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無銘の剣と灰色の制服  作者: 伊佐波瑞樹


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第六十七話 



 翌朝。


 王立グランセル魔導学園の空は、澄みすぎているほど青かった。


 雲は少ない。


 遠くに薄く流れる白があるだけで、空は高く、深く、どこまでも広がっているように見えた。


 校舎の石壁は朝日を受けて明るく光り、尖塔の影は中庭へまっすぐ伸びていた。


 芝には夜露が残っている。


 ひと粒ひと粒が、今日という日を知っているかのように、静かに光っていた。


 風は弱い。


 けれど、完全に止まってはいない。


 制服の袖をわずかに揺らし、胸の奥に溜まった熱を少しだけ外へ逃がしてくれる。


 噴水の水音は、今日も変わらなかった。


 跳ねて。


 落ちて。


 また跳ねる。


 公開評価課題、当日。


 レオン・ヴォルツは、寮の部屋で手帳を開いていた。


 昨夜の最後の一文。


 明日持っていくのは、新しい強さではなく、ここまで何度も戻ってきた手順だけだ。


 ついに、明日ではなくなった。


 今日だ。


 第三訓練場。


 教師団三名。


 記録担当二名。


 生徒代表三名。


 カイル・ローダン。


 ハルト・グレイナー。


 エリシア・フォン・ローゼンベルク。


 そして記録は、ヴォルツ家とローゼンベルク家へ届く。


 父が読む。


 その事実は、朝から胸に重く乗っていた。


 けれど、昨日ほど何かを足したいとは思わなかった。


 怖い。


 それはある。


 強い。


 けれど、手帳に新しい言葉を書き足そうとしても、何を書けばいいのかわからなかった。


 もう、持っていくものは決めている。


 フィーネは、項目報告。


 敵、護送、障害、標識、状態。


 アルトは、土、水、風。


 必要な時、必要な強さ。


 ユーリスは、普通に走る。


 調子に乗ったら言う。


 格好つけたら言う。


 レオンは、短く指示する。


 一人で整えようとしたら言う。


 そして全員で、崩れたら隠さない。


 それだけ。


 それだけで足りるのか。


 その問いは、胸の奥で何度も浮かぶ。


 だが、昨日答えは出した。


 足りない不安を埋めるために増やさない。


 持っているものを選ぶ。


 選んだものを信じる。


 レオンは手帳に、今日の最初の一文を書いた。


 今日、示すのは完璧ではない。


 その下に、もう一行。


 崩れても戻る第五班を、そのまま出す。


 ペンを置く。


 指先は少し冷たい。


 だが、震えは小さい。


 レオンは制服の襟を整えた。


 灰色の制服。


 何度も着た制服。


 それでも今日は、少しだけ重く感じる。


 扉を開ける前に、レオンは一度だけ深く息を吸った。


 今日を始める。


    ◆


 寮の廊下は、静かだった。


 いつもの朝なら、誰かの足音や会話がもう少し響いている。


 だが、今日は違った。


 生徒たちは、公開評価の日だと知っている。


 騒がないようにしているのか。


 それとも、何を言えばいいのかわからないのか。


 廊下の空気は、薄く張っていた。


 レオンが歩くと、何人かが視線を向けた。


 声は少ない。


 けれど、ひとつだけ小さな声が聞こえた。


「頑張れ」


 誰が言ったのかはわからない。


 すれ違いざまだった。


 レオンは足を止めず、軽く頷いた。


 頑張れ。


 その一言は、重い。


 でも、今日は嫌ではなかった。


 見張られている言葉ではない。


 見守る言葉だった。


 レオンは中庭へ向かう。


 いつもの場所へ。


    ◆


 フィーネ・ルークは、噴水のそばにいた。


 手帳は持っている。


 だが、開いていない。


 両手で胸に抱き、静かに水音を聞いていた。


 レオンが近づくと、彼女は顔を上げる。


「おはようございます」


「ああ。おはよう」


 声は少し震えていた。


 フィーネ自身も、それを隠さなかった。


「震えています」


「俺もだ」


 レオンが答えると、フィーネは少しだけ笑った。


「今日の共有です。怖いです。でも、言葉を増やしたい感じは昨日より少ないです」


「持っていくものは?」


 フィーネは小さく息を吸う。


「項目報告。敵、護送、障害、標識、状態」


「それでいい」


「はい」


 彼女は手帳を胸に抱え直した。


「本番で報告が遅れたら、遅れたと言います。声が震えたら、震えたと言います。観覧席を見たら、見たと言います」


 その言葉は、昨日まで何度も積み上げてきたものだった。


 レオンは頷く。


「それで行こう」


    ◆


 アルト・レイヴンは、少し遅れて来た。


 手には三枚の紙片。


 土。


 水。


 風。


 それだけだった。


 鞄は閉じられている。


 余分な紙片は見えない。


「おはようございます」


「ああ」


「おはようございます、アルトさん」


 アルトは三枚の紙片を少し掲げる。


「これだけです」


「良い」


 レオンが言うと、アルトは少しだけ息を吐いた。


「本当は、朝もう一枚書きたくなりました」


「書いたのか」


「いいえ」


 アルトは首を振った。


「紙を出して、やめました」


 フィーネが柔らかく微笑む。


「すごいです」


「すごいかはわかりません。でも、やめられました」


 アルトは紙片を見つめる。


「今日の共有です。支援を強く見せたくなるかもしれません。特にハルトさんとエリシア様を見た時」


「見たら?」


「見た、と言います。強くしそうなら、強くしそうと言います。必要な強さへ戻します」


 レオンは頷いた。


「それでいい」


    ◆


 ユーリス・ベルクは、最後に来た。


 歩き方は軽い。


 しかし、顔は真面目だった。


 近づくと、いつものように片手を上げる。


「おはよう」


「ああ」


「おはようございます」


「おはようございます、ユーリスさん」


 ユーリスは三人を見て言った。


「怖い」


 短かった。


 だが、はっきりしていた。


 フィーネが頷く。


「私もです」


 アルトも。


「俺も」


 レオンも。


「俺もだ」


 ユーリスは少し笑った。


「全員怖いなら、まあいいか」


「いいのか」


「一人だけ怖いよりはいい」


 その言葉に、少しだけ空気が緩む。


 ユーリスは続けた。


「今日の共有。格好つける可能性はある。調子に乗るより、今日は怖くて格好つける方かもしれない」


「怖くて格好つける」


 フィーネが繰り返す。


「うん。平気なふりをする感じ」


 レオンは頷いた。


「言えたな」


「言えた」


「なら、見えたら止める」


「頼む」


    ◆


 四人は噴水のそばで、最後の確認をした。


 フィーネ。


 項目報告。


 遅れたら言う。


 震えたら言う。


 アルト。


 土、水、風。


 強く見せたくなったら言う。


 必要な強さへ戻す。


 ユーリス。


 普通に走る。


 怖くて格好つけたら言う。


 レオン。


 短く指示。


 一人で整えようとしたら言う。


 家へ意識が飛んだら言う。


 全員。


 崩れたら隠さない。


 見たら言う。


 揺れたら言う。


 戻る。


 それだけ。


 レオンは三人を見る。


「行こう」


 フィーネが頷く。


「はい」


 アルトも。


「はい」


 ユーリスも。


「行こう」


    ◆


 第三訓練場へ向かう道は、いつもより長かった。


 廊下には生徒たちがいた。


 公開評価を直接見られる者は限られている。


 けれど、今日がその日だと知っている者たちは、第五班が通るのを静かに見ていた。


 声は多くない。


 その代わり、視線がある。


 温かい視線。


 心配する視線。


 期待する視線。


 好奇心の視線もある。


 すべてが混ざって、廊下の空気を作っていた。


 途中、誰かが小さく言った。


「崩れても戻れ」


 その言葉に、ユーリスが少し笑った。


「広まってるな」


「ああ」


 レオンは頷いた。


 崩れても戻れ。


 それはもう、第五班だけの言葉ではなくなりつつある。


 だが、今日それを示すのは自分たちだ。


    ◆


 第三訓練場の扉の前で、担当教師が待っていた。


 表情はいつも通り。


 だが、今日は正式な評価の場に立つ教師の顔だった。


「来たか」


「はい」


 レオンが答える。


 教師は四人を見る。


「入る前に確認する。今日は公開評価課題である。だが、処刑場ではない」


 その言葉に、アルトが少し目を上げた。


 教師は続ける。


「評価とは、切り捨てるためだけにあるものではない。確認するためにある」


 一拍。


「お前たちは、これまで積み上げたものを行う。新しいことはするな」


「はい」


 四人の声が重なる。


 教師は扉に手をかけた。


 重い音を立てて、扉が開く。


    ◆


 第三訓練場は、昨日までと同じ場所だった。


 広い天井。


 石造りの床。


 中央の演習区画。


 半円状の観覧席。


 だが、今日は違った。


 人がいる。


 観覧席に、人が座っている。


 担当教師団三名。


 記録担当二名。


 そして生徒代表三名。


 カイル・ローダン。


 ハルト・グレイナー。


 エリシア・フォン・ローゼンベルク。


 名札ではない。


 本物の人。


 本物の視線。


 その瞬間、レオンの胸が強く鳴った。


 フィーネの息が浅くなる。


 アルトの指が紙片を握る。


 ユーリスの足が一瞬止まりかける。


 観覧席から、カイルが静かにこちらを見る。


 表情は変わらない。


 けれど、責める視線ではない。


 ハルトは腕を組んでいる。


 いつもの不機嫌そうな顔。


 だが、目は逸らしていない。


 エリシアは、手帳を膝に置いて座っていた。


 両手を重ね、まっすぐこちらを見ている。


 見張る目ではない。


 見守る目。


 けれど、やはり重い。


 レオンは息を止めかけた。


 その時、フィーネが小さく言った。


「観覧席、見ました」


 その声で、全員が戻った。


 アルトも続ける。


「人が座っていて、支援を強く見せたくなりました」


 ユーリスも。


「怖くて格好つけそうになった」


 レオンも言った。


「家へ意識が飛んだ」


 四人は、入場してすぐ崩れた。


 だが、隠さなかった。


 教師が小さく頷いた。


「良い。所定位置へ」


    ◆


 中央へ向かう。


 足音が、第三訓練場に響く。


 昨日まで何度も歩いた床。


 なのに、今日は音が違う。


 人が聞いている。


 記録担当のペンが、紙の上で小さく動く音がした。


 その音だけで、アルトの肩が少し上がる。


「記録音、気になりました」


 アルトが言う。


 フィーネが頷く。


「私もです。声が記録されると思って硬くなりました」


 ユーリスが息を吐く。


「俺、足音格好よくしようとした」


「歩く音までか」


 レオンが思わず言うと、ユーリスが少し笑う。


「本番って怖いな」


 その小さなやり取りで、空気が少しだけ戻った。


 観覧席で、エリシアの表情がわずかに柔らかくなる。


 ハルトも、ほんの少しだけ目を細めたように見えた。


 カイルは変わらない。


 だが、見ている。


 すべてを。


    ◆


 演習区画の前に立つ。


 教師が一歩前へ出た。


「これより、第五班公開評価課題を開始する」


 その声が訓練場に響いた。


 記録担当がペンを走らせる。


 教師団の一人が小さく頷く。


 レオンは前を見た。


 演習区画の奥は、まだ静かだ。


 課題詳細は、当日直前まで非公開。


 つまり、今から告げられる。


 教師は読み上げた。


「課題形式。救援護送・標識移送・複数障害複合型」


 知っていた情報。


 だが、正式に告げられると重い。


「状況設定。第三訓練場内にて、負傷者役二体を救援し、指定標識二本を回収。障害壁の起動条件は不定。敵性魔法人形は初期配置三体、追加起動あり」


 フィーネが小さく息を吸う。


 負傷者役二体。


 標識二本。


 追加起動あり。


 昨日までより複雑だ。


「評価項目。状況把握、優先順位判断、状態共有、相互補正、護送安定、標識回収、終了後報告」


 レオンは胸の中で一つずつ受け取る。


 状況把握。


 優先順位。


 状態共有。


 相互補正。


 護送安定。


 標識回収。


 終了後報告。


「制限時間あり。ただし、時間のみを最優先評価とはしない」


 教師は四人を見る。


「開始前、各員一言ずつ状態共有を行え」


 来た。


 本番開始前の状態共有。


 全員の視線が、第五班へ集まる。


 レオンは、最初にフィーネを見た。


 フィーネは頷き、一歩も動かずに言った。


「フィーネ・ルーク。状態共有。観覧席と記録音で声が硬くなっています。持っていくものは項目報告です。敵、護送、障害、標識、状態。遅れたら、遅れたと言います」


 声は震えていた。


 だが、届いた。


 記録担当のペンが動く。


 次に、アルト。


「アルト・レイヴン。状態共有。支援を強く見せたくなっています。持っていくものは土、水、風。必要な時、必要な強さへ戻します。固執したら言います」


 彼の手は震えていた。


 でも、三枚の紙片だけを持っている。


 次に、ユーリス。


「ユーリス・ベルク。状態共有。怖くて格好つけそうです。持っていくものは、普通に走ることです。調子に乗ったら言います。格好つけたら言います」


 観覧席のどこかで、ほんのわずかに空気が緩んだ。


 だが、笑いではない。


 緊張が少し呼吸を取り戻しただけだ。


 最後に、レオン。


 レオンは息を吸った。


 観覧席を見る。


 カイル。


 ハルト。


 エリシア。


 教師団。


 記録担当。


 そして、その先の父。


 一瞬、胸が重くなる。


 だが、言う。


「レオン・ヴォルツ。状態共有。観覧席から家へ意識が飛びました。父へ届く記録を意識しています。持っていくものは短い指示です。一人で整えようとしたら言います。家へ飛んだら言います」


 言い終えた。


 第三訓練場が、静かだった。


 誰も笑わない。


 誰もざわめかない。


 ただ、見ている。


 教師が頷いた。


「状態共有を確認した」


    ◆


 観覧席。


 カイルは、静かに手元の記録用紙へ視線を落とした。


 おそらく、今の共有を評価している。


 ハルトは腕を組んだまま、少しだけ顎を引いた。


 逃げていない。


 そう言われた気がした。


 エリシアは、両手を重ねたまま、まっすぐこちらを見ていた。


 その目は少し潤んでいるように見えた。


 だが、彼女は崩れていない。


 見守っている。


 レオンは、それを受け取った。


 見張られているのではない。


 見守られている。


 だが、評価は評価だ。


 その中で、動く。


    ◆


 教師が右手を上げた。


「第五班、配置へ」


 四人は所定位置についた。


 レオンが中央前。


 フィーネが少し後方左。


 アルトが後方右。


 ユーリスが前方斜め。


 いつもの形に近い。


 だが、完全に同じではない。


 本番用の開始位置。


 それでも、四人の呼吸は少しずつ揃っていく。


 フィーネが小さく言う。


「敵、護送、障害、標識、状態」


 アルトが続ける。


「土、水、風」


 ユーリスが。


「普通に走る」


 レオンが。


「短く指示」


 それだけ。


 増やさない。


 鐘が鳴る前の沈黙が、長く伸びる。


 訓練場の空気が張り詰める。


 レオンは前を見た。


 魔法人形の起動気配。


 障害壁の魔力反応。


 奥に倒れている負傷者役。


 薄く光る標識。


 全部が、まだ始まる前の静けさの中にある。


 胸が鳴る。


 怖い。


 だが、足は動く準備ができている。


 教師の声が響いた。


「開始」


 鐘が鳴った。


    ◆


 公開評価課題が始まった。


 最初に動いたのは、フィーネの声だった。


「敵、正面前衛一、右軽量一、奥魔法型一。護送、左奥と中央右、二体。障害、中央壁、右壁、未起動。標識、奥に一本、右奥に一本。状態、声震えあり、報告継続!」


 声は震えていた。


 だが、項目は崩れていない。


 レオンは即座に指示する。


「護送優先。ユーリス左奥。アルト右軽量。フィーネ魔法型。俺前衛」


「了解!」

「はい!」

「はい!」


 ユーリスが走る。


 普通に。


 だが、観覧席が視界に入ったのだろう。


「席見た。普通に走る!」


 言いながら、足は止めない。


 アルトが土を出す。


 右軽量を止める。


 少し強い。


「強く見せようとしました。弱めます!」


 土が低くなる。


 必要なだけ残る。


 レオンは前衛型を受ける。


 剣が重い。


 観覧席からの視線も重い。


 父へ届く記録が頭をよぎる。


 言う。


「家へ飛んだ。戻る。前衛流す」


 前衛の剣を受け流す。


 フィーネが奥を見る。


「魔法型、詠唱準備。中央右護送、状態橙。左奥護送、黄色!」


 橙。


 護送対象の一体が危険。


 レオンは短く指示する。


「中央右優先へ変更。ユーリス、左確認後中央へ。アルト、水準備」


「了解!」

「はい!」


 ユーリスが左奥の護送対象へ到達する。


「左奥黄色、安定。位置確認。中央へ移る!」


 その判断に観覧席が少しだけ動いた気がした。


 だが、ユーリスは見ない。


 普通に走る。


 アルトが水を構える。


 魔法型が詠唱を始める。


 フィーネが叫ぶ。


「魔法型、詠唱開始!」


 レオンが短く言う。


「水」


「はい!」


 水が走る。


 詠唱が乱れる。


 だが、同時に中央壁が起動した。


 フィーネの声が重なる。


「中央壁起動! 中央右護送への直進不可!」


 障害が増える。


 観覧席の空気が張る。


 レオンは一瞬、全体をまとめようとした。


 全部の情報を整理し、完璧な指示を出そうとした。


 だが、言う。


「まとめすぎる。戻る。右回り」


 短く戻した。


 ユーリスが反応する。


「右回り了解!」


 アルトが風を入れる。


「風弱、右回り支援!」


 フィーネが補足する。


「右壁、未起動。右奥標識付近に魔力反応!」


 まだ始まったばかり。


 だが、すでに崩れはある。


 声は震えた。


 支援は強くなった。


 視線は飛んだ。


 経路は塞がれた。


 それでも、誰も隠していない。


 誰も止まっていない。


 レオンは前衛型を流しながら、胸の奥で思った。


 これが、第五班だ。


 完璧ではない。


 でも、戻る。


 公開評価の視線の中で。


 記録される音の中で。


 父へ届く紙の中で。


 それでも、戻る。


 右回りの経路が開く。


 ユーリスが中央右護送へ向かう。


 アルトが支援を弱く合わせる。


 フィーネの声が響く。


「中央右護送まで、ユーリスさん五歩。前衛、レオンさん正面。軽量、土で足止め中。魔法型、詠唱乱れ。標識二本、未回収!」


 レオンは短く指示した。


「護送確保。標識は後」


 鐘の余韻は、もう消えていた。


 訓練場には、足音と、魔力の音と、声だけが響いている。


 公開評価課題は、まだ始まったばかりだった。


    ◆


 夜ではない。


 まだ朝だ。


 まだ、本番の中だ。


 だが、この時点で、第五班はもう一つ示していた。


 入場で崩れた。


 観覧席で揺れた。


 記録音で硬くなった。


 状態共有で震えた。


 開始直後に判断が揺れた。


 それでも、隠さなかった。


 戻った。


 そして、進んだ。


 レオンは前を見た。


 次の障害が来る。


 次の判断が来る。


 次の崩れも、きっと来る。


 だが、声にする。


 戻る。


 短く指示する。


 そのために、ここまで来た。


 第三訓練場の観覧席に、人が座った日。


 第五班は、完璧な姿ではなく。


 震えながら始まる姿を、見せた。

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