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傀儡使いと獣耳少女の世界遍歴  作者: つくし
第三章 コルマノン大騒動
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107 赤隠の威光

 爆風で袖が揺れて、微妙に生暖かい風が腕を撫でる。シルヴァは腕で顔を守りながら、小さく笑った。彼が見ていたのはその腕の隙間から現在対峙しているシェルムではなく、その後ろに見えている町の光景だった。


「……町に明かりが付き始めてる。あんだけ大暴れしてれば、夜中だろうと誰だって気づくよね」


「……」


 シルヴァの物言いに、一切の表情を変化させずにシェルムは無口で応える。シルヴァは小さく深呼吸をして、じっと不動のシェルムを見つめた。


 これでライニー家での出来事は町中に広がる。町中に広がるということは、当然多くの町民の耳や目に入るということ。今夜の出来事は事実としてこの町へ刻まれる。そしてそれは、町で違法な権力を握りつつあったライニー家の悪行をを太陽の下に引きずり出すことでもある。


「……短い間だったけど、これで」

「ふーん」


 刹那、シェルムの指先がシルヴァへと向けられた。その指先から赤い光輪が展開されたと思うと、その中心から一縷の光がシルヴァへと放たれる。その唐突な攻撃にシルヴァの反応が遅れた。


「……っ!」


 シルヴァの胸元を狙ったその光線は、その途中で歪曲するもシルヴァの頬をかすり焼いた。そのまま背後の地面へと着弾して爆風を巻き上げる。シルヴァは背後から襲い来る爆風に揺られながらも何とか耐えた。


「なるほど。君の能力はそういうことか」

「……」


 目を細め、少し嬉しそうに顔を傾けるシェルム。シルヴァにとって、そのシェルムの対応は都合が悪くて思わず舌打ちした。


 町中に明かりが灯り始めたことで、ライニー家の失脚はもうほとんど免れない。その事実を彼に突き付けたことで少しは動揺し、隙が生まれるとと思ったが、それは完全な見当違いだった。


 ――この男、まるでライニー家に対して執着がない。


 そしてさらに状況は悪い。シルヴァがシェルムの赤い光を防いでいたことのカラクリがバレた恐れがある。いや、異能の全てを理解されていなくとも、その仕組み自体は十中八九バレている。シルヴァは右足を後ろへ下げた。赤い光が焦がした頬が痛む。


「久々に見る優秀な異能だ。恐らく空間に強く干渉するもの……」


 シェルムは人差し指をシルヴァに向けて、それをクルクルと空を泳がせた。


「空間単位じゃない。物質単位で何かを動かす、または固定する能力――大気を固定し見せかけの"硬さ"を付与して僕の攻撃を弾いた、といったところかな」


 シェルムの眼光が見定めるようにシルヴァを貫く。シルヴァは喉を鳴らして右腕を前に出した。


 シルヴァの異能、『支配』の全てが相手に伝わったわけではない。けれども、そのきっかけは与えてしまった。シェルムはバロットやサラと同格かそれ以上の経験者として間違いない中、その与えてしまった"きっかけ"はシルヴァの寿命を明確に縮めたといっても過言ではないだろう。


 シェルムはカクン、と首を後ろに曲げて空を見上げた。その動きはいやに機械的で、それを見ていたシルヴァの背中に冷たいナニカが走る。


「強力な異能だ……僕は君は羨ましいよ。無名で、自由で! そして厄介な手錠もない!! "俺"たちは役に立っただろ!? なんで俺たちなんだ!!」

「……?」


 悲鳴ともとれる、男の叫びは暗黒の空に噴出しては消えた。


 その叫びはシルヴァに向けられたものではなかった。ただ、同じ空の下にいるであろう他の誰かに対するものとも違う。シルヴァは何となくだけれども、そう感じた。


「嗚呼」

「――!」


 さっきの叫びはどこへやら、シェルムは抑揚のない声でそう言い、その視線はシルヴァへと向けられる。彼の後ろの虚空に数個の赤い光輪が顕現した。


 それを見たシルヴァは弾かれるように地面を蹴る。


「いいさ……今だけは! ボーナスステージだ!」


 シルヴァは自らの靴に『支配』の力を込め、体を浮かして上空へと逃げた。シェルムは黒い空に身を隠した彼を目線で追う。


「俺の射程距離から……逃げられると思うな!」


 赤い光輪が空へと逃げたシルヴァへ向けられ、そこから赤い光線が弾幕のごとく放たれた。それは一斉に暗い夜空を赤く照らす。


「く……っ!」


 シルヴァは慣れない空中浮遊にも関わらず、刹那の瞬間に迫ってくる光線を一つ一つ必死に避けていった。考える暇などない。本能で体を動かし、体は上下左右に逃げ惑う。


「そこだ……ッ」


 シェルムは小さくぼやく。二つの光線がシルヴァの逃げる先へと放たれた。


「しまった……!」


 シルヴァも直前になってその偏差撃ちに気づくがすでに遅い。光線はまっすぐに一秒後の自分の位置へと向かっていく。


 ――この状況で出し惜しみをしているわけにはいかなかった。


「ッ!」


 シルヴァは『支配』の力を、向かってくる光線の軌道上の虚空へと発動させる。『支配』されたその空間はすべての常識が遮断され、シルヴァのものとなった。直後、光線がその空間へと侵入する。


「……っ!」


 シェルムの目が見開いた。それもそのはず、シルヴァへと一直線に向かっていた光線が、途中で歪曲したのだ。その光線は明後日の方向の虚空へと消えていく。シルヴァはそのまま急降下し、シェルムのほうへと向かった。


 あの光線をシルヴァが防げたのは、"空間を『支配』し、その『支配』した空間を操り回転させた"からだ。――『支配』した空間へと相手を閉じ込める、『支配の箱ヘルシャフト・カステン』。その技の応用といったところか。


「曲げる……っ!? くそっ!」


 光線を曲げられ、驚愕するシェルム。そのせいで、突っ込んできたシルヴァへの対応が遅れた。シルヴァはシェルムへと突っ込みながら、手の『虚無の短銃』の引き金を引く。


 二発、『虚無の短銃』から魔弾が放たれる。シェルムは苦し紛れに背後の光輪から光線を放ち、シルヴァをけん制するも、全てがかわされた。魔弾がシェルムの足元に着弾し、砂埃が舞う。


 シェルムに砂埃の中で動ける能力があるのかは知らない。だが、シルヴァは砂埃の中でも相手の位置を知る方法を知っていた。


 砂の粒を『支配化』におき、シェルムの位置を正確に感知する。その後、砂埃の中に着地してすぐに『虚無の短銃』を、感知したシェルムに向かって撃ち込んだ。


 一瞬にして吹き荒れる赤い旋風。砂埃は払われ、シルヴァは腕で顔を防御する。体が後ろへと押し戻された。


 クリアになった視界で、シェルムはシルヴァの姿を捉える。も、それはシルヴァが魔弾を三発放った後のことだった。魔弾は確実にシェルムのほうへと向かっていき――。


「――ぐっ……!」


 その胴体へと命中した。



 ――赤い光と共に。




「な……!」


 三発の魔弾を直撃しつつ、シェルムは体勢を一切崩さなかった。


 つまるところ、まったくもって、"ダメージが通っていない"ようだった。


「ふふふ……ハハハ!」


 硬直するシルヴァをシェルムはあざ笑う。それから右の人差し指をシルヴァに向けた。


「死骸が"残ればいいね"」


 直後、その指の先から赤い魔方陣を展開する。それはさっきまでの光輪とはくらべものにならないほど大きかった。


終幕(カーテンコール)だ! 赤隠の威光(ディア・オプティカ)!」


 シルヴァの視界が赤で包まれた。――その魔方陣から放たれた、赤き閃光赤隠の威光(ディア・オプティカ)はシルヴァの全身を巻き込んで、その軌道上に存在する全ての物質を消し炭にしたのだった。


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