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しずかのうみで  作者: 村井なお
第七章 お母さんはあの日
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40. 黄泉の国

 その後、わたしたちは辺津宮へつのみや神社の社務所に運びこまれた。


 大人たちにはわたしから説明した。ニオは眠っていて、のどかは具合が悪そうだったから。みちるさんとおじいちゃんは真剣な顔でわたしの話を聞いた。姫神さまはいつの間にか姿を消していた。


 しばらくすると、ニオのお父さんとお母さんがやって来た。二人は暗い顔で一礼し、ほとんど何も言わずにニオを連れて帰った。ニオはずっと眠ったままだった。おばさんは、ニオの帽子がずれるたびにそれを直してやっていた。


 ニオを見送った後、わたしたちもみちるさんの車で淡海町あわみちょうへと帰った。


 そして今、わたしとのどかは白衣はくえに袴姿で拝殿に座っている。


 戸が開き、みちるさんが入ってくる。外はもう真っ暗だ。


義兄にいさん、明日こちらにくるそうよ」

 みちるさんはそう言って腰をおろした。


「ねえ、みちるさん。ニオは、」


 わたしの問いかけを、みちるさんは手を上げてさえぎった。


「わかってる。聞きたいことはいろいろあるわよね。……どこから話しましょうか」


 みちるさんは考え込むように目を閉じた。


「まずは黄泉よみの国のお話からじゃないですかね」

 いつの間にか姿を表していた姫神ひめがみさまが、奥の本殿から歩いてくる。さっき街で見せていた幼い姿とはちがう、いつもの中学生姿だ。


「のどかちゃんとは初めましてですかね」


「はい。お初にお目にかかります。息長おきながのどかです」


「知ってるです。ずっと見守ってたですから。こうしてお話できるのが嬉しいですよ」

 姫神さまはやわらかな笑みを浮かべた。


「さて、お疲れちゃんなみちるちゃんに代わって、ぼくがお話しましょう」


 姫神さまは、拝殿のすみからお座布団をとってきてちょこんと座った。


「きみたちを襲ったのは黄泉醜女よもつしこめです。幽世かくりよの主、黄泉津大神よもつおおかみ眷族けんぞくなのです。黄泉津大神は、伊耶那美命いざなみのみこととも呼ばれる、死を司る神ですね」


「たしか、伊耶那美命って伊耶那岐命いざなぎのみことと国産みをした神さまですよね」


「よく知ってるですね、しずかちゃん。感心感心」

 姫神さまがぱちぱちと手をたたく。


「いえ、その、沼矛印ぬぼこのしるしを教わったときに聞いただけです」


「なら、国産みについても知ってるですね。この国産みのとき、つまり神世の神さまが現世に日本列島をつくったとき、神世かむよから現世うつしよへと神気かむきがとおる道ができたのです」


「じゃあ現世に神気があるのって、国産みがきっかけだったんですか?」


「ですよ。現世にあふれた神気が魂を震わせ、肉体とむすびつけた結果、人が生まれたのです。だから魂だけの存在である神さまとちがい、人は魂の外側に肉体を持ってるです」


 何だか壮大なお話になってきた。


「さて、国産みをした後、いろいろな神さまを産んだ伊耶那美命でしたが、不幸な事故により現世を去ることになります。行く先は黄泉の国、つまり幽世です。これを世去よいぬりといいます。世去ぬりのとき、今度は現世から幽世へと神気のとおり道ができました」


「じゃあ、幽気かそけきって元は神気なんですか?」


 わたしの質問に、姫神さまが満足気にうなずく。


「ですです。現世から幽世へと道ができたとき、人は初めて死ぬようになりました」


「それまで人って死ななかったんですか!?」


「ですよ。人は神さまの子孫ですから。肉体は滅びても、魂は不滅だったです。他の肉体にむすびつけば、また現世で生きることができました。でも、幽世へのとおり道ができてからは別です。肉体を失ってふわふわしてる魂は、幽気に連れられて幽世に行くようになっちゃったです」


「……いきなりそんな世界の真理を教えられても」

 正直、どうしたらいいのか。


「伊耶那美命さまは、自分の手で人をつくり、さらに自ら人が死ぬようにしたということですか?」


 のどかが確認すると、姫神さまは「ですです」とうなずいた。


「そして、この神話には続きがあるです。妻の伊耶那美命が現世を去ったことで、夫である伊耶那岐命はとっても落ち込みました。そこで夫は幽世へと妻を迎えに行ったのです。夫は、幽世で妻に出会えました。しかし連れ帰るのには失敗しちゃいました。かつての妻であった伊耶那美命は、もう現世の神さまではなくなっちゃってたです」


「黄泉津大神、でしたっけ」


「そうです。幽世の主となった黄泉津大神は、現世へ逃げ帰ろうとする伊耶那岐命に追手をさしむけました。それが、黄泉醜女です」


「そんなヤバい相手だったんですね」

 今さらながらに息を飲みこむ。


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