ソレゾレ ノ サイカイ
第 六 章 ~ 異世界にて
【ソレゾレ ノ サイカイ ~ エル ト カイツ】
真っ暗な空間をずっと歩き続けている。瞑目しているかの様。真っ直ぐ歩くことができているかどうかも自信がもてない。自分の足音以外、何も聞こえない無の世界。こうも何も見えない闇の世界ではそろそろ気がおかしくなりそうだ。大声を張り上げたい衝動にも駆られたが、その途端恐怖に押し潰されそうで堪えていた。夢か現実かも定かでない。果たして意識があるのかどうかもはっきりしていない状態だった。怯えているのだろうか、右も左も歩き続ける目的も現在地も不明の状況において立ち止まることができなかった。もしも立ち止まればそのまま進むべき方向を見失ってしまうのではないか、そんな感情が大きかった。従って歩を進める以外の選択肢はなかった。それでも不思議と披露は感じない。暗闇に覆われている為、速いペースで歩くわけにはいかないからだろうか。何だろうこの感情は、絶望の中にいる気がしない。むしろ希望に向かって、光に向かって突き進んでいるという根拠のない確信があった。
どれほどの時を刻んだのか。どれ位の歩数を重ねたのか。忽然と一粒の光が現れた。正直、光なのかどうかは判別がつかないし、そこまでの距離を推測することもできなかったが、何かがあるというだけで心踊るには十分だった。何故にこんなにも期待が高まるのだろう。これは懐旧の念か。それとも美化された思い出に浸る弱さなのだろうか。何はともあれ一粒の光は一点の光となり、この時には確実な出口だと判断することができ、黒の世界を白く染める光。自らの足を動かすことで黒の世界から白の世界、黒の世界の出口であり白の世界の入口である光源にたどり着いた。そしてその光に惑うことなくエルは足を踏み入れた。その先に待っていたのは――
「おう、こっちだエル。随分と遅かったな、何やってたんだ。またシンシアに捕まっていたんだろう。ほれ、早く座れ、今日はなかなか食付きが良さそうだぞ。」
「あ・・・え・・・カイ・・・・・ツ・・・?」まるで状況を飲み込むことのできないエル。深呼吸。意識して新しい空気を取り入れて混乱した頭を落ち着ける。エルはこの釣り場を知っていた。エルの村から程近い、カイツと一緒に幾度となく晩飯のおかずを陸釣りに来ていた。そして、目の前では剣の師であり育ての親であるカイツが釣竿に神経を集中させていた。はっ、と振り向いたエルの目に出口が映ることはなかった。散々歩いてきた闇の異世界はどこかに消えてしまっていた。
「ほれ、エル。早ぅせんと日が暮れちまうぞ。」
「う、うん・・・」分かっている、カイツは死んだのだ。目の前にいる人物は幻覚、そうでなければカイツがこっちの世界に迷い込んだか、自分が異世界に紛れ込んだか。現状をそれなりに分析できる程度には思考が醒めていても、カイツと共に時を過ごすという願望に逆らうことはできなかった。
「なんだカイツ、まだ一匹も連れていないじゃないか。釣りの腕前は相変わらずか。」
「うるさい!まだ始めて30分しか経っていない。黙ってお前も釣れ。」ちなみに、カイツの釣りセンスは壊滅的かつ絶望的で、下手クソという表現では全くもって生温いくらいだった。ま、カイツ本人は10程の言い訳を常に準備しているみたいだが。
結果。エルの13匹に対してカイツ2匹。特に勝負をしていたわけではないが、いつも通りまるで勝負にならなかった。
「カイツ~、釣りだけは本当に上達しないよね。才能がないというか何というか。毎度おかずを釣るのは俺だもんね。」エルが釣果を自慢しながら師をからかう。
「うるさい・・・今日は・・・あれだ。お前に華を持たせた。」
「はいはい。いつもいつも華を持たせて頂いて心より感謝しておりますよ。」2人の笑い声が重なり響き渡った。程良い日差しに穏やかな川の流れ。近く遠くで小鳥が囀っている。水面同様美しく澄んだ空気がこの上なく快適だった。このひと時を平和と呼ぶのか幸せと定めるのか、はたまた天国なのか。過去には違いないが、確かに存在した現実。失うことなど考えたくなかった日常。これで一緒に村へ帰ることができれば言うことなしなのだが。村のみんなと優しい炎を囲んで共に時を過ごす。踊り、食し、歌い、飲み、語り伝え、眠る。特別なことではないではないか。
「さぁ、カイツ。もう帰ろう。日が暮れちまう。」エルが腰を上げ師に声をかけた。やや沈黙があって、その間エルはカイツに背を向けたまま振り向くことができなかったのだが、カイツから発せられた言葉と殺気に思わず振り返った。予感はあったが、何事もなく村に帰ってめでたしめでたし、というわけにはいかないようだ。
「抜け、エル。久々に相手をしてやる。どれほど腕を上げたか見せてもらおうか。」カイツはエルの返答も待たずに剣を構えた。釣りの時の駄目ダメな面持ちは姿を消し、騎士としての戦気を帯びていた。カイツはエルの剣の師匠であることは確かだが、カイツの武器は細剣や小太刀ではない。聖騎士にふさわしい炎の刀剣『レーヴァテイン』、柄に埋め込まれた魔導石は『ロキの獄炎』。属性は言わずもがな。
「ちょ、待ってくれカイツ――」
「いくぞ・・・」カイツがエルに斬りかかった。
カイツの一太刀を細剣と小太刀の二刀で弾いたエルは、すぐさま距離をとった。こうなってしまっては観念せざるを得ない、常に動き回りカイツの隙を伺うエル。戦闘態勢に入る。不動のカイツを中心にエルが円を描く。まともにかち合ってはエルにとって不利な展開となってしまう。力比べでは分が悪いのだ。エルの師であるカイツはエルの特性を早くから見抜き、レイピアという武器を与えた。軽く扱いやすい刃。エルの俊敏性と風属性の力。これを活かすにはカイツのような刀剣では重力がありすぎるのだった。カイツに勝つための戦略、それは一撃離脱(ヒット&アウェイ)。昔はしばしばこうやってカイツと剣を交えていた。いつもいつもボロボロにされていたのだが、やっと最近怪我が少なくなってきたかなという矢先に魔族の襲撃を受けた。それさえ無ければと幾度となく感情が暴れたこともあった。それでも。カイツもカイツだがエルもエルだった。驚いた顔は既に過去のもので、今は戦人の面構えとしていた。
エルの素早い攻撃を冷静かつ精密に対処するカイツ。ただしあまり余裕はない、油断できない。弟子の成長に喜びを噛み締めながらチョコマカ動き回るエルを捉えるべく思考を働かせるカイツ。このままでは話にならなかった。そこで仕掛けるカイツ。刃を大地に突き立て短い呪文を唱える。・・・テスナイマ ニノタイヒリタアツハ モイカンサ・・・
「虎炎舞!」エルから視線を外さずに読み上げられた呪文、飛び込むことに一瞬後足を踏んだエルはカイツの剣技に対して守勢に回るしかなかった。カイツを囲むように炎が上がり、その火炎のカーテンから紅に染まった一匹の虎がエルに襲い掛かった。
速い。獣相手に地上戦は不利と見たエルが空高く飛び上がるも、それに反応しピッタリと追ってくる獄炎の虎。雄叫びを上げながら大きく口を開いて体当たりをかましてきた。
「ティエラ(土属性)・スクード(盾)!」エルは非常に賢い剣士だと、カイツは常々そう思っていた。己の行動に対する敵の反応、そこに応対する為の選択肢を幾つも用意しながら戦うことができる。だから炎の虎が自分にピッタリくっついてきても落ち着いて対処することができた。エルの正面に土を属性とする盾が現れる。虎と盾が一瞬競り合うも、土の盾が競り勝ち、炎の虎は地上へ弾き返され消失した。
「ほう、土属性か。そしてあの小太刀は――」感心しながらも手を緩めない炎の剣士。カイツの前・後・左・右から計4匹の虎が空中のエルを襲撃する。徐々に落下してくるエルに対して虎たちは、ご丁寧に軌道をX型にクロスさせて攪乱までしてくる。『虎炎乱舞』。四方より襲い来る虎に対しエルも黙っているだけではない。
「天蚕糸 縢。」風属性の剣技。風の糸が広がり虎に絡まり、その動きを鈍らせた。その隙を逃がさず擦過しカイツに向けて突進した。そのくるぶしには『朔風の足袋』。カイツは自分周辺の炎を掻き消し、エルの突進を正面から受け止める構えだ。けっこう、速いな・・・
空中で4本の虎がぶつかり消滅する低音と剣の衝突する高音が同時に打ち鳴らされた。そしてカイツが問う。
「エル、求めた強さは手に入ったのか。」無言のままステップバックで距離をとるエル。
「欲した強さには達したのか?」
『野分の息吹』。カイツとの距離を嫌うように中距離攻撃を繰り出すエルだったが、ズザザザと放たれた風の槍は炎の剣『レーヴァテイン』に弾かれ5秒ともたずあっさりと距離を縮められてしまった。
「変身すれば良いではないか。今のお前ならば20分位は意識を保っていられるのだろう。粗方の魔獣はそれで片付けられるだろうに。」質問には答えず再び間合いを広げ攻撃に転じるエル。『玄翁虎落笛』。弟子の力技をあっさりと受け止める師匠。
「俺はそれで、仲間を殺しかけた。」ボソリと口を開くエル。
「死ななかったのだろう、お前も仲間も。」
「仲間に助けられた。」
「仲間なんだ、不思議はあるまい。」
「俺は魔族じゃない、人間だ。」
「んなこたぁ、知ってるよ。んでもって俺の息子だ。それにお前が殺らなきゃ全員死んでた。」
「言い訳に過ぎない。」
「いいんじゃないか、言い訳で。」もう1度距離をとるエル。そして小太刀に力を込めた。
過去に求めた力を恐れるな。飲まれるな。独りなれば滅殺の力が必要となろう。加えて仲間がいれば守護の力も求められる。それを足枷だとは思うまい。守る為には力が必要。その力を選り好みできまいて。要は使い方次第、使い手次第。今のエルなら、俺は何も心配していない。
続々と覚醒していく土の力。そうさせるのはエルの感情か、カイツの炎か、はたまたアディリスの想いか。
「ティエラ(土属性)・ファング(牙)!」エルが素早く3度小太刀を振り切る、その度に花崗岩のクナイがカイツに複数襲い掛かる。それだけではない。カイツ周辺の地面からも土の牙が飛び出し標的を包み込んだ。
エル――。力を恐るな。カイツを炎が覆い尽くし、その炎は更に厚く巨大化する。周囲のクナイなど一瞬で焼き尽くしてしまった。そして現れたのはエルも目を奪われる美しい火の鳥、エルを攻撃することなくカイツの守護霊の如く佇立していた。
「エルよ。お前の求める力、手に入れんとする力は殺す為だけの力じゃない。守る為の力だ。独りで戦いを挑むのであれば守りの力は不要かもしれない。けれどもお前は独りではない仲間がいる。自分の力を守る力だと信じて良いはずだ。守る力に誇りを持て。殺す力に怯えるな。ためらいや迷いは死に直結する。お前達は、もう、そういう所まで足を踏み込んでいる。そうだろう、天界に誘われ、竜族に導かれ、魔族と正面から戦う。世界が諦め、俺達の敗れた戦いにお前たちは挑んでいる。さすがは俺達の子供だ。」不死鳥に包まれながらカイツが微笑みかけるが、エルはその視線を受けきれない。
「俺は村を、カイツを守りきれなかった。」
「村は生きている。俺は自業自得。守ろうとした結果守れなかっただけだ。お前のせいじゃない。」
エルから闘気が消え、カイツを包む炎が斑消えた。水は変わらず止め処無く流れ、誘惑のなくなった水中を魚が泳ぐ。疑いのない平安。永続を願う平和。求めるべき理想。救済の力と破壊の力は表裏一体。生きる為、守る為にはどちらの力も必要なのだ。だから、力を恐るな。
「ありがとう、カイツ。随分楽になったよ。ただ、それでも俺は魔族の力を切り札として持っておくよ。切り札は切り札として持っておくことに意義がある。ジョーカーはあくまでジョーカーだ。やっぱりできるだけ使わないよ。」
「ふむ、良かろう。・・・にしても相も変わらず頑固というか、哲学的というか。」
へへへ・・・カイツの最盛期、一番強かった頃の姿なのかな。若い。それに剣の速度、力、正確さ、炎の剣技、そもそも装備品がまるで違った。俺の言えたことじゃないけど、髪の毛、ちょっと長いし。
「さぁ、エル。続けよう。時間が惜しい。」
二人で村に帰り、シンシアから小言を言われて、というのが理想だったのだが。
【ソレゾレ ノ サイカイ ~ エル ト カイツ 終】
【ソレゾレ ノ サイカイ ~ セシリア ト エアル】
闇の世界は気にならなかった。法術に長けているセシリアにはそこがどういう場所か理解できていたので、迷いも不安も恐れも感じることなく歩き続けることができた。回りに男共がいないので自分のペースを守ることができ、足が疲れることもない。慣れたとはいえ、やはりあ奴等の足の速さというか、ladyへの気配りの無さは腹立たしい。ま、もう半分諦めているのだが。それよりもにおいだ。香りが、臭いが、日向臭さが全く感じられないことが嫌だった。人には誰しも匂いがある。空気にも香りが紛れる。そして森は馥郁として存在する。幹も枝も、葉も土も、獣も鳥も微生物も。生きるものも枯れ散ったものも。それらの風に包まれて暮らしてきたセシリアにとって無臭の世界は、人工の香りが漂う生活よりも苦痛を感じるものだった。頭痛を感じる程に。
ここは異世界へと通ずる道。男共は大丈夫だろうか。きっと何も分からず感じず、考えずに暗闇の中を歩いているはずだ。どちらの方向に歩いても結局は出口、術者の意図した異世界に到着するようになっている。たとえその場に立ち竦んだとしても、時が来れば光が見える。それでも、悟って歩を進める者とそうでない者とでは必然の差がでてしまう。ま、あまり心配していないが。そんなことを思っている内に出口が見えてきてしまった。どんな世界が待っているのか、そちらの方が恐ろしい。
視覚よりも嗅覚が先に反応した。加えて目を閉じ深呼吸をする。生き返った。懐かしい森へと帰ってきた。今は亡き、消滅した森へ。そしてセシリアを迎える女性がひとり。初対面ではあったが、
「おかえりなさい、セシリア。」
「ただいま戻りました、エアル様。」すぐに分かった。大樹の姿ではないエアル、人の姿のエアルを目にしたのは初めてだったが、一目で、一目見ただけで涙が溢れてきた。声とか容姿とか香りではない。何というか、第六感みたいなもので心が震えたのだ。駆け寄り一気にエアルの胸へ飛び込むセシリア。優しくそっと、ゆっくり幾度も、黄金色の柔らかい髪の毛を撫でるエアル。そしてもう一度囁いた。
「お帰りなさい。」
森に建てられた一軒の小屋。かつてセシリアが独りで暮らしていた空間に今は2人。不思議なもので独りが二人になっただけで小屋の中が何倍も明るくなった気がする。エアルの用意した紅茶を飲みながら昔話に花を咲かせた。セシリアの現在を報告した。笑顔が弾けた。森の小鳥達が窓際に寄り添い囀り、小動物も小屋の回りで鳴き交わす。木々は太陽の光をさらなる輝きに変えて森を森として祝福した。神木と主人の帰りを皆が言祝いだ。時が急かすように流れていく。何もかもを忘れられるひと時だった。親と子、師と弟子という関係ではなく、エアルとセシリアの様子は久方ぶりに再会した女友達の趣だった。
「・・・そう、守ってあげたい仲間が出来たのね。」
「はい。そういう言い方は照れ臭いですけれど。いつもそいつらに守られてばかりですけどね。」
「いいのよ、それで。男共なんて普段はやりたい放題、あんぽんたんなんだから。尻拭い、後片付けはいっつも女の役目。セシリアだっていつも迷惑しているんでしょう。」
「そうなんですよ、本っ当に!」何で男ってあんな単細胞なんですかね――(以下、およそ25分間の独演を省略)。」
「フフフ・・・セシリア、貴方、変わったわ。森を出て正解だったわね。」
「時々森が恋しくなります。」
「故郷とはそういうものよ。」エアルが紅茶を飲み干し、目つきを変えた。
「さてと。セシリアは利口ね、話が早くて助かるわ。」
「?・・・と言いますと。」
「表に出ましょう。時間の許す限り相手になるわ。」小鳥たちが飛び去り、小動物達が逃走を始め、森が息を潜める。危険を察知する能力はいつの時代もヒトより優れている。
「さ、セシリア。やってご覧なさい。火と水、2つの法術を同時に唱えるの。そうそう、貴方は水よりも氷の方が得意だったわね。」森の広場に女性が二名。察した鳥や小動物は辺りから姿を消しているので心置きなく法力を解き放てる。
「対属性の法術を同時に・・・できるかしら。」
「大丈夫よ、セシリア。まずは先入観を捨てること。火と水は確かに相反する属性よ。でも、その対属性の合成法術を使えれば法術の幅が格段に広がるはずよ。」
う~ん、やっぱり難しそうだな。とりあえず右に火、左に氷でやってみようかな。でもな~、今まで異なる属性の法術を同時に唱えたことなんてないし、ましてや対属性。それを突然やってみろなんて言われても――
「考えながらすぐ動く!」
「はいっ!」コンマ何秒かの沈黙を経てエアルとセシリアは笑顔を交わし、すぐさま真顔に戻った。
何度か試してみたが、意外といけそうというか、おっかなびっくり法術を詠唱すると右に火、左に氷、思っていたよりもあっさりと小さな火炎球と氷の塊が誕生した。
「でき・・・た?」
「上々よ、セシリア。」合成法術は次の段階に入る。
「次はその火と氷を合わせるの。火が強すぎても氷が勝ってもダメ。全く同じ力で火と氷を混ぜ合わせなさい。」火と氷。打ち消し合う、相反する対属性がなかば強引無理矢理に合成される時、何が生まれるか。法則を破った上で力を自らのものとする。そこから引き起こされる想像もつかない強力な法術。圧倒的破壊力。絶対的殺傷力。究極の――。期待は高まっていたのだが。
「え~と、これは・・・水・蒸・気?」セシリアの目が点になった。瞬きが多い、目をパチパチしている。この上ないくらいに頼りない法術の完成だった。モクモクと煙が上がるだけ。
「う~ん、これは・・・失敗かな。」セシリアの溜め息混じりの感想に対して首を横に振るエアル。
「これでいいのよ、セシリア。確かに火ほどの破壊力も氷のような鋭さもない。威力という面ではワンランクもツーランクも落ちてしまう。でもね、絶対に避けられない。防げない。躱せない。逃げられない。使い方の問題よ。」
その後セシリアはエアルの指導の下、時間と法力の許す限り合成法術の錬成に掻き暮れた。意外なことに鍵となる属性は火でもなく水でもなく、また氷でもなく森だった。森に炎が天成されることで大森林は怒りと激震を生み出し、森に水が恵まれることで守護と再生が芽生えるのだった。仲間を守れる力。仲間を失わない為の力。笑顔を厭う力。
「そう、その調子よ、セシリア。さっ、どんどんいくわよ、と言いたい所だけど―先に石板の在り処だけ教えとくわ。どうせまた集めろってことになっているんでしょう。」
【ソレゾレ ノ サイカイ ~ セシリア ト エアル 終】
【ソレゾレ ノ サイカイ ~ クリアンカ ト インヴェルノ】
左手に小さな稲光を灯しながら真上、真上に飛行を続けるクリアンカ。足を使わず羽を動かす特別な理由はないが、空気が薄くなる気配もないので危険はないと判断した。もちろん真っ暗な環境に不安は感じたものの、一度危険なしと感得するとあとは怒りがふつふつと湧き上がってきた。誰に対してでもなく自身に対する不甲斐なさ。まるで歯が立たなかった。完敗だ。あの門番、シルドラと言ったか、あの者がその気でいたら自分達はそこで終わっていた。逃走することすら叶わなかっただろう。弱き力では何も守れない。弱者は戦士として悪なり。儚き力では己も、家族も、民も仲間も守ることができない。誇り高きリリトの戦士として生まれたからには、負けることは許されない。かつて力を求め転生を試みた。魔族として、だ。結果、何も手に入れることはできなかった。リリトの民は誰ひとり喜ばなかった。フォルテナはただただ、押し黙っているだけだった。無力さに嫌気がさし、心を失った。そのまま命も失うはずだったが、子供たちに命を拾われ、ひょんなことでリリト族に戻ることができた。それをきっかけに今は行動を共にしている。縁は異なもの、とはよく言ったものだ。もちろん力は得たいとは言っても、もう魔族になって力を得ようとは考えていない。それでも、だ。都合が良すぎるというのは重々承知の上だが、力が欲しい。魔族にも、竜族にも負けない力が。
天空に光が現れた。
頭上の光を潜り抜けると、クリアンカは大地に足を下ろしていた。足元を見ると既に光の出口は消えていて、何事もなかったように土が風に流れている。辺りを見回してみる。ここがどこかはすぐに分かった。懐かしく苦い思い出の眠る場所。かつてフォルテナに槍術及び法術を叩き込まれた荒野。基本的にはボコボコにされた記憶しかないのだが。10メートル先に男が背を向けて立っている。翼がある。リリト族。その者が振り返る。
「フム、クリアンカか。でっかくなったな。丁度良い、ちょっと付き合ってくれ。新しい技を試したいんでな。」
「フォルテ・・・ナ?」そうか、魔族に転生する前の姿ですね。ゆっくりとフォルテナに近づいていくクリアンカ。フォルテナは止まったまま。私よりも小柄、ですね。
「お久し振りです、フォルテナ。」
「フォルテナ?ああ、私が後々名乗る異称か。フォルテナ、ねぇ。よほど強さを渇望していたか、下らん願掛けか。クァッ、クァッ、クァッ、我ながらお恥ずかしい限りだな。ひとまず時間がない。始めるぞ、クリアンカ。」
その姿、フォルテナもエアルもカイツも若かりし頃のもの。彼等の力が最も油然と溢れていた時代。魔界へ挑み、敗走を余儀なくされた、彼等の一番強かったであろう時。
山々に囲まれた荒野。砂、砂利、土に岩、それ以外は何も目に入らない。修練を積むにはもってこいの場所。それ以外には適さぬ土地。あまり心地よい思い出の残されていない所。
「ほう、その槍・・・『カレドヴルフ』か。随分と名の知れた武器を持っているではないか。ならば手加減は必要あるまい。」まだ構えてもいない槍に話が及ぶとは思っていなかったクリアンカは若干戸惑ってしまったが、すsぐに頭を整理した。話題としては悪くないではないか。
「おっしゃる通りこの槍は『カレドヴルフ』。またの名を『フォルテナの槍』と言います。リリトの勇者がリリトの民を守るために――」
「確かにそれは良い槍だ。」クリアンカの話を最後まで聞かないインヴェルノ。
「確かにいい槍ではある。否、いい槍であった。残念ながら年月を重ねすぎた代物。すぐにでも新しい武器が必要となろうて。さて、時間が惜しい。構えよ、クリアンカ。」
「フォルテナ、可能であれば少しお話を――」
「私の名はインヴェルノ。フォルテナとは、強さを求めた結果弱さを露呈した弱者の証。負の象徴。以後、私の前でその名を口にすることを禁ずる。よいな。」
「・・・はい。インヴェルノ。」
「宜しい、では構えよ。死にたくはあるまいて。」
「私も手加減はできません。あなたは強い。そして私も強さを求めているのです。」
「少しだけ手伝ってやろうというのだ。同族の誼でな。戦い方を教えてやろう。」
貴方をあまり好きになれません、インヴェルノ。御自身のこととは言え、フォルテナの事とその武器を悪く言うことは許しませんよ。手を抜く理由が無くなってしまいました。クリアンカの左手、三本の指が眼鏡に触れた。
「地雷矢。」荒れ放題の大地から小さな稲妻がフォルテナ改めインヴェルノに襲い掛かった。まずは御挨拶、相手の出方を伺うクリアンカの常套手段を一鎌両断、インヴェルノは小蝿でも払うかのような仕草で全く問題にしなかった。インヴェルノの武器は鎌。それも片手で扱うシックルではなく両手で操るほどの大鎌、サイズと呼ばれるものだった。死神の愛用品といえばイメージしやすいだろうか。クリアンカの持つ『カレドヴルフ』を年月の経ちすぎた古色蒼然の代物と呼ぶインヴェルノであったが、そんな名槍よりも遥かに頼りない大鎌。か細く、長すぎる武器を悠然と構えるインヴェルノ。クリアンカへの直伝が始まった。
簡単な挨拶に動じない奴さんなど別に珍しくはない。クリアンカが突っ掛ける。ただし雄叫びなどはあげず静かに『カレドヴルフ』で突きにかかると、インヴェルノは翼を広げて宙に舞った。クリアンカも誘われるがまま飛び上がる。逃げるインヴェルノ、追うクリアンカ。二組の翼が、事情を知らない者からしたら仲良さげに青空を飛び回っていた。武器を交えることはなく、一頻りどちらが速いのか、優雅か、機敏か美しいか。戦いというよりも、平たく言えば追いかけっこに見えなくもない。
両者ともに空での身のこなしはさすがだったが、ややインヴェルノが上か。直進速度、方向転換の俊敏さ、急停止に急加速。無論、手の内全てを曝け出すことはない。それでも、相手が一枚上手であることを認めざるをえないクリアンカだった。ただしそれが戦闘力の全てではない。空中にピタリtp停まり、改めて槍を構えた。
地上50メートルで金属音が炸裂する。空気が澄んでいるからだろうか、よく通る。槍を振るうクリアンカの攻撃はいつも通りに思えたが、速さよりもやや力、衝撃の重さに偏っていた。意識して創られた重い槍撃を、見た目だけはあまりにか細く心許ない鎌で捌き続けるインヴェルノ。すぐに折れてしまいそうなインヴェルノの武器はやはりというべきか、武器として十分に通用するものであった。切れ味はいざ知らず、敵の攻撃を受けきるに足る耐久性を誇っていた。ただしインヴェルノの目的はその大鎌を見せつけることではなく、武器の扱い方だった。
不規則に響く金属音に紛れながら
「さてと、そろそろいくぞ。」インヴェルノが小さな声で宣言した。クリアンカの耳に届いたかどうかは分からないが、自然と間合いが取られた。
「まずは――と。」インヴェルノの構える大鎌がぼんやりと靄を帯び始めた。黒色の靄を。そして、
「黒穴球!」叫び声と共に鎌を一振りすると、クリアンカを丸々覆ってしまう大きさの黒い球体がリリトの戦士を襲った。瞬間的にとてつもないエネルギーだということは分かった、が、如何せんスピードが遅すぎた。クリアンカは余裕を持って、十分すぎる間隔をあけて黒球を見送った。改めてクリアンカとインヴェルノが対峙する。無言。次いで爆音。思わず音源の背後を振り返るクリアンカ。
「山が・・・欠けた?」遠目に見える山が不自然に抉られている風景に思わずインヴェルノへの注意を端折ってしまった。殺し合いではないという心の隙間もあっただろう。
「いちいち動揺していては命がいくつあっても足りないぞよ、若く有望なリリトの戦士よ。」正論を振りかざされてムッとするも、何も反論できないクリアンカ。
「ご丁寧にひとつひとつうろたえるな。まだこの技は試作の段階。あのスピードでは主には当たるまい。相手の攻撃にいちいち思考を止めるな。死に直結するぞ。」説教染みた警告にイラッときたクリアンカの目付きが変わり始めた。
「少し黙って頂きましょうか、インヴェルノ。」
何遍も打ち鳴らされる金属音。空中で槍と鎌が交わっては離れ、交わっては離れ。どうだろう、武器の扱いはクリアンカの方が上手いかもしれない。攻めるクリアンカ、守るインヴェルノという、構図が出来上がっていた。だからという訳ではないが、鍔迫り合いの際にインヴェルノが口を開いた。
「何故、槍に法力を灯さないのだ。何故、槍を媒介として雷を落とさないのだ。できぬことはあるまいて。」
「槍と法術、これが私の慣れ親しんだ、昔からの戦い方です。」
「何故、戦いの幅を広げない。主の味方に武器を媒介にして魔導石の力を解放する者がいるのだろう。良き手本ではないか。」エルのことか。どうしてエルのことを、接点などないはずだが。
「戦い方は個人で異なって然るべきでしょう。」
「何故、法術士ほどの法力も狂戦士並の怪力も持たぬ主が、中途半端に武器と石を扱うのか。まして手にするはかの有名なカレドヴルフ。何故武器に頼りきらないのか。それは・・・槍がもたないからだ。」クリアンカが引いて間合いをとる。さらに翼が一回り大きくなる。
「つまりは武器を、『カレドヴルフ』を壊したくないのだろう。何とも女々しい話ではないか。クァッ、クァッ、クァッ・・・」
「本気で黙らせる。覚悟しろ、インヴェルノ。」
一方的に攻め立てるクリアンカ。その槍からは友愛や信頼といったものは感じられなかった。容姿にフォルテナの面影が少ないからか、言動に腹が立ったからか、フォルテナの名を否定したからか。クリアンカは力任せに槍を振り回し、時に雷属性の法術を放って、高まった感情を抑えようとした。しかし標的を捉えきれない。インヴェルノは余所目心細い大鎌を巧みに操り全ての攻撃を捌ききった。インヴェルノは避けない。あの細長い鎌さえ折ってしまえば憎たらしいアイツに一発かましてやれるのだが。力任せの攻撃ではビクともしなかった。そのビクともしない大鎌には闇の属性が灯されていて呼吸をするかのように黒色のベールが脈打っていた。
「そうそう、悪くない。むしろ想像以上だクリアンカ。自信を持って良いぞ、お前は強い。」嘘か真かインヴェルノの言葉はクリアンカにとって嫌味以外の何ものでもなかったから、より一層力が入る。一撃を当てることに必死、それでもなお、攻撃を打ち付けることはできなかった。
ついにインヴェルノが動きを見せる。ジグザグジグザグ・右往左往、上に下にと空中とは思えぬ程に細かく俊敏な動きでクリアンカの周囲を回り攪乱した。動き回るが攻撃はしてこない。大鎌は防御専用なのだろうか。しかしながらクリアンカの攻撃も止んでしまった。インヴェルノの素早さについていくことができず槍を突き出すこともできなかった。止まったままでは不利だと考えたクリアンカ、自身も飛び回ってみるもうるさいインヴェルノを振り切ることはできなかった。決してクリアンカが遅いわけではない。ある程度の距離、100メートル、200メートルくらいの直線勝負であれば実はクリアンカの方がスピードは上だった。ただし残念ながらその速さは戦いにはあまり必要のないもの。無用の長物。そう諭されているようでよりイラつくクリアンカの心情を読み取ったかのように、クリアンカの背後から肩越しにヌゥ~と顔を出すインヴェルノ。レローンと舌が出ている。完全に馬鹿にしている。
「雷破!!」反射的にクリアンカは大声で叫んだ。雷光爆発。全身から発せられる雷属性の法術は威力こそ微弱なれど、その範囲は自身の周囲360度。光と熱はインヴェルノを巻き込んだ。当然、距離を取るだろうと踏んだクリアンカだったが、インヴェルノはクリアンカの背後から動いてはいなかった。
「目眩ましにもならんな――」ボソリと吐き捨てたインヴェルノの大鎌がクリアンカに迫り、
「闇薙。」切り落とした。ポトリ、あっさりと、『フォルテナの槍』を。刃が大地に向かって真っ直ぐに落ちていき、荒野に突き刺さった。それを追うようにゆっくりと、お手上げのクリアンカが直立のまま降りてくる。やがてインヴェルノも追ってきた。少しの間無言が続き、風の音だけが流れた後。「昨日今日で2度も負けると、負け癖がつきそうですね。」槍の刃を拾い上げ呟いたクリアンカの翼が元に戻った。
「やや手荒になってしまった、許せ。」
勝負あり。その後クリアンカはインヴェルノの言うがままに、残りの時間を過ごした。
【ソレゾレ ノ サイカイ
~クリアンカ ト インヴェルノ 終】
【ソレゾレ ノ サイカイ ~ オルガ ト シルドラ】
「起きたか。」腰掛けに座り、本に目を落としたまま声をかけたのはシルドラ。ここは魔城門。エル、セシリア、クリアンカは既に旅立ち、残されたのはオルガとシルドラの2人。
「俺はどれくらい眠っていた?」オルガが問う。
「ん、2時間ほどか。」
「そうか。」オルガは立ち上がると手足を伸ばし始めた。首を回し肩を回して次の戦いに備えながら質問を投げかける。
「なぁ、本を読んでて気持ち悪くならねェか。」
「あん?馬鹿と一緒にするんじゃねぇよ。」シルドラはオルガの意味不明の質問を切り捨てた。
「ならよ~、本に『答え』は載っているのか?」
「・・・・・・・・・」タン、と本を閉じるシルドラ。返答を待つオルガ。実の所、何でそんな問いをぶつけたのかは本人も定かでないのだが。シルドラは面倒臭ぇな、という風に軽く息を吐くと静かに口を開いた。
「答えは期待しない方が賢明だ。ただ、ヒントやきっかけは見つけることができるんじゃねぇか。」
「そうか、別に俺はそんなことどうでもいいだけどよ。さっ、もう一度やろうぜ。」楽しげに返答を無視してオルガが大剣を構えた。
「マジで殺すからな、オルガ。」舌打ちをしながらシルドラも椅子から立ち上がった。
打ち込めど打ち込めど、切りつけど切りつけど、まるで手応えがなかった。いや違う。嫌というほどまで手応えはあるのだ。避けることないターゲットに向けて邪魔されることなく、自由に気兼ねなく愛刀を叩きつけた。しかし、オルガの大剣による目一杯の剣撃を鬼神竜シルドラはその腕、その脚、時にその指でいとも簡単に弾いてしまう。その度に鈍い金属音が鳴り響くことからシルドラの身体に何らかの細工が施されているのはほぼ間違いのない所だが、尋常ではない硬さである。構わず攻撃を繰り出すオルガの呼吸は乱れ、いずれ攻め疲れが生じた。そしてふと気の抜けた瞬間を見計らったようにシルドラの蹴りが飛んでくるのだ。オルガに避ける術はない。そもそも蹴りが見えていない。オルガは噴水まで吹っ飛ばされた。それでも起き上がり、お前は不死者かとシルドラが評するほどに性懲りもなく、同じことを意識が飛ぶまで続けた。
今もまだオルガが大剣を振り回していた。元気一杯に。それに付き合いながらシルドラは憂いを抱いた。コイツは本当に能無しなのか。学習能力ゼロなのか。人間離れした怪力に現を抜かしてちやほやされて、結果このザマなのだろうか。何の考えもなしに淡々と剣をぶん回すだけ。幸か不幸かそれで通用してきてしまったのだろう。中途半端な実力を身につけた者ほど早死する理由の一端が垣間見えた気がする。いい加減俺の能力にも感付く頃合かと思っていたが、この様子では思考回路は働いてねぇな。もしくは考えながら戦うことのできない性格か。時々いるんだよな、戦いに没頭しすぎる馬鹿が。自分の戦術・スタイルが万能だと勘違いしているのか知らんが、全くもって愚かしい。手応えで分からんもんかね、手前ぇの実力じゃ俺の鋼は斬れねぇってことが。俺の『鋼化能力』を察することができねぇならオルガよ、お前に勝ち目はない。無駄な時を過ごしたな。
シルドラの属性は鉄か鉛か銀か、そんな所だろう。体の一部を変化させて武器、防具として使えるんだろうな。石の力かどうかは知らねェが面倒臭ェことこの上無ェ能力だ。きっとエルの奴なら素早く硬化する前に、もしくは器用に硬化箇所以外の部分を狙って突くんだろうな。クリアンカならどうだ、金属には雷が有効なのです、とか何とか言いながら法術と槍撃で空中から打開しようとするかね。セシリアは叫びながら大爆発でも引き起こすか。それとも攻撃を俺等に任せて守衛に徹するか。さて、じゃあ、俺はどうするか。何ができる。クックックック・・・ぶった斬るしかねェわな。それしかできねェんだからよ。斬って壊してぶっ潰して。それができねェんなら糞の役にも立ってねェってか。俺の成すべきこと、倒し殺し滅ぼすこと。他のことはアイツらがどうにでもするだろう。
それは何の前触れもなく突然に。オルガの額に文字が浮かび上がった。記号かもしれない。鴇色の紋章がひとつ、おでこの中央に淡く煌めいた。
「出たか―」サングラスで奥の瞳は見えないが、口元に僅かな笑みを浮かべたシルドラの左肩をオルガの大剣が打ち抜いた。鬼神竜もさすがでうまく身を翻して致命傷は避けたものの、左肩からは激しく鮮血が飛び散った。久方振りに聞こえた金属音以外の音は耳に残った。これに焦ったのはオルガ。
「バカ野郎!ちゃんと避けやがれ!!気ィ抜きやがって!血止めなんか持ってねェぞ。セシリアもいねェし、どうすんだっ、バカ!」
「馬鹿×2うるせぇぞ、黙ってろ。っ言うか気付いてねぇのか、オルガ。」シルドラの肩口から吹き出した深紅の血液。腕が千切れていないか心配になる程の一太刀だったが、寸前まで吹き出していた血が止まっていた。否、固まっていた。鋼の硬度で。
「おぅおぅ、何だなんだ、血も硬化できるのか。面白ェ能力だな。ったく、心配して損したじゃねェか。」屈託のなくなった笑顔で喋るオルガ、その心中は大事に至らなかったからか戦いを続けられるからか。その両方、ではないだろうな。本心を言えばやはり後者になるのだろう。ただし、シルドラの能力を褒め称えたオルガに対する返答は次のものだった。
「そうじゃねぇよ、バカ・・・」
鬼の封印が解除された。オルガの属性、『鬼』。本人は戦いに没頭して気付いていなかったが、超重量の大剣をまるで子供のオモチャでも振り切るかのようなスピードでぶん回したのだった。オルガの攻撃を完璧なまでに見切っていたシルドラがオルガの額に現れた紋章に気を取られたということもあるが、避けきれなかったのも致し方ない。
鬼属性、それは重力を操る特殊な属性である。詰まる所、オルガの馬鹿力を増幅させるというよりは、装備品の重量を軽量化するといった方が正しい。結果的には一緒だろう、とオルガは一蹴しそうだが。『鬼』に魅入られる者は極めて稀で、また、鬼属性の魔導石も火や風といった一般的な属性と比べて数が極端に少ない。ましてや鬼人族が絶滅を危惧されて久しい今、石が存在するのかどうかも怪しいのが実状だった。
「一旦『鬼』の力が解放されてしまえば大丈夫だろう。」シルドラの言葉にピンと来ないオルガ。
「どういうことだ?」素直に質問をぶつける。
「んっ、オルガよ、身体は何ともないのか?魔導石なしで使ったんだ、そんな訳あるまいて。」
「あん?手前ェの傷の心配でもしたらどうだ。誰が見たってそっちの方が重傷だろう。俺は何とも―」
問題無しの異常無しを顕示しようと一歩踏み出したオルガの膝が折れ、オルガは片膝をついてしまった。
「フン、当然の結果だ、強がりやがって。とりあえず鬼の属性について簡単に説明してやるからそのまま聞いてろ。」
シルドラの説明は次のようなものだった。鬼属性の魔導石はいわゆる『特殊型』と言われるもののひとつ。属性を伴った効果を発動するものではなく、肉体への負担を軽減する為の石。一度鬼の力を解放したオルガであれば、直にその力を自由に扱えるようになるだろうということだった。バカにはもったいない力だとも言っていた。しかしながら鬼の力の肉体的負担は尋常ではない。一瞬の解放ですらオルガに立ち上がれないくらいの疲労を与えた。負担軽減のために石の力は必須。それを一つ、鬼属性の魔導石をシルドラが持っているという。オルガに授けるという。
・・・・・・オルガはこの辺りで眠りに落ちた。突然の解放に身体がついていかないのは仕方のないこと。これはその寸前のやりとり。
「俺は二刀流なんだが、石は一個しかねェのか。」
「ああ、これで終まいだ。もうひとつは自分で探せ。」
「ケチケチ・・・すん・・なよ・・・・・・・な(眠)。」
六神竜と言えど眼球は2つ。かつてシルドラは片目をある冒険者に託した。そして今宵、視力を失った。賭けてみたい男に出会えたようだ。
【ソレゾレ ノ サイカイ ~ オルガ ト シルドラ 終】




