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四門の奥義~鬼の哭く郷~  作者: 墨人
第一章 土
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土の奥義

今回少々残酷な描写が含まれていますので、ご注意ください。

 大地を踏みしめた両足から腰へ、腰から胸へ、そして両の腕へと全身の筋肉全ての力を集約した渾身の打ち下し。瞬時、受け流しをする素振りを見せた蒼次郎だったが、玄蔵の大刀の刀身が奇妙な揺らめきを纏っているのを見て取ると、大きく後ろに跳躍した。

 直後、それまで蒼次郎の立っていた地面が大きく陥没した。大きく土砂を巻き散らす粉砕ではなく、押し潰すような陥没だ。

 打ち下す一刀に集約された筋力が大刀に剣圧の塊を纏わせている。『金剛』によって極限まで高められた筋力が可能とする土の奥義『山津波』。自然災害の名を冠する強力な技だった。受け流そうとしていれば刀ごと圧し潰されていた事だろう。

 土の奥義書を読んでいない蒼次郎には山津波の正体は判らない。判らないから、玄蔵がそれを使うのを黙って見ているわけにはいかなかった。対処できない技に対処するための唯一の方策は、それを使わせないことだけだ。

 蒼次郎は鋭く踏み込んでの三連撃を放った。風流の代名詞とも言われた高速剣『疾風』だ。

 速度重視の技のために一撃は軽く威力も低いが、相手に対応を許さない速度で確実に当てに行く技だ。


「おお!」


 しかし玄蔵とて訃流の使い手。大刀を立てて辛くも疾風の三連撃を防ぐと、そのまま斬撃に移行する。型も何も無視した強引な太刀筋を金剛のもたらす筋力は可能としてしまう。

 これを風流の防御強化術『流水』で受け流す蒼次郎。その手には先刻までとは段違いの負担がかかっていた。しかし流した斬撃は剣圧を纏ってはいなかった。


「くっ……確かに大した力だが、どうやら完全に振りきらねばあの技は使えないようだな」


 言いながら、蒼次郎は内心で歯噛みしている。風流の剛力の延長として土の奥義を考えていたのは少しばかり甘かったようだ。とにかく山津波を使わせるのは不味い。手数を増やして玄蔵に大技を使わせまいと矢継ぎ早に攻撃を仕掛ける。それこそが高速剣たる風流の戦い方だ。

 並みの剣客ならば瞬き一つする間に斬り刻まれていそうな猛攻を、注意深く太刀筋を見極めて玄蔵も防いでいる。それだけでなく散発的にもせよ反撃に転じ、これを受け流す蒼次郎の方にこそ余裕が無い。

 蒼次郎の周囲では流された大刀の一撃で庭石や庭木が砕け散り、その破片や木端が蒼次郎に細かな傷を負わせいく。直撃こそなくとも、このまま続けていれば小さな傷の蓄積が響いてくる。

 その均衡は不意に破れた。玄蔵の斬撃を受け流した蒼次郎の腕が刀ごと後ろに持って行かれたのだ。


「流しをしくじりやがったな!」


 これを好機と見て取った玄蔵は山津波を放つ。

 しかし満を持しての奥義は蒼次郎を捉えることが無かった。

 蒼次郎は後方に持って行かれた右腕を追うようにして体ごと回転していた。左足を軸にして半回転すれば、玄蔵に背を向けた姿勢ながらも立ち位置は体一つ分移動している。

 大刀の纏う山津波の圧力に中身の無い左袖が巻き込まれ、着物の繊維が引き千切られる。これを振り切るようにしながら蒼次郎は回転を続ける。回転の軸足を右に変えて半回転で、さらに体一つ分を移動しながら玄蔵に正対していた。

 しかもこの回転は回避のためだけのものではなかった。回転の勢いを乗せて蒼次郎の一刀がはしる。斜め上から斬り下す斬撃は、未だに振り下されている最中の山津波に追いついていた。

 それほどまでに蒼次郎の回転と斬撃は速かった。

 一息に肉も骨も断たれ、玄蔵の両腕は切断されていた。大刀は柄を握った両手を付けたまま吹っ飛び、少し離れた地面に突き刺さった。


「うあ? あ……ぎゃああ!」


 余りの急展開に一瞬状況を理解できなかった玄蔵は、急に重みを失った両の腕を見て悲鳴を上げていた。


「て、てめえ……蒼次郎! よくも俺の腕を!」

「黙れ、喚くな」


 蒼次郎の刀が玄蔵の腿に突き立った。たまらず尻もちをついた玄蔵を、蒼次郎はさらに蹴り転がし、仰向けにさせて喉を踏みつける。

 息が詰まって呻く玄蔵。その左目に、蒼次郎は刀を突き込んだ。


「ぐああああああっ!」


 絶叫してのたうち回る玄蔵。そんな玄蔵の動きを、今度は胸板を踏みつけて止めた蒼次郎は、玄蔵の残った右目に刀の切っ先を突き付けた。


「や、やめろ! やめてくれ!」


 潰された左目からドロリとした気味の悪い物を、残った右目からは涙を流して玄蔵が哀願する。

 それを見下ろす蒼次郎には、哀願など通用していなかった。


「黙れと言っただろう。今のは貴様に潰された左目の礼だ。右まで潰そうとは思わん」


 刀の切っ先は玄蔵の喉元に移動した。


「貴様の両眼を潰そうとも、それで俺の左目が開くわけでなし……貴様を八つ裂きにしようとも、それで御祖父様や葉末が帰ってくるわけでもない……復讐など虚しいものだが、せめて取り返せる物だけでも取り返さなくてはな。玄蔵、土の奥義書はどこだ?」

「ふ、懐に……!」

「ふん、肌身離さずか。用心深い事だな」


 蒼次郎は刀を閃かせて玄蔵の着物を切り裂いた。傍らの地面に刀を突き刺し、拾い上げた紙包みは口も使って破り開く。出てきた奥義書をぱらぱらとめくって真贋を確かめると懐に押し込んだ。


「土の奥義書、確かに……」


 呟き、着物の上から奥義書を抑えた蒼次郎は隻眼で夜空を見上げた。

 そして再び取った刀を玄蔵に突き付ける。


「ま、待て! 奥義書は返したんだ、助けてくれ!」

「助けてくれ? 今さらそんな事を言うのか?」


 蒼次郎は冷笑を返す。


「俺はこの通りのざまだ。もう刀を持つこともできない。剣客としての俺は死んだも同然だ。復讐は虚しいんだろう? 頼む、助けてくれ!」


 先ほどの蒼次郎の言葉に最後の望みをつなごうとする玄蔵の姿に、蒼次郎の冷笑が消えた。

 最初の無表情に戻り、淡々と言う。


「虚しかろうがなんだろうが貴様を生かしておいては俺の気がすまん。貴様らは御祖父様を殺し、俺を犯人に仕立て、あげく葉末までを死に追いやった。とうてい許せるものではない」

「ち、違う! お嬢さんを殺したのは瀬田が一人でやったことだ。俺は関係ない!」

「殺した、だと? 葉末は自害したのではないのか?」


 玄蔵の口から飛び出した言葉に蒼次郎は困惑した。

 祖父の死と、その犯人が兄であるという事。若い葉末がそんな状況に耐えられずに自害を選んだとしても不思議ではない。そう思って葉末が自害したという話を鵜呑みにしていたのだ。


「事ここに至って貴様が偽りを言うとも思えないが……まあいい、真実は直接瀬田に質す。次に殺すのは瀬田に決めた」

「つ、次って……」

「もちろん、貴様は今殺す」

「ま……」


 待ってくれ、と言おうとして開かれた玄蔵の口に、蒼次郎は刀を突き入れていた。


「ぐあ……あ……」


 玄蔵の死の痙攣を足裏に感じながら、蒼次郎は無表情のままだった。

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