117 檻
四方は数メートルの土壁に塞がれていた。まるでそれは檻――グードルはそう直感していた。
目の前に現れた青い瞳の女。グードルはその存在に思わず目を見張る。
冷気の如く洗礼され強かな殺気。初めての体験だった。グードル個人に向けて、強い殺意を放っているわけではない。最も彼女の"それ"に合う言葉で表現するのなら、その殺気は"世界を染めていた"。
「……たかが数メートル壁に囲まれた檻の底が奈落だと?」
平然を装い、グードルは目を細めた。
言葉とは裏腹に、彼の心境は彼女の存在に魅了されていた。洗礼されすぎた野蛮は美しかった。彼女のその姿は、まさにそれであったのだ。
「……」
青い瞳の女――ミリアはグードルの言葉に全く耳を傾けず、横目で壁を見渡す。グードルも彼女を見据えつつ、その視線の先を追った。
壁の上にいくつかの人影があった。全部で六つ。彼らは壁の檻の中にいる二人を見下ろしていた。その視線を認知したグードルはこの場園意味を知る。
――これは檻ではなく闘技場だった。
その事実に気づいたグードル。そんなことなど気にもしていないのか、ミリアは突然に語りかけた。
「死にたくないのなら、生きたいのなら」
ミリアは一歩グードルに近づく。グードルはそれを見ていたが、瞬き一つの刹那の後、彼の視界からその姿が消えていた――。
「全力で足掻け」
「!」
背後から聞こえたミリアの声。グードルはすぐさま振り返り、腕のブレードで背後のミリアを薙ぎ払う。しかしそれは空を描いた。
「――」
ミリアは未だグードルと背中合わせになっていた。彼の振り向きに合わせ、ミリアは背中合わせのまま回ったのだ。そのままミリアは軽い動作でグードルの肩を掴む。
それから自分の体を持ち上げ、彼の肩を視点に上へ。グードルは肩にかかった女性一人分の体重に気づいていて、二本のワイヤーで攻撃をしかける。けれどもミリアは腕を使ってジャンプしつつ、体をよじ曲げることで難なく躱し、さらに地面へ落下する過程でグードルの顔面に膝蹴りをぶつける。
「……っ!」
華麗な身のこなしに思わず攻撃を食らったグードルはよろめいた。態勢を立て直し、改めて前を見据えたら、その先には金棒を振りかぶるミリアの姿があった。
――ひしゃぐ右腕。ミリアの金棒は防具ごとグードルの右腕を壊した。
グードルも負けじと鉄の尾で死角からミリアを貫こうとする。が、彼女はその死角からの攻撃をたやすく構えなおす際の金棒の動きで弾き飛ばし、そのままもう一度金棒を振り下ろしてその尻尾を砕いた。
「っ」
その獰猛な攻撃にグードルは一旦距離をとった。追撃に備え、両腕のブレードで構えるも、追撃はこなかった。
ミリアは距離をとったグードルに向かって、ゆっくりと、歩いて接近していた。その時点で、グードルはハッとして四方の壁の上にいる人影を今一度見た。
三者三葉、壁の上にたたずむ六人は個々の勝手な体勢で二人の死闘を見下ろしている。誰もミリアの加勢になどはいる気配はない。それどころか、思い思いに観戦していた。
「貴様ら……! 俺を……!」
グードルは最初、この四方の壁を檻のようだと思っていた。そして壁の上の六人を見て、闘技場だと認識を改めた。しかし、その二つとも、つけるべき名称とは異なっていた。
――彼らは即興の、できたばかりの部隊。そしてこれは、恐らく隊長であるミリアが持つ力量を小隊メンバーが見定める、いわばオリエンテーションなのだ。
わざわざグードルの小隊をちょっとずつ切り崩していた。その理由は隊長であるグードルはほとんど無傷でこの場所へ誘い込むため。そしてその目的はミリアと戦い合わせ、彼女が自分たちの上に立つべき力のある人物なのかを図るため。
――グードルという存在を、彼らは敵軍の主要人物だなどとは思ってないのだ。自分たちの隊長を測るための"ものさし"。ただそれだけの存在だった。グードルは、彼らに大事に生かされていた。この瞬間のために。
「……ならば」
グードルはブレードを構えなおし、ミリアを見た。そして、
両腕のブレードで、自らの首を刈り取った。落ちる視界の中で、金棒を思いっきり振りかぶるミリアが嬉々として笑っていた気がした。