009話 幼馴染
倉庫街は、戦利品を預ける生徒たちで賑わっていた。
受付も少し混み合っていたのだが、男性である俺が列に並ぼうとすると、周りの女生徒たちがモーゼの十戒のごとくサササッと道をあけ、あっという間に順番を譲ってくれた。
数が少ないだけの男だからといって、そんな特別扱いしてくれなくてもいいのに。
あぁ、逆に近づかれて変な冤罪をかけられる方が女生徒たちも困るのだろうか。男の方の身勝手な主張でも理不尽に通っちゃうような世界だからなぁ。
素直に順番を譲ってくれた子たちに感謝しつつ、俺は少し申し訳なさそうな微笑み顔を作り、軽く会釈して進んだ。
その瞬間、視界の端で数人が「ひぅっ」と短い悲鳴を上げてバタバタと倒れてしまったようだが、気のせいだと思いたい。ダンジョンの疲れとか出たんだろう。俺のせいじゃないぞ、うん。
「お疲れ様です。本日のご利用は、預け入れでしょうか? それとも、引き出しでしょうか?」
「引き出しをお願いします」
「かしこまりました。お客様のアイテムリストを表示いたしますので、デバイスをこちらに翳してくださいませ」
「はい」
言われた通りにデバイスを翳すと、ピッ、という無機質な電子音が鳴り、ホログラムで倉庫のデータが展開された。なんか、前の世界の電子決済みたいだな。
リストには、ダンジョン内で転送した4つのアイテムがしっかりと表示されている。
よしよし、倉庫に入れるところまではバッチリ成功しているぞ。
「アイテムを選択し、こちらの『引き出し』ボタンを押していただくと、お引き出しいただけます。直接アイテムスロットへ収納をご希望の場合は、ご自身の空きスロットをご指定ください。では、ご不明な点がございましたらお気軽にお声掛けくださいませ」
「ありがとうございます」
よし、手始めに「睡眠の花」を取り出してみるか。
俺は画面上でアイテムを指定し、直接手元に取り出す操作を行った。
そして……。
チャリンチャリン!
「オーマイガッ!?」
ちきせう、やっぱりか。
倉庫のリストからもアイテムが消えており、無慈悲にもD貨へと変換されたログだけが残っていた。
どうやら俺が直接触れようとすると、手持ちのアイテムスロットからであれ、預け先の倉庫からであれ、有無を言わさずシステムに徴収されてしまうらしい。
「お、お客様? どうなさいましたか?」
おっと、あまりの理不尽さに叫んでしまったせいで、カウンターのお姉さんに怪訝な顔をされてしまった。反省、反省。
「あ、申し訳ないです。ちょっと確認したいんですが、これって自分以外が取り出すことってできるんでしょうか?」
「はい、可能でございますよ。共同の利用登録という形ですね。一時的な登録でも構いませんので、そちらの手続きをしていただければ他の方もお取り出しいただけます」
ほうほう、利用登録が必要なのか。
流石にこのカウンターの職員さんに登録を頼んで取り出してもらうのは、やめといた方がいいか。
じゃあ、誰か、頼めそうな同級生とかにでも……。
そう思考を巡らせた瞬間だった。
「あ、あら、こんなところで奇遇ね。ワイルド」
凛と澄んだ華やかな声と共に、真紅の長髪を優雅に靡かせながら、圧倒的な存在感を放つ美女が姿を現した。
切れ長で力強い吊り目に、シルキーベージュの吸い込まれるような瞳。
制服の上からでも暴力的なまでに主張する胸元のボリュームとは裏腹に、お尻や太もも回りは折れそうなほど華奢という、視線のやり場に困るアンバランスなプロポーション。
その立ち姿からは並々ならぬ気品が溢れ出し、悪役令嬢然とした佇まいは、周囲の者を思わず平伏させてしまいそうな高貴な圧を放っていた。
彼女こそ、四大財閥の一角、一色グループの令嬢にして、元婚約者たる幼馴染。
そう、一色瑛薇のご登場である。
「どうしたのかしら。私に見惚れて声も出せないの? そんな様子で、この先学園でやっていけるのかしらね」
腕を組み、ツンとすまして言い放つ。
彼女は、その存在感と幼い頃から染みついた強めの口調のせいで、他人から非常に誤解を生みやすいタイプだ。これでも小さい頃より、かなりマシになっているほうだな。
長年の付き合いである俺の脳内フィルターを通せば、今のセリフはこのように翻訳される。
『あれ? ワイルド反応してくれないけど、私何かしちゃったかな? もしかして見惚れてくれてたとか? そうだったらすっごく嬉しいな。でも、この学園は女性ばかりだし、大丈夫かな? ぼーっとしてたら他の女の子に襲われちゃうかもしれないし、とっても心配だな』
……うん、頭の中で変換してあげると、実に可愛らしく健気な少女である。
大人びた絶世の美女感が漂っているが、彼女はこれでも学園の3年生なのだ。
「ごめんごめん、あまりに美人だからマジで見惚れてたわ」
「ワ、ワイルド!?」
エイラは育ってきた環境的に褒められ慣れていないせいか、わかりやすいほどに一瞬で顔を真っ赤にした。ツンとしたお澄まし顔が剥がれ落ち、耳の先まで朱に染まり、少し俯き加減で照れてしまっている。
ここでさらに褒め倒すと、彼女のキャパオーバーに達することは火を見るよりも明らかだ。プシュ〜と頭の先から煙を吹いて卒倒するので、このあたりにしておくのが幼馴染の優しさというものだろう。
自分でからかっておいて何を、と思われても仕方ない。だって、この反応が可愛いのだもの。
「はぁ……ワイルド様。うちの『クソ雑魚チョロイン』お嬢様で遊ばないでいただきたい」
うわ、出たな、腹黒執事。
氷の刃のように冷たく、それでいて特大の呆れを含んだ声がエイラの後方から飛んできた。
そちらを見ると、盛大に溜め息を吐きながら主人たるお嬢様にも毒舌を浴びせている、中性的な顔立ちの執事がいつの間にか控えていた。
くすんだ水色のミディアムショートヘアは、アシンメトリーな前髪で片目を完全に隠している。
隙一つ、シワの一つも見当たらない漆黒の執事風スーツに身を包んでいるが、その下には鍛え抜かれた筋肉質な肢体が隠されているのがひと目で分かる。
真っ白な手袋をはめた手で口元を覆い、感情の読めない冷酷そうな瞳でこちらをつぶさに観察するように眺めてくる姿から、従者としての圧倒的な優秀さがひしひしと伝わってきた。
久士目奏汰。
彼女こそ、幼い頃からエイラに仕える専属従者にして、俺の借金と命運を裏で握っている張本人である。
「それで、返済の目途は立ちそうなのですか? 私めの方で確認しておりますが……おやおや、引き落としばかりで、デバイスへの入金が一度もありませんね。まだ1チップも稼げていないのでしょうかね?」
「ぐ、ぐぬぬ」
クシメは俺の耳元に顔を寄せ、見下すような冷徹な声で囁いてきた。
俺のデバイスの支払い機能には、エイラの口座と直結しており、そこから引き落としする形で諸経費を賄っている。さっき衝動食いした焼き串と焼きそばの費用もそうだ。
デバイスの入出金の履歴をクシメも確認できるように設定されているため、彼女には全部筒抜けなのだ。
「いや、もしかしたら稼げるかもしれない。エイラ、ちょっと手伝ってくれないか? 倉庫からアイテムを取り出すためにエイラも利用登録してもらいたいんだ」
「ハッ! えっと、取り出し? そんなことも自分でできないなんて。いいわよ、特別に私が取り出してあげるんだから感謝に打ち震えることね」
そんなことを言いながらも、エイラは俺に頼みごとをされて満更でもなさそうな顔でササッと登録してくれた。
「じゃあ、『強化の杖[5]』取り出してみてくれ」
「ええ、これね……【チャリンチャリン!】……えっと、出てこないのだけれど、何かの不具合なのかしら?」
無情にも、エイラが取り出す操作をしたであろうタイミングで、俺の脳内ではあの忌まわしい音が鳴り響いた。
「く、無理だったか」
「ちょっと、そこの菊井さん? 倉庫からアイテムが消えたのだけど、どうなっているのかし……」
「エイラ、待ってくれ。これは俺のせいだから、大丈夫だ」
慌てて苦情っぽい言い方になっていたエイラを制止する。態度と口調から、どうしても責める感じに聞こえてしまうが、エイラとしては俺のためにも単純に受付の人に聞きたかっただけなんだろう。
「ワイルドの?」
「あぁ。なんか俺のジョブの制限でアイテムを外に取り出せないんだ」
「そういうことだったのね。やはり、ワイルドに運命のいたずらが訪れたのかしら……?」
「運命のいたずら?」
「私めから説明をさせていただきます。ここ数年ですが、その身に不利な運命を背負う方が続出しております。原因不明、対策も不明。その方々が背負った何らかの制限を、研究者たちは『運命のいたずら』と、そう呼んでいるようです」
ふむ、ゲーム時代では聞いたことのないワードだな。リアル世界特有の何かなのだろうか。それか、前世の忙しい時期に出て俺がちゃんとやってないDLC要素の可能性もあるのか?
だが、俺のは原因がはっきりしているというか、完全にユニークジョブの内包特性というのが悪さをしていると分かっている。
原因不明というからには、俺みたいにジョブ由来だとか、そういうのも分かっていないのだろう。
俺のは運命のいたずらとかいうのじゃなさそうだが、説明するのも大変だし、そういうことにしておくか。
「なら、俺も運命のいたずらを抱えちゃったわけか。でも、ダンジョン攻略は楽しいし、前向きに頑張るとするよ」
「そう、精々頑張りなさい。そのための支援は、この私、一色瑛薇がいくらでもしてあげるのだから」
腰に手を当てながら今にも「おーほっほっほっ」と高笑いしそうなドヤ顔をしている。流石にそれは悪役っぽいからやめておいた方が良いと、小さい頃に注意したらやらなくなったんだよな。素直で偉いぞ、エイラ。
「そういえば、私たちの共通の知り合いなら夜霧さんが運命のいたずらを抱えていたはずよ。昔、夜会で退屈して一緒に遊んだのだけれど、覚えていないかしら?」
前世の記憶を取り戻す前の、華族時代の話か。
この世界では男が珍しい上に、当時の俺は華族の嫡男だったこともあり、パーティーに出れば常に挨拶の嵐で囲まれていた。同世代の女の子たちもかなり集まってきていたから、正直、一人一人の顔や名前までしっかり覚えていないなぁ。
「あの子は学園の温室に引きこもって研究ばかりしているらしいわ。同じ境遇の者の話なら参考になるかもしれないし、話を聞いてみるのもいいんじゃないかしら」
「そうだな。この後、ちょっと行ってみるよ」
「では、お嬢様、そろそろ。ワイルド様、稼ぐ手段が見つかること、陰ながらお祈りしておりますよ」
「ごきげんよう、ワイルド」
俺も二人に軽く手を振って別れを告げると、そのまま教えてもらった学園の温室へと向かっていった。
夕闇が迫り、空は深い藍色に染まり始めている。
広大な敷地をしばらく歩くと、ぼんやりと光の漏れる、ガラス張りのドーム状の建物が見えてきた。
◇
「お久しゅうございます、馬場様」
温室前のテラスに、ひとりの少女が待ってくれていた。どうやら、エイラが事前に連絡を入れておいてくれたようだ。
少し抱きしめるだけで手折ってしまいそうなか細い体躯。理知的でおしとやかな印象を受ける、儚げな美少女がそこにはいた。
艶やかな青いストレートのロングヘアが、優しい夜風に吹かれてゆっくりと揺れる。彼女から漂う品の良い花の香りが、俺の鼻先を心地よくくすぐった。
「お久しぶりです。夜霧さん。子どもの頃の夜会ぶりだったでしょうか」
夜霧竜胆先輩。
エイラと同じく三年生であり、魔素薬学科で液体状の薬の開発や研究を行っているらしい。
道中、クシメから、『どうせワイルド様は覚えておいでではないでしょうから』と、詳細な情報と写真までデバイスに送られてきて本当に助かった。相変わらず有能な腹黒執事である。
「はい。こうしてまたお会いでき、大変嬉しゅう存じます。あの遊びにお誘いいただいた一夜の記憶は、今でも鮮明に覚えております」
深窓の令嬢を絵に描いたような彼女の姿を見て、俺もなんとなく当時の記憶を思い出してきた。彼女とは一度、エイラとクシメを含めて4人でトランプゲームをして遊んだ気がする。
それも、俺が前世で好きだった『大富豪』というトランプゲームだったな。
この世界はトランプゲームがモチーフになっていて、ブラックジャックとかポーカーなどがミニゲームとして実装されているのだが、『大富豪』はそもそも存在しないゲームだったから、ルールをみんなに教えるところからだったはずだ。
「馬場様は、運命のいたずらについてお知りになりたいと、瑛薇様から伺っております。お話してもよろしいでしょうか?」
促されるままに、俺は彼女の話を聞いていった。
結論から言えば、彼女の抱える症状は、俺のユニークジョブの制限のようなデメリットとは違っていそうだと確信を持てた。
彼女は生産系の学科なのでダンジョンには潜らないらしいが、ジョブは一応取得しており、一般的なジョブの〈剣士〉だということだった。
そんな彼女の運命のいたずらは『ダンジョン内では「花」系アイテムしか拾えず、消費アイテムも「花」やその花から開発するアイテムである「薬」系アイテムしか使用できない』という酷い内容だった。
エイラから聞いていた通り、原因は不明。
普段からダンジョンに潜らないので大して困ってはいないようだが、彼女がもし冒険者や探索者を志していたのなら、かなり理不尽な縛りゲーを強いられることになっていただろう。
「なるほど、参考になりました。ありがとうございます」
「ふふ、馬場様のお役に立てたなら何よりでございます」
縛りの内容を聞いて、ゲーム的な要素で言えば、「実績解除」のようなものを思い浮かべたが、そんな機能は『もてダン』に存在しなかったはずだ。
この世界で起きている得体の知れない現象。
まるで、ゲームの《《バグ》》みたいだな。
そう結論付けようとして、俺はふと、もう一つの明確な違和感に気が付いた。
何故、前世の記憶を思い出す前の「モブとしての俺」が、『大富豪』というトランプゲームを知っていたんだ?
この世界には存在しないゲームを、前世の世界に存在したゲームを、一から思いつくなんて、そんな偶然はあろうはずがない。
完全に記憶を取り戻したのは入学のタイミングというだけで、モブだった俺は、幼少期から断片的に前世を思い出していたのだろうか。
ダメだ。当時の感覚を掘り起こそうとしても、靄がかかったようにうまく思い出せそうにない。
はたして、俺がユニークジョブ〈大富豪〉を取得したことと、この世界に存在しないトランプゲーム『大富豪』の知識を俺が持っていたことには、何か関連があるのだろうか…………?




