103 負けたくない
シアンは飛びかかり鎌を振り下ろした。ジェランダは冷静に半歩下がると、薙刀を突き上げる。
二つの刃同士が交わり弾き合い、火花が散った。シアンは衝撃で後ずさりながら着地し、再び駆け出した。ジェランダも後ろで薙刀を持ち替え、構える。
「くっ……!」
交錯していく二つの刃。薙刀のリーチを生かし、引きながら対抗するジェランダに、猛攻を仕掛けるも攻めあぐねているシアン。シアンは自らの刃が弾かれるたびに、自身の中の焦りを増幅させていた。
――勝たなければ。
鎌を振り上げ、その勢いのまま今度は斜め上から振りかざす。焦りと共に単調になっていく鎌の軌道は、ジェランダがつけ入る隙となるだろう。しかしシアンはそれ以上に必死だった。
――活躍しないと……!
沈着そうに見えていたシアンの外見とは打って変わり、その内心はかなり焦っていた。
以前にシルヴァヘ『隣で立って戦いたい』と、自発的に言ったことは彼女の中では記憶に新しい。けれどそれ以降、シアンが活躍できた場面はほとんどないに等しかった。
ハーヴィンの時は完全にサポートに回った。
バロットとサラに襲われたときは活躍さえしたものの、結果は敗北。
そうとはいえ、シアンがいなかったらシルヴァの命が飛んでいた場面も何度かあるが、今のシアンにはそんな"小さなこと"よりも、全面的な"勝利"が欲しかった。自分の有用さをシルヴァへと、一切の情なく事実として示したかった。
そんな短絡的な思考を呼び起こしていたのは、"不安"――シルヴァの役に立てず、荷物のような存在になってしまうかもしれないという、心配からきていた。
「そこっ!」
「ッ!」
その不安が、シアンに隙を与えるのは当然だった。
ジェランダの薙刀が鎌を持つシアンの右手を斬る。シアンは痛みに表情を歪ませながら、咄嗟に左手へ鎌を持ち替えた。
「負けない……っ!」
左手に渡ったのと同時に、鎌が刀へと姿を変える。そしてジェランダへと刀を突いた。
「ふんっ」
ジェランダは薙刀を回すと、柄の部分でシアンの左手を打ち、刀を叩き落とす。
驚愕して目を見開くシアン。ジェランダは畳みかけるように薙刀を振るった。シアンは刀を拾う暇もなく後退を余儀なくされる。後ろへと跳んで、シアンはジェランダと距離を取った。
「変な武器を使うのね」
ジェランダはそう言ってほほ笑むと、腰をかがめる。そして腕をシアンが落とした刀――『液状武装』に伸ばした。
「……!?」
が、ジェランダが『液状武装』に触れた瞬間、刀の形状が溶け落ちる。ジェランダは咄嗟に腕を引き、溶けた刀は液状になってレンガの上にどろりと広がった。
そういえば、とシアンは『液状武装』をアレンから受け取ったときのことを思い出す。『液状武装』を扱うには、その人の魔力を『液状武装』に登録する必要があったのだ。そして一度登録すると、それはその人にしか扱えなくなると言っていた。
だから、使用者ではないジェランダが使用目的で刀に触れた途端、『液状武装』は解除されて元の液状へと戻ったのだろう。
「……まあいいわ」
ジェランダは薙刀を構えなおし、武器を失ったシアンを睨んだ。シアンはごくんと喉を鳴らし、自然な流れで血の滴る右手を左手で押さえる。
「……」
シアンはジェランダとにらみ合いながら、左手に集中する。すると、左手に暖かいものが広がって、その感覚が右手へと伝染した。
「……」
その感覚が消えると、シアンは右手から左手を離した。
――左手の覆いがなくなった右手、そこにあったはずの傷が消えている。
「……」
シアンはこの力について、何となく察しがついていた。『液状武装』に自分の魔力を登録したとき、これと同じような感覚がした。その時から、頭の中の霧が晴れたような、すっきりした感覚と共に、本能がこれの方法を教えてくれたのだ。
恐らく、この感じる何かが『魔力』というものなのだろう。シルヴァの傷を癒したのも、この『魔力』だ。
「武器をなくしたけど、降参でもする?」
ジェランダはニヤリと笑ってシアンへ言う。シアンはその言葉に小さく笑うと、拳を握った。
「私は負けられない。絶対に、勝つ」