40. 黄泉の国
その後、わたしたちは辺津宮神社の社務所に運びこまれた。
大人たちにはわたしから説明した。ニオは眠っていて、のどかは具合が悪そうだったから。みちるさんとおじいちゃんは真剣な顔でわたしの話を聞いた。姫神さまはいつの間にか姿を消していた。
しばらくすると、ニオのお父さんとお母さんがやって来た。二人は暗い顔で一礼し、ほとんど何も言わずにニオを連れて帰った。ニオはずっと眠ったままだった。おばさんは、ニオの帽子がずれるたびにそれを直してやっていた。
ニオを見送った後、わたしたちもみちるさんの車で淡海町へと帰った。
そして今、わたしとのどかは白衣に袴姿で拝殿に座っている。
戸が開き、みちるさんが入ってくる。外はもう真っ暗だ。
「義兄さん、明日こちらにくるそうよ」
みちるさんはそう言って腰をおろした。
「ねえ、みちるさん。ニオは、」
わたしの問いかけを、みちるさんは手を上げてさえぎった。
「わかってる。聞きたいことはいろいろあるわよね。……どこから話しましょうか」
みちるさんは考え込むように目を閉じた。
「まずは黄泉の国のお話からじゃないですかね」
いつの間にか姿を表していた姫神さまが、奥の本殿から歩いてくる。さっき街で見せていた幼い姿とはちがう、いつもの中学生姿だ。
「のどかちゃんとは初めましてですかね」
「はい。お初にお目にかかります。息長のどかです」
「知ってるです。ずっと見守ってたですから。こうしてお話できるのが嬉しいですよ」
姫神さまはやわらかな笑みを浮かべた。
「さて、お疲れちゃんなみちるちゃんに代わって、ぼくがお話しましょう」
姫神さまは、拝殿のすみからお座布団をとってきてちょこんと座った。
「きみたちを襲ったのは黄泉醜女です。幽世の主、黄泉津大神の眷族なのです。黄泉津大神は、伊耶那美命とも呼ばれる、死を司る神ですね」
「たしか、伊耶那美命って伊耶那岐命と国産みをした神さまですよね」
「よく知ってるですね、しずかちゃん。感心感心」
姫神さまがぱちぱちと手をたたく。
「いえ、その、沼矛印を教わったときに聞いただけです」
「なら、国産みについても知ってるですね。この国産みのとき、つまり神世の神さまが現世に日本列島をつくったとき、神世から現世へと神気がとおる道ができたのです」
「じゃあ現世に神気があるのって、国産みがきっかけだったんですか?」
「ですよ。現世にあふれた神気が魂を震わせ、肉体とむすびつけた結果、人が生まれたのです。だから魂だけの存在である神さまとちがい、人は魂の外側に肉体を持ってるです」
何だか壮大なお話になってきた。
「さて、国産みをした後、いろいろな神さまを産んだ伊耶那美命でしたが、不幸な事故により現世を去ることになります。行く先は黄泉の国、つまり幽世です。これを世去ぬりといいます。世去ぬりのとき、今度は現世から幽世へと神気のとおり道ができました」
「じゃあ、幽気って元は神気なんですか?」
わたしの質問に、姫神さまが満足気にうなずく。
「ですです。現世から幽世へと道ができたとき、人は初めて死ぬようになりました」
「それまで人って死ななかったんですか!?」
「ですよ。人は神さまの子孫ですから。肉体は滅びても、魂は不滅だったです。他の肉体にむすびつけば、また現世で生きることができました。でも、幽世へのとおり道ができてからは別です。肉体を失ってふわふわしてる魂は、幽気に連れられて幽世に行くようになっちゃったです」
「……いきなりそんな世界の真理を教えられても」
正直、どうしたらいいのか。
「伊耶那美命さまは、自分の手で人をつくり、さらに自ら人が死ぬようにしたということですか?」
のどかが確認すると、姫神さまは「ですです」とうなずいた。
「そして、この神話には続きがあるです。妻の伊耶那美命が現世を去ったことで、夫である伊耶那岐命はとっても落ち込みました。そこで夫は幽世へと妻を迎えに行ったのです。夫は、幽世で妻に出会えました。しかし連れ帰るのには失敗しちゃいました。かつての妻であった伊耶那美命は、もう現世の神さまではなくなっちゃってたです」
「黄泉津大神、でしたっけ」
「そうです。幽世の主となった黄泉津大神は、現世へ逃げ帰ろうとする伊耶那岐命に追手をさしむけました。それが、黄泉醜女です」
「そんなヤバい相手だったんですね」
今さらながらに息を飲みこむ。




