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最後の物語  作者: 無月 華旅
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第三章~迷~

 最後の投稿から、約三か月ぶりです。やっと森を出たアルとクルム。しかし、二人だけでいては話が進みません。新たな出会いの第三章です。

第三章~迷~


 つぅっと服が引っ張られる感覚にアルは振り返った。クルムが髪で隠した顔の隙間から心配そうにアルを見ていた。アルはそっとクルムと手をつないだ。

 震えている。

 アルも怖かった。

 森から一歩出たときは、あまりにも明るい世界に目を輝かせた二人だが、いくら歩いても同じ景色ばかりで日も沈んできて、不安がむくむくと膨れ上がってきたのだ。

「大丈夫だよ。きっとリスタは見つかるよ」

 クルムに言ったことはアル自身にも言い聞かせていることだった。ぎゅっとクルムの手を握る。アルの不安を感じ取ったクルムは、アルの手を握り返した。

「お前ら、こんなとこで何やってんの?」

 突然、後ろから声をかけられて、二人は逃げ出す猫よろしく草むらに隠れた。草の隙間から声の主を探す。

「い、いや驚かすつもりはなかったんだ。すまない。……大丈夫か?」

 荷馬車に乗った男性だった。二十代後半から三十代前半の男性というより青年で、荷馬車を降りて、二人の隠れている草むらの近くに立った。

 恐怖というのは人の心を支配する。荷馬車の近づく音にも気が付かないほど、アルもクルムも周りが見えていなかった。

「こんなところを通る奴は珍しくないんだ。ただ、徒歩ってのが珍しくてな。ここから町までは荷馬車でも半日はかかるんだ」

 青年は遠くの、おそらく町がある方を眺めながら二人に説明をした。

「俺はティー。巡回司書だ。荷馬車の中身はほとんどが本さ」

「じゅんかいししょ?」

 聞きなれない言葉にアルが聞き返す。いつの間にか草むらから二人とも出てきていた。

「そうだな……。暗くなってきたから、まずは火をおこそう」

 辺りが暗くなってきたのを見て取ると、ティーと名乗った男性は荷馬車を街道の隅に寄せると火をおこし始めた。

 アルとクルムにとって、リスタや森の動物たち以外と話をするのは、初めてだった。しかも森の外で初めて会った人間だ。

 ティーが火をおこすと二人はおびえて、後ずさった。

(火におびえるなんて野生児じゃなくて、本当の野生動物みたいだな)

 ティーは二人にかまわずに、火のそばに腰を下ろした。

 二人にとって、火はあの日の夜のことを生々しく思い出させる存在だった。それを知らないティーは、何も気にしないで、話の続きを始めた。

「巡回司書っていうのは、誰でもなれるわけではないんだ。司書の中でも選ばれた強者しかなれない。そもそも司書っていうのは……。司書ぐらいわかるよな?」

 二人の反応を見るが、何も返答がない。巡回司書を知らなかったくらいだ。司書のことを知らなくても無理はない。そう考えたティーは一人で話し始める。

「司書っていうのは、図書館で働く人のこと。図書館というのは本がたくさんある場所のこと。本というのは……」

 話している途中で気が付いた。二人はこんなにも知らないことが多いのか、と。

 まず街道を徒歩で移動しているのを発見して驚いたティーは、二人の姿を見て、さらに驚いた。服らしい服を着ていないし、髪だってとかしていないのかボサボサの伸ばし放題。男の子の方は最近、切った跡が見えるが、ばさばさとしていて、まとまりがなくしかも顔が見えないほどに前髪が長い。

 いろいろ考えているうちに、ティーは寒気を覚えた。

 二人はあまりにも世界のことを知らない。常識を知らない。誰かが教えなければならない。そう思った。

 森の中で暮らしていた二人にとって、常識は必要なかった。森の中で生きていくための知識しかないのだ。

「お前ら、いったいどこに住んでたんだ? 誰と暮らしてたんだ? もしかして奴隷だったのか? だからそんなに常識を知らないのか?」

 二人はやっぱり反応をしない。火から遠い二人の顔はティーから見えない。恐る恐る近づいてみて、ティーは気が抜けてしまった。なんと二人とも丸くなって寝てしまっていたのだ。

「猫、みたいだな」

 すやすやと仲良くくっついて、丸まって寝ている姿は猫を彷彿とさせた。荷馬車の中から毛布を持ってくると二人にかけた。

(この二人は誰かの教え一つで、善にも悪にもなれる。俺がしっかり、この二人の面倒をみよう)

 長い長い巡回司書の一人旅は孤独、そのものだった。町々の人は優しいが、一緒についてこようとする人はいない。町から町への移動中、荷馬車に揺られながら彼らはふっと孤独に襲われるのだ。

 人が恋しい。

 そんな気持ちがティーに二人の世話の決意を持たせた。

 火の揺らめきを眺めている内に、ティーも眠りに落ちていた。



     ✡



 次の日。

「よし。じゃあまずは、お前たちの名前を教えてくれ」

 ティーは開口一番に、そう言った。

 沈黙。

 アルは、まだ寝ていたから、馬の近くで何かしているクルムに話かけたのだが、何も反応がなかった。それよりも、森の中で出会ったことがない馬にクルムは夢中だった。

「……おまえ、たいへん」

 ティーが聞いたクルムの第一声だった。

「あの、馬のことはいいからお前の名前を……」

「そうか」

 会話が成立しない。クルムは馬とばかり話をしているように見える。ふとティーはアルの方を見ると、すでにアルは起きていた。毛布を不思議そうに見ている。

「それは、毛布」

「もうふ?」

「人間が作ったものだ」

 まだ会話が続きそうなアルから攻略することに決めたのか、座って毛布をまだ不思議そうに見ているアルの近くにティーは腰を下ろす。

「君、名前は?」

 少し柔らかく尋ねてみる。

「なまえ? あ、名前。アル」

「うん。名前はみんなあるんだよ」

「そうじゃなくて、アルが名前」

 アルが怒って頬をぷぅっと膨らませた。

「あぁ、悪い。アルっていうのか。俺は、」

「昨日聞いた。ティーでしょ?」

「あ、うん」

 覚えるのが早いな、と素直に関心した。

「あっちの男の子の名前は?」

「クルム」

「ふーん……。クルム、ね。君たち行先はどこ? これから町に行くんだけど、一緒に行かない?」

 ティーはその濃い緑色の瞳を細めて、にこやかにほほ笑んだ。まずは町に行って二人の容姿をどうにかしなければと思っていたのだ。

「リスタ、探してる」

「リスタ?」

「うん。私たちの育ての親」

 アルはティーのことをあまり警戒していなかった。昨日、火を使っているところを見て、怯えはしたけれど、憎いのはリスタをさらったルークという男性で、まだ人間に悪い人と良い人がいることすら知らないのだ。一方クルムは動物たちのことを信用していてもアルとリスタ以外の人間のことは信用していなかった。二人以外に会った人間がルークとその部下たちで、人間は悪いと決めつけてしまっていた。

「アル、あぶない」

「え?」

 だからティーと話をしているアルを、クルムが引き離した。

(これは、なかなかの強敵だな……)

 ティーは内心、困っていたが顔はゆるゆると緩んでいた。

(楽しくなりそうだ!)


 こんにちは、はじめまして無月華旅です。前書きにも書きましたが、実に三か月ぶりの投稿です。続けて読んでくれていらっしゃる方がいましたら、大変長いことお待たせいたしました。別に作品に書いたのですが、これからは安定して更新していこうと思ってます。この話になるのか、別に話になるのかは分かりませんが……。

 最後になりましたが、ここまで読んでくださってありがとうございます。願うことは、もう少し、アルとクルムに付き合っていただけたら幸いです。

 ではでは、また次回お会いできますことを。

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