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村井美鶴のヤキモチ

帰宅した俺と円香は、ソファーに腰かけた。


「楽しかったね、美鶴」


「うん、凄く楽しかったよ」


顔を見合わせて、笑い合う。


「やっぱり、円香にとって上條君は特別だね」


「どうしたの?美鶴が、そんな事言うなんて珍しいよ。」


そうなんだよ。


今日の俺は、自分でも驚く程のヤキモチを妬いている。


「そんな事ないよ」


そう言って俺は、円香を腕の中に引き寄せた。


「どうしたの?何か、気になったなら言ってよ」


「ヤキモチ妬いた」


「何で?上條は、女は好きじゃないよ」


「わかってる。でも、二人には特別な空気が流れてて。俺は、そこには入れないから」


「何言ってんのよ。美鶴」


「時々会ってるのに、こんなの初めてだよ。多分、前より円香への気持ちに向き合ったからかもしれない。」


ギュッてする俺の腕を円香は、掴んでくれる。


「美鶴」


「何?」


「上條も知らない秘密を読もうか?」


「どういう事?」


「ちょっと、離して」


俺は、円香を離した。


円香は、立ち上がって、自分の部屋に行った。


俺は、戻ってくるまでの間にコーヒーを淹れていた。


「ごめんね」


コーヒーを淹れ終わるタイミングと、円香が戻ってくるタイミングは同じだった。


「ううん」


ソファーに座った円香の隣に、コーヒーを持っていって座る。


「ありがとう」


「うん、それは?」


「先生からの手紙」


「すごい量だね」


「うん、だからまだ全部は読めてないの。」


「そっか」


「美鶴が、ヤキモチを妬いてるなら、私と美鶴だけの秘密を作ろうと思ってね。そして、その秘密は、きっと先生の事がいいんだと思った。」


「読んでくれるの?」


「うん、でも一気には読めないから…。今日は、これね」


「うん」


そう言って、円香は先生の手紙を開いて俺に差し出した。


「美鶴が、読んでくれる?」


「うん、わかった」


俺は、その手紙を読み始める。


【円香へ】


円香が、俺の元からいなくなる。


そんな事を、繰り返し繰り返し考えている。


通過儀礼って言葉を覚えてますか?


大人になる為の成長過程の事だよって話したよね。


円香が、俺を好きになったのはその一つなのではないかと思ってしまってる。


俺は、そんな一つになりたくなどない。


そう思っている。


卒業した円香を見つめながら、本当はこの場所から羽ばたかせたくなかったと感じていた。


まだ、この場所で幼虫のままでいて欲しかった。


それなら、俺にくっついていてくれたのに…。


なのに、残酷に時間は過ぎ去っていった。


同年代の人達と楽しそうに笑う円香が見える。


円香が、足首を痛めたあの日。


家にやってきた夏休み。


ゆっくりと肌を重ねたあの日。


加奈枝の代わりにしたあの日。


料理が少しだけ上達した冬休み。


全部、全部、俺には昨日の事なのに、いずれ円香にとっては遠い過去に変わっていくんだ。


円香が、大人になったらわかるよ。


大人になり、日々の生活をこなすだけで生きてるとね。


好きな人と過ごした特別は、全部全部、色濃く根づいてくんだ。


でもね、今、子供の頃の事を思い出すとね。


初めてだけが、キラキラしていて叶わなかった事だけがリアルで。


後は、全部ピンとの合わないカメラを覗いてるように臼ボケているんだ。


そう感じたら、円香もそうだと思った。


それなら、いなくなりたい。


いなくなった後に、円香が俺を捨てて羽ばたいていっても


何も感じやしない


この痛みを持続する事が耐えれない事を、大人になって知った。


胸を突き上げる痛みに押し潰されそうになる。


駄目だ、こんなのを永遠に感じていたくない。


円香を失った時に、俺にはもう何も残っていない。


想像するだけで、這い上がってこれない自分がわかる。


俺をあんな風に求める存在はいない。


俺を好きなままの円香を向こうで待ってるから


先に逝くよ


愛してる、大人の階段を登って行きなさい


さようなら


【前野友作】


円香は、ボロボロと泣き出した。


俺は、円香を強く抱き締める。


「先生の気持ちが、今ならわかる。私も美鶴を失ったら、もう生きて行けない」


「俺もわかるよ」


円香は、俺の顔を覗き込んだ。


「美鶴、通過儀礼じゃないよ。美鶴も先生も…。私は、ちゃんと向き合っていたよ」


俺は、円香の頬に手を当てて涙を拭ってあげる。


「わかってるよ。円香。俺は、あの日孤独を埋めてもらった。でも、円香がいなかったら。殺人犯だった。円香と肌を重ねた日、美花の代わりにした。円香の先生の代わりになりたいとも思った。でもね、もう代わりは嫌だった。幸せで満たされているのに、代わりは嫌だった。円香の相手になりたかった。」


「美鶴、私ね」


そう言うと円香は、俺の左手を左胸に当てる。


「もう、(ここ)が美鶴の形にはまるんだよ。今は、前より肌を重ねるのが幸せなんだよ。」


「円香、俺もだよ」


俺は、その手を握り返して自分の左胸に持っていった。


円香と俺の心が、一つに繋がったのがわかった。


もう、手放したくはない。


「美鶴、愛してる」


「円香、愛してる」


手を取り合って、優しくキスをした。


ゆっくりと深く舌を入れていく。


いつもなら、もっと(ほっ)する肉体が…


これ以上を望んでいない。


あの時と同じだ。


キスだけなのに満ち足りている



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