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呑気な冒険者たち  作者: さかもと希夢
大臣の帰還
56/224

突撃!旅路の晩ご飯3 パエリア・リベンジ!<1>


「やれやれ、肩凝るなぁ……」

 侍従達が出ていった後、リッツはようやく一息ついた。片眼鏡を放り出して、大臣執務室の椅子に座って思い切り伸びをする。

 誰もいないから開放感は大きい。だが退屈な事務仕事はまだ続いている。うんざりだ。ようやく王宮に暮らす生活から解放されたが、リッツにはこの大臣職が残っている。

 全てから解放されるのは、春だとエドワードは言っていたが、本当に実現するものなのか、何だか雲行きが怪しくなってきた気がする。

 幽霊退治が無事にすみ、ようやく新居に越したのは、昨日のことだ。

 引っ越しといっても旅路をやって来た三人には殆ど荷物といえるものがなく、簡単なものだった。だからリッツは、引っ越しただけで全て終了と思っていたが、話はそんなに簡単に終わらなかった。

「引越祝いしようよ!」

 そういいだしたのは、アンナだった。フランツと共に無言で怪訝な顔をアンナに向けると、アンナはにこやかにこう言い放ったのだ。

「だって、新しく一緒に暮らす人が出来たんだよ?それに色々助けて貰った人もいるし、お礼もしたいもん」

「面倒……」

 フランツのその意見に、リッツは諸手を挙げて大賛成だ。だがアンナは押しが強い。

 結局アンナに引きずられて、引っ越し祝いのパーティをすることに決まってしまった。こう言う時にはリッツとフランツの男二人が、やると決めたら一直線のアンナにかなうわけがない。

 そういったわけで、パーティ……というより身内を集めてささやかに食事会が決定した。リッツは、アンナの決めた招待客に声をかける役目を受け持っている。

 とりあえずエドワードに声をかけると、来られるとの返事だった。それは一安心だがパトリシアとシャスタの都合がつかなかった。

 アンナはがっかりするだろうが、仕方がない。たかだか引越祝いに、国の幹部を集めてどうするんだ。エドワードが遊びに来るだけでも本来は大変なことなのだから。

 今リッツはここである人物を待っていた。それはアンナの決めた招待客リストの最後に記入されている人物だ。

「失礼いたします」

 重い扉が聞き覚えのある声と共に開かれた。そこに三十も半ばの青年が立っている。

「小官をお呼びとのことですが……」

 扉を閉めて、青年はリッツの方へと歩み寄った。

「そんな堅苦しくすんなよ、ケニー」

 気楽な口調でそういっても、ケニー・フォートの表情はまったく変わらない。まったく、シャスタと同じくらいの堅物だ。

「ですが今は仕事中ですので」

「お前は本当に、真面目だな」

「恐縮です」

 頭を下げるケニーに、思わず心の中で『褒めてねぇって』と呟く。ここにケニーを呼び出した理由が、任務にも仕事にもまったく関係のないことなのだ。

 まあこういう事は、ためらわずにあっさりと切り出してしまうに限る。

 リッツは立ち上がると、ケニーの肩に手をかけた。

「ケニー、今晩暇か?」

「は?」

「いいから、暇か?」

 ねじ込むようにそう尋ねると、ケニーは頷いた。

「ええ、今日は夕方で一応退勤です」

 戸惑いながらそう言ったケニーに、リッツは畳みかける。

「よし、じゃあ決まりだな。今夜うちで引越祝いをやるから、来いよな」

「え?」

「よし、ケニーは決まりっと」

「か、閣下? 私は承諾をしておりませんが……」

 困惑するケニーをじっと見つめて、リッツはもう一度尋ねた。

「暇なんだろう?」

 観念したかのように、ケニーは大きくため息をついて、がっくりとうなだれた。

「……はい。伺わせていただきます」

「よしっと、これで全員だな」

 リッツがそう呟くと、ケニーは顔を上げた。

「どなたがいらっしゃるんですか?」

 真剣な表情を浮かべるケニーにリッツは答えた。

「エドと俺とアンナとフランツ、それからエヴァンスにメイドのアニー、それからお前の全部で七人だ」

「……七人……」

 しばし考え込んだ後、ケニーはリッツの顔を真っ直ぐに見上げた。

「本日午後から休みを頂いても宜しいでしょうか?」

「俺はいいけど……いいのか、査察部の方は?」

 突然の申し出の意味が分からず、聞き返すとやけに真剣にケニーは答えた。

「はい。閣下の許可さえいただければ副官に任せますので」

 自分の家の引越祝いのために、査察官一人を早退させていいものだろうか? しかも小隊長を、だ。だがケニーの妙に座ったような目を見ると、リッツに言えることはこれしかない。

「許可する。って、俺も午後は休みだけどな」

 表向きは引っ越しの片づけが終わっていないからということになっているが、本当はアンナとアニーを手伝うための帰宅である。

 きっとフランツは、今頃家でこき使われているだろう。なにせ食堂のダイニングテーブルは、あちこちガタが来ていてそのままでは使えないのだ。

 仕事に来る時に自分を見送ったフランツの恨みがましそうな顔が思い浮かんだ。

 まあ、それは置いといても、とりあえず家に帰るまでに、少しでも書類を片付けねばならないだろう。リッツが手元の書類をため息をつきつつ手に取ると、思い詰めた様な顔で佇んでいたケニーが、顔を上げた。

「閣下、本日の料理の一品を小官に任せていただけませんか?」

「お前、料理……」

 出来ないだろう、という言葉はかろうじて飲み込んだ。口にしているのは料理のことだが、その顔はまるで死地に向かう兵士のそれと同じくらいに、緊張感と悲壮に満ちていたのだ。

 そんな顔をされて、ここであっさりと彼の料理レベルを否定するわけにもいくまい。

「……ああ、任せる」

「ありがとうございます」

 深々と頭を下げ、見本のような身のこなしで、くるりとリッツに背を向けると、ケニーは扉の前で綺麗に敬礼を返し、執務室を出て行った。

「……どうなるんだ、今日の引越祝い……」

 一人取り残されたリッツは、何となく嫌な予感に身震いした。


 

「何で僕がこんな事を……」

 金槌を片手に、フランツは一人呟いた。午前中いっぱいかかってダイニングテーブルをやすりがけし、ようやく終わったと思ったら、次に頼まれたのは壊れた戸棚直しだ。

 フランツはこの手の仕事が得意ではない。自分では肉体労働派ではなく頭脳労働派だと固く信じている。だからなのか、作業はまったく進まない。

「しかたねぇさ、金ないんだから」

 隣で器用に釘をくわえたまま、壊れた椅子を直しているリッツが、諦めとも慰めともつかない声でそういった。

 リッツは帰ってきて早々、金槌と釘を渡されてこの作業に入っている。午前中は大臣職、午後は家具直し……そのギャップはあまりに激しい。考えてみればリッツも可哀相か。

 だがフランツからすればリッツの事務仕事の方が、ヤスリ掛けよりは何倍も楽だと思われる。一日中椅子に座っていても自分は苦ではないからだ。

「よっと、これで完成だ」

 リッツが最後の椅子を直し終えた時、アンナが丁度食堂へやってきた。手にはクッキーを持っている。

「お疲れ様~」

「おう、疲れたぞ」

 自慢げにそういって立ち上がったリッツは、アンナの手に抱えられたクッキーを、何の許可もなくポイッと一つつまんで口に放り込んだ。

 アンナが文句をいわないところを見ると、どうやらそのクッキーは、自分たち用のものらしい。

「余った材料があったから作ったの。美味しい?」

「うん、美味い。フランツも喰うか?」

 アンナの隣に立ったまま二つ目を口に運び、そう尋ねたリッツにフランツは、黙った首を横に振って見せた。

「フランツ食べないの? 結構自信作なんだけどなぁ~」

「いい……」

 クッキーよりもお茶が欲しい。いやそれよりも、もうこの作業をやめたい。その願いはリッツには伝わったようだ。

「とりあえず休憩しようぜ。戸棚は直しとくよ。アニー、お茶くれよ」

『は~い』

 もう用意をしていたのか、アニーは笑顔でお茶を三人分出して、すぐに調理場へと文字通り消えた。まだ準備が忙しいのだろう。

「椅子直したから座れよ」

「……ああ」

 ありがたいリッツの申し出にフランツは頷き、金槌を置いた。先ほどまでは斜めになっていたが、リッツが直して真っ直ぐになった椅子に腰を降ろす。

 器用なものだ。何だかここ最近のリッツを見ていると、傭兵をしていたという事実を忘れそうになる。彼は異常に器用貧乏なのだ。

 料理はするし、家具なんかも直せる、頼まれれば煙突掃除だってやる。自分でも出来ないことは事務仕事だけだと、自慢にもならないのに豪語している。

 そもそも王都に来てから、リッツが剣を振るっているのを見たことがない。もしかしたら大剣に触れてさえいないのではないか、と疑いたくもなる。本人曰く『努力は見えないところでするもんさ』とのことだが、それも疑わしい。

 大体に置いて、リッツは色々出来過ぎる。今だフランツとアンナには、不得意な部分を見せないようにしているようだ。

 不得意だらけの自分には、見せる部分と見せない部分を器用に使い分けるリッツが、どうにも腹立たしい。

 そんなことを恨み節混じりで考えていると、リッツとアンナのお気楽な会話が耳に入ってきた。

「前から思ってたんだけどさ、お前を見てるとトマトソースのパスタが食べたくなるよな」

「え~? なんで?」

「隣に並ばれると、俺からじゃお前の顔よりつむじの方がよく見えるんだな、これが。この赤毛具合と渦巻きが、どうもトマトソースのパスタを連想させるんだよなぁ……」

「ひっど~い、じゃあリッツは私のつむじと話してるの?」

 クッキーの皿をテーブルに置いたアンナが、むくれたような顔で腕を組む。リッツはそんなアンナに、からかい半分の楽しげな笑みを向ける。

「まあそういうことになるかな? 顔を見てほしきゃ、数メートル前を歩いてくれ」

「見て貰わなくていいも~ん」

 まったくこの二人は、いつもこういうくだらない言葉のやりとりを繰り返しているのに、よく飽きないものだと、呆れながらも感心してしまう。

 自分が何を深刻に考えても、この二人の前では何となく脱力だ。難しく考えれば考えるほど、自分の細かさを思い知る。

「さて戸棚を直すかな」

 腹が減っていたらしく、リッツはアンナのもっていたクッキーを半分ほど一人で食べてからお茶で流し込み、作業を再会した。その一連の動きは殆ど中年の家具職人といって差し支えないだろう。

 そう嫌味なことを考えている間にも、リッツは器用な手つきで、歪んだ蝶つがいと戸棚の扉を綺麗に合わせて直していく。斜めになっていた天板も、ものが滑らないようきちんと水平に付け替えている。

 ただいつもと違うのは、手作業をしながらも色々と話をするような性格なのに、黙って作業をしていることだ。

 アンナもいるのに、これは珍しい。大抵アンナとリッツが揃うと、先ほどのようなくだらない会話をしているのが常だ。

 顔を見ると、リッツからしてみれば簡単な作業のはずなのに、やけに真剣な顔をしているのが分かった。ちらりとアンナを見ると、アンナもその事に気が付いているらしい。

 気になるが聞けないフランツに代わって、アンナがリッツの隣にしゃがみ込んだ。

「リッツ、さっきから黙ってるけどどうしたの? どこか痛いの?」

 どことなくずれたことをアンナが尋ねた。大人の男に尋ねるような質問ではない気がして、思わず突っ込んでしまった。

「……アンナ、孤児院の子じゃないんだから……」

 だがリッツはアンナのそんな言葉に、痛いところをつかれたような……苦虫を噛み潰したようなそんな顔をした。フランツの中で何となく嫌な予感が渦巻いた。

 リッツをこんな顔にさせるのは、いったいなんだろう。予想も付かない。

「どうしたの? 何かあったの?」

 ただならぬ雰囲気に、リッツの隣にしゃがみ込んでいたアンナが思わずリッツの横に正座して尋ねている。そんなアンナに向き直り、それからリッツはゆっくりとフランツの方を見た。

「……聞きたいか?」

「……うん」

 出来れば聞きたくない気がする。だが聞かないと後悔するような気もする。

 何だろう、この微妙な重い空気は。そんなフランツの気持ちも知らずに、リッツは大きく息を吐いた。

「やっぱ、最初から心構えがあった方が、お前らにも対処のしようがあるよな……」

 どうやら二人に向けた言葉ではなく、独り言に近いものらしい。だがその言葉には、これから聞くことがいかに大変なことなのか、知るための手がかりが込められている。

 この感じではおそらく衝撃度大だろう。

 再び戸棚に向き合いながら、リッツが言いにくそうに衝撃の言葉を口にした。

「二人とも落ち着いて聞いてくれ」

「何?」

「何だい?」

「いままで隠してたんだが……ケニーが何か料理一品作らせてくれってさ」

「!」

 言葉を失ってしまった。それはアンナも同じなようで、座っていた床に思わず両手をついて、がっくりとうなだれてしまっている。

「断らなかったの?」

 恐る恐るアンナが顔を上げて、隣で作業するリッツを見上げながら尋ねる。

「……断ると首をくくりそうな雰囲気だったんだ」

 沈んだ声でリッツが答えた。青ざめながらフランツはリッツに確認をせざるを得ない。

「ケニーさんの料理、知っているだろう?」

「……知ってるさ」

 沈んだ声でリッツは釘を打ち続けている。首をくくりそうな雰囲気で料理を作るなんて、どういった状況になるのだろう。フランツには想像もつかない。

「リッツはあの料理食べてないから、その悲惨さを知らないんだろう?」

 重ねて尋ねると、リッツはゆっくりと顔を上げた。

「……お前とアンナは知らないだろうから話してやる。あの大量の不気味な料理な、どうにかして何とかならないかと馭者のおっさんと考えてな……。調味料と食材があの中にどれだけ消費されたのかを思えば、当然の事だと思わないか?」

 確かにリッツの性格上、勿体なくてそれを即捨てることは出来ないだろう。見るとアンナも頷いている。この二人、食い意地と勿体なさは共通しているから、よく分かるのだろう。

 一息置いてからリッツが言葉を続ける。

「もしかしたら、ある一定の何かを煮れば何とかなるんじゃないか、いやもしかしてこれをスパイス代わりに使えるんじゃないかと、俺とおっさんは考えた……」

 何となく先が読めてきた。想像を絶するあまりに重苦しい告白に、フランツは押し黙った。アンナも黙って聞いている。

「だから、とりあえず二人で喰った。だけどな、一口じゃ合う食材も分からん。だから二人でえづきながら、数口喰った……」

「うわぁ……」

 あの時のあの口に広がった味を思い出したのか、アンナは両手の平で口を塞いだ。フランツもあの衝撃の味を、思い出したくもないのに記憶の底から反芻する。

 三人が三人とも、衝撃的なあの料理の色と味を思い出して、それぞれ黙った。リッツが釘を打ち込む音だけが食堂に響く。

 しばらく後、黙ったままのリッツに向かって、おそるおそる尋ねた。

「……で、結論は?」

 リッツは力一杯、金槌で釘を打ち込みながら、叫んだ。

「あんなもん、どうにかなるか!」

「……だよね」

 妙に納得したようにアンナが頷く。あの大変な事態を呼び込んだ張本人はアンナだった気もするが、それはいいのだろうか? 

「でもでも、練習してものすご~くお料理上手になってるかもしれないよ?」

 身振り手振りを交えての、アンナの空元気が余計わびしい。フォローしているつもりなのだろうが、どう考えてもそれは希望的観測に過ぎない気がする。

 あえて何も言わずにいると、リッツが立ち上がって腰を伸ばしながら呟いた。 

「……可能性は低いがな」

「だろうね」

 同意してからため息混じりにフランツがお茶を口に運んだ時、後ろから暗い声が上がった。

「すみません、あんなものしか作れなくて」

 思わずお茶のカップを取り落とす。アンナも口をポカンと開いて固まってしまった。リッツに至っては、口にくわえていた釘を、床に落とす始末だ。

 そこには……両手に紙袋を抱えたケニー・フォートが立っていた。

 全員が動揺のあまり固まっている中で、ケニーはなお一層、思い詰めたような暗い目を三人へと向ける。

「小官も一応軍人です。二度同じ失敗はしないよう、自らに課して生きて来ました」

 リッツの言っていた『首をくくりそうな様子』がよく分かった。こういう事を言うのだろう。ケニーの思い詰めた顔は何とも言い難く、そこに不吉なものを感じさせる。

「汚名返上の機会を頂きたく、このように恥を忍んで伺いました……」

 料理一つだというのに、こんなに思い詰めなくてもいいのではないだろうか? 

 そう思いながらも、口にのぼらせることは何となく憚られる。軍人というものはこんなに面倒なものなのだろうか? それともケニーが極端に真面目なのだろうか? 

 フランツには分からない。

 静まりかえったこの食堂で、最初に立ち直ったのはアンナだった。

「いらっしゃいケニーさん。この間はありがとうございました」

 にっこりと笑みを浮かべると、ぴょこんと頭を下げる。確かに一番ケニーに手間をかけたのは、アニーに体を乗っ取られそうになったアンナだろう。

 アンナの明るい笑顔に、顔を引きつらせながらもケニーはどうにか笑顔に見える表情を浮かべた。

「どういたしまして。今日は呼んでくれてありがとう、アンナちゃん」

 ……そうだ、アンナが今日の客を決めたんだった。なんて事をしてくれたんだろう。改めてそれを思い出したが、だからどうなるという問題ではない。

 そういえば、あの恐るべきパエリアのもう一人の被害者エドワードも本日ここへ呼ばれている。

「……調理場をお借りしたいのですが」

「おう、使ってくれ」

 リッツはそういいながらちらりと紙袋を覗き込み、フランツに向かって小さく肩をすくめて見せた。リッツには何を作るかが分かったようだ。フランツも察してはいる。

 先ほどからケニーの紙袋の中で、どっしりと存在感を醸し出している大海老が、ゆっくりと髭を動かしながら外を見ているのである。その隣にちらりと見えるのはパプリカだろうか?

 となるともう片方の手に抱えている袋には、米が入っているに違いない。それだけでケニーが何を作るのかよく分かった。

 ……パエリアだ……。

「ケニーさん、調理場はこっちです。私、お手伝いしますね!」

 元気に明るくアンナはケニーを促して調理場に入っていった。姿が消える直前に、リッツとフランツに向かって、小さく頷いたのは『私が見張ってるから、大丈夫!』という意味だろうか?

「フランツ、賭けないか?」

 二人が消えた後、リッツは金槌と釘をテーブルに置いてそう提案した。勿論ケニーの料理が美味く出来るのか、だろう。

「……いくら賭ける?」

 小さく尋ねると、リッツはポケットを探って、一ベルセ銀貨をテーブルに置いた。

「アンナが手伝って、何とか喰えるもんが出来るに一ベルセ」

 お気楽なリッツらしい賭けだ。だがフランツに希望的観測が持てるわけもない。

「僕は……どうにもならないに一ギルツ」

「……お前は本当に、後ろ向きだな」

「うるさいよ」

 ため息を付きつつ頬杖を付くと、リッツは後ろで大きく伸びをした。どうやら戸棚は直し終えたらしい。長身を縮めての作業はさぞかし肩が凝っただろう。だがそんな様子は露とも見せない。リッツはこちらへと振り返り、不敵な笑みを浮かべた。

「忘れんなよ、一ギルツ」

「……そっちこそ」

 でていったリッツを尻目に、フランツはため息を付いた。いったいどうなるんだろうか、今日の引越祝いは。

 フランツにはまったく想像がつかない。

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