102 味がない
「リック! アンタは男の方を!」
「OK、ジェランダ!」
所謂"A級"の二人の男女――リックとジェランドが自らの武器を携え、シルヴァたちの方へ駆けだした。それに続くようにして、他の使用人たちもバロットを無視し、二人に続く。
それを黙って静観していたシルヴァの隣で、シアンは鎌となった『液状武装』を横に構えた。
「シルヴァ」
たった一言。シアンが発したのは、そのただの一つの名前。
しかしそれでも、シルヴァには何となく伝わった。小さくうなずく彼をシアンは気配で察すると、跳んで少し前に出て、鎌を横に薙ぎ払う。
「なっ……!」
その刹那、駆け出した使用人の一部から驚きの声が上がった。何故なら、シアンの振るった鎌の刃が、"ずっと前方に配置されていた噴水の水を切る"までに、射程が伸びていたからだ。
シルヴァはその仕組みの正体を間近で見ていた。シアンは鎌の柄の一部分を、長い鎖へと段階的に部分変化させたのだ。その先端についていた刃は、中間部分のしなる鎖により、円形をかき遠心力得て使用人たちにけん制する。
「くぅ……!」
夜の暗い中で、鎌の変化に気づけたのは数人だけ。使用人の幾人かはその刃に切り裂かれ、血が噴き出しその場に倒れ込む。
――そしてその鎌を見切った残りの使用人も、一拍遅れて数発の"小さな何か"が体に被弾し、短い悲鳴を上げながら吹っ飛んだ。それを見てシルヴァは小さく息を吐く。
鎌をかわした使用人たちに被弾した何か。それは、シルヴァの『支配』によって疑似的に硬くなった水の粒だった。シアンの鎌が噴水を切り裂いた際に飛沫となってとんだ水滴を、シルヴァの瞬時に『支配』して、それを弾丸の如く使用人たちへバラ撒いたのだ。
「あと四人か」
シルヴァは未だに立っている使用人たちの数をぼやきながら、スタスタと前方へ歩いていく。シアンもそれに合わせ、振り終わった特殊な鎖鎌をもとの形に戻しながら、後ろへ少し後退した。
「ひるむな……っ! 行くぞっ!」
「……A級はどっちも残っちゃった」
A級冒険者のリックがへばる使用人二人を一喝し、同僚のジェランダと共に駆け出す。使用人も歯を強く噛みしめ、それに再度続いた。そんな中で、シルヴァの隣についたシアンもぼそりと呟いた。
シルヴァは『虚無の短銃』に魔力を充填すると、カチリと構えながらはっきりと言う。
「向こうに変な連携取られると厄介だし、これからは個々に狙おう。……危なくなったら」
「――分かってる、逃げるよ。シルヴァも気を付けて」
二人で視線を交わし合うと、それからは同時に駆け出した。
シルヴァは走りながら短銃のトリガーを引き、"A級"の二人にそれぞれ放つ。その発射音と一瞬だけ光った銃口に反応し、"A級"の二人はそろって足を止めた。
「っ!」
ただそれ以上の反応はできず、リックは左頬、ジェランダは右手首に、それぞれ弾丸をかすらせた。そこで何かが起こったことにようやく何とか気づいた使用人の二人は、驚いて止まって振り返る。
「止まるな!」
ジェランダの決死の叫びが木霊するも、半分遅かった。ジェランダの方にいた使用人がシアンの鎌により吹っ飛ばされる。その勢いで、シアンはジェランダへと飛びかかった。
「……っ!」
ジェランダも気を引き締め、シアンの攻撃に対し構えたのだった。
その光景をちらりと見たシルヴァは、よそ見をするのはこれっきりと決意する。視線をそらし、リックたちの方を見据えた。
「……!」
とりあえず、動揺している使用人をシルヴァは『支配』の下に置くと、そのままリックの方へ投げつける。リックは驚いたような表情をしながらも、何とか投げられた使用人をかわした。使用人はそのまま吹っ飛び、窓を割って屋敷の中へと姿を消した。
「君の相手は僕だよ」
「調子に乗るなよ……! 馬の骨が……!」
リックはシルヴァの悠々とした宣言にムカつきを感じたのか、怒鳴り声をあげる。両手のククリを手放し、クルリと空中で一回転させて、構えなおした。それからすぐにシルヴァへと飛びかかる。
「……」
シルヴァは飛びかかってくるリックを冷静に推察した。思い出していたのは、バロットを支配したときに受けた『反撃』のことだった。
――この男も、その術を持っているのだろうか。だとしたら、直接『支配』するのはマズい。
そんなことを考えるのに一秒もいらなかった。シルヴァは瞬時に後ろへ数歩下がってリックの攻撃をかわすと、『虚無の短銃』のトリガーを二度引いた。
リックに向かっていく二つの弾丸。しかしリックは避けようとしないどころか、両手を広げて自分の胸をさらけ出した。
「フンっ!」
ガキン、と魔弾が弾かれる音がした。シルヴァはまじまじとリックの胴体を見つめる。その視線に気づいたリックは、とても愉快そうに口を開いた。
「ハッハッハ! 俺の服の下には、ステフ様からいただいた最高級の防具が仕込んであるのさ! どんな飛び道具も無傷だ!」
「……」
リックの言葉を聞いたシルヴァは、思わず閉口して目を大きく見開いた。そのリアクションに満足したのか、リックは大きく息を吐いて再びククリを構え、見せつけるように姿勢を低くすると、シルヴァへと刃先を向ける。
「どーだ? 怖気づいちまったかぁ? だが! てめぇは俺を不機嫌にした! 切り刻んでも許さねぇ!!」
「……いや、そうじゃなくさ」
下衆な笑みを浮かべるリックに、シルヴァは手を前でブンブンを振った。その瞳には恐れや畏怖といた感情がなければ、緊張感もない。
そんなシルヴァの、馬鹿にしたような行為にリックの肩がピクリと揺れた。ついにリックは大きく口を開けて、怒鳴り声を履き散らすところだったのだろうか。
しかしそれは叶わない。
「ガッ……!?」
彼の両手を、"最高級とやらの鎧によって弾かれたが、『支配』の力で軌道を変え戻ってきた"魔弾が貫いたのだ。弾が貫通した手の平からはドクドクと血が流れだしている。リックはたまらず悲鳴を上げた。
「グァアアアああああ!?」
ククリがカランと地面に落ちた。リックは両手を上げて、まるで踊っているかのように痛みに絶望していた。そんな彼を覚めた瞳で見つめ、シルヴァはため息をつく。
「アンタ、"A級"にしてはショボすぎたんだよ。態度といい、油断といい……はぁ、もういいや」
シルヴァは手に持った『虚無の短銃』に『支配』の力を仕込むと、リックへと投げつけた。シルヴァの投擲には正確さはないが、それを『支配』を力で補填する。
勿論、両手の痛みに夢中のリックにはそれをよける手立ても余裕もない。彼の脳天に金属のそれがクリーンヒットし、たまらず気絶した。
シルヴァは『支配』の力で短銃を自らの手に戻すと、倒れた"A級冒険者サマ"に小さく告げた。
「今までで一番味のない敵だったよ、アンタ」