指を当てた。そして驚く。どうやら俺はいつの間にか涙を流していたらしい。
「よかったらまた聞きに来てくれよ。俺さ・・・彼女のこと推してんだ。あんたのような人が少しでも彼女の力になってくれたら、俺も彼女の歌を聞き続けることができるだろうからさ」
「・・・はい」
俺は目元の涙を拭うと舞台にいる彼女を見つめた。人の心を揺さぶる芸術。俺のような凡庸な人間ではどう転んでも生み出すこと叶わない。優れた才能とたゆまぬ努力。その賜物と言えるだろう。彼女のような人がいるからこそ、才能のない俺もまたその恩恵に預かることができるのだ。
親愛なるクリエイターの皆様――
俺はあなた達に感謝しております。




