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コントロール  作者: うえのきくの
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1◇松永慶

 


 まだ肌寒い3月。 冬のなごりはまだそこここに転がっているが、射す光や木々は春を教えてくれている。

 凛とした空気の中、紅白の幕が下がった体育館を生徒たちを先導して歩く。 花道を飾るのは在校生や父兄の拍手。 それに今日の日のために吹奏楽部が練習してきた入場のための音楽。

 誇らしいような寂しいような。この生徒たちは特別だった。

 今日俺は初めて、担任した卒業生を送り出す。 新採用でこの高校に赴任して5年。 何もかも初めての、記憶に残る1年だった。

 実際こいつらはよくやった。 問題のある生徒も抱えたクラスをどうやってまとめていこうかと悩んだ新学期。 あれよという間に団結して見せ、最初の大きい行事、球技大会のタイトルを取りまくり総合優勝をかっさらった。

 そのあとに続いた文化祭や合唱祭なども素晴らしい発表を見せ、教師生徒、保護者までを感動させたことは記憶に新しい。

 果ては定期テストの平均で他のクラスを大きく引き離す出来っぷり。 その他資格取得から美術系の公募から、毎週の朝礼でクラスの生徒の名前を呼ばれない日はないのではというほど。 輝かしいことこの上ない。

 他クラスの先生達からは羨ましがられ、PTAからは感謝され、秘訣などを聞かれても心当たりなどあるわけはない。 なにかに操られるみたいに日々は組み立てられ、生徒たちは颯爽と行動し、いつのまにか結果を残して過ぎていった。 そこに俺の手や思惑などひとつも入っていなかった。


 そんな誰もに羨ましがられる成果より、ずしりと腹の奥に落ちて剥がせない後悔がある。 たった一人、リタイヤさせてしまった生徒がいた。

 どうしてあんなことになってしまったのか、今でもわからない。 何をどうしたら今もここに彼女がいられたのか想像もつかない。

 守りたかったのに、大切だったのに……鳴海 茉莉。 何もしてやれなかった虚無感と、彼女の最後の表情が頭にこびりついて離れない。

 恋かもしれないと、思っていたのに。


 最後のHRで、生徒の何人かは泣いていた。 彼らにとっても恐らく心に残る1年になったのだろう。 後ろには保護者にも入ってもらっている。 やはり子供たちの立派な姿に目頭を押さえる母親も多い。

 それでも、心は凪いでいた。

 この1年間、彼らと一緒に様々な体験ができたことに感謝した。 喜んで、泣いて、笑って。 それぞれに充実した日々だったと思う。 それなのにこの瞬間感情は乱れていない。

 一人ひとり名前を呼んで卒業証書を手渡す。 みんな、晴れやかな顔をしている。 ここから巣立って明日からは違う道を行く。 こうして全員が揃うことはもうないのかもしれない。

 寂しい。 でも、とても安らいでいる。


 式後、最後のHRが終わり、教員と在校生全員が校庭に出て卒業生を送り出す。 生徒が出てくるまで話題はうちの生徒たちのことになった。

「そういえば球技大会の際の参謀の活躍は素晴らしかったですね?」

「テストや資格取得の時の黒幕は大人の私たちが見ていても統率力がありましたもんね」

「僕はアイツのことラスボスって呼んでましたよー。しかも、あれ、どんなにレベル上がっても、絶対倒せる自信ねー!松永先生、よくあんなの手なずけましたね?」


 参謀?黒幕?ラスボス………?誰? 心当たりもないのにまわりは当たり前のこととして話を進めていくから、曖昧に笑うしか出来ない。

 だれかが、そうなるように仕向けていたのか。 個性の強いクラスをまとめ同じ目的に向かって行動するように仕切っていたやつがいたっていうことか。 数人の生徒の顔が脳裏に浮かぶ。 誰もがその時々素晴らしいリーダーシップを発揮していた。


 時間になり、教職員や在校生が作る花道の間を卒業生が並んで進んでくる。 皆、胸につけたピンクのコサージュに負けないくらい華やかで誇らしげな顔で歩いて来る。 特に俺のクラスの奴らが輝いて見えるのは贔屓目でもないだろう。

 その腕にはみんなでお揃いのミサンガが見え隠れしている。 受験の頃、ひとりの女子生徒がみんなの分を作ってよこしてくれた。 自分は美容系の専門学校へ進学を決めていたのでみんなにもいい結果が出るようにと言っていた。

 大変だっただろうに、全員にメッセージが入っていた。 俺にも渡されたそれにはブルーと黄色の艶のある糸で「THANK YOU」と編んである。 近くの席の生徒同士でそれぞれの腕に結びあった。 俺には一番前に座っていた生徒がやってくれた。


 俺に気づくと手を振ってくれる生徒たち。 揺れるミサンガの列。 さっき泣いていた生徒も、もう弾けるような笑顔になっている。

 近づいてくる自分のクラスの生徒たちに花を一輪ずつ渡していく。 記念撮影をしたり、握手したり。 一人一人と別れを惜しんでいると、花が一輪余ることに気付く。

 ん?誰だっけ?

「有村、有村 未央。慶ちゃん、酷くね?」

 声をかけたのはクラスの中心的人物、笹島 悠人。 さっき黒幕の話を聞いて顔を思い浮かべたうちのひとりだ。

「やだな、忘れるわけないだろ。あと、慶ちゃんじゃねーよ。最後くらいちゃんと先生って呼べ」

「はは。有村なら来ないよ?ここにも、クラス会や同窓会にも来ないって。嬉しい?先生」

「は?何言って……」

 図星だ 。そう言われて安堵している。 二度と有村に会わなくていいと思うと、心が軽い。

 さっき卒業証書を渡すときだって一人ひとりに言葉をかけたりしたが、有村には元気で頑張れなどとしか言えなかった。 結局顔も見なかった。

「あー、ところでさ、うちのクラスの参謀だとか黒幕だとかがいるって話、聞いたことあるか?」

「はぁ。慶ちゃん、やっぱり気づいてないよねー?」

 ……バカにされてんの、俺?

「アイツもホント、報われないな……」

「……知ってるのか?」

「知ってるよ。固く口止めされてっけど」

「……教える気、あんの?」

「さーて、どうしようかなー?」

 こいつ……こんなキャラだったか? もっと協力的で素直な生徒だった記憶しかない。

「俺が黒幕に協力したの。あと、才女細野も、先輩中村も、知らず知らずクラス全員で。アイツの一生懸命さにみんな惚れちゃって。まぁ、充実してた1年間だから、結果オーライでいいんじゃない?慶ちゃんも良かったじゃん、初3年大成功で。」

「トゲがあんなぁ…。で、黒幕って誰なの?」

「……わかんないひとだなあ。何気に知らないほうがいいって言ってんのに」

 ……は?知らないほうがいい? クラス行事の立役者に一言労いの言葉を掛けようかと思っていたのに。

「……なんで知らないほうがいいんだ?」

「先生がやな思いするから」

「なんで?」

「これ以上は言わない。聞きたきゃ俺より詳しいのがいるから聞けば?」

「誰」

 笹島は一瞬、強いラインの眉毛をぎゅっと寄せた。 そうやってみるともうすっかり大人の男だ。 責められているのに、なぜか寂しくもある。


「そうは言ったけど、本当は事実をちゃんと知ってたほうがいいと思う。それに、知らないままにしたら────俺は慶ちゃんの事、一生許さない」

「……」

 記憶の限りいつも明るく穏やかだった笹島の顔がさらに憎らしげに歪んだ。 こいつにそこまで言われるようなことを、俺は見落としている。

  校庭の端で騒ぐ生徒の声が校舎に反響してたわんで届く。 指先が冷たくなったような気がした。

「黒幕は話したくないと思うから、知ってそうな先生に聞くのも手かもよ?頑張ってねー!」

 ……なんなんだ ?黒幕って誰だ? なんで俺が嫌な思いをしなきゃならない? なにを拾いそびれている?

 気になる。 自分のクラスで何が起きていたのかもわからないのは座りが悪い。

 何がなんだかわからないまま、さっき参謀だの黒幕だのの話をしていた先生達に聞いてみることにした。


「さっきの参謀って話なんですけど、誰なんですか?」

「え?やだな、笹島でしょ?球技大会の時の剣幕は凄かったですよね!あの松永先生の似顔絵入りのTシャツ着て校庭を駆け回るあの子達……みんなイキイキしてて、グッときちゃいましたよ。」

「その中心が笹島だったと?」

「はい、あと有村?二人が中心になってそれぞれの種目の生徒と連携取って毎日練習してるとこ見ましたよ。苦手な子や反発する子も上手く丸め込んで結果、凄い盛り上がりで総合優勝。いやー羨ましい。先生、愛されてましたね」

「……ありがとうございます」


 あの頃は新学年が始まったばかりで、俺はかなり緊張していたから、いきなり5月の行事で奴らが見せたまとまりに、正直、面食らった。

 何週間か前から一生懸命練習していたのは知っていた。 顧問としては文化部を受け持っていたから、体育館で練習していたのもあとから聞いた。

 手狭になって校庭に移ってからは放課後に他の部活の邪魔にならないはじっこから笹島の怒号が聞こえてくるたびに「今日もやってるな」と微笑ましくなったものだ。 差し入れにジュースを持っていけばどの生徒もおおげさに喜んでくれた。

 前日に全員でお揃いのTシャツを作ってきたのには驚いた。 行事自体は毎年行われている恒例のものだが特に盛り上がることもなく、クラスの顔合わせ程度の意味合いだと理解していた。 球技大会でTシャツを作ったクラスは今までにもなかったはずだ。

 クラス委員が「先生にも」って寄越したそれには誰が描いたんだか、そっくりな俺の顔。 その下に「絶対優勝!!松永JAPAN!!」と書いてあって笑った。 松永JAPANてなんだ。


 あの球技大会から確かに他のクラスとは違う団結力が見えたが、それは委員長や笹島の力だと今まで思っていた。 黒幕などと呼ばれるような『影で操る』イメージは笹島にはない。 じゃあ誰か他の奴が陰で頑張っていたなんてやはり想像もつかない。

 もしかすると生徒たちのことなんて自分で思うほど見ていなかったのかもしれない。

 俺の目は、その姿が教室にいたときも消えてしまってからも、一心に鳴海を追っていたとでもいうのだろうか。





 連載はじめました!どうぞよろしくお願いいたします。

 以前別サイトに掲載していたお話を大幅リニューアルしています。ので、前のを知っているかたにも読んでいただけると嬉しいです。


明日も23時頃おじゃまします。


うえの


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