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呑気な冒険者たち  作者: さかもと希夢
小さな大迷宮
37/224

<3>

 騒動が収まってからすでに数時間が経過していた。フランツは仲間と査察官などと共に、たき火を囲んでいた。数十分前に、ケニーが部下をキャンプ地の捜索に向かわせたのだが、なかなか戻ってこず、報告を待っていたのだ。

 フランツは目の前でたかれている炎を、ただぼんやりと見つめていた。ただそれだけで少しだけ落ち着くのは、自分が炎の精霊使いだからだろうか。

 炎の中では、ようやく本日の食事と広い場所を得たサラがはしゃぎまわっている。この光景を初めて見た時は仰天したケニーたちだったが、一日に三度、三日間も見ていれば慣れてしまって、これも日常の風景に溶け込んでしまっている。

 何とはなしに査察官の小隊長であるケニーに視線を向けると、後ろに向かっていつも丁寧にまとめられている胡桃色の髪が、先ほどの戦闘のせいか、乱れているのに気がついた。

 自分では分からないだけで、フランツも似たような物だろう。いや更に酷いかもしれない。

 でも今はそんなことに気を使ってはいられない。自分の目の前に晒された現実が、あまりに重かったのだ。

 膝を抱えて再び炎に目を遣る。何かを考えるのも辛い。けれど考えずにはいられない。目を閉じると、襲いかかってきた男の顔が目に浮かぶ。

 しかも斬られて死ぬ瞬間の……。

 小さく頭を振り、その残像をふるい落とそうとすると、近くに座るアンナが目に入った。アンナもいつもとは違い、うつろな瞳で焚き火にあたっていた。やはり色々考えているのだろう。

「サラちゃんはいいなぁ、ご飯食べられて。お腹すいたなぁ~早くご飯食べたいなぁ」

 フランツの想像とは遙かにかけ離れたアンナの一言に愕然とする。それはフランツだけではなかったらしく、黙りこくっていた全員の目がアンナに注がれた。

「こんな道端で食事なんて、変ですよね?」

 全員の視線に気がついたのか、照れ笑いしながらアンナは手にしていた小枝を炎の中に放り込んだ。火花が小さく弾ける。

「よくお腹が空くね、アンナ」

 アンナの言動が理解できず、ついつい口調が尖る。ここでは先ほどまで戦闘が行われていたのに修羅場の後に空腹を訴える、アンナの無神経さが信じられない。

 でもアンナはフランツの嫌みすらも気がつかずに、笑みを浮かべたままきっぱりと言い切った。

「だって、人を沢山治すとお腹すくんだもん」

「それがおかしいんだ」

 つい嫌みを言ってしまったが、その声に力がないことは分かっている。だからフランツは口をつぐみ、膝頭に顎を乗せて黙り込んだ。

「フランツ?」

 気遣わしげに掛けられた声を聞こえないふりしてやり過ごす。子供っぽいなと思うが、自分の中の苛立ちは言葉に出来ない。

 おそらくアンナは何らかの結論を自分の中で出したのに違いない。でもそれにしたって早い結論だ。

 そんなフランツに感づいたのか、二人の間にのんびりと割って入ったのはリッツだった。

「どんな状況でも、腹が空くってのはいいことさ」

 的はずれな気がするが、それは何となくささくれ立つフランツの心に刺さった。リッツの場合、きっと何が起こっても食欲をなくすなんて事はなさそうだ。

 何だか自分が神経質だと言われている気がして、フランツは再びため息をついた。

 フランツのため息を察したのか、エドワードが小さく笑った。

「君の方が一般人としては至極当たり前だ。気にすることはない」

「分かってはいるんですが……」

 フランツは呻くように答えた。わだかまりが大きくのしかかり、どうしようもなく気持ちが重い。

 自分が生き残るために人を傷つける……いままでそんな経験はなかった。

 そもそもファルディナにいた頃、自分が生きていることが大事だなんて、思ったことはあったろうか? 

 いや、無かった気がする。そもそも生きていることを実感することすらなかった。

 旅に出ればこんな事もある、それは分かっている。フランツだってそう易々と殺される気はない。そのためには自分を守り、相手を倒さなければいけない時だってある。

 だけど、それは何故だろう。本当にその意味が自分にあるのか? 今まではそんなに生への執着がなかったから生きることへの執着がよく分からない。

 それでも確かにあの時、死にたくないと心から思った。それだけはフランツの事実だ。

 俯いたまま再び炎を見つめて黙りこくる。何か言いたげだったアンナは口を閉じ、再びぼんやりと炎の中のサラを見ていた。無理に話しかけてこないことがありがたかった。

 先ほどと同じように何も言葉を交わさず、全員が炎を見つめて黙ってしまった。

 そんな重たい空気を変えたのは、近所の探索を終えて戻ってきた査察官二人だった。

「隊長、近くに村がありました」

「村?」

 フランツは査察官たちの言葉に耳をそばだてた。ケニーは報告を受けて考え込むように黙り、エドワードも首をひねっている。

「村か……この辺りに村などあったか?」

 エドワードには心当たりがないらしく、横に座るリッツに疑問をそのまま投げかけた。旅の知識が豊富なリッツですら分からず、ただ肩をすくめるだけだ。

 何となく不穏な感じがする。

「陛下、村とは言いましたが正確には村の跡地……つまり廃村です」

「……廃村?」

 その廃村はまだあまり朽ち果てておらず、この大人数が泊まっても問題ないという。広場や、宿泊できそうな家があり、水も井戸で確保できる、何一つ反対に値する条件はないらしい。

「そこまで適したところがあるのに、感心するな」

 エドワードが苦笑した。

「ここまで揃いすぎていると、逆に怪しいだろ」

「まあそうだな。それに私とリッツ、双方に心当たりがないと言うことは……」

「ああ。内戦が終わるまで、村はなかったって事だな」

「そうだ。となると村は三十五年の間にできて、そして消えたと言うことになる」

「……怪しすぎだろ。そんな誂えられたみてえな村なんて」

 それがリッツとエドワード、そしてケニーの共通の見解だ。フランツも怪しいと思う。そもそもそんなに条件の整ったところに、どうして人がいないのだろう。

「どうするんだ?」

 無責任に訊ねたリッツに、ケニーは困ったように大きく溜息をつく。

「小官としましては、そのような怪しげな場所に陛下をお連れしたくはありません」

「だろうな」 

 リッツも納得した様子で頷く。彼らの心配はもっともだとフランツでさえ思う。ケニーには国王を守る義務がある。

 だが最終判断は、国王であるエドワードに任せるしかない。リッツとケニーが微かに顎をさすりながら考えているエドワードを伺った。

 口を開かないエドワードにケニーが問いかける。

「陛下、どうされますか?」

「行こう。こんなところにいても仕方あるまい。その廃村の方がまだましだろう」

 エドワードは一切迷わなかった。さすがの決断力だ。これが国王なのだろうか。

 疑わしくもエドワードの一言で彼らの本日の宿が決まった。すぐさま隊列を組み直して、いわくありげな廃村へ向かうこととなったのである。

「廃村って、どんな感じかなぁ」

 再び馬車の中で四人だけとなった後で、アンナに尋ねられた。そんなこと、初めて旅に出たフランツに分かろうはずはない。黙って首を振ると、アンナの標的はリッツに移った。

「リッツ、廃村ってどんな感じなの?」

「一言で言うと廃れた村さ。見た目は、何て言うかなぁ……お化け屋敷が沢山集まって村になっているみてえな?」

 言い得て妙だ。

「何だか怖そうだねぇ」

 口ではそんなことを言いつつも、アンナはさほど怖がっているように見えない。

 でもフランツは正直それを聞いただけで遠慮したくなってきた。人の目には見えない精霊を操るフランツだが、同じ目に見えない者である幽霊のたぐいは、大いに苦手なのである。

「行ってみれば分かるさ」

 リッツの気楽な一言に、アンナは頷いた。

「だよね!」

 うきうきとアンナはフランツを振り返る。

「ね、今日の夕食何かな?」

 もうアンナには、戦いの記憶はないのだろうか。嫌味を言うのもばかばかしい。ふと隣のリッツを見ると、リッツはぼんやりとエドワードの顔を見ているようだった。見られているエドワードは窓の外を見ている。

 何だか妙な光景だ。二人とも何となく張り詰めた何かがあるような気がするのだが、フランツにはこの二人の年長組が何を考えているのか分からない。

 ファルディナの街で、フランツは道具屋のアンテに内戦の伝説を少しだけ聞いた。

 病の王を毒殺した偽妃と息子の僭王、そして貴族の横暴で傾きかけていたユリスラを、エドワードとリッツの二人が主となった革命軍が救ったのだという。その内戦がユリスラ最後の戦いで、もう四十年近く前の話になるそうだ。

 目の前の二人がそんな大物だとは、想像も付かない。何しろ頬をつまんで引っ張り、嫌味を言うのが救世の英雄エドワード王で、引っ張られて痛みに暴れるのがその片腕なのだ。

 もし機会があったらユリスラ王国史を見てみたいと、二人のふざけ合いを見ていると思ってしまう。

「ああ、やめやめ」

 突然リッツは大声で言うと、ぐったりとソファーに倒れこんだ。突然のことにフランツは驚いて言葉を失う。そんなリッツにアンナが興味津々といった顔で身を乗り出した。

「え? 何がやめなの?」

「考えることをやめたの」

「何か考えてたの?」

 不思議そうに尋ねるアンナに、リッツが笑って誤魔化している。

「たいしたことじゃないさ」

「どうせ女のことだろう」

 間髪入れずに突っ込んだエドワードの口を、リッツが慌てて塞ごうとしている。

「それを言うと事態が混乱するんだ!」

「何を今更……」

 苦しげに顔を歪めつつ、反論したエドワードだったが、アンナの目線に気が付いて動きを止めた。

「女の事って何ですか? 私も女の子ですよ?」

「うっ……」

 純粋で何も汚れのない緑の瞳に、珍しくエドワードがたじろいでいる。あの大きな目でああして見られると、大体嘘がつけなくなる。フランツも経験済みだ。エドワードでさえもそうらしい。

「アンナ、エドが心ゆくまで教えてくれるから、よく聞いとけ」

 エドワードを解放し、リッツはアンナの方へ押しやった。どうやら押しつける気満々らしい。エドワードはしばし解放されそうにない。

「エドさん、女の事って私のことですか?」

 言葉に詰まるエドワードを取り残したまま、リッツが急にこちらを向いた。視線を受けてフランツは、反射的に視線を逸らす。

「フランツ、悪かったな」

「……何が」

 リッツの小声での意外な一言にフランツの目は、顔を上げた。

「お前さっきからあの戦闘のことばかり考えてるんだろ?」

 どうやら見抜かれていたようだ。顔にでも出ていただろうか。再び俯きそのままフランツは答えた。

「ああ」

「だろうな」

 重苦しい沈黙が続く。リッツはどうやらフランツが口を開くのを待ってくれているようだ。

 ようやく決意をし、フランツは口を開いた。

「ああしないと僕らが殺されるって分かってる。でも……何て言ったらいいんだろう……簡単に人は死んでしまうなって……」

 静かにリッツが頷いた。

「そうだな。俺の剣、お前の炎、アンナの水竜。どれも人を殺傷する能力を持っている。だが、正しく使うことで命を守ることが出来る」

「……分かってる」

 フランツは吐息混じりに顔を覆った。命を狙われた場合、相手を倒さねば自分が死ぬ。それはきっと簡単な理論なのだろう。頭では分かっていても感情がそれを許さない。

 現にアンナとフランツに襲いかかったあの男は……結局助からなかった。

「だけど納得する時間が欲しいんだ」

 呻くように漏れた本音に顔を覆う。まだ生きる理由がよく分からないのに、人を殺してまで生きたいのか、それがよく分からない。

 だから罪の意識となって、心を刺す。

 そんなフランツの肩をリッツが軽く叩いた。慰めているのではなく、何だかそんなフランツの感情に同意されているような気がして顔を上げると、リッツが苦笑していた。

「お前の気持ちも分かるさ。俺だって初めからこんなにタフだったわけじゃない」

「え……?」

「俺にだって若い頃はあったしな」

 冗談にリッツの本音が紛れて消える。時折リッツの本音がこうしてにじみ出ることがあって、それはいつもフランツが驚く程に静かなのだ。

 そしていつも、リッツはそれ以上フランツが聞くことが出来ない雰囲気を漂わせている。

 黙り込んでしまったフランツの肩を、リッツが再び叩いた。

「フランツ、お前には話しておくが、アンナにはまだ言うなよ」

「何?」

 リッツを見上げたフランツはハッとした。恐ろしい程に真面目な顔をしているのだ。

「もう一騒ぎあるはずだ。その時は俺も多分今度は剣を抜くしかないだろう」

「……そうか……」

「だがな、俺がそうするのは、悪友の為だったり、お前らのためだったりするんだ。恨むなよ」

 多少おどけて聞こえるようにそう告げたリッツに、フランツは微妙な心の揺れがあることに気がついた。今までのように完全無欠の大人ではないリッツが、見え隠れしているような、そんな気がする。

 だからこそ、正直に頷いた。

「分かってる」

「そうか……」

 リッツは小さく呟いた。やはり何かの心の迷いがあるようだ。それが何かは分からないけれど、フランツは初めてリッツが、同じように悩みもする人間なのかもしれないと気がついた。

 だからこそ話を無理矢理に変えてみる。

「リッツ、そろそろエドワードさん助けてやったらどうだ?」

 フランツの心遣いに気がついたのか、リッツはいつものような自信満々な笑顔に戻り頷いた。

「そうだな、勘弁してやるか」

 微妙なわだかまりが少々解けたフランツは、リッツから目を背けて大きく息を吐いた。リッツはといえば、エドワードとアンナの間に入って、何やら話し始めている。

 その声は意識的にシャットアウトして、先ほどのリッツの言葉を思い起こした。

 リッツとには、悔しいが経験値と力では全く叶うこともないが、自分だって仲間が命の危機に瀕した時、戦うだろう。

 また悩むかもしれないが、仲間を失って後悔するよりましだ。だから迷うよりも守ることに専念しよう、そう思うことにした。

 そう決意に満ちて考えたとき、リッツの言葉が後ろから聞こえてきた。

「いいかアンナ。男ってのはな、常に自分の最高のパートナーって言うのを探すもんだ。だから色々と出会った女の事を思い返してるのさ」

 勝手な理屈にそちらを見ると、リッツはいつものアンナを丸め込むときの口調で、迷い無く堂々と言い放っていた。

「そうなんだ~」

「だからな、女の事を考えてるってのはそういうことだ」

 アンナは感心したように頷いている。また騙されているようだが、結局この二人は、それでいいのかもしれない。

「結婚相手を決めるのに悩んでるって事なんだね」

「その通り!」

 何となくずれているが、エドワードは解放され、アンナは納得したのだから、一件落着か?

「適当なことを……」

 呆れ果てたといった顔で、エドワードが肩をすくめた。フランツも同意見だ。

 結局何がどうあってもリッツはリッツ。そういうことだろう。フランツは、アンナを丸め込むリッツの適当な言葉に、安堵と呆れの混じり合ったため息をついた。

 そんなことがありつつも、ランプの明かりだけが暗闇の中に薄明かりを浮かべ、馬車はゆっくりと移動していく。先ほどまで通っていた街道とは違い、横に入った道は細く頼りない。

 やがて木々が拓けたと思ったら、そこに廃村が現れた。

「廃村にしては綺麗だな……」

 それが窓からその村を眺めたリッツの、第一声だった。エドワードも外を見ながら同意する。

「……確かにな」

 そこは全員が抱く廃村のイメージとはかけ離れていた。あまりにも綺麗すぎるのだ。これを廃村というのには、違和感がある。

 確かに人の気配や生活感は全く感じない。家の扉も開いたままだし、荷車や桶などは転がって朽ち果てている。 

 最近無くなった村なら、誰かに知られていて当然だろう。だが査察官も含めたこの面々にこの村を知る人間はいない。

「廃村って、こういう感じなの?」

 何だか怖いものでも見るように眺めていたアンナの問いに、フランツは視線を彷徨わせながら呟く。

「まるで人だけがかき消えたみたいだ」

 自分で言っておきながら、フランツは自分の言葉に震え上がりそうだ。フランツは本当に幽霊のたぐいが苦手なのだ。

 人智が及ばない存在ほど、怖いものはない。急に人だけが村から消え失せた……そうとしか思えない状況に何だかうすら寒いものを感じた。

 街の中央に位置する噴水にはすでに水はなく、噴水をかたどる煉瓦は乾いて変色していた。それは使われなくなって久しい証拠である。

「とにかくここに泊まるしかないようだ、さあ、キャンプの支度をしよう」

 エドワードの一言に、全員が黙り込んだまま支度を始めた。

 馬車に取り付けたランプの明かりしかない静寂の中で、彼らの宿泊準備の音だけが大きく響き渡っていた。

「リッツ、何だかここより道端の方が、ましな気がするよ」

 サラの入ったランプの明かりを頼りに、自分たちの場所を確保し終えたアンナが、小声でリッツの服を引っ張りながら文句をいっている。

 アンナの隣に立つフランツも、口には出さないがアンナと同意見だ。

 ふたりで訴えるように見つめていたのだが、リッツは小さくため息をつくと、肩をすくめた。

「しかたねえさ。三人旅じゃないんだから。今晩だけの我慢だ。明日すぐ出れば問題ないだろ?」

 そう言われてしまうと、フランツには反対する理由がない。でもいつもはすぐに納得するアンナが、珍しく食い下がった。

「でもこの村何か嫌な感じがするよ」

 アンナもこの奇妙な状況に何となく気が付いているようだ。

 賊に襲われ迷い込んだのは、お誂え向きの廃村。

 理由は分からなくてもこれだけで不安になる材料は十分だ。

 フランツは警戒しながら周りを見渡した。リッツの『もう一波乱ある』とと言う言葉を聞いてしまったから、総ての状況が疑わしく感じてしまう。

 もしかしたらここに廃村があることすら、何らかの罠かも知れない。緊張しながら周りを見渡すフランツの緊張を解したのは、リッツだった。

「まあ、なんとかなるから心配すんな。とりあえず飯でも喰おうぜ!」

「そうだよね! お腹ぺこぺこ!」

 フランツも小さく息をつく。食欲は未だ無いが、とりあえずお腹を満たして寝てしまえば、すぐにこの気持ち悪い村とお別れできる。

 だがサラランプを手に、三人で査察官の元へ赴く途中、先頭のアンナは見つけなくてもいいものを見つけてしまった。

「リッツ、フランツ来て! 明かりがついてる家があるよ!」

「何?」

 リッツがアンナの隣で、指さされた方に目を凝らす。リッツとアンナはフランツに比べると格段に目がいい。どちらかと言えばフランツは目が悪い方だから、よく見えない。

 それでもぼんやりとだが、明かりの灯っている家が見えた。

「家……っつうか、館だな、あの大きさは」

 リッツの呟きに、アンナも頷く。

「遠くから見てるのに、窓がはっきり見えるなんて、一つ一つの窓がかなり大きいんだね」

 廃墟に人の住む館……何だか益々怪しくないか?

 更に薄気味悪さを感じて、フランツは身震いをした。頼むから幽霊は勘弁して欲しい。 

「どうした?」

 三人の騒ぎに気が付いて駆け寄ってきたエドワードとケニーに、アンナは再び明かりのついた窓を指し示した。確認した二人が呻く。

「どうやら人がいるようだ」

 エドワードが呟く。

「そのようです。すぐ偵察に行かせましょう」

 ケニーはすぐさま部下を三人呼びつけた。一人はよくケニーの隣にいる人物で、副官という立場だったはずだ。緊迫した様子で探索を命じられ、やがて三人はケニーとエドワードに敬礼し、副官が言葉を発した。

「様子を見に行って参ります」

「うむ、気をつけてな」

 急いだ足取りで明かりの灯った家に向かった三人を見送り、アンナが振り返った。

「どんな人が住んでるのかな? こんなところに一人で怖くないのかな?」

 アンナの呟きに、フランツは思わずリッツを見上げてしまった。

 どんな人が住んでいるのか……もしも先ほど襲ってきた奴らだったら……。

 そう思うと落ち着いてなんかいられない。

 だがリッツは平然と不安なフランツの視線を受け止め、エドワードへ顔を向けた。

「エド、お前どう思う?」

「分からんな。敵か、それとも一般人か……」

 やはり敵の可能性が高いようだ。二人のやりとりに、フランツは緊張して拳を握った。このまま館に向かう何てことになれば、かなり危険なのでは無かろうか。

 緊張感をもって二人を見遣っていたフランツの視線に気がついたのか、こちらを見たエドワードは楽しげに笑った。

「でもまぁ、なんとかなるだろう」

「だな」

 あまりに適当な物言いに、フランツはよろめいた。

「何呑気なこと言ってるんだ!」

 思わず突っかかると、年長の二人はフランツをからかうように見ながら笑う。どうやらこの二人は、フランツが感じるような不安を、意にも介していないらしい。

「今から神経質になると、禿げるぞ」

「何でそんなに緊張しないんだ?」

 もっともなフランツの言葉に、エドワードもしれっと応える。

「敵なら倒す、民間人なら宿を提供して貰う。選択肢は二つしかないんだ。いい方が出ればいいと思うのは、人として当然だろう?」

 明らかに遊ばれていることにようやく気が付いて、フランツはむっつりと黙り込んだ。口の立つ人間が二人もいたら、フランツはとうてい敵わない。

「じゃあ、泊めて貰えるといいね。今日は疲れちゃったからいいベットで寝たいよね?」

 話を聞いていたアンナは、楽しそうにそういってフランツの肩を叩いた。アンナの場合、本気でそういっているのだから、フランツも言い返せずに言葉を飲み込むしかない。

「いい人ならね」

 脱力して投げやりに言ったフランツに、アンナはにこやかに答えた。

「きっといい人だよ。世の中にはね、本当の悪人なんて滅多にいないんだから。今日は悪人に会ったから、また悪人に会うことないよ、きっと!」

 さっきの騒ぎを経験してもまだそんなことがいえるアンナに、フランツは少し感心した。何て図太い神経なのだろう。

 それにもしアンナの言うとおりだったら、さぞかし世界は平和に満ちているだろうと思うが、現実はそうはいかないものだ。

「アンナは楽観的だね」

 反射的に嫌みの言葉が出てきたが、アンナは全く意に介していないようだった。

「そうかなぁ~」

 首を傾げるアンナに、フランツはまたもや大きくため息をつく。何だか上手くかみ合っていないような気がするのは気のせいだろうか。

「おいフランツ、ため息ばっかついてると、幸せが逃げるぞ」

 唐突にかけられたリッツの言葉に、フランツは不快になりそっぽを向いた。余計なお世話だ。代わりにアンナが答えている。

「どうして幸せ逃げるの?」

「ため息はな、一つ吐くごとに幸運を体の外に出しちまうんだ」

「知らなかった~」

 二人のやりとりに、フランツは呆れて顔をしかめた。こんな時に何を呑気なことを言っているのかと腹立たしかったのだ。エドワードに視線をやると、何故だか微笑ましげに二人を見ている。

「だからため息は吐かないに越したことはない!」

「うん!」

 すっかりアンナを自分のペースに引き込んだリッツだったが、アンナとの会話が終わると、再び館に視線を移した。

 つられるようにフランツも視線を辿る。気楽なことを言っているが、リッツだってその屋敷が怪しいことが分かっているのだろう。

 それにこの廃村に暮らし続けているなんて、相当な神経をしている。大体、生活必需品はどうやって手に入れているのか、それだけで疑わしい。

 ここから一番近い村でさえ、半日かかるというのに。

「あ、戻ってきたよ!」

 アンナの言った方へ目を凝らすと、四人の人物の人影が見えた。屋敷に赴いたのは三人。ということはもう一人はその屋敷に住む人物ということだろうか。

 暗闇の中の人物は、視界の中で徐々に大きくなり、ようやく顔がえるようになってきた。その顔に見覚えはない。ということは、やはり屋敷の人間だ。

 戻ってきた三人は、エドワードの前にやって来て、あの大きな屋敷には確かに人が住んでおり、その人物に敵意はなさそうだと言うことを報告をした。

 未だに紹介もされないもう一人の男に、一行の視線が集中する。それを受け副官が後ろに立つ男を紹介した。

 そこにいたのは、痩せぎすな初老の男だった。

「こちらの方は、館の執事だそうです」

 執事がいると言うことは、あの屋敷の住人は一人ではないということだ。

「彼は我々を屋敷に招待したいと……」

 戸惑ったようにケニーはエドワードにそう告げる。思わず全員が顔を見合わせてしまった。またまた降ってわいたようなタイミングの良さ……。

 こんなに上手くいっていいのだろうか?

「お初にお目にかかります。私はあの館の執事でございます」

 控えていた男がようやく口を開いた。見た目通りの重々しい口調だ。男は目つきが意外に鋭く、どことなく風格を持った人物だった。きっちりとしつらえた三揃えのスーツを難なく着こなしているところも隙がない。

 幼い頃から執事という存在に見慣れたフランツでさえも、納得できるたたずまいだ。

「当館の主人が是非皆様を招待したいと申しておりますので、こうして参上した次第でございます」

 礼儀正しい言葉だったが、何となく逆らうことを許されないような雰囲気に、リッツが黙ったままエドワードを見た。

 振り向かずにエドワードが頷く。二人の間のやりとりの意味は分からないが、何らかの同意があるらしい。

「それはありがたい。我々はここへ来る途中に暴漢に遭いましてね」

「それは大変でございましたね」

「ええ大変でした。だから丁度休むところが欲しかったんですよ。まさに絶妙のタイミングですな」

 エドワードの台詞は、相手を試しているようだったが、初老の執事は表情はおろか、眉一つとして動かさず、エドワードの言葉を聞いていた。

「それはよかった。では招待を受けてくださるのですね?」

 見えない何かが、エドワードと執事の間で飛び交う。それは張り詰めた空気となってこの場を支配していた。

「……さて、どうしようかね諸君」

 わざと芝居がかった言葉でエドワードがリッツを見た。答えるでもなくリッツは小さく肩をすくめる。そんなリッツにエドワードは小さく笑みを浮かべて初老の執事に再び向かい合った。 

「この村は、名前がおありか? 残念ながら我々の知識では知り得ないのだが」

 暗にこの村の怪しさを強調しつつ、相手を試すように言葉を続けるエドワードに、執事は無表情のまま答えた。

「この村に名前なぞ在りません。ただ我が主の名で呼ばれております」

「ほう、なんと?」

「ラリアと」

「……女性か……」

 少々意外そうに呟いてから、ようやくエドワードはこちらを振り返った。彼の心はとっくに決まっているようだった。

 彼は何かを知っているし、分かっている上で罠に飛び込もうとしている。きっと何か秘密があるに違いないのだ。

 しかも彼しか知らない秘密が。

 だがフランツはそんなエドワードに対して何かを問いかける言葉を持たない。

 世間のことなど何も知らないし、状況も読めないフランツには、その決断に従うしか道がない。

 エドワードはその場にいた査察官や馭者を含む全員を見渡した。彼らも皆国王に対する信頼の表情を浮かべて彼を見ている。

 そんな彼らに真剣に頷いて見せてから、エドワードは初老の執事に向き合い、堂々とした表情で告げた。

「それでは執事君、招待を受けようじゃないか」

「主も喜びます」

 執事は深々と頭を下げた。その時、執事の唇が奇妙に歪んだのを見たものは、誰もいなかった。

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