表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呑気な冒険者たち  作者: さかもと希夢
小さな大迷宮
39/224

<5>

 押し黙ったまま自室に戻ったリッツはソファーに座って、くすねてきたバーボンをテーブルに置いた。後から入って扉を閉めたエドワードが苦笑する。

「お前はそういうものを持ち込むか」

「当然だろ。重い口を開かせるにはこれが一番だ」

「やれやれ」

 彼はリッツの真意など、とっくに見抜いているだろう。フランツやアンナはともかく、リッツまでも誤魔化しきれるわけなどないと、エドワードは十分承知しているはずだ。

「リッツ、お前の連れはなかなか鋭いな」

 苦笑に近い表情を浮かべたエドワードは、向かい合わせに腰をおろす。連れとはもちろんフランツだ。

「鋭いんじゃない。あいつは疑り深いんだ」

「なるほどな……」

 テーブルにセットされていたグラスに、ストレートのままのバーボンを半分ほど注ぎ入れて、エドワードの前に置いた。自分のグラスには、なみなみと注ぐ。

 重く沈黙がのしかかる二人の間に、独特で芳醇な香りが漂った。しばらく黙ってグラスを傾けていたが、やがてエドワードが折れたように口を開いた。

「お前が連れと一緒に旅をするなんて、思いも寄らなかった」

「話を誤魔化そうったって無駄だぞ」

「誤魔化しているつもりはないがな」

 淡々とした口調に、リッツは黙ってグラスを傾けた。自分でも旅の初心者二人を連れて旅をするとは夢にも思いもしなかった。

 冒険者と呼ばれるプロと組んで旅をしたことはあるが、被保護者を抱えての旅は初めてだ。

「ま、色々あるんだよ、俺にだってさ」

 誤魔化しつつエドワードを観察した。その表情には何かを恐れている感じはしない。だが微妙な緊張と微かな苦悩を感じる。

「エドは、何でファルディナに来たんだ? サバティエリの遺産、俺、それだけじゃ国王自らが出張ってくるような話じゃねえよな?」

「……ああ」

 エドワードは重苦しく口を開いた。

「もうそろそろ、国王が変わる。この国は多少揺れるかもしれない」

 妙な物言いだ。今ユリスラは安定している。未だかつて無い程繁栄していると言っていい。

「息子に王位を譲るのに、何で国が揺れるんだよ」

 リッツは旅をしていて色々な情報に接する。だから次期国王である王太子の事も聞いている。エドワードの一人息子であるジェラルド王太子は、温厚で誠実であり、非常に臣下に慕われているようだ。

 当然ながら王太子は、リッツが国を離れた後に生まれており、会ったことは一度もない。

 エドワードはしばし黙りこみ、バーボンを静かに傾けた。

 リッツの目には彼の表情が微妙に変化していることが分かった。温厚で、威厳ある国王の顔から、昔リッツと一緒にいた頃の、鋭い目。穏やかそうで、だが何かを見据える叡智に満ちた表情……それが彼の知っているエドワードだった。

 二人だけになった今、口調も国王以前の昔に戻ってしまっていた。元々エドワードは農家に育っている、だから口調は荒いのだ。

「俺はな、リッツ。息子に王位をただ譲ろうと思っていないんだ。試練を課そうと思う」

「……何でだよ?」

「俺は自分の手で王座を掴んだ。だから迷う。本当に王座にふさわしい者がいるのならば、その人物に譲るべきではないかとな」

「何言ってんだよ!」

 思わずリッツはグラスをテーブルに叩き付けていた。割れはしなかったが中身が盛大に溢れた。

「お前……馬鹿だろ」

 二の句がつなげないとはまさにこのことだろう。唖然とするリッツに、エドワードは苦笑した。

「馬鹿というな。国王の長子は国王でいいのかと、ふと迷いが生じたんだ。俺は過去、それに対して否とした。だから俺は国王になった、そうだろ?」

「……そうだけどよ」

 どうしても理解できない言動に困惑すると、エドワードは苦笑した。

「これはまだ俺の頭の中で考えただけの話だ。話したのもお前で二人目だ」

 リッツにはそのもう一人が誰であるか分かった。エドワードの乳兄弟であり、リッツとエドワードのお目付役の口やかましいが、思慮深い宰相……。

「……シャスタは何ていった?」

「聞かなくても想像は付くだろう?」

「『何を馬鹿言っておいでですか、エドワード様!』だろ?」

 リッツの言葉にエドワードは笑った。

「その通りだ。だがあいつも年だからなそんなに可愛くないぞ。『エドワード様、あなたは自分のお立場を分かっておいでか? 仮にもこの国を治める国王で在らせられるのですぞ! 本気でおっしゃっているのなら、このシャスタ命を賭してでもお止め致します』だ」

「そうか……でも同じ意味だろ?」

「そうだな」

 しばし笑った後、リッツはおもむろに話を戻した。

「それと今回の件、何の関係があるんだ?」

「内密にしていた話しも、どこかで漏れている。それが王宮の恐ろしいところだな。国王が交代する時期に来ると、どこからかどのようにしてか、情報を盗む奴がでてくる。シャスタと俺しかいない部屋の話でもな。その上この話がいつの間にか兄上の元にわたったらしい」

 リッツは顔をしかめた。

「……で?」

「次はその情報を元に噂を広める。国王がこう口にしているらしいとな。それに翻弄される奴らもでてくるのさ」

 何となく分かってきた。つまり、国王が交代するが、息子ではなく試練をクリアしたものに受け継がれる。つまり、王族の血を引く者ならば可能性はゼロではないと思い込まれているのだ。

 エドワードの公正な政治に燻っている人々にとって、自分の思うとおりになりそうな人間を国王の座につければ、都合がいい。

 その際に、公正な審判をする邪魔な国王を亡き者としてしまい、自分の息のかかった奴らで審判を行う人間を決めてしまえば、思うとおりの奴が国王になる。

 その機を逃さないためには裏工作をしておく必要がある……そういうことらしい。

「それを知ったシャスタは激怒し、噂を流した人間を見つけようとしたが、難航した。だがあいつは、この噂を流した人間が王族の中にいることを突き止めたのさ」

「どうやってだ?」

 エドワードは小さく肩をすくめた。どうやらシャスタの自力でではないらしい。

「宝物庫に賊が入った」

「……それがどうかしたのか?」

 エドワードは、苦虫を噛み潰したような顔で続けた。

「賊は、宝物庫を荒らしたが衛兵にみつかり、そのまま捕まった。賊の取ったものは、残らず宝物庫に戻した。これで解決したはずだったが、何故かその宝物庫から、あるものが一つだけ消えていたんだ。勿論賊はそんなものを持ってはいなかった」

 リッツは黙って続きを待った。エドワードはしばらく何かを考えていたようだが、ため息を一つ吐くと話を続けた。

「王家に伝わるものだ。名を『無限の悪夢』という」

「『無限の悪夢』? なんだそれ」

「王族しか知らないものだ。簡単にいってしまうと、王族に処罰を与えるために作られた魔法の品だよ」

 リッツは首を傾げた。それが盗まれたことが分かったからと言って、何故王族が噂を流したのだと分かる?

「それが何?」

「『無限の悪夢』は一目見たところで何に使われるのか全く分からないものだ。見た目は、がらくたに過ぎない。盗む価値があることを知るものは、極端に少ないんだ」

「へえ」

 確かにそれでは持ち去る人間は用途を知るものしかあり得ない。

「で、どんなもんだよそれは」

 リッツの一言に、エドワードは肩をすくめた。

「分からん」

「分からんって、お前……」

 絶句するリッツに、エドワードは苦笑した。

「もう長いこと封印されてたからな。分かっているのは手のひらに乗るくらい小さい物で、クリスタルでできていること。そして人の心を中に閉じこめることが出来る迷宮、ってことだけだ」

「古い物なのか?」

「かなり古い。王国黎明期のことらしいからな」

「黎明期……」

 それは王国歴が、まだ千年に満たなかった頃のことを意味する。現在は王国歴一五七二年だから、千年以上前である。

「何代目か分からないが、このユリスラ王国一、厳格な王がいた。その道具は、この地に住んでいた高名な精霊使いにその王が頼んで作らせたそうだが、その精霊使いの名は、伝わっていない」

 エドワードの手の中にあるグラスに、ゆらゆらと揺れる琥珀色の液体に、微かに映る自分自身を眺めながら、リッツはエドワードの声に耳を傾けた。

「王は自らを厳しく律し、それを他の王族にも求めた。そして王族として多少であったとしても罪を犯した場合、その道具を使って自らを裁かせたのだといわれている」

「拷問具か何かかな?」

「さあな。文献によると、王家の者として相応しくない振る舞いをした王族は、その道具に心を吸い込まれたそうだ」

 心を吸い込まれる……。想像が付かない。

「心を座れた人物が、『無限の悪夢』から自らの力で解放されれば、王の前に現れて罪を許された」

「へえ。助かる奴もいたんだな」

「当然だろう。だが解放されなかった者の法が多かったようだ。解放されなかったものは、心を取り戻すことができず、一生廃人となったといわれている」

「おっかねぇな」

 実物を見たことのないリッツには、全く想像が付かず、溜息をつくしかない。

 エドワードはバーボンで喉を湿らせる。リッツも思い出して手の中にあるグラスを煽った。芳醇な香りが鼻に抜けていく。

 高級な蒸留酒だ。これが廃村にあるのもおかしな話だ。酒の余韻を口で転がしていると、再びエドワードの声が耳に入ってきた。

「そんな王の気性から王族や、貴族たちはたいそうこの王を恐れ、従ったという。その道具は王の死後、次の王の手で厳重に宝物庫に封印され、以後誰も見た者はいなかった」

「それで姿すらも忘れられたんだな」

「その通りだ。だが代々王位継承権のある人間は、未だにその道具の使用方法を教り、国王となった時、その道具から自らを解放する方法を教わる」

「どうして?」

「悪しき者がそれを悪用し、国王が廃人になったら国が滅びるだろう?」

「ん、まあ、そうだな」

「そうだ。そして現在その利用法を知っているのは兄上だけということになる。すなわち犯人は……」

「……スチュワート偽王……」

「その通りだ」

 なるほど。宝物庫で盗んだ犯人が特定できたわけが分かった。使い方を知っている者は、王国にエドワードと、その兄で王を僭称したスチュワートしかいない。

 だが使い方を知っているのならば、王が出方を知っているのも分かっているはずだ。となるとどう利用しようとしているのかが分からない。

「……それを盗んでどうしようってんだ?」

 理解不能なスチュワートの行動に、リッツはエドワードの顔をまじまじと見つめた。

「俺を閉じこめようって魂胆らしい。俺なら他の方法を使うがな」

「お前を? エドは出られるのに?」

 頷きながらエドワードは苦笑した。

「兄上はそれを知らないらしい。国王になってからずっと戦いの日々だったからな。知らなくとも無理はない」

 エドワードは苦笑した。その戦いを仕掛けていたのは他でもない、エドワードとリッツを中心とした革命軍だった。

「それに俺が兄上以上の知識を得ているとは認めたくないだろうしな」

 エドワードの兄は二人いる。長子スチュワートと、次子リチャードである。当初、王位を継承し、国王を名乗ったのはスチュワートだった。

 だが内戦でリチャードは命を落とし、スチュワートは廃位というよりも王であった数年を総て抹消された状態で地方に幽閉されていた。

 その彼がこの事件に関わっているようだ。噂に動かされた幾人かの不平貴族たちは、スチュワートや死んだリチャードの血を引く者たちを王位に就けよう躍起になり、何やら裏で動いているのだろう。

 だがそれが誰なのか、まだ調べは付いていない。

「仮にも王太子だった方だ、おいそれと憲兵や査察官を差し向けるわけにもいかん。かといって兄上よりも上に立つ立場の人間はいない……俺を除いて」

 自嘲気味のエドワードに、リッツは彼の考え全てを理解した。エドワードという人物を知っていて、この話を聞けば、彼の狙いは一つだ。

 エドワードの本当の目的は、自らの手で自分の兄を処罰することだ。他の誰をも巻き込まず、自らが起こした内戦の幕引きを、自らを囮に使ってつけるつもりなのだろう。

 唯一の例外であり、戦いの前から、そして戦いの最中もずっと共にあった相棒と共に。

「シャスタは止めただろ?」

 リッツの顔に書いてある理解の色を読みとって、エドワードは不適に笑った。

「まあな。だが都合よく旧友から手紙が来たから、巻き込ませて貰った。そもそもお前の手紙が来なければ、俺はこんな方法をとらなかったさ」

「じゃあもし俺がいなければ?」

「そうだな。査察官と憲兵隊を総動員して、末端から時間を掛けて潰しただろうな」

 リッツは絶句した。その方が遙かに安全だ。リッツもスチュワートを知っているが、自分のために働く手足がなければ、自分では何も出来ない男なのだから。

「何考えてんだよ、エド……」

 ため息をつくと、エドワードは楽しげにグラスを掲げて笑った。

「たぶん俺は、思った以上に息子を買っているのかもしれないな。俺が死んでも後顧の憂いが無くば、なんとかやるだろうとな。いや、シャスタやパティを買っているのかな?」

 二人が口にしたのは宰相と王妃……エドワードの妻の名だった。二人ともリッツに取っては顔なじみである。

「……俺が断れないって知ってるから、話を持ってきたのかよ?」

 ため息混じりに言うと、エドワードに笑われた。その通りなのだろう。

「仕方ないだろう? あの内戦は元はといえばお前と俺の二人で始めたんだからな。ならば幕引きも二人でやるのが当たり前さ」

 そう言われると反論できない。内戦が始まった時、リッツはエドワードと共に既に英雄として戦場にいた。内戦が始まる前の小競り合いから、リッツは総て知っている。

 二人で始めたと言われれば、その通りなのだろう。

「何だか俺、思いっきり利用された気分だ……」

 舌打ちしてから、リッツはグラスに残ったバーボンを流し込んだ。

「その通りだ。だがお前の連れまで巻き込みたくなかった。しかも子供だとはな。あの子たちには悪かったと思っているさ」

 苦渋の色を隠しきれないその言葉に、リッツも黙った。

 エドワードから離れた時、リッツは傭兵隊と共にいた。あの状況で旅立ったリッツが子連れで旅をしているなんて、想像も出来ないだろう。

 だからエドワードは、賊を撃退した後にリッツに確認したに違いない。

『もし、どうしても斬らねばならん時、あの被保護者の前でお前は人を斬れるか?』……と。

 リッツは黙ったまま再びバーボンを自分のグラスに注いだ。危険な状況になると分かっていながら、あの二人を守り通せるのか。そして万が一の時に二人を逃がせるのか。

 それを思うと気が重い。

 リッツはもう十分長いこと生きている。十分すぎるほどだ。

 だがアンナもフランツも、まだまだ若い。だからこんなところで命を落とさせるわけにはいかない。

 まだ彼らには未来がある。リッツにとっての先の見えない未来ではなく、希望の未来が。

 三人全員を守り通せるのか、この腕で。

 微かな不安に胸を刺されるも、それを口にせず小さく吐息を漏らした。

「奴さんどう出るかな」

 ボソッと呟くと、エドワードが苦笑した。

「多分俺たち四人を、全部まとめて閉じこめようとするだろうな」

 確かに折角盗み出したものを使わないわけがない。だが、エドワードは出る方法を知っている。

「じゃあ俺にも出る方法を教えてくれよ」

 軽く問うと、エドワードは首を振った。

「無理だ、リッツ」

「何でだ?」

 エドワードがため息をついた。

「王家の血筋のものなら出られるがな」

「は?」

「王家の血を使って、外に出られる。つまり王家の血の持ち主だけがそこから出られるんだ」

 リッツ、フランツ、アンナ、全員が一般市民だ。王家の血など一滴も流れてはいない。

「じゃあ、俺たちはどうなるんだ?」

「分からん。だが改めて探した記録では、王族の血を引かなくとも、出てきた人間も多い。中で何が起こるかは俺も全く知らん」

「……つまり、自力で出ろと?」

「その通りだ。そして脱出出来ればそこには兄上と協力者がいるはずだ。俺は一足先に出る。そこでお前たちを待つ。なんとか引き延ばしてみせるから、上手くでて来てくれ」

 リッツは何となくしていた嫌な予感が、的中したことを悟った。

「俺たちが出てこれなかったらどうするんだよ」

「俺もお前たちも廃人もしくは死人だな」

「何かそこから出るヒントは無いのかよ?」

 エドワードはリッツをじっと淡い水色の瞳で見つめ返した。それだけで、何となくその答えが分かった。

 おそらくそんなものは存在しないのだろう。

 だが予想と反して、エドワードは何かを思い出すように呟いた。

「そういえばこんな事を聞いたな『無限の悪夢』に囚われし者が、真の王たる資格を持ち得れば、彼の者は解放される……だそうだ」

「なんじゃそりゃ……」

 リッツにはお手上げだ。それは結局王族の血を引いていればということではないのだろうか。だがエドワードはそう考えていないようだった。

「真の王たる資格は、王族の血ではないと思うぞ。もしそうなら王族は皆無事に出られることになるだろ? だが王族なのに出られない者も多数存在しているんだ。その代わり王族ではないのに出てこられた者も多数存在している。それに王族なら無条件で出られるなら、何故国王には出るための方法が教えられているんだ?」

 確かに王族の頂点、国王が出る方法を教わっているということは、王がもしそこに閉じこめられた際、脱出できるように計らっているということだろう。

「つまり、資格とはなんだと思うんだ、エド?」

 リッツの問いかけに、エドワードはお手上げのポーズを取って見せた。

「ふざけてる場合じゃないだろ!」

「本当にお手上げだ。だが多分、入った者の王としての資質が関係しているだろう。俺はな、お前やアンナ、フランツを見ていて気がついたんだ。もしかすると三人合わせれば、それが揃うかもしれない」

「……何の根拠があって?」

「お前のマイナス面を、アンナが補え、アンナの足りない慎重さをフランツが補える。そしてフランツの怯えはお前が補える。そもそも『無限の悪夢』に多数で入った話は今まで一つもないんだ。ならば三人で一人と認識されるかも知れない」

「王の資質ね……」

 リッツは出会った頃のエドワードを想いだしていた。初めて出会った時から、エドワードには他とは違う何かがあった。

 遙か遠くを見据える叡智の瞳、そして自信に満ちたたたずまい。それはどう考えても三人にはない気がするのは気のせいか。

 考え込んだリッツに、エドワードは申し訳なさげに微笑んだ。

「悪いな。まさか兄上が今になって動くとは思わなかった。俺の甘さだ」

 エドワードの苦悩を知っているから、ここで投げ出すことも出来ない。それに心のどこかでこうなることが分かっていたような気がしている。

 王位継承争いを始めたのがエドワードで、終わらせるのがエドワードの役目なら、最後までつき合うのがリッツの役目だと素直にそう思うのだ。

 遙か遠くに時間と距離を隔てても、リッツは今もエドワード・バルディアの片腕なのだという自覚があるのだから。

 その自覚は一緒に時間を過ごすことで更に強くなって来ている。ここで投げ出すことなんて、リッツには出来ない。

「いつ、奴らは動くと思う?」

「今夜中だな」

「つまり、目が覚めたらその道具の中って事か」

「多分」

 今すぐこの屋敷を逃げ出せば、巻き込まれずに済む。だがそれでは首謀者の元へたどり着けない。それでは意味がないのだ。

 アンナとフランツを逃がしてやりたいが、それでは気付かれてしまう。だから今晩は何も知らない振りをして黙って寝ているのが一番いいだろう。

 本当にアンナとフランツには申し訳ないが、ここはエドワードを助けさせて貰う。

 国家のためだなんて格好いい事は言えないが、きっと二人は分かってくれるような気がする。

「仕方ねぇな、巻き込まれてやるよ。その代わり、王都へ行ったら報酬は弾めよ」

 明るく言い切ったリッツに、エドワードも笑った。

「勿論弾んでやるさ。報酬も役職もやるよ」

「役職はいらんわ!」

 ようやく和んだ雰囲気に、二人は改めてバーボンを入れ、グラスを合わせた。

「今回の作戦の成功を願って乾杯」

 リッツの明るい乾杯の声に、エドワードは笑った後、神妙に呟いた。

「お互い無事で乗り切りたいものだな」

「ああ、そうだな」

 一夜の眠りから目覚めた時、同時に迷宮『無限の悪夢』も目覚める……。彼らに分かっている未来は、ただそれだけだった。



 すきま風一つ無い暗い地下室で、蝋燭の炎がゆらりゆらりと揺らめいている。ここにいる人々の張りつめた呼吸が、空気を振るわせているのだろうか?

「後戻りは出来ませぬぞ?」

 フードの男がもう一人の男を見つめた。

「分かっておる。余の寿命が残り少ないのだ。今更恐れても何もならん。ならばあの男にせめて一矢報いてやらねば、死んでも死にきれん」

 喉をやられているのか、年老いた男はそう囁くようなかすれ声で呟いた。

「奴らにも最後の晩餐を楽しませてやった。余の慈悲だ。奴らも満足だろう」

 十本の蝋燭でぐるりと取り囲まれたその中心に在るのは、鏡のような多面体。それは炎に合わせてゆらりと光を放った。

 その姿……それはまさしく『無限の悪夢』

「それでは殿下、始めましょうか」

 フードの男は、恭しくも脅すような口調で、男を諭し、その手に小さなナイフを手渡した。装飾も鮮やかなそのナイフを見るでもなく、男は無造作に鞘を抜き放った。鈍く光る刃先を何のためらいもなく自らの指に突き刺し、無表情にまた抜き取った。

 出来たばかりの傷口から、じわり……じわりと、血が溢れてくる。男は痛みを感じていないようだった。いや、むしろその痛みさえもがこれから起こる復讐への喜びに取って代わっているのであろうか……。

 染み出した血を、一滴また一滴と『無限の悪夢』の上に垂らすとやがてそれは美しく輝き始め、やがて蝋燭の炎よりも明るく周囲を照らし始めた。

 長かりし封印の時を経て『無限の悪夢』が静かに蘇る。

 沈黙する室内に、最初は低く、やがて大きく哄笑が響き渡った。笑っているのは男だった。

 真っ白な髪を振り乱し、刻まれた深いしわに埋もれた目は、血走ってギラギラと異様な輝きを放っている。

「エドワード!! 今こそ味わえ、我の苦しみの時を!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 色々と前置きが長くて読み疲れ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ