難しい本の音読でのみ寝る子供
本を読んでもらってから数ヶ月が経った。
俺は新しいスキルの習得に苦戦していた。
いや、一応収穫はあった。
新しいスキルは、同じことを繰り返せば習得できるらしいことを知ったのだ。
俺が知ったのは、最近家に新人の使用人が来たからだ。それで新人研修を偶然聞くことが出来た。
「いいですか?皆さんには、基本的に雑務を担当していただくことになります。そして雑務の中で1番多い仕事が掃除です。皆さんの中に、掃除に関するスキルを習得している方は居ますか?」
し~ん……とした沈黙が答えだった。
「幼少期から訓練していなければ、スキル習得は難しいので仕方がないでしょう。では、早速雑巾がけをしましょう。今日だけで1000回以上繰り返せば、誰かはスキルを習得出来る筈です。」
メイド達のブーイングを1回手を鳴らすだけで黙らせて、一緒に雑巾がけをするメイド長。
日が昇る頃から日が落ちるまでやって、新人メイドの3分の1ぐらいがスキルを習得したらしい。
だがスキルを習得した新人メイド達は、元々家事手伝いのアルバイトをしていたとか言っていた。
つまり、スキル習得は楽ではないということだ。
一朝一夕では身につかないだろう。俺はとりあえずスキル習得はなあなあでやることにした。
そして既存のスキル強化の方だが、こっちはなかなかうまくいっている。
最初は職業と称号しか見れなかったが、最近は名前も見れるようになっていた。
【メイド/ジャスミント】
【弱い兵士/ウチジミー】
【辺境伯/イルズ・ネハンピ・カナイリナカ】
【辺境伯の屈強な正妻/シンセ・ネハンピ】
異世界らしく、聞き慣れない名前が多い。
そして気づいたのだが、この世界の一般人には家名がない。代わりに何処出身の誰々と名乗る。
だからジャスミントは同じ出身地で名前も同じにならないように、わざわざジャスミンだけで成立する名前にミントを混ぜたのだろう。
一方、貴族には家名がある。
親父は名前にカナイリナカと書いてあるが、これは多分管理している領地の名前だろう。
ウチジミー君が、カナイリナカのウチジミーですとか名乗っていたし間違いない。
変な称号がついている母にはカナイリナカとは書かれていないが、当主である父にだけ書かれるからだと俺はそう予測した。
あと、気になっていた俺の名前も調べてみた。
名前を聞いたことがないので楽しみだったが。
【辺境伯の幼い長男/・ネハンピ】
……名前がなかった。中点はあるのに。
これは多分、この世界では一定の年齢まで名前をつけない風習があるのだろう。
分からなくもない。だが普通は幼名くらいつけるものだろうと思っていたので、少しびっくりした。
同時に、俺の将来の名前が楽しみになった。
さて、次は会話の練習だ。
これは意外とすんなり喋れた。赤子は1歳くらいから喋れるらしいし、時間が解決した形だ。
なので俺は、本をおねだりした。
俺の、生後初めての言語を聞けい!
「ごほん!ごほん〜!」
おねだりする相手はそこらへんの使用人だ。
乳母はもう居ない。俺があまり手のかからない子供だったから、別の家に行ったのだ。
「わわ!坊ちゃまが喋った!えっと、ご本ですか?」
「ごほん!ほん!ほ〜ん!」
「それではご本をお持ちしますね。……まさか坊ちゃまの最初の言葉が、ご本とは……。」
ちょっと魂消た感じだが、使用人が本を持って来た。俺に絵本を読み聞かせてくれた。
「きゃいきゃい!ごほん!ごほん!」
「ええ、坊ちゃまに楽しんで頂けて光栄です。」
そう言って使用人がニコニコしながら本を片付ける。そこで俺が、突然泣き喚いた!
「ビャアアアアッ!ごほん〜!ごぼん゛〜ッ!」
「うわっ!?えっと、またご本ですか?」
また使用人がさっきと同じ本を読む。
しかし俺は、全力で泣いた。
「ビャァアアアアアアアアアアアッ!!」
「わ、分かりました!新しいご本ですね!?」
使用人が新しい本を出して読んだ。俺はその本を読んで欲しい訳ではないが、喜んだ。
「きゃっきゃ!きゃい!ごほん!」
「ふぅ。……おかしいなぁ、俺は坊ちゃまが大人しい子だって聞いていたんだけどね。」
「オビャァアアアアッ!ごほんっ!」
俺はまた泣いた。一見したらただのパワハラだが、俺にはこんなことをする理由がある。
「ええ?えっと、えぇ?……坊ちゃまは、どんな本を読んだら満足してくれるんだろう……?」
使用人が本を読みまくる。
そして、ようやくその時が来た!
「ええい、本を読めば一旦笑うのに!何で同じ本はダメなんだぁあっ!もう難しい本しかないぞ!?」
使用人が、数学の本を読む。
そして俺は、喜んでから大人しくなった。
「きゃいきゃい!ごほん!」
「本だったら何でもいいのか……。」
「きゃいきゃい!……すぴー。」
「しかも数学の本で寝た!?え、やば……。」
クックック!これこそ我が作戦!
学術書を読むまで泣き喚く作戦だ!
このあとも俺がちゃんと喋れる年になるまで毎日、暇があれば使用人達に本を読まさせた。
使用人達は俺のことを変わった子供と思ったらしいが、特に気にしなかった。
何度もいろんな本を読ませ、ついに魔法の本に使用人が手を出した。作戦は成功だ!
「……これ、魔法の教科書じゃないですか。執事長、こんなんで喜んでくれるんですか?」
「まあ、他に本はまだあるけど……坊ちゃまはもう、難しい本を読まないと眠ってくださらないんだよ。だけど私は他の仕事をしなければいけないから、君に音読を任せたいんだ。頼めるかい?」
「はぁ、分かりました。……坊ちゃま、今日のご本は“初歩的な魔法の行使”ですよ……?」
「きゃぁああああっ!ごほんら!」
俺が全力で拍手をする。使用人は本を開き、子供が癇癪起こしそうな本だなと呟いて読む。
使用人の言ったように、用語が多くて幼い子供では覚えるのが大変そうな内容だった。
本の最初の部分でも、13歳になってパブリックスクールに通う子供の最初の壁だと書いてあった。
転生者なのに内容を半分も分からなかった。
まあ前提知識もないし、仕方がない。
分からない部分を無理に理解するのは難しそうだ。今の自分が理解できた内容を、より分かりやすく脳内でまとめる方が今は効果的だろう。
そんなわけで、俺は一旦寝ることにした。
「難しい本の音読で眠るのって、退屈だから寝てるんだよな?多分そうだろ……いや、でもなんか楽しそうだし……。うーん……。」
うんうんと唸る使用人。言葉が分からないのに勇者の本で喜ぶ子供も居るらしいし、魔法の教科書で寝る子供が居てもいいだろ。
そう思いながら、俺は眠りに落ちた。




