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呑気な冒険者たち  作者: さかもと希夢
大臣の帰還
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51/224

ホラーな我が家<1>

Ⅰ


 王都シアーズは、城壁に囲まれた広大な都である。住民の数は当然王国一で、昔はこの城壁の中にだけ住んでいた国民も、時を経るのと同時に増え、今では城壁の外にも多数の家や農家が存在している。

 街の中には各国からの商人が数多く滞在し、街の中心にある商業地区を中心にした多くの区域が人でごった返している。ここの商業地区では、王国の全ての物が手にはいるのだ。

 人が集まるところには当たり前のように大きな歓楽街が広がり、夜も賑わいが絶えることはない。

 港は大きく二つに分かれ、一つは軍港、もう一つは貿易港・漁港になっている。その漁港側の一角に、スラム街のように入り組んだ区画があり、各国からの流民、犯罪者などが住みつき、ここだけが王家の悩みの種となっている。

 王城と王宮は東側、街の端にあり、少々小高いところにそびえている。後には数重になった城壁があり、城壁の外は山になっている。第一の門は、街の城門、第二の門は王城の門、第三の門は王宮の門である。

 王城と王宮に入るためには、広いが静かな坂道を登っていくことになる。

 その坂道には大きな家が点在している。それはだいたいが王宮に勤める高級仕官、この街の富豪、権力者の家であり、平民が住む場所ではない。

 ……つまり王宮に近いこの高台が高級住宅地なのである。

「はぁぁぁぁぁぁ~」

 リッツは着ていたローブを思いっきり脱ぎ捨てて盛大なため息をついた。固めている髪をめったやたらにかき回して、粉や固めてある整髪剤をまき散らし、大変な髪型にした後、付けひげと片眼鏡をテーブルの上に放った。そのままソファーに倒れ込む。

「お帰り~」

 間の抜けた声でアンナは疲れ切っているリッツを出迎えた。同じ部屋にいたフランツに至っては、突っ伏したまま顔も上げない。

「ただいま~」

 王都につき、住む場所が決まらぬまま王宮に住み着いて二週間。高級な家具、高級な雰囲気がこの広い部屋を支配していて、貧乏な教会で育った一般庶民のアンナは自分が非常に場違いだと感じている。何だかこの部屋に、居候させて頂いているという感じで落ち着かない。

 アンナは、倒れ伏した二人の男の向こうに広がる大きな窓から外を眺めた。

「あ、雪だ」

 窓の外の整えられた庭には、ふわりと粉雪が舞っている。このごろめっきり冷え込んできたらしいが、表に出れないアンナは、それを肌で感じられないのだ。農業をしながら季節の移り変わりを見てきたアンナには、それが物足りないし、寂しい。外出が大変な現在、窓の外を見るしか外の様子を知ることが出来ないのだ。

 部屋の中は暖炉が赤々と燃えていて、非常に暖かい。その暖炉の中でうとうとと微睡んでいるのは、もう一人の仲間(?)火トカゲ(サラマンダー)の子供、サラだ。どこにも出掛けないし、自由にもならない中で、精霊の子であるサラも退屈とストレスをもてあましているに違いないとアンナは確信している。

 聞いても二文字までしか人語を話さないから本当のところは何を考えているか分からないけど。

 再び視線をリッツに戻すと、先ほどからピクリともしていない。寝てしまったのだろうか? 仕方なく立ち上がって、リッツの来ていた大臣の制服のようなものをハンガーに掛けて、クローゼットに収めた。

 最近リッツが大変な格好でソファーに倒れ込む頻度が高くなった。大変な格好とは、ほとんど下着だけという格好である。アンナも最初はだらしないと文句をいったりもしたが、今はもう何も言わない。その代わりに、投げ捨てられた服をまとめるようになった。

 ここ二週間で、王都へ戻りたくないと逃げようとしたリッツの気持ちがよく分かったからだ。

 疲れ切っているからといって、別に三人はこき使われているわけではない。文句は無いほどの好待遇だ……一般的には。だが三人は心身共にボロボロだった。

 しばらくしてようやく顔を上げたリッツが、ぼんやりしている二人に声をかけた。

「お前ら、飯……どうする?」

「いらない」

「……そっか」

 食い意地の張ったこのアンナでも、最近食事を遠慮してしまったりもする。出歩かないからお腹が減らないのも理由の一つだが、理由はそれだけではない。

 食事は国王であるエドワードが何だかんだと気を使ってくれるので、確かに美味しい。貧乏生活から旅路の生活を送ってきたアンナから見たら、毎日がごちそうだ。でも何故か王家や宰相達と食事を共にすることが多いのだ。

 そのため常に気が抜けない。なにせアンナは正式なテーブルマナーなんてものは、全く知らなかったのだ。ここに来てフランツやエドワードに教わりながら猛勉強する羽目になってしまった。

 フランツはさすがにお金持ちの一人息子、そういうことにもの凄く詳しかった。仲間に一人でも詳しい人物がいてよかったと心から思ったりする。リッツに至っては、最初っから完璧なマナーなんてものは無視しているらしく、適当に、だけど何とか格好を付ける術を身につけているようだった。

 時には彼ら三人だけで食事を取るときもある。でも何人ものメイドや、人数分の侍従がついているから、リッツが大臣である手前、ボロを出すわけにはいかない。

 何せ彼らは大臣とその家族なのであり、呑気で気軽な旅人ではないのだ。下手に騒いだりするわけにも、普通の世間話をするわけにもいかない。ましてや『これ何に使うの?』なんて気軽に聞ける雰囲気ではない。

 最初の三日は良かった。アンナももの珍しさでいっぱいだったし、食事も美味しくて、堅苦しい食事は絵本の中の物語みたいだったからだ。だがそれも長く続けば疲れる。

「ご飯くらい、好きに食べさせて欲しいよね」

 アンナはその堅苦しさに耐えられなくなってきていた。とにかく面倒なのだ。例えば毎日の朝食では、こんな会話が繰り広げられる。

「アンナ様、パンは何になさいますか?」

「え、えっと……バケットで……」

「切り方はどうなさいますか?」

「薄切りでお願いします」

「焼き方は?」

「良く焼いてください」

「かしこまりました。ジャムは何をお持ちいたしましょう?」

「ラズベリーでお願いします」

 これがパン一つに対して聞かれることだ。次は飲み物を聞かれる。

「カフェオレにしてください」

「かしこまりました。ミルクはどういたしましょう?」

「入れてください」

「いえ、そうではなく産地でございます」

「産地……?」

「牛の種類もございますが?」

「何でもいいです」

「かしこまりました。甘味には何をお付けしましょう?」

「蜂蜜でいいです」

 これで半分。次は卵の焼き方、ウインナーの調理法等々を質問攻めにされるのである。

 アンナとしては、パンは適当にあるもの、ジャムも何か美味しそうなもの、牛乳だってあるものなら何でもいいのである。卵もウインナーもとにかく調理して適当に出してくれれば文句言わずに食べる。

 たまにアンナは言いたくなるのだ。『適当でいいよぉ』と。それはおそらくフランツにしても同じ事だし、リッツに至っては、何でもいいから適当に出してくれなどと実際に口に出し始めている。

 三人のストレスの限界はもうここまで来ているのだ。 

 そんなアンナとフランツを見かねて……というより自分の限界も察したのだろうけれど、リッツは前々からどこかに家を借りてくれるように交渉しているらしい。でも快い返事はないようだった。

 三人が今いる部屋は、彼らにあてがわれた王宮の離れの中の、そのまた奥にあるリッツのプライベートルームだった。

 リッツは召使い達に、くれぐれもこの部屋に入らないよう最初から告げていたため、この部屋を訪れる者は三人とエドワード以外いない。

 アンナとフランツはそれを言わなかったため、気を抜くと召使いが世話を焼きに現れるので、こうしてこの部屋に避難しているのである。

「アンナ、お前今日何してた?」

「あのね、王妃様が色々服を着せてくれて、それでお菓子を沢山食べた」

 王妃様というのは、エドワードの妻でパトリシアという。女の子が生まれなかったから、アンナを自分の孫娘のように可愛がってくれているのだ。ちなみに一人息子の子供も男の子であるそうだ。王妃の元を訪れるたび『女の子が欲しかったわぁ』と、しみじみ言われてしまう。

 そこから始まるのは、着せ替えのように色々な服を着せられてのお茶会だ。確かにドレスは可愛い。アンナだって女の子だから、可愛い服は好きだし、お茶とお菓子は大好きだ。でも毎日農作業は苦にはならないけど、毎日それは……結構辛い。

 実は今も、フリルとリボンが付いた、フワフワのワンピースを着ているのだ。最初は物珍しそうに褒めてくれたリッツも、最近は一言もない。慣れてしまったのだろう。

 一度王妃と一緒にいるところをフランツが通りかかったが、こっそりと足音を忍ばせて逃げていったのを見た。助けるか、参加してアンナの負担を受け持ってくれればいいのにと、それだけは未だに恨みに思っている。

「フランツは何してた?」

「……読書」

 ここ二、三日、フランツは王家の図書室から本をどっさり借りてきてこの部屋に持ち込んでいるのだ。アンナが王妃の所に行ったときフランツは、寝転がって本を読んでいて、帰ってくると同じ場所で本を枕にして寝ていた。彼は部屋を出ずに過ごしたらしい。

「そうか……」

 ため息混じりにリッツはそう呟いて、再びソファーに沈没した。しばしの沈黙の後アンナはため息をついた。

「自分でお掃除したい、折角習ったお料理もやりたい、畑も耕したい……好きにお散歩したいよぉ」

 何せ、散歩にまでメイドがついてくるのである。

「そうだね。僕も一人にして欲しい」

 フランツは元々他人との関わりが好きではない。こんなに何か何かと干渉されてはいたたまれないだろう。リッツは飲みに行きたい、遊びたいと常日頃からブツブツと文句をいっている。何をして遊ぶのかという質問には、リッツから答えが返ってきた試しがないから、それだけはアンナの中で謎だ。

 でも全員が全員欲求不満なのは間違いない。

 むくりとリッツが起きあがった。その目に決意が満ちている。

「アンナ、フランツ、明日は三人でシャスタんところに押しかけるぞ。どうしても家を外に見つけてくれないと三人で勝手にどこか外に住みつくと脅してやろう」

「うん!」

 力強いリッツの台詞に、アンナは目を輝かせて頷いた。フランツも無表情に頷いた。

 そんなわけで三人の『我が家を探す戦い』が始まったのだった。


Ⅱ


「困りますよリッツさん。家は探しています。本当です」

 シャスタは眉間にしわを寄せながら押しかけてきたリッツに告げた。フランツはその様子を一歩下がって見ていた。アンナもフランツの隣に立ち、リッツとシャスタ二人の押し問答を眺めている。

 ここはシャスタの執務室である。しかも時間は、まだ午前中。業務の書類は積み重ねられたまま決済を待っているが全く減らない。

 実はこれはリッツの作戦だった。執務の忙しい時間に粘れば、シャスタは折れるに違いない。真面目な彼が執務を滞らせるわけがない、そうリッツは断言した。

 きちんと整えられた白髪交じりの薄いブラウンの髪が少々乱れ、息が荒い。こんな押し問答をし始めて随分たつ。おそらくシャスタも疲れてきたのだろう。

「嘘だろシャスタ。お前探してないだろう?」

「リッツさん、僕は嘘をつきません!」

「いや、嘘はつかなくても誤魔化しはするだろう?なぁシャスタ、頼むよ」

 リッツはなおも粘る。フランツは心の中でリッツを弁護する。彼らにしたって必死なのだ。なんと言っても彼らの生活がかかっている。

「だから探してます!」

「シャスタさん、おうち~おうち~」

 ついにアンナも実力行使にうつった。シャスタにすがりついたのだ。フランツは無言でじっとシャスタを見つめた。シャスタの目が疲れている。だが自分も限界だ。

「何なら、お前の家に押しかけてもいいんだぞ?」

「やめてください。生まれたての孫もいるんですから」

「サリーなら、俺を泊めてくれると思うけどなぁ?」

「人の家庭を壊さないでください!」

 ちなみにサリーとはシャスタの妻の名だ。滅多なことでは人前に出てこない、慎ましやかな女性なのだそうだ。

 ……そのまま言い合うこと一時間……ついにシャスタが折れた。大きな机の上にあったベルを手にとって鳴らす。すぐに侍従が現れた。

「……悪いが参与と補佐官にこの書類を回して置いてくれ。それから侍従長と査察官のケニー・フォートを呼んでくれないか?」

「かしこまりました」

 書類を手に侍従が出て行くと、シャスタは机の前にあるソファーセットを勧めた。勝負は付いたらしいから、促されるままに椅子に座る。シャスタは大きなため息を付いてもう一度ベルを鳴らし、メイドを呼んだ。

「ご用でしょうか?」

「大臣とお連れ様にお茶の支度をしなさい」

「はい」

 メイドが出て行った後、シャスタは立ったままリッツに向かい合った。

「家は見つかりました。ですがワケありの物件です。僕が薦めなかった理由はオコナーとフォートにお聞きください。僕は仕事をしますから、くれぐれも邪魔をしないでくださいよ」

 やや早口気味にシャスタはそう告げると、執務机に戻った。自然に視線がそちらを向く。シャスタは書類に一枚一枚目を通し、何やら書き込んでいる。

 その速度は、フランツが見たところ神業に近い。商人達の書類処理を見て育ってきたフランツの見た目に間違いはない。これだからこの国がエドワードがいなくても成り立ってきたのかと、妙に感心した。

 こんな家の問題がなければ、きっと自分はリッツ以上にシャスタを尊敬できるに違いないと思う。だが今は家が最優先だ。

 お茶を飲んで一息入れると退屈になってきたのか、アンナが小声でリッツに尋ねた。

「……シャスタさんって、大変そうだね」

「だろ? この国は宰相でもってるんだぞ。国王が情けないからな」

 したり顔で頷くリッツに、鋭い突っ込みが入った。

「大臣もですけどね」

 書類を揃えながらシャスタがそう返したのだ。書類をあれだけの速度で片付けながらこちらの話しも聞くなんてすごすぎる。思わずシャスタを尊敬の目で見ていると、気が付いたのかシャスタが一瞬こちらを向いてフランツに微笑みかけた。

「僕は仕事柄、書類の決裁をしながら人の話を聞くことが出来るんだよ」

 シャスタが次の書類に手を伸ばす。これは相当厚い書類だ。時間と集中力がいるに違いない。だが予想とは裏腹にシャスタはすごい勢いで書類をめくりぱっぱと何かを書き込んでいく。

 シャスタをのぞき込みに行っていたアンナが、感動したように目を輝かせている。

「シャスタさんすご~い! 書類読みながらもう一枚書類書いてる!」

「これは、どんな書類をどうやって処理したかをメモしてるだけだよ。すごくないんだ」

「そんなことないですよぉ~。すご~い」

 邪魔するんじゃないと思ったが、フランツもその手の動きの見事さに見とれていたから人のことは言えない。なるほどああすれば書類の決裁が早くなるのかと、頭の中に実務を叩き込む。叩き込んで何かに利用できるのかは分からないが。

 アンナがすっかりシャスタを尊敬してしまったころ、ようやく侍従長オコナーとケニーが現れた。二人とも神妙な面持ちである。

「や~っと来たか。座れよ」

 自分の部屋でもないのにリッツは勝手にソファーに腰掛けるよう薦めている。二人はシャスタの顔を見ながらも、おずおずとそれに従った。

「家、探してくれたんだって?」

「はぁ、まあ……」

 何とも歯切れの悪い口調でケニーが答えた。すがるような目でオコナーを見る。だが、オコナーも困ったようにシャスタを見つめるだけだ。

「なんだよ。たかだか家くらいで、深刻だなぁ」

 リッツが首をかしげた。フランツもその深刻さが理解できない。何故探し出してきた家の報告をするのに、こんなに戸惑うことがあるのだろう。

「侍従長、侍従長からお願いいたします」

「いや、ここは大臣と仲のいい君が適任ではないか、ケニーくん」

 肝心なことは言い出さず、お互いに説明させようと譲り合う二人の様子に、不安感は一気に増した。もしかすると本当は家が見つかっていないのではないのだろうか? それを何とか誤魔化そうとしている? 

「ケニーさん、オコナーさん、お家のこと話してくれないの?」

 微妙な雰囲気を察するでもなく、アンナが代わる代わるに二人を見ながらそう尋ねた。それでも二人の無言の譲り合いは変わらない。

「もしかして、家なんてありませんとか言うんじゃないだろうな?」

 リッツが頬杖を付いて疑惑の視線を二人に向けると、二人がおののいた。

「と、とんでもありません閣下。家は……あるんです。あるんですが……ねぇ、侍従長」

「う、うむ。家はあるのですよ閣下。家は……」

「だったら早く教えてくれよ。何がワケありの物件なんだよ」

「そ、それが……」

 オコナーとケニーは再び黙り込むと、ちらりとシャスタの方を見た。つられてフランツもそちらを見る。縋るような二人の目線と、疑問だらけの三人の目線がシャスタの顔の当たりに注がれる。しばらくしてからシャスタはため息をついて仕事から離れ、ソファーにやって来た。

「分かりました。私から説明しましょう」

 シャスタは応接セットのソファーに腰を降ろし、ケニーから街の地図と、屋敷の見取り図を受け取った。シャスタはまず間取り図を三人の前に広げて見せた。

「我々が見つけた物件は、こちらです。築六〇年、二階建て庭付き、部屋数は十。そのうち召し使い小屋が外にあり、離れになっています。母屋の客室は四、居住空間としては十分な広さです」

 三人はその間取り図を覗き込んだ。一つ一つの部屋が広い。貴族のお屋敷だったのだろうか。

「へぇ……」

「すごい! 贅沢だね!」

「そしてこの物件ですが、この城から徒歩で二十分ほどのところにあります。この城に通うにしても適当でしょう」

「だな。いいところあるじゃないか」

 シャスタの差し出す街の地図を見ると、その家は高台の多少下の方にある。フランツは家の場所はどこでも構わない。ちらりと見るとリッツは口笛でも吹きそうなくらい嬉しそうな顔をしている。おそらく自分が遊びに行くことを考えているのだろう。

「この家いいよな」

 リッツは当然一緒に住むことになる二人に同意を求めた。

「賛成! 私ここがいいな。庭広いから、畑出来そうだもん」

 アンナは諸手をあげて大賛成だ。フランツだって申し分ないと思う。思うが一つ心配がある。基本的なことだ。

「……家としては申し分ないね。でも値段は?」

「あ……」

「値段か……」

 当然の事ながら、立地条件、広さを考えれば、買うにしても借りるにしても相当高いはずだ。だが彼らに持ち合わせはあまりない。その事はお財布がかりである自分が一番よく知っている。

「そうだよなぁ、高いよなぁ……」

 リッツは腕を組んで唸った。ようやく気が付いたのだろう。家を探して貰うことばかりに夢中になっていたが、考えてみれば彼らには先立つもの……つまり家を買うほどのお金がないのだ。フランツもその事をすっかり忘れていた。安い宿に間借りして……という問題ではないのだ、リッツの立場上。

「リッツ、お金貯めないと駄目だねぇ」

 机に頬杖をつきつつ、アンナもため息をついた。アンナだってお金がないと、家に住めないという常識くらいわきまえている。フランツからすると、そんな当たり前のことを忘れていた自分の方がどうかしている。

 だがこの状況を打ち破ったのはシャスタだった。

「この家、高くはありませんよ。リッツさん」

「でも相応な値段だろ? 俺たち本当に金がねえんだ」

「実はこの物件……無料なんです」

「……タダ?」

「言ったでしょうリッツさん。ワケあり物件だと」

 シャスタの話はこうだった。


 今から三十数年前のこと、この家には貴族の一家とその召使いが住んでいた。彼らは表向き、裕福で幸せそうに見えたが、家庭内で何らかの争いが起きていたのだという。その争いの内容は、外部にはほとんど漏れてきていない。

 分かっているのは、ある日その家からメイドが一人消え、それと同時に跡取り息子が姿を消したことだけだった。その後妻が病に倒れ、その夫も後を追うようにして死んだという。

 家人がいなくなったその家は、商人によって差し押さえられたが、その家に長く住むことが出来たものは、誰もいなかった。理由はただ一つ。

 ……夜中になると、女が泣くのだという。

 それが毎晩続くのだから、どうにもこうにもしようがない。

 高い金を払って買ったのに家はこの有様。この家を売るためにオバケ退治を依頼したら、お金がかかる。これでは元も取れない。

 ほとほと困り果てた商人は、この家を次々に転売した。最後にはこの家の噂は商人達の間で有名になり、格安の金額で取引された。

 その後、ついに幽霊騒ぎに音を上げた商人が国に寄付し、この家は国王所有のものになっている。

 その際、国王エドワードは、幾ばくかのお金をポケットマネーから出した。多分暇つぶしのお化け退治でもしようと考えたのだろうが、忙しくて手が回らなかったらしい。 


「……つまり、自分たちで幽霊を退治すればこの家にタダで住んでもいいと?」

「そうです。だから言ったんです、ワケありだと」

「う~ん」

 リッツは唸った。おそらく難儀な話だが、タダというのが魅力だと考えているに違いない。

「幽霊かぁ~ちょっと見てみたい気がするね」

 アンナもお気楽にそういった。

 だがフランツはその話を聞いて、思い切り血の気が引いた。幽霊なんてものは、絶対に遭遇したくないものの一つだ。精霊とは違い、彼らは何の前触れもなく突然に出てきては意味もなく人に恐怖を与える。意味の理解できない恐怖ほど、怖いものはないとフランツは思う。

 やつらは完全に理解不能な存在だ。人間以上にやっかいで、人間以上に関わりたくない。自分たちで退治するなんて、考えるだけで寒気がする。

「他の物件は見つからないんですか?」

 フランツの問いかけに、シャスタを含む三名が首を横に振った。

「条件が合わないんだ、フランツくん。ここ以外だと、もうしばらく待って貰うことになる」

「……もうしばらく?」

「そうだね、あとひと月くらい……」

 それもきつい。フランツはなるべく一人にしておいてくれる環境が欲しい。二週間でこんなに疲れ切っているのだから、もうひと月はとても待てそうになかった。だが、今ある物件は幽霊退治つき……。

 全員が黙り込んだ。リッツ達三人はその家に行くべきかやめるべきかを思案し、その他三人は諦めてくれないかと考えているのだ。

「フランツ、お前どうしたい?」

 口を開いたのはリッツだった。自分は今、究極の選択を迫られている。

「……」

 黙ったままのいると、リッツはアンナに視線を向けた。

「アンナは?」

「私はね、まずそのお家見てみたいな。だって図面だけじゃよく分かんないもん」

 アンナの言うことはもっともだ。まずその家を見て、痛み具合や実際の幽霊の害がどれだけあるのかを調査し、それから返事をしても遅くはない。

 だけど幽霊だぞ、幽霊。恐怖を覚えていることを知られたくないから、黙ったまま心の中でそう考えながら、口では正反対なことを言っていた。

「僕もまず見てみたい」

 言った瞬間に後悔した。だけど王宮の生活にもう耐えられないのも事実だ。こうして下見が決定した。

「よし、じゃあ今日から調査に行こうぜ。シャスタ、鍵貸してくれよ。場所は自分らで見つけるから地図だけ貸してくれ」

 今日、今から? と思わず言いそうになったが、不機嫌な顔を作ることで治めておいた。幽霊が怖いなんて知られて堪るものか。

 思い立ったが吉日なリッツとアンナの決定で、早速問題の幽霊屋敷に乗り込むことになった。

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