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石の花  作者: 藍上央理
3/13

(3)




 そいつは聞き逃さなかった。空間に薄く切れ込み、異界の光が漏れる門を見逃すわけがなかった。わずかな間隙から覗き込み、あまりの衝撃に弾け飛びそうになった。やっとのことで魂をかき集め、もう一度、裂け目を覗いた。

 なんだ、これは!

 そいつは叫んでいた。

 王の頭上でそいつの轟きが空を覆い、暗雲がどこからともなく染み出した。白亜の宮殿は霧にかすみ、人々は悲鳴が上げて、馴染み深い互いの体にすがった。

 声を聞いたぞ!

 異界の空気に触れ、次第にそいつは形を定め始めた。

 王は見た。部屋の天蓋の梁の透き間から覗く醜い姿を。

「声を聞いたぞ……」

 そいつは今や自分の声をも聞いていた。

 王は蒼白となり、白亜の乙女の手を取った。しかし、乙女はその場を逃れることを拒絶するように立ちすくむ。稲妻の光に白亜の乙女は青白く輝く。

 はっと息を飲むような静かな空域。凍りついたような冷たいガラスに閉じ込められたように、王も立ちすくみ、乙女の像は蒼白い氷と化した。王は乙女がちょっとも思いどおりになってくれないのを口惜しく感じた。そして、恐ろしさに天井を見上げた。

「聞いたぞ……」

 醜い影はなおも言い募った。影は天外にへばり付き、のそのそと這い出してくる。

「おまえは誰だ!?」

 若い王は震えながらも、異形のそれに尋ねた。

「誰? 何者? おまえ? おぉ……おまえは何者だ?」

 それは改めて自分という者以外の存在を知り、同じ問いかけを王に返した。

「私はこの国の王だ、おまえはなんだ !?」

「私? 国? 王? 私はこの国の王だ、おまえの声を聞いた」

「この国? 死の国のか?」

 そいつは門の透き間から王を眺め、白亜の像を見留めた。

「その、それを動くようにしたいのか? 私にはできる。動かしたら、なんでもくれるのか?」

 王は影の言葉に生唾を飲み込んだ。考える前にに首を縦に振っていた。

 そいつは考えた。中身の虚ろな像に自分が入ろうかと。今、この時に門が開いていて、中身を求める器があるという事実。めったにない機会。飛び込めば、あれは自分のもの。いや待て。そいつは思考を得て、知恵を育てていた。

 門は入る時に開き、出る時に再び開く。同時に、門は無限に開き続け、永遠に閉じられたまま。人の住む異界では一瞬のこと。しかし、この魂の世界では。何やら法則も異なる。もしも、あの器に入れなければ。もしも、失敗してしまえば。

 しかし、あの人間は他にも何かくれると言う。人とは人を作る。いつだかそんな知識を飲み込んだではないか。あの石が人間と、新しい人間を作れば、それを貰おう。なるならば、人間がよい。中にある邪魔なものは、その時追い出せばいい。

 それはえたばかりの声で告げた。

「おまえが最初に作った人間をくれ」

 門が閉まろうとしている。それは慌てて、自分の一部である魂のひとつを手放した。自分とつながりのある魂が少しでも門が閉じるのを防いでくれるだろうと考えたからだ。そして、完全に開くときが来るまで、その魂に自分の欲しい体の番をさせておけばいい。

 突然意識を取り戻した魂は、大きなそいつを前にしてすくみあがった。そいつは世界を轟かす音を放ち、命じた。ちっぽけな魂はくるくると意向に添うしるしに回って見せ、門をくぐり飛び出して行った。

 凄まじい稲妻が、燐光を放って宮殿を包み込んだ。

 人々はまさにそう感じた。

 稲妻はまっすぐ王の部屋に墜落し、霧が晴れ、暗雲が退いても、まだびりびりと帯電しているように見えた。

 街の人々、宮殿の人々が青白く火花を散らす王の部屋のきざはしの下に集まった。そして、誰もがぐっと息を飲み、王の部屋を見つめていた。王の突然の叫びを耳にし、人々は悲嘆の声をあげた。

 王のテラスの扉がやにわに開かれた。まるで、太陽の精がそのテラスに降り立ったように、神々しく照らされきららかな光に満たされた。

 若い王が胸に乙女をいだいて、テラスに立っていた。光は乙女から発せられていた。バラの香がほのかに漂い、乙女が微笑むと、どこからともなく小さな花々がポトリポトリと少女の足もとに舞い落ちる。

 人々は呆然と、王と乙女を見つめた。

 若い王は、きざはしのもとに詰め掛けた人々を満足げな瞳で見やり、声を大にして告げた。

「私の民、私の友たち ! 私の妻だ、この娘が私の妃だ!」

 乙女が笑った、声をたて。きざはしにころころと真珠が転げ落ち、大輪の赤いボタンの花が白い段々を染め変えた。

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