親愛なるクリエイターの皆様(後編)
彼女の歌を一通り聞き終えて俺は部屋を出た。
「これ割引券な。また聞きに来てくれ」
身体検査をした屈強な男がそう言いながら一枚の紙を差し出してくる。明らかに安っぽいデザインの割引券。それほど運営も苦しいのだろうか。俺は割引券を受け取ると「また来ます」と微笑んで箱をあとにした。
しばらく歩いてから俺はスマホを操作して電話をかける。きっかり3コール。スピーカーから甲高い男の声が聞こえてくる。
『首尾は?』
なんとも簡潔な問い。まあ世間話するような仲でもない。俺は繁華街をブラブラと歩きながら甲高い声に応える。
「問題ない。噂の歌姫の歌声は一通り録音できた」
俺の回答に甲高い声が「そうか」と安堵の息をつく。
『予定の時間になっても連絡がないものだから連中に捕まったのかとヒヤヒヤしていたぞ』
「悪い。ちょっと歌姫の声に聴き惚れていた」
「お前がか? 珍しいこともあるものだ」
「俺も驚いている。彼女のファンになろうかな」
「それは冗談か?」
甲高い声が苦笑する。
「何にせよよくやった。最近は連中の警戒も厳しいと聞いていたが・・・なんともなかったのか」
「体の内部まで撮影されたときは流石に肝が冷えた。だがどうにかやり過ごせたよ」
俺は左手で右腕に触れながら肩をすくめる。
「生体組織をそのまま部品に流用した精密機械だからな。探知機やレントゲンでは見破れない」
『結構。この先の手はずは把握しているな』
「録音した彼女の歌声を生成AIに学習せるんだろ?」
甲高い声が「そうだ」とニヤリと笑う。
『これで俺たちは彼女の才能を複製できる。彼女の声。彼女の歌詞。彼女の曲。すべてを簡単に生成することができるってわけだ』
「彼女の歌は魅力に溢れている。必ず売れる。俺が保証する」
「お前がそこまで豪語するとはな。そこまでの歌か」
「まあな・・・もっとも既存の歌を聞き飽きたってのもある」
俺はため息をついて淡々という。
「現在一般的とされている歌はすべてが生成AIにより作り出された作品だ。すべての楽曲の個性が平均化されていて面白くないからな」
『無理もない。昔とは時代が違うんだ』
甲高い声がわずかに低くなる。
『今は個性的な作品を生み出すことなどできない。生み出したところで生成AIによって簡単に複製されてしまうのだからな。著作権ももはや機能していない。誰もが誰かの作品を盗める時代なんだ』
「昔は生成AIによる学習が著作権侵害だと騒がれていたこともあったんだろ?」
『もう20年前になるな。だが当時から多くの大企業が率先して生成AIに技術投資していたんだ。ネット情報から学習する生成AIにとって著作権など邪魔者でしかなかった』
「20年前か・・・当時のネットは随分と栄えていたらしいな?」
俺のふとした問に甲高い声が「まあな」と面白そうに応える。
『俺もまだガキだったから詳しくないが、20年前のネットにはありとあらゆる情報に溢れていた。しかもその殆どが無料で閲覧できるものだったらしい。夕飯の献立からゲームの攻略情報、一般人が動画を作成して公開したりと、ネットさえあれば娯楽に困らなかったほどだ』
「今では信じられないな」
『無理もない』
甲高い声が肩をすくめる。
『すべてのネット情報が生成AIの学習対象だからな。ネットに上げれば全ての情報を盗まれる。当時は広告収入などで稼いでいるやつもいたらしいが、閲覧者がいないのならそんな商売は成り立たない。動画配信者もそうだ。結局のところ生成AIが全ての利益を奪っちまったのさ。そんな市場でネットに情報をアップしようだなんてもの好きはいないよ』
「学習対象を失ったことで生成AIもまた一時期衰退した。皮肉なもんだな。学習元に依存する生成AIがその依存先を食いつぶしたんだ」
『だが今はまた生成AIが盛り返してきている。俺たちのお陰でな』
甲高い声がクスクスと笑う。
『クリエイターってやつは馬鹿だからな。こんな状況でも新しい作品を生み出してくれる。生成AIにより市場に流通するあらゆる作品が平均化された。そんな中で、クリエイターの生み出した新たな作品はまさに金のなる木になる』
「既存の生成AIは複製はできても生み出すことはできないからな」
『だからこうして俺たちがわざわざアンダーグラウンドに乗り込んで、新進気鋭のクリエイター様の作品を集めているってわけだ』
甲高い声が「なんにせよ」と逸れていた話をもとに戻す。
『歌姫様の楽曲はうまく盗めたんだ。あとは売りさばくだけだ。だが一年もしたら飽きられるだろう。また新しいクリエイターを探しとかなきゃならないな。お前には今後も働いてもらうぞ』
「こちらこそ世話になるな」
『お前の手腕は高く買ってんだ。警戒心をむき出しにしている連中の懐に飛び込むなんて簡単にはできない。一体どうやって連中の警戒心を解いているんだ?』
「企業秘密だ」
『まあいいさ。お前のように才能あるやつは今後も食いっぱぐれることはないだろう。その才能をいかんなく発揮してくれ』
「ああ・・・――っと!」
暗い路地の中。そこに思いがけない人物を見つけて俺は急ぎ足で路地を通過した。路地の中にいた人物に姿は見られていないだろう。
『なんだ? どうした』
「いや・・・会いたくない知り合いがいたんでね。無駄話が過ぎたな。もう電話を切ろう」
『ああ。あとのことは宜しくな』
俺は通話を切るとスマホをポケットにしまった。そしてふと背後に視線を向ける。誰かに見られている気配はない。やはり路地にいた人物はこちらに気づかなかったのだろう。俺はほっと安堵した。
しかし危ないところだった。まさか彼もまたこの街にいたとは。仕事だろうか。否。彼に仕事などくるはずもない。2ヶ月前は引っ張りだこだった彼も今はめっきり閑古鳥が鳴いているはずだ。その原因は言わずもがな。
俺の存在だ。
俺はおもむろに足を止める。俺の眼前には九人の男が立っていた。九人ともが同じ背格好で、同じ髪型で、同じ瞳の色で、同じ顔をしている。つまりは――
俺と瓜二つというわけだ。
「うまく行ったようだね」
俺の問いに俺と同じ顔をした『俺』が応える。
「ああ、うまいこと漫画を盗むことができた。本当は会場を出る前に冊子を回収されるんだけどね、事前に用意していた模造品とすり替えておいたよ」
「俺も成功だ。短編の映画だがうまいこと撮影できた。それにしても上映前に映画泥棒とかへんてこな映像が流れたときは笑いをこらえるのに必死だったな」
「小説もうまく行った。だが本当にこんな作品が売れるのか? 確かにオリジナリティはあるが俺にはどうもこの作品の良さがわからない」
口々に話をする『俺』に、俺は肩をすくめる。
「売れるかどうかはどうでもいいだろ。俺たちは言われた作品を盗んでくるだけでいい。あとは俺たちの製造元の仕事だ。さっさと作品を持ち帰ろう」
そして同じ顔をした俺たちは繁華街を並んで歩いていく。
歩きながらふと俺は思う。路地裏で見つけたあの人物。頬がコケて明らかに生気を失っていた男。彼がもしこの場にいたら何を思うのだろうか。同じ顔をした十人の男たち。それを見た彼は、恐れを抱くのだろうか。それとも――怒り狂うのだろうか。
だがそれはお門違いだ。彼はこれまで同じことをし続けてきたのだから。優れた才能は盗まれる。彼も身にしみて理解していたはずだ。
他者の警戒心を解いて懐に潜り込む。人にはない優れた才能。それを生成AIにより複製して安価で利用する。彼がこれまでしてきたことと何が違うというのか。彼は才能ある人間から多くの作品を盗んできたのだから。自分がそれと同じ境遇に落ちたからと彼に怒る資格などないはずだ。
親愛なるクリエイターの皆様――
俺はあなた達に感謝しております。




