108 蹴り夫人
シルヴァと別れたシアンは屋敷の扉を勢いよく開け、中へ飛び込んだ。
「! 入ってきたぞ!」
屋敷の玄関で待機していた使用人が、侵入したシアンを見て叫ぶ。
「……っ」
シアンは視線を巡らせる。目の前にいる使用人の数は二人。シアンは瞬時に腕の中の液状武装を鎖鎌に変化させ、それを使用人の一人に向かって放った。
「ぐ……っ!」
武器を構える隙もなく、使用人の一人が鎖鎌に刈られた。もう一人の使用人である青髪の男はその間に腰の剣を抜いた。
「小娘ごときに……!」
「っ!」
迫りくる青髪の男。シアンは腕の鎖鎌を手繰り寄せる。鎖がしなり、弧をかいて青髪の背後から迫った。
「!」
明かりの灯った屋敷の中で、鎖の軌道はお見通しだった。青髪はくるりと後ろを向き、鎖鎌を剣で受け止める。金属音が鳴り、剣と相殺した鎌は地に落ちた。
「甘いんッ……!」
背後からの奇襲を防御して、得意げになった青髪。ここぞとばかりに、シアンは男の背後に蹴り込みを入れる。男は受け身も取れず、そのまま吹っ飛び壁に激突して動かなくなった。
「ディヴィさんを探さなきゃ……!」
鎖鎌を指輪に戻し、シアンは地面を蹴る。エントランスを駆けて抜け、正面にある大きな扉を開いた。
その先は廊下に接続されており、左右に続いている。シアンがその廊下に一歩踏み込んだ。直後、シアンの聴覚が風を切る音を捉えた。
「貰ったッ!」
「う……っ!」
右からシアンに鋭い蹴りが打ち込まれた。直前に音でそれを捉えていたシアンはギリギリ腕の防御が間に合うも、受け止めきれず地面を滑る。
シアンは体勢を立て直し、顔を上げた。蹴りを入れてきたのは豪勢な鎧を着た貴婦人。金髪に金の眼鏡、そして宝石のはめた髪留めをしていて、年季を感じる風貌をしていた。
「誰……!?」
「リスチーヌ・ライニー! この屋敷の主、ステフ・ライニーの偉大なる妻でございますわ!」
「え……!?」
リスチーヌ・ライニー。シアンはその名前を聞いて驚きの表情で目を見開く。。
それもそのはず、まさか蹴りかかってきたその人がステフの妻だったなんて思いもよらない。二人の刺客を送り込んできたことから、ライニー家の本人たちは安全なところに退避していると思い込んでいた。
けれどおかしなことに、目の前にはリスチーヌ・ライニーを名乗る人物が対峙している。シアンは少し動揺していた。
「た、戦えるの……!?」
「貴族……老いた女……だからといって、ワタクシを舐めないことですわ……! ハッ!」
リスチーヌはそう言うと勢いよく飛び上がった。そしてその勢いのままシアンに飛び蹴りを放つ。
シアンは慌てて液状武装を盾に変化させ、それを受け止めた。鈍い音が響き渡る。リスチーヌは盾で防御されても慌てず、そのまま踏み込んで跳び、シアンと距離を取った。シアンは盾から顔を出すと、液状武装を盾から槍に変化させる。
「珍しい武器を持っていらっしゃるのね……! 欲しいわ!」
「これは大事な友達から貰ったもの……貴方なんかにあげない……!」
「なら決闘ですわ!」
じりっと睨むシアンをリスチーヌは余裕そうに笑みを浮かべた。そして懐からカギを取り出し、シアンも見えるように前に出した。
「これが何の鍵かわかるかしら?」
「……?」
「オホホホ! ワタクシたちに裏切り者を送り込んだ、あの小太りの役人を捕えてある牢屋の鍵よ!」
「な……!」
リスチーヌはそう言うと、そのまま鍵をしまう。それから構えなおすと、シアンへと告げた。
「貴方が勝ったら、この鍵を持っていくといいですわ! 牢屋はこの屋敷の地下にありますの! でももしワタクシが勝ったら……おわかり?」
「この、私の武器を貰う……」
「大正解ですわ! 拒否権は認めませんことよ!」
リスチーヌが再びシアンへと迫る。シアンは槍を構えると、リスチーヌの鋭い蹴りをかわした。同時に槍でリスチーヌを突く。
が、強固な鎧によって阻まれ、攻撃は弾かれる。その隙にリスチーヌの蹴りが再びシアンに繰り出されるが、シアンは体を伏せて回避し、後ろへ跳んでリスチーヌと距離を取った。
「オホホホ! この鎧は王国兵の鎧! そんじょそこらの卑しい武器なんて通じませんことよ!」
「みたいね……!」
シアンはそうぼやくと、槍を構えなおす。それから槍を昆へと変形させた。
それを見たリスチーヌはホォ、と愉しそうに笑った。
「斬撃がダメと知って、今度は打撃武器に変えたわけでございますね!? けど、その程度の棒じゃ……」
「やってみなきゃ分からないよ……!」
シアンは自分を笑うリスチーヌに唇を緩ませて、今度は自分から突っ込んだ。リスチーヌは足を上げ、シアンの攻撃に備える。
「そこですわっ!」
シアンを引き付けたところで、リスチーヌは狙い目掛けた蹴りを放った。シアンはその蹴りを昆で思いっきり弾いた。渾身の蹴りを弾かれ、バランスを崩すリスチーヌ。シアンは昆を両手で取り、振りかぶった。
「無駄ですわ! そんな棒じゃ……」
「知ってるよ」
シアンが昆振りかぶったところで、その昆の先端に変化が現れた。先端部分がどんどん膨れ上がり、それは大きな塊へと変化する――すなわち、シアンはその瞬間に昆をハンマーに変化させたのだ。
「なっ……!」
「はーーっ!」
シアンは重さを感じつつ、ハンマーになった液状武装を思いっきりリスチーヌへとぶつけた。ハンマーに殴られたリスチーヌはそのまま壁に吹っ飛んで、そのままダウンする。
「おっとっと……」
ハンマーの重心に体が振り回されるシアン。なんとかハンマーを持ち直し、その姿をいつもの指輪に戻すと気絶したリスチーヌへと告げた。
「さすがの鎧でも……この衝撃までは吸収しきれない……よね? 鍵、貰っていくよ」
シアンはリスチーヌに近寄り、その懐から鍵を回収する。
「確か地下だっけ……! 急がなきゃ……!」
鍵を手にしたシアンは瞳を決意をあらわにし、それを握りしめた。そして地下牢へと向かって駆け出した。
「早くディヴィさんを救って、シルヴァを助けに行かなくちゃ……!」