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傀儡使いと獣耳少女の世界遍歴  作者: つくし
第三章 コルマノン大騒動
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114 ヘルネヴァルト総力戦

 八年前。ヘルネヴァルト総力戦。


 それはグルテールとルトブルクの国境近くに存在する、グルテール領の『ヘルネヴァルト』という森林地帯を巡って、二つの国の軍事力がぶつかり合った戦争だった。


 その森林地帯(ヘルネヴァルト)は歪な魔力がよくよく観測されていた曰はく付きの場所。その空間の魔力濃度から、一部で『聖地』とも呼ばれていた森でもある。


 当時でさえ、ヘルネヴァルトはグルテール領として成り立っていた。けれど、ルトブルクはそれを否定。所以(ゆえん)はグルテール成立時代にまで遡る。


 この世界は五つの国に分かれている。『グルテール君主国』『軍事要塞国家ルトブルク』『カルヴィエッラ球状星団国』『キンネ・ホグ諸島連邦』『次元精霊国家エルジセルバ』。その中で最も若い国が『グルテール』であった。


 グルテール成立時、今のような軍事色が見えなかった――かつては『要塞国家ルトブルク』と名乗っていた――ルトブルクはグルテールへの友好の証と発展を祈り、『ヘルネヴァルト』を貸し与えた。


 ここまでは両国とて認めるところだ。しかし今後の史料に隔たりが現れ、それが亀裂となりヘルネヴァルト総力戦は勃発する――。





「グルテールはその後、正式にヘルネヴァルトをルトブルクより譲り受けたと主張。反してルトブルクはヘルネヴァルトの返還を強く希望」


 木の根本に小さく腰掛ながら、未だに年若さの面影を持つ白髪少年は語る。


「二国は静かに対立し、ヘルネヴァルトを巡って……」

「おうおう分かった分かった。すごーく分かった。で、」


 その少年の発言を両手を挙げて遮る男が一人。そいつは血の付き汚れた数々のナイフを地面に置いて、それを順番に布で拭いていた。


「知ったところで俺たちのやることは変わらねぇ。いい加減慣れた方がいいぜ」

「……慣れろったって……僕はこんな……」


 白髪の少年はぎゅっと膝小僧を抱き寄せた。最後のナイフを拭き終わった男は軽く手の中でそれを遊ばせると、笑って言う。


「言い訳しても仕方ねぇだろ。実際にお前はここにいる。どうしようもねェのさ」


 手の中で遊ばせていたナイフ。ふと、それが暗い昏い森の風景に溶けていき、消えていった。その男――バロットは拭き終わったナイフを懐にしまうと、立ち上がった。


 膝を抱え、丸くなっている少年は声を震わせる。


「理不尽だ……なんで僕が……孤児院(僕の家)に帰りたい……」

「……」


 少年が寄り添う木の反対側から、立ち上がったバロットはちらりと彼を見た。体を小さくして、震わせている彼の姿は小動物を蜂起させる。硝煙と血と、ピリつく暑さとは無縁の存在だった。


 と、そんな不格好な二人の世界にまた異なる声が被さった。バロットの視線はその声の主に移る。


「時間だ」


 暗闇から、いや、暗闇を引き連れてその人物は姿を現した。変哲もない黒い短髪に、冷涼な青い瞳の女だった。その人物が二人の前に繰り出した途端に、空の星々は闇に逃げる。木の葉はくすぶるのを止めた。バロットは口を閉じ、震える少年はピタリと静止する。


「先行組が敵小隊と接触。その後、作戦通りに後追組と入れ替わった。今はサラの幻とカーテルの精神干渉で内部混乱を引き起こしつつ、作戦通りの場所へ誘導している。今からその敵小隊を先行組と我らで挟み、一部以外を殲滅する。バロット」


 彼女の青い瞳がバロットを捉えた。彼は唇を綻ばせてうなずくと、彼女が来た方向へとぬるりを歩き始めた。


 次に女性はしゃがみこんでいる白髪の少年へと目を向ける。少年は恐る恐るその青い瞳を見上げていた。


「み、ミリアさん……」


 バロットへ指示を出した女性――ミリアはその怯えた小動物のような少年をただただ青く透き通った瞳で見下ろす。暗闇が漂う中で、彼女の青い瞳だけが静かに輝きを保っていた。


 ミリアはそのまま無表情に告げる。


「立て。生きるために、お前はお前の仕事をしろ」


 そこに少年の逃げ道などはない。そもそも、眼前にある将来への道が全て茨の道だった。背後には奈落への穴(自害)という、ある種の"逃げ道"が存在したが、その少年は決して振り向こうとはしなかった。


「生きたいだろ?」


 それをミリアは察していたのかは分からない。けれど、その少年が歩むべき道の歩き方を知っていた。


「なぁ? ――シェルム」


 その少年――シェルムは拳を握り締め、歯を噛み締めた。

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