アンナの大冒険<4>
Ⅴ
エドワードが果物を数個食べ終わり、リッツはベットでうとうと微睡んでいるそんなとき、遠慮深げに部屋の扉がノックされた。
「どうぞ」
『失礼します』
入ってきたのはアニーである。顔を上げて見るとアニーは心配そうに表情を曇らせている。
「どうしたんだ?」
あまり言葉のでないリッツの変わりにエドワードがアニーに尋ねた。
『あの……アンナが……』
「ああ、さっきアンナはどこに行ったのかを話していたんだが」
『そうですか』
幽霊なのでただでさえ顔色のよくないアニーの顔色が、益々青ざめた……ようにみえる。これはただごとではないだろう。
「……どうした?」
苦しい息でそう尋ねると、信じられないことを聞いたというようにアニーは目を見開いた。
「何だ? 何があったんだ?」
尋常じゃないアニーの様子に、エドワードが再び口を挟んだ。だがアニーの目は最大限に見開かれ、先ほどから自分を見たきり微動だにしない。
『リッツさんが……』
「……俺が?」
『アンナにお使いを頼んだんじゃありませんか!』
「は?」
リッツには何のことやらさっぱり分からない。
「俺が?」
『はい』
「アンナに?」
『そうです!』
「どうして?」
『覚えていないんですか!』
全く記憶がない。何だか頭が上手く回らなくて、ついつい昔のようにエドワードに助けを求める。
「エド……」
子どものように頼るのは少々癪だがこの際仕方ない。微かに窺うように下から見上げると、エドワードは何故だか柔らかく微笑み、肩を叩いてくれた。
言葉に出さずとも、任せろといってくれていると分かって安堵する。
「リッツがアンナに買い物を頼んだんだな?」
『はい。そう聞いております』
アニーにもう一度確認したエドワードが、困惑するリッツに向き直る。だがリッツには全く分からないのだから、どうにも答えようがない。黙って首を振ると、エドワードは再び頷いた。
「こいつは全く覚えていないようだ。どこへ行ったのかは聞いているのかな?」
『はい。『陽気な海男亭』にクリームシチューを買いに行くと……』
「『陽気な海男亭』! げほっ、ごほっ」
「どうしたリッツ」
思わず叫んで咳き込むと、その店の場所を知らないエドワードがこちらに疑問の目を向けた。
「そんなとこ、ごほっ、やばい、がほっ!」
「おい落ち着けリッツ。アニー、アンナが出掛けたのはだいぶ前か?」
『はい。お昼過ぎです』
「< 三時間以上前か!」
目を剥いて叫んだエドワードを尻目に、リッツは立ち上がった。よろめいてぶつかり、思いの外大きな音を立ててしまう。
足下がおぼつかない。これなら泥酔している方がまだましな方だ。
「……行ってくる」
よろめきながらリッツは自分の服をクローゼットから引っ張り出した。目の前が時折白く霞む気がするが、気のせいだと言い聞かせる。
「待てその体で行く気か?」
慌てて体を支えようと近づいたエドワードを振り返りもせずに、リッツは自分の支度を調える。
「リッツ!」
まるで叱るように強く方を掴まれた。だがここで引くわけにはいかない。
「エド……ほんとに、やばい」
「何がだ?」
そのまま支度をし続けると、エドワードはリッツの態度から、大変なことがアンナの身に起こる可能性があることを理解したらしい。
「店の場所、スラムと、港の境目だ」
「何だと……?」
「俺、昨日そこで、喧嘩して……」
リッツは首を振った。目が回る。だが行かねばならない。あの店はもしかしたら今日やばいことになっているかもしれないのだ。昨日の晩に伸したあの連中、仕返しに来るようなことをいっていたではないか。
もしもその騒ぎに巻き込まれたりしたら、目も当てられない。
「あいつら、仕返しに……」
深刻な顔でふらつくと、エドワードは小さく息をついた。昨日店で喧嘩した、仕返しに来る。これだけでエドワードには事情が伝わった。とにかく今日、その店に近づくことは危険なのだ。
エドワードは知らないが、その上リッツは彼らの落としていった髪飾りを持って帰ってきてしまっている。
それを取りに来た男がまた店で騒ぎを起こしていたら、正義感の強いアンナのことだ、正面切ってそのもめ事に首を突っ込むに決まってる。アンナはそういうヤツだ。
『私ちゃんと止めればよかった! アンナ、初めて一人で買い物に行ったのよ!』
「初めてだと?」
エドワードは色を失った。だがリッツにはその会話に入る余裕すらない。とにかく少しでも早くと気ばかりが急いて、よろよろと部屋の扉に近づいた。
流石に大剣を振り回すだけの力はないから、昨夜下げていた安物の剣で我慢する。これも剣だからいざとなれば役に立つ。
「待てリッツ」
呼びかけながら、エドワードがリッツの隣に立ち、手にしていた防寒具に、素早く手を通した。
「俺は……行く」
「お前一人で何とかなるわけないだろうが」
「だけど……」
リッツの視界の中で、世界がグルグルと回っている。その視界の中でエドワードが帽子をかぶるのが見えた。
「俺も行こう。お前は店まで案内してくれ」
「エドが……?」
「そうだ。この中でこの街を知っていて戦力になるのは俺だろう?」
確かにそれしかなさそうだ。今のリッツだけでは、逆に返り討ちになりかねない。年なれど、エドワードは武芸でならした男だ。
「……頼む」
そうと決まればぐずぐずしている暇はない。エドワードが傍らに置いていた自分の剣を腰に差し、リッツに肩を貸した。
「悪い」
「こんな時だ、気にするな」
ようやく階段を下りて一階に着いた時、タイミングよく玄関の扉が開いた。出掛けていたフランツと、エヴァンスである。
「ただいま」
「ただいま戻りました」
ふらつきながらも、必死で立っているリッツと、はたと顔を合わせたフランツは、困惑しながら尋ねる。
「リッツ……どこへ行くんだ?」
「ちょっとな……」
そしてフラフラのリッツに肩を貸したエドワードを見て、またまた困惑したような顔をする。
「ちょっとじゃないだろう?」
「まあな……」
ここにエドワードがいるのも不思議だが、何故この二人が出掛けようとしているのか……全く事情が飲み込めないようだ。
困惑と疑惑の目で二人を見据えるフランツに答えたのは、気力しかないリッツではなくエドワードだった。
「丁度いいところに帰ってきてくれた。実はアンナが迷子になった」
「はい?」
唐突なエドワードの言葉に、フランツは首を傾げた。
「どうして迷子に?」
「こいつが熱に浮かされて、行きつけの店のシチューが食べたいなんて戯れ言をアンナに言ったらしい。本人は記憶にないようだがな」
「……そうらしい」
それを聞いたフランツが青ざめた。あまりに申し訳ないやら情けないやらで、頭が痛い。
フランツにも分かっているのだろう。アンナは寝ぼけていった言葉でも真に受ける奴だと言うことを。ましてや病人の言ったことだ、かなえたいと思うに違いない。
「それなら確実にその店に行きましたね」
フランツの口からため息混じりの言葉が漏れた。一気に不機嫌そうになったその顔には『何で自分の危険を顧みないんだ』という怒りすら感じられる。
「店はスラム街と港の境界線にあるらしい」
「危険ですね……」
腕を組むフランツが、続いたエドワードの台詞に、益々青ざめた。
「アンナは昼過ぎから戻らないそうだ」
「本当ですか?」
「しかも悪いことに、リッツはそこで昨夜喧嘩したらしい。アンナが喧嘩相手の仕返しに巻き込まれた可能性もある」
「……!」
フランツが絶句した。その顔で真っ直ぐに見つめられて、思わず目をそらした。
最悪の状況だ。もしもその喧嘩相手が、名指しでリッツを探していたらアンナは間違いなく言うだろう。
『リッツは自分の保護者だ』と。その先は考えたくない。
「僕も行きます」
「駄目だ。フランツにはやってもらうことがある」
フランツの決意を、エドワードはあっさりとはね除けた。
「でも……」
「君は港やスラム街に行った事があるか?」
「いえ」
「もし君まで迷ったらどうするんだ?」
「……」
その通りだ。二重遭難は一人の行方不明者を捜すより、何十倍も手がかかることがある。肩の力を抜いてフランツがため息を付いた。
「僕は何をしたらいいですか?」
「査察官詰め所にケニーを呼びに行って、一緒に後からその店にきてくれ。ケニーなら店の名前でその場所にたどり着けるはずだ。わかったな?」
「はい。店の名前は?」
「『陽気な海男亭』だ」
掠れ声だったが、自分しか店の名前を正確に知らないから、そう告げた。フランツがメモを取る。
「『陽気な海男亭』だね? 分かった」
「頼んだぞ」
出掛けようとすると、今まで呆然と成り行きを見守っていたエヴァンスが、リッツの傍にやって来た。
「お待ちなさい」
「……?」
エヴァンスはリッツの額に手をかざして、祈りを捧げた。
「希望と誇りを司る、光の精霊王よ。この者に加護を!」
モヤモヤと霧がかかったようにすっきりしなかった頭が多少すっきりする。霧が軽く吹き飛ばされたみたいだ。
「体力を戻すことは出来ませんが、精神力を回復させました。立っていることぐらいは出来るでしょう。これしか出来ませんが、お気を付けて」
「ありがとう」
こうして、よろめきながらだがようやく一人で何とか歩けるリッツと、老年に足を突っ込みかけているエドワードの、見た目にはちょっと危ういコンビは、夕闇に沈みかける飲屋街へと歩き出したのである。
Ⅵ
みんなに心配されているとは露とも知らないアンナは、ジョーに案内されてようやく『陽気な海男亭』に辿り着いていた。
「ほらここだよ。一人じゃ無理だったろ?」
「うん。無理だったねぇ」
細く曲がりくねった袋小路を何度か抜けたところにあるその店は、複雑すぎてアンナには全く分からなかった。さすが王都、一軒の店を探すだけで大変だというのを初めて知った。
おそらくこの街の広さを知らなかったから、アニーが心配していたのだ。
「ジョー、帰り道なんだけど……」
ここから家に帰る道順に全く自信のないアンナは、にっこりとジョーを振り返った。仕方ないなぁという顔でジョーが頷いた。
「送ってやるよ」
「ありがとう!」
なんだかとっても友達らしくなってきた気がする。もしここにリッツやエドワードがいたなら『友達が出来てよかったな』と言ってくれるに違いない。
嬉しくなってそんなことを考えていると、突然お腹が空いていることに気が付いた。
「ねえジョー、お腹空いてない?」
「は?」
朝食兼昼食を軽くパンで済ませてから、相当な時間が経っている。これじゃあお腹が空いて当然だ。でもアンナの提案をジョーは困惑したような顔で見ている。
「何か食べたいよねぇ」
そう尋ねると、ジョーは呆れた顔で腕組みしながらアンナを見詰めた。
「買い物して早く帰るんだろ?」
「うん。そうだけど……」
確かにジョーの言うことの方が正しい。でもお腹が空いた。ため息をつくアンナに埒が明かないと思ったのか、ジョーがせかせかと『陽気な海男亭』の扉を開いた。
「こんちは~」
元気に扉を開けたジョーが、そのまま凍り付いたように動かなくなった。
「なんだ」
柄の悪そうな男の声が聞こえる。
「……ウォード一家……」
ジョーがそう呟いた。
「どうしたのジョー?」
固まっているジョーの後から、アンナが店を覗き込んだ。店の中には数人の男と、床に座り込んでいる怪我をした男の姿があり、店の中は滅茶苦茶に荒らされている。
「ひっど~い!」
アンナがそう呟くと、ジョーが小さく教えてくれた。
「この辺のちんぴらだよ。子供にまで容赦しない、卑劣な小悪党さ」
「……悪い人って事だね」
見渡すと、明らかに威張っていそうな男を発見した。今までの旅の経験からすると、あれがリーダー格らしい。
店をこんな目に合わせておいて、平然としているその男に思い切り腹が立ったので、アンナは男に向かって指を突きつけた。
「あなたがこんな事したの?」
「あ、アンナ! 馬鹿!」
後ろからジョーがアンナの口を塞ごうとしてきた。どうやら自分はジョーにとってまずいことを言ったらしいが、アンナとしたら、間違ったことは何もしていない。
男達はニヤニヤと笑いながら立ち上がり、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。
「可愛いお客さんだぜ、兄貴」
突然ジョーがアンナの腕を引っ張った。振り返ると、ジョーは慌てている。逃げようと言うのだ。
でも怪我人を放っておいて逃げるなんて、できるはずがない。アンナはジョーを振り切って、一歩も引くでもなく男達を睨みつけた。
「アンナ、ヤバイって……」
ジョーがオロオロと腕を引くが、ここで逃げたら絶対に自分で自分が許せない。困っている人を助ける。それがアンナの信条だ。
「大勢で一人をいじめるなんて、絶対にいけないんだよ!」
アンナは店の入り口に腕を組んで仁王立ちになり、お説教態勢に入った。
そんなアンナに向けられる視線は、真剣なものではなく、男達はニヤニヤと薄ら笑いを浮かべている。どうやらからかわれているようだ。
後ろのジョーは逃げることも出来ず、固まりきっている。
「へぇ、だったらどうするんだい?」
「おじさんを解放して、出ていって! お店も直さないと駄目だよ!」
男達はなおも楽しげに余裕を持ってアンナを見ている。この男達から見ればアンナはか弱い少女、恐るるに足らないのだろう。でもアンナにはできることがある。
「嫌だっていったらどうするんだい、お嬢ちゃん」
「怒るから!」
店中に男達の下品な笑い声が溢れた。
「本当だもん!」
「やれやれ。兄貴どうします?」
男の一人が振り返ってリーダー格の男を見た。
「昨日の黒髪の大男といい、このお嬢ちゃんといい、本当にお節介が多いな」
「黒髪の大男……?」
自分と引き合いに出された黒髪の大男とは、もしかして、よく知っている人物ではないだろうか? そういえば昨日も飲みに来ていたし……。
「黒髪の大男って、背が高くて後をちょこっとだけ長くして縛ってる人?」
正直なアンナの質問に、男達はざわめいた。
「ああ、そうだ。知ってるのか?」
アンナは後ろからジョーに肩を叩かれて、ちょっとだけ振り返った。何か言いたいことがあるみたいだけど、何を言っているか小声すぎて分からない。
「おい嬢ちゃん、その男知ってるのか?」
ジョーに聞き返す前に、繰り返し男に尋ねられてアンナは頷いた。
「うん、知ってるよ」
アンナが平然と答えた瞬間、今まで黙って座り込んでいた店の主人が叫んだ。
「お嬢ちゃん、逃げろ!」
「え?」
「こいつらはその人のことを殺す気だ」
「!」
「お嬢ちゃんは黙って逃げろ!」
「この野郎!」
リーダー格の男は、店の主人を蹴りつけようとしたが、主人は必死で抵抗した。
「早く逃げろ!」
「余計なこと言いやがって。そのガキを構えろ! あの男の居場所を吐かせるんだ!」
「おう!」
立っていた男達が一斉にアンナを捕らえるべく、アンナの元にかけてくる。
「おじさん!」
フラフラと立ち上がった店の主人を見て、リッツが狙われているという衝撃から、アンナは我に返った。
「どうしよう」
思わず呟いた言葉に応えたのはジョーった。
「あんた精霊使いだろ!」
「そっか。水の精霊よ、ご加護を」
ジョーの必死の一言に、アンナは目の前で水の固まりを作った。今まで水竜しか使えなかったため、どうしたらいいか混乱してしまったが、今はこれがあった。
アンナに作られた水の球は、咄嗟で何のコントロールも効かず、ジョーを昏倒させた時ぐらいの両手いっぱいの大きさになる。
「まずい、精霊使いだ!」
男達はその水を見て怯んだ。彼らも精霊使いと事を構えたことなどないのだろう。
だが驚いたのは店の主人も同じらしかった。それでも主人はこのチャンスを見逃すような男ではなく、ゆっくりと男達から離れ始める。
それに気が付いたアンナは、主人に向かって叫んだ。
「おじさん、逃げて!」
「ああ」
主人は、カウンターに身を躍らせ、裏口の扉を開け放った。転がるように外に出て、扉を閉じた。その音でようやく気が付いた男は、舌打ちした。
「くそ、あの娘を捕まえろ、それで事は足りる!」
リーダー格の男の言葉に、呆然と立っている男たちは我に返ったがそれでは遅すぎる。
アンナは店の主人が逃げたのを見て、たっぷりと蓄えた水の球を頭上に掲げていたのだ。そしてそれを遠慮なく男達に向かって投げつけた。
「飛んでけ、水の球!」
水の球は相変わらずコントロール皆無だが、広くはない店の中に逃げ場はない。おそらく直撃だろう。
「アンナ、とりあえず逃げるぞ!」
「うん」
確認する余裕もなく、アンナはジョーに手を引かれて店を飛び出した。
背中に男達の怒声を聞きながら、アンナは必死で走る。走りながらふと思った。何でリッツが狙われないといけないのかな、と。
Ⅶ
「これは一体……」
まだまだふらつくものの、エヴァンスの御陰で何とか歩けるリッツと、元気なエドワードがその店にたどり着いた時、あまりの店の惨状にリッツは呆然とするしかなかった。
「店の荒れようは人の手に寄るものかもしれんが、この大量の水は……」
「ああ、アンナ、だろうな」
掠れて苦しいながらようやくしゃべれるようになったリッツは、水浸しの店内で鏡を見ながら自分の傷の手当てをしている主人をみつけた。
「おやっさん」
振り返ったその顔は傷だらけだった。相当ひどい目にあったらしい。
「よう、兄ちゃん」
「あいつらが来たのか?」
「ああそうだよ」
やはりあの男達がここへやって来たのだ。悪い予感は当たってしまった。そもそも原因はリッツにあるから、素直に謝る。
「悪かったな、おやっさん」
「いいって事よ。あんたのせいじゃないさ。スラム近くじゃこんなの毎日だからな」
そういうと主人は、豪快に笑い、傷に染みたのか顔をしかめた。これなら大丈夫そうだ。リッツは更に気になっていたことを聞く。
「奴らの目的は、あの髪飾りじゃないか?」
「……そうだ。お前さんが拾ったあれさ」
「やっぱりな」
店の主人の語ったところによると、彼らはこの辺で有名な乱暴者で、自らウォード一家と名乗っているらしい。
だが大きな犯罪などに手を染めるでもない小物で、大抵の人々は迷惑がっても肩をすくめるだけ。そんな彼らが、ついに裏のビックビジネスに乗り出すらしい、とのことだ。
「どうやら、何だかヤバイ物の密売らしいんだ。それをするのに、兄ちゃんが拾った髪飾りが必要らしいぜ」
「これが?」
リッツは防寒着から、昨日無造作につっこんだままの髪飾りを取りだした。
「『此は汝らに富をもたらす鍵となる』か……。何だか密売に手を染めるのにぴったりかもな」
リッツの手に乗る純金のそれを見たエドワードが、眉を寄せた。
「それを貸してくれ」
「ああ」
エドワードは手渡されたそれをじっと見つめた。見覚えがあるらしいのだが、それが何だったか全く思い出せないらしい。
「王都に戻ってからのことだから、最近のことだが……」
「なんなんだこれは、エド」
「思い出せん」
「……ボケ老人」
「何だと、もう一度言ってみろ!」
二人のやりとりを見ていた主人が、呆れたように手当をしていた手を休めた。
「お前さん達、漫才をやりにきたのか?」
「そうだった」
思い切り話のずれてしまったリッツは、頭を掻いた。こんな事をしている場合じゃない。
話すのが辛いリッツに変わって、エドワードが主人に尋ねる。
「主人、ここに赤毛の女の子が来なかったか?」
「来ましたよ。そのお嬢ちゃんが俺を助けてくれたんです」
エドワードは振り返って無言でリッツを見た。リッツも頷く。思った通りだ。やっぱりこの水はアンナの仕業だった。
「丁度俺がやられているところに店へ来たんだ」
「間の悪いヤツ……」
でもアンナの間が悪いのは、今に始まったわけじゃない。何故か必ず、間の悪い時に間の悪いことをしているのが、アンナという生き物の特徴なのだ。
ため息をつく二人を見て、主人は確認するように続けた。
「あのお嬢ちゃんは兄ちゃんの知り合いかい?」
「そうだ」
「やっぱりな」
主人はため息をついた。その様子は、呆れたというか感心しているというか、そんな複雑な感じに見える。
「やっぱりって?」
「あのお嬢ちゃん、ウォード一家に追われて逃げていったぜ」
「何故追われるんだ?」
主人は、アンナが店にやってきて追われて逃げていくまでを説明してくれた。やはりアンナは自分がリッツの仲間だと話してしまって、追いかけられる羽目になったらしい。
どうしてこう、危険があるから黙っていた方がいいという簡単な判断をアンナは出来ないのだろう。
アンナが帰ってきたら、嘘をつくことと、自分を守るために黙っているのは全く別の次元の話なんだぞと、徹底的に教え込んだ方がいいかもしれない。
こんなに無鉄砲では、命がいくつあっても足りやしない。自分がいつでも助けてやることはできないのだから、もう少し常識というものを学んでくれといいたい。
「あのお嬢ちゃんには、連れがいたぞ。この辺の少年だと思うが仲が良さそうだった」
「少年?」
「友達じゃないのか?」
「いや、この街にはいない」
リッツは首を傾げた。友達がこの街に、しかもこの辺にいるわけがない。
だが考え込んでいる場合ではない。一刻も早くアンナを見つけるのが先だ。その時に一緒にいる少年がいたら、事情を聞いてみればいい。
「どっちに行った?」
「分からん。俺は店の裏口から逃げたからな」
「……どうする?」
振り返るとエドワードが店の外を見ていた。何か手がかりを見つけたらしい。
「大丈夫だ。とりあえず濡れている地面を追っていけば、何とかなるだろう」
言われてみてみれば、地面はかなり濡れている。どうやらウォード一家はアンナに、相当ひどくずぶ濡れにされたらしい。
「よし、行こう」
「ああ」
とんでもない展開になってきた事にため息をつきながら、リッツとエドワードは地面を注意深く見ながら、濡れた道を急いだ。




