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黒から藍のグラデーションカラーに白桜を描いた、女性の着物とは対となるカラーリングの着物を着た男が、暗闇の中で田中に指を向けて立っている。「お前、凪に何してるんだ」
「チッ、仲間か――」「とぅえぇい!」
田中が馬乗りを解除して臨戦態勢を整えるのを待たず、藍色の着物を着た男が田中に飛び掛かった。「ぐあ」田中は女性から引き離され、男との取っ組み合いに巻き込まれる。
「離せ!」
「離したら逃げるから、離すわけない!」
何とも当たり前の事を口にする藍色着物の男は、田中の身動きを封じようと、関節技を極めようと仕掛ける。だが、田中も田中で、絶対に捕まらないという執念を剥き出しにして、男の手を上手くすり抜けてはボディや顔面に拳をカウンターを打つ。
「あれ? 痛い痛い、ちょとぉ痛い! ヤバいミスった、上手くいかない!」田中から何度も打たれて薄っぺらい悲鳴を上げつつも、男は未だ関節技を極めようと奮闘している。
その奮闘も空しく、関節技はスルスルと田中に回避され、カウンター的に暴力を振るわれているのだから、一目で、男が圧倒的に負けていることが分かる。
「ゲホ」首絞めから解放された女性は、取っ組み合っている田中を睨む。「やってくれたな」ギリと歯を食いしばり、飛び出す。
一方で、馬乗りになられていた田中は、いつの間にか馬乗りになり、藍色の着物を着た男は、逆にマウントを取られてしまい、「ヤバイヤバイ、キャー」とみっともなく慌てている。
「もぅ、バカッ」飛び出した女性が、田中のうなじ部分を右手でひっつかみ、同時に「蛇縄! 捕縛!」二単語を発した。
すると彼女の声に呼応して、彼女の右手側の袖口から一匹の白い蛇が、いや、蛇のような動きをする縄が飛び出したのだ。姿形は包帯に酷似している。生命などあろうはずがない縄は、女性の発した「捕縛」の命令を遂行するが如く、意志を以て、田中の胴と両腕に纏わりついて腕の自由を奪っていく。「クソッ、カグヤひ――」縄は、田中が口を開く寸前で、その口を塞ぎ、可及的速やかに田中の両脚を締めあげて自由を奪う。
時間にしてわずか四秒。田中はあっけなく捕縛されたのだ。
「ハァ、ゲホッ……何してんですか、ボク先輩」んーんーと唸っている田中を横に転がし、ペタンと尻もちをついた女性が藍色の着物の男を睨む。
「痛ったぁ……凪、ケガはない?」対して男は、大の字に寝転がったまま女性の身を心配する。
「ボク先輩が心配する権利とか、ないですよね」私よりボコボコに殴られていたくせに、という意味を込めて、辛辣な言葉を投げる女性。「もー、ボク先輩が蛇縄で速やかに捕縛しとけば、ナギが蛇縄を使う羽目にはならなかったんですよ。なに一丁前に、逮捕術とか使おうとしてるんですか」
「こういうとき、ケガがないのなら、万事オッケーだ」男は目を瞑ってヘラヘラと笑う。
「いや、ボク先輩はケガしてんじゃん……ハァ、まぁ言いたいことは後回しです」女性が、地面に転がっている田中を見下す。「班の誰か、こちらに向かってます?」