106 二手に
「……っ!」
シルヴァとシアンの目線の先にある、赤い旋風。それは徐々に収束していき、その中心にいたシェルムの手のひらに収まる。模型のように小さくなった竜巻をひらの上に遊ばせながら、シェルムは笑った。
「やろう。最終戦だ」
「くそ……っ!」
彼と対峙していたバロットはその言葉を聞きもせず、サラが倒れている方向へ走り出す。それを悟ったシェルムは手のひらの旋風に魔方陣を重ね、形を曲げると球形に束ねた。
その球体にはシルヴァの素人目から見ても分かるほど、凄まじい力が圧縮されている。どう使うのかは分からないが、どう使ったとしても大きな影響を及ぼすのだろう。
だからシルヴァはほぼ反射的に引き金を引いていた。
「……」
銃声は三つ。シェルムの目玉がぎょろりと動き、バロットからシルヴァへ標的を移す。
シルヴァの『虚無の短銃』から放たれた三つの魔弾は、シェルムの手のひらの上にある赤い球体へと向かっていった。
シルヴァはなんとしてでも、あの球体を壊さなければいけない気がしたのだ。自然と照準がその球体へと向いていた。
「……ふ」
「……!?」
それを見据えたシェルムは小さく笑う。同時に放たれた三つの魔弾が球体へと直撃した。
――否、三つ全ての魔弾が球体へと吸い込まれるように軌道が曲げられ、球体の中へと波紋を残して消えていった。その事実を前にして、シルヴァは目を見開く。
「なるほど……」
シェルムは少し納得したように綻ばせると、手の上の球体を握りつぶした。赤い球体は小さな火の粉のようなに、ひらりと舞う粒子となって虚空へと消えていく。
その刹那、シェルムは地面を蹴った。彼は瞬く間にバロットの前へと降り立つと、その右足をバロットに向かって放つ。
「そんなに俺に注目したいか……ッ?」
その動きをいち早く察知していたバロットはギリギリのところで右腕で蹴りを防御するも、その衝撃によって踏ん張りがつかず吹っ飛んだ。芝生の上を弾んで、屋敷と外を隔てる柵へと打ち付けられる。
「アンタは一つの"指標"なんですよ」
シャルムは吹っ飛んだバロットを見逃さない。右手の内で赤い光輪を出現させる。
「それに、アンタが死ねば――」
シェルムはそう言いながら、その光輪から放たれた一閃の赤い光をバロットに放った。
「俺がようやく見つかるかもしれない……!」
「――ッ!!」
その光は一瞬にして、いや、"それ"は質量を持たぬ現象。芝生を巻き上げ、一直線にバロットへ向かっていた"それ"は、本物の光のように、存在感もなく、バロットを射抜き、その周囲を爆風で包んだ。
その爆風はシェルムの前髪を優しく撫でた。それを立ち尽くして見ていたシルヴァとシアンの体も、ほんのり暖かい爆風に当てられる。その刹那の時間が、とても久しぶりに感じる静寂とも呼べるものだった。
しかしその静寂はすぐに過ぎ去った。シェルムの瞳が、シルヴァ達へと向いたのだ。
「ッシアン!」
シルヴァは咄嗟に叫びながら、シアンの前に立つと『虚無の短銃』へ魔力を充填する。
「君は屋敷の中にいるディヴィさんを探して! 僕はコイツを、できる限り止める!」
「し、シルヴァ……? でも」
「はやく! ディヴィさんを見つけたら二人で逃げろ! とても遠くに! 君か僕か、長く持つのは多分僕だ!」
シルヴァは息を呑んで、短銃を握りしめ、シェルムを睨んだ。
シアンは何か言いたそうに口を開こうとするも、すぐに閉じた。シアンも分かっていた。二人が束になっても、シェルムには敵わないと。
二人死ぬよりも一人。どちらかが囮の犠牲になれば、一人は生きて帰れるかもしれない。その希望を、みすみす捨てるわけにはいかなかった。
そしてシルヴァの『支配』の力は広範囲に及ぶ。物理的な攻撃鹿手段を持ち合わせているそれは、シアンよりも足止めに適している異能だった。
「お前らに大した恨みはない……。けれども」
シェルムはそう言いながら、ゆっくりとシルヴァ達の方へ体を向ける。それから腕を上げ、その指先をシルヴァの方へ差し出すと、ニヤリを口元を大きく曲げて笑った。
「それが見逃す理由にはならないんだよなァ……! 無残で印象的な死骸はァ! 多い方が目立つ!」
「シアン行け!」
シルヴァが叫ぶも、その視界に赤い何かがキラリと光る。
シェルムの指先の周囲に赤い光輪が展開された。シルヴァが息を呑む。それを見て愉悦そうに微笑むシェルム。
刹那、赤い光輪の中心からシルヴァに向かって赤い光が放たれた。それはバロットにとどめをさしたそれと酷似していた。シルヴァは咄嗟に『支配』の能力を"重ねる"。
シルヴァの方へ放たれた赤光は爆風を巻き起こす。爆音が耳を劈くと同じくして、シェルムの耳辺りにかかっていた白い髪が揺れた。一転して、さっきまでの笑いはどこへやら、シェルムは真剣な眼差しで巻き起こる土煙の方を見つめていた。
「……僕の死骸を地に転がしたいなら、もっとよく狙うんだね」
晴れていく土煙の中で、無傷のまま立っていたシェルムは、そう言って薄く笑ったのだった。