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呑気な冒険者たち  作者: さかもと希夢
謎の宝を守れ
32/224

<12>

 その後、貸し切りとなった『緑の森亭』で大騒ぎの宴会が繰り広げられた。無理矢理連れてこられたヘレボア、多少壊れ気味のネット、やけくそ気味のリッツを含めた全員は、飲めや歌えやと散々盛り上がった。 

 当然のことながら、フランツも巻き込まれた一人だ。緊張と困惑で狼狽えつつの宴会は妙なテンションで盛り上がった。

 国王のエドワードは、リッツ以外には驚く程人当たりがよく、国王然としていない人だった。ヘレボアに聞くところに寄ると、エドワードは元々グレイン自治領区に住む農民であったのだという。

 当然のことながら前国王の血を引いていたが、その存在は内戦に陥るまで隠されており、エドワードは庶民の中で育ったのだそうだ。

 歴史書によれば、リッツはその頃からグレインでエドワード共にいたらしい。何だかすごい話しすぎて、目の前で子供のような喧嘩をしているリッツとエドワードからは想像が付かない。

 子供達も例外なくこのお祭り騒ぎに巻き込まれている。物珍しさからまとわりついていた国王の存在に慣れ、子供達はすっかりエドワードに懐いている。

 そんな中でフランツだけが逃れられるわけなどなく、疲れ切ったまま強制的に宴会へ参加させられた。

 そんな狂気の夜を過ごした一行だったが、翌朝は時間通りに迎えに来た昨日の査察団員と共に、宿を出た。あの胡桃色の髪の査察官はケニー・フォートという名だそうだ。

 朝迎えに来た時のケニーは、エドワードの姿を見て愕然としていた。

「……陛下。そのお姿は……どうなさいました?」

 エドワードは長い髪をかわいらしく三つ編みにされて、花まで付けられている。間違いなく犯人はアンナとリラだ。だがエドワードはなかなか楽しげだった。

「似合うかね。アンナとリラが結ったのだが?」

 リッツによるとエドワードは元来子供好きで、特に問題がない場合は、子供の好きにさせてしまうことがあるらしい。だが親友であるはずのリッツですら、エドワードの丸くなりように戸惑っていたのは事実だ。

「陛下……小官は宰相閣下より陛下のことを頼まれてございます。そのお姿はあまりにひどいと思われますが……」

 小言のようなケニーの苦言に、フランツも賛成だ。だがそんな言葉に耳も貸さずに、エドワードは何事もなかったように全員に語りかけた。

「それではサバティエリ家に出かけるぞ」

「おーっ!!」

 アンナとリラ、ディルは、元気に答えた。

「陛下は、私には計り知れない御方だ……」

 ヘレボアの言葉に、ケニーとフランツを含む大人一同は納得したように頷いた。

「馬鹿なんだろ?」

 リッツのぽつりと呟いた小さなひと言に、エドワードは敏感に反応し、くるりと振り返ってリッツの口の両端を引っ張った。

「そんな事言う口はこの口か? ああ?」

 その手を振り払うと、リッツも負けじと応戦する。

「この地獄耳!」

「なに?」

「何で俺の悪口だけ聞こえんだよ!」

「お前の声がでかいからだ」

「でかいわけあるか!」

 フランツは大きくため息を付いた。これがこの国の国王と、三〇年以上行方しれずだった大臣なのだ。あまりに予想外の二人に、誰も何も言えない。

「リッツ、エドさん、早く行こうよ」

 アンナとリラに服を引っ張られて二人はようやく口喧嘩をやめた。

「そうだな、さあディル案内してくれ」

 彼らはようやくサバティエリ家に向けて出発した。サバティエリ家は、街の外れにある。その家の前に着いたとき何故かサバティエリ夫人は、表で彼ら一行を待ち受けていたのである。

「お母さん、ただいま~!」

 駆けだして抱きついたディルに、夫人は晴れやかな笑顔を見せた。

「お帰りディル」

 街の人々やシグレットから聞いたケチで強欲なイメージからは程遠い、美しい人だった。

 サバティエリ夫人はディルを放すと、査察団の前に立ち、その中のある人物に目を留めた。その瞳がみるみる驚きで見開かれていく。

 視線の先にいたのは、エドワードだった。エドワードも穏やかな微笑みを浮かべていた。知り合いなのだろうか。

 やがて夫人は優雅な物腰で、エドワードの前にゆっくりと跪いた。

「お久しゅうございます、陛下」

 驚いてフランツは夫人を凝視してしまった。

「こりゃ驚いた」

 ネットが小声で呟く。

「普通の奥さんだと思ってたのになぁ」

 見ればヘレボアも驚いて目を瞠っている。おそらく彼らは、彼女のそんな姿を見たことがなかったのだろう。

 そんな中でエドワードは平然と、優しくサバティエリ夫人に微笑み、彼女のお辞儀に答えた。

「久しいな、マティオラ。そなたは全く変わらず、美しい」

「もったいのうございます、陛下。王妃様はご健在でおられますでしょうか?」

「ああ。元気にしておる。そなたがいなくなったときは、寂しがっておったぞ」

「ありがとうございます。そのお言葉だけで幸せです」

 深々とサバティエリ夫人は頭を下げた。

「元気そうで何よりだ。ルヴィアのこと、残念であったな」

「ええ。命の長さは女神がお決めになること。仕方ありませぬ」

 混乱したように、オロオロするディルは母マティオラを見ている。

「……お母さん?」

 マティオラは、ディルに優しい微笑みを見せてゆっくりと立ち上がり、ディルの肩にそっと両手を載せた。

「ごめんね、今まで黙ってて。あなたのお父さんは昔、王宮で働いていたのよ」

「え?」

「私もそうだったのよ。王妃様の侍従を務めさせて頂いていたの」

 何を言われているのか分からないといった顔でディルはマティオラの顔を凝視している。他の面々も驚いて固まってしまった。

 何とも言えない雰囲気の中で、サバティエリ家の扉が静かに開いて、あの武器屋の店主が顔を出した。

「あ、おじさん!」

 アンナが大声を上げると、一同は一斉にそちらを向いた。武器屋の店主は照れたように笑みを浮かべている。

「査察団が来たそうだから」

 店主はそういうと、黙って扉を開け放った。わけが分からず戸惑っていると、全てを理解しているらしいエドワードが穏やかに全員を促した。

「入ってみようではないか」

 促されるままに、全員が小さなサバティエリ家に足を踏み入れた。そこには大きな板が一枚だけ、布を掛けられたまま置いてあった。

「ここまで運んでくるのはなかなか骨だったよ。昨日奥様と二人で夜通し運んだのさ」

 そういいながら、店主はその板にかかった布を丁寧に取り払った。

「あ、絵だ」

 大きな板は、大きな額に入った絵画だったのだ。そのの中央には、柔らかく微笑む美しい女性が描かれている。その背には全てを包み込むような大きな白い翼があった。

「女神様だ……」

 だがその絵はあちこちに焼けこげが出来、女神以外のところは、ほとんど理解できなくなってしまっている。

「こんなところにあったのだな」

 感慨深げなエドワードの声に、リッツが尋ねる。

「王宮のものか?」

「そうだ、焼けてしまったがな」

「焼けた?」

 フランツが思わず疑問を口に出すと、エドワードが微笑んで答えてくれた。

「今から十五年ほど前、王家には二人の王宮画家がいた。その一人で、とても美しい神話の絵を描いた人物がルヴィア・サバティエリだった」

「僕のお父さん……」

「ああ、そうだ。その絵は美しすぎた。もう一人の王宮画家は、ルヴィアの絵の才能に嫉妬し、だが同時に激しく魅せられてしまったのだ。彼の心は二つに引き裂かれ、彼は狂気に走った」

 その結果男は、彼が憎み、愛したルヴィアの絵に火をかけ、自らも焼け死んでいったという。

「ルヴィアは、もめ事が嫌いな物静かな男だった。だから大変なショックを受けてな。その一件以来王宮にあがらなくなった。それから彼は妻とともに行方をくらませた」

 エドワードは静かにそう語り終えると、マティオラを見つめた。

「暮らしは辛くはなかったか?」

 マティオラは静かに首を振った。

「辛くはございませんでした。夫との間にこの子も授かり、幸せでございました」

「そうか……」

 エドワードは、頷く。

「街に騒ぎを起こしてまで守ろうとした宝は、ルヴィアの遺作か?」

「はい、陛下。夫の遺作は、息子ディルに引き継がせるつもりでございます。ですが、女一人の力では守りきることが困難だと……」

 エドワードは頷き、それから尋ねた。

「分かっておる。ルヴィア・サバティエリの遺作となれば、王国にとっても相当に貴重な財産だ」

「はい」

「だから宝の噂を流し、その噂が王都へ届く大きさに至るまで待っていたというわけだな?」

「その通りでございます。私の手で王都へ保管をお願いするには私の力が及びませんでしたから……」

 この貧乏な生活をしている彼女は、夫の遺作を王都へ運搬するお金がなかった。信用できる人々は、王都にしかいなかったし、彼女が王都へ行くことは出来なかったのだ。

 もし信用できぬ誰かに頼めば、ルヴィアの絵画が、危険にさらされるかもしれない。そう考えた彼女は一計を案じたのだ。

「だがそなたは、自らの身が危険にさらされると考えなかったのか?」

 優しい言葉に、マティオラは微笑んだ。

「考えました。でも……それでも構いませぬ。もし私に何かあったなら、ディルが全てを引き継いでくれると信じておりました」

 エドワードとマティオラの会話に、人々は言葉をなくし、ただただ燃え跡の激しい絵画を眺めているしかなかった。

「僕、頑張るから、お母さんは安心してて」

 ディルはマティオラにしっかりと抱きつくと、力を込めて宣言した。

「僕がお父さんの絵を守るよ。大丈夫、僕はもう何も出来ない子じゃないんだから」

 ディルはまっすぐにアンナを見つめた。アンナが心強く頷く。だが。マティオラの出した答えは、その決意とは反対のものだった。

「ありがとう、ディル。でもね、この遺作は王都で保管して貰いましょう。あなたが大きくなって、一人で王都へ行くことが出来るようになったら、あなたが受け継ぎなさい」

「でも……」

「お父さんはきっと、王宮に飾られた自分の絵をもう一度見たかったと思うのよ。お父さんは、王宮を……陛下や王妃様を大変に愛していらしたから」

 マティオラの言葉にエドワードが寂しげに微笑んだ。

「だからあなたが大人になるまで、王宮に飾って貰いましょう、ね?」

 ディルは頷いた。

「お父さんは何だかいつも少し寂しそうだったもんね。もし絵が王宮に飾られたら、きっとお父さん、嬉しいよ」

「そうだな。それでは絵の運搬方法と、保管の方法を考えるとしよう」

 エドワードとマティオラ、ディル、査察官が遺作の今後のことを真剣に話し始めたのを見ていた残りの面々は、手持ちぶさたに立っていた。

「リッツ、その絵はどれぐらいの価値?」

 後ろの方でぼんやりとしていたリッツに、フランツは小声で尋ねる。するとリッツが同じく小声で呻いた。

「ルヴィア・サバティエリっていえばお前、とんでもないぞ。たぶん時価五十万ギルツってところじゃねぇか?」

「五十万ギルツ……」

 想像がつかない。十ギルツあれば一月の生活がギリギリで成り立つから、相当贅沢な暮らしをしても使い切れない金額ということになる。

「絵の価値は金額じゃないぞ」

 気が付くと二人の内緒話に、武器屋の店主が口を挟んでいた。

「絵の価値は見る者全てを包みこむ、美しさだ」

 武器屋らしくない、力を込めたひとことだ。そういえばこの男の正体がいまいち掴めない。

「ところで親父、あんたはサバティエリさんの何だったんだい?」

 リッツもそうだったようで、小声で店主に尋ねた。

「わしは、アンテ・エラリア。サバティエリ先生の家の執事だった」

「執事……」

 ようやく合点がいった。やはりただの武器屋ではなかったのだ。

 彼は、行方しれずの主人、ルヴィア・サバティエリを捜そうとしたが出来ず、趣味だった道具や武器集めを商売にして、店を始めたという。商人仲間にそれらしい人の行方を聞いては、その地を尋ねてまわり、この街でようやくルヴィア・サバティエリを見つけたのだそうだ。

「行方をくらました先生を捜して、屋敷に残された焼け落ちた絵を守りつつ、ようやく先生のいるこの街へやって来た時は、どんなに嬉しかったことか」

 絵が燃やされたショックから、絵筆を取らなくなったルヴィアに、燃えない紙を張り合わせたキャンパスを作って贈ったという。

 つまりアンナ達が貰った燃えない紙は、ルヴィアに渡した残りということになる。

「だからディルが持つようにっていったんだね」

 アンナとリラも、いつの間にかこちらの会話に小声で加わっていた。

「アンナちゃんが助けてくれた時にわしを押しつぶしていたのは、この燃え残った絵と、何とかもう一度絵筆を取って欲しくて、でも受け取って貰えなかった普通のキャンバスさ」

「もしかしたら、この家から出る品物を引き取って、売っていたのではないですか?」

 王家と関わりがあるような家が、同じ街に何件もあるわけがない。だとしたらフランツの貰った槍の出所はここである可能性が高いのだ。

 フランツが気配を感じて横を見ると、いつの間にやらネットやヘレボアも、この小声の会議の輪に加わっている。

 向こうの査察官たちは、まだ真面目に仕事をしているようだ。

「その通りだ。君たちの決闘を見ていて、王家の槍が出てきたときは冷や冷やしたぞ」    

「やっぱりあの槍、王家のものか。だろうと思ったよ。親父、あれはミスリル銀だな?」

 リッツの質問にアンテは頷いた。ミスリル銀というものだったのか。知らなかった。

「ああ、先生が陛下から賜ったものだそうだ」

 気になっていたことが判明したからか、リッツは大きく息を吐いた。

「王室にしかない特殊な金属だもんな。気になって仕方なくてよ」

 つまりフランツが持っているあの槍は、恐ろしく価値が高いものだということだ。

「そんな大事なもの、なんでシグレットなんかに売ったんですか?」

「売ってはいないさ、勝手に持っていったんだ」

 聞いてフランツは、そっと腰に付けていた槍を出して渡した。奪われたようなものは貰えない。

「それは君のものだ」

「貰えません」

 そんな高価なもの。だからフランツは再び槍をアンテに押しつけようとした。だが槍は伸びてきたもう一人の手によって押さえられる。

「貰っておけ」

「そんな無責任な、高価すぎま……!」

 フランツは伸びてきた手を払おうとして慌てて言葉を飲み込んだ。その手の主は、エドワードだったのだ。

「エドワードさん、いつの間に……」

 どうやら彼らは向こうの話を終え、こちらの話を聞いていたらしい。

「今回迷惑をかけたお詫びだそうだ。ありがたく貰っておくといい」

 フランツが振り向くと、マティオラが微笑んで頷いた。

「その槍は炎の力を増幅する宝石が着いています。あなたならちょうどいいでしょう? その槍を貰ってから数年で、夫の絵が燃やされてしまったから、炎の力を持つ武器を家に置いておきたくなかったんです」

 そういう理由ならば、遠慮無く頂くことにする。フランツはマティオラに深く頭を下げると槍を再び腰に差した。だから決闘の時あんなに巨大な火球を作れたのだ。今後また自分に合う武器が見つかるとは限らない。

「さあて諸君、ルヴィア・サバティエリ最後の作品を見せてもらおう」

 エドワードの言葉に、全員が頷いた。

 裏山の洞窟の封印は、全員がかりで一時間もの時間をかけてようやく解くことが出来た。頑丈に固められた石の壁を取り除くのに、思ったより時間がかかってしまったのだ。

「よし、中に入ろう」

 先頭に立ち、ランプを掲げたリッツの後に続くフランツは、その洞窟の広さに感嘆した。通路は天然のものではなく、煉瓦が敷き詰められている。まるで古城の中のようだ。

 一本にまっすぐ続く道の先に、大きな両開きの木の扉が取り付けられていた。そこには丈夫な鍵がかけられ、侵入者を拒んでいた。

「今開けます」 

 マティオラが鍵を静かにはずす。

「さあ、どうぞ」

 中に入った一行の前に、洞窟とは思えない広い空間が姿を現した。

 敷き詰められた木の床には、古くて頑丈そうな椅子が置いてあり、机には沢山の絵の具と筆が置かれている。

 まるで今にも、この部屋の主人が現れるかのようだった。

「こちらが、主人の最後の作品です」

 広い空間の壁いっぱいにかけられた布を、マティオラがゆっくりと開いた。

「わぁ……綺麗……」

「すごいな……」

 その場にいる全員が、その大きさと圧倒的な存在感、そして美しさに言葉を失った。その絵が醸し出す世界観に、吸い込まれてしまいそうだ。


 優しく人々を見守る女神

 光をまとい人々を正しき道へ導く光の精霊王

 力強く剣を振るう炎の精霊王

 暖かく澄んだ瞳で癒しを与える水の精霊王

 空に向かって真っ直ぐに両手を広げる土の精霊王

 歌を紡ぎ出す、何事にも縛られない風の精霊王

 ……そして闇から手を伸ばす闇の精霊王……。


 そこには、彼がもっとも愛した神話の世界全てがあった。

 精霊王に導かれるように、人々が歩き出すそんな世界が広がり、見るものを圧倒した。

題名(タイトル)は『エネノア』だそうです」

 その光景は、彼らの目に焼き付いたように忘れることが出来ないものになるだろう。

「すごいな、すごいとしか言いようないな」

 全員が全員、時がたつのも忘れて、その場にただただ立ちつくしていた。 



  査察官達が、ファルディナの美術品業者を雇って、あの巨大なキャンバスを丁寧にばらして梱包するのに、ほぼ一週間という時間を要した。

 その間アンナはずっとリラとディルとあちこちに出かけては泥だらけになって帰ってきていた。どうやらこの三人、例の裏山で崖登りをして楽しんでいるらしい。聞くところに寄ると、アンナが壁を上ったディルに頼み込んで教えて貰っているようだ。羨ましかったのだろうか?

 フランツは、何故だか武器屋の親父の家に足繁く通っている。他の掘り出し物を見つけようとしているのだろう。ついでに色々旅に必要なものも買い出しているので、荷物は着実にそろっていた。

「お前さぁ、本当にここにいていいわけ?」

 何もやることがなくて暇なのは、リッツとエドワードだけである。優秀なる査察官は忙しく立ち働いているが、エドワードがいるとはっきり言って足手まといなのだ。

 そんなエドワードを一人放置して置くわけにもいかず、暇な二人は、何をするでもなくぼんやりと旅立ちの日までの時間を過ごしている。エドワードは、図々しくもネットの宿に腰を据えてしまったので、査察官たちもこの宿に腰を落ち着けてしまった。お陰でネットは宿を貸し切りにし、毎日の食事作りに追われて忙しい。

 ヘレボアは処分が決まったせいで忙しい。この街の有力者二人が逮捕されてしまって、実質空になったこの街の自治権を、押しつけられてしまっていたのだ。

 この自治領区の元々の自治領主は、内戦の際に貴族側にたち、滅んでいる。その時に自治領主の補佐をしていた、二人の執政官が協力してファルディナ自治領区を納めることになったのだ。

 それがルサーン家とシグレット家である。当時からは代替わりをしたのだが、この二家が自治領主と同じ役割をし続けているのだ。

 ルサーンが経済を、シグレットが農業を管理していて、今までは何の問題もなく納められてきた。だがエドワードはこのファルディナを注意深く見守ってはいたのだという。

「そこにきて、サバティエリの遺産に、お前の手紙だ。飛んでこないわけにも行くまいよ」

「ふうん。でヘレボアはどうするのさ?」

「なぁに、いずれは正式な自治領主になって貰うさ」

「お前ねぇ……」

 エドワードの適当な言い方に、一応文句を言ってみたリッツだったが、次のひと言で黙った。

「ヘレボアが、務まらない職だと思うか?」

 リッツは考えてから、笑った。

「確かに、ヘレボアしかいないな」

 なんだかんだ言っても、エドワードはこの自治領区の住民達を守るために考えて結論を出していたのだ。

 だがそんなことは、ヘレボアには分からない。彼はユリスラ王エドワード直々のとんでもないひと言で、大変な事になってしまったと頭を抱えたそうで、リッツの元にこっそり苦情を言いにきた。

 もうすぐ定年であったのに、死ぬまで仕事をせねばならないと苦情を言いつつも、王都から妻を呼び寄せるつもりらしい。

 そんな時に、ようやく王都からかえってきたヒースも、そのとばっちりを受けた。ヘレボアに秘書代わりに引っ張り回されて、街中をかけずり回る事になったのだ。彼は結局、不向きな軍人の職を捨て、ヘレボアの秘書として人生を送るのかもしれない。

 ルサーンとシグレットの財産は没収され、この自治領区のためにヘレボアによって、振り分けられることになっていた。アンナ達が綺麗だと絶賛したルサーンの家の庭は、いま民衆に公開され、公園として憩いの場になっている。ヘレボアの仕事は速くて確実だ。

 それから査察団が予定よりかなり早く着けたのにも理由があった。それをリッツは忙しいヒースを捕まえて直接聞いた。

 ヒースはリッツ達と別れた後、客が少ないのをいいことに、馬車の馭者に「街で危機が起きて、自分はそれを解決すべく密命を受けて王都へ急がねばならない」と都合よくしゃべったらしい。

 その結果奮起した馭者が、予定を大幅に上まる日数で馬車を王都に着けたとのことだ。そこからはエドワードに聞いた。

 リッツの大臣の認証印が押された書簡は、なんと一時間以内に宰相の下に届けられ、その数時間後にはエドワードと共に早馬で査察団が王都を発ったということらしかった。

 だが何となく引っかかる。いくらリッツを捕まえるためとはいえ、そんな早さで軍を動かす必要があったのか、それが納得いかない。二人が一体何を考えているのか、まだリッツは読み切れないでいる。

 暇に任せてカードばかりやっていたリッツ達二人は、一週間後にようやく査察官の梱包終了の言葉を聞き、暇な時間に終止符を打った。

 出発の前日、酒を飲みつつ、リッツはエドワードに尋ねた。

「エド、俺をやっぱり王都へ連れて行くんだよな?」

「勿論だ」

 何の迷いもないエドワードの言葉に、リッツはかえって戸惑った。

「本当に、俺がいてもいいのかな」

「……何を言ってるんだお前は?」

「だって俺、お前やみんなを捨てて、ユリスラから逃げちまったんだぞ? なのに帰るなんて、身勝手すぎだろ」

 リッツは内戦が終わり、この国が平和をとり戻すとすぐに、仲間たちを捨てて傭兵として国外に出てしまった。仲間が嫌だったわけではない。仲間が大切だったから、仲間から逃げてしまったのだ。仲間が年をとり、自分だけが年をとらずに仲間が死んでいくのが怖かったのだ。

「身勝手でも何でもいいだろ。少なくとも俺は、お前が帰ってくるのをずっと待っていた」

 エドワードが少し雑な口調でそういった。エドワードは元々、王太子として育っていない。口の悪さはリッツと似たような物だった。

「待っていてくれたんだ……」

「当たり前だ。何を遠慮する必要がある? お前は俺の唯一無二の友だろうに」

「……ああ」

 リッツはうなだれた。やはり気が重い。俯いたままいると、突然背中を叩かれた。かなりの力に、前のめりに倒れそうになる。

「何だよ!」

 顔を上げると、エドワードが昔と何ら変わることのない笑みを浮かべて拳をリッツに突き出した。その姿に昔のエドワードが重なる。リッツはエドワードの拳に、おずおずと自分の拳をぶつけた。

 何も言わずとも、分かり合える感覚の懐かしさに、言葉が出ない。

「お帰り、リッツ」

「……ごめん。ただいま」

「謝るな。俺にも魂胆はある」

 エドワードは楽しげに笑った。エドワードがこの年で、しかもリッツに戻ってほしい理由……。

「もしかして……後継者の話か?」

 エドワードは何も答えずにグラスを口に運ぶ。だがその沈黙こそが彼の答えだった。

「早いよな、お前が王になって、もう三十五年たつんだもんな……」

 感慨深いリッツのひと言に、エドワードが顔を上げた。

「お前には早いかもしれんが、俺には長かった」

「……そうか」

「ああ。……長い三十五年だった」

「うん……」

 二人は黙って過ぎた時間に思いをはせた。リッツはこの街へ来る前にヒースに聞いた、王都の話を思い出していた。王はだいぶお年を召されて、王位を譲るかもしれない……。

「俺に何をさせようとしているんだ?」

 リッツの問いに、エドワードはただ唇の端を持ち上げて笑っただけで答えなかった。ただ大変な事態に巻き込まれそうな予感だけがしていた。

「あ~あ、こっそり王都へ行って、遊ぶつもりだったのになぁ~」

 天を仰ぐリッツに、エドワードはにやりと笑った。

「昔言わなかったか? お前と俺は、一対の英雄だってな。お前だけに楽させてたまるか」

「……ふんっ」

 エドワードの言葉が懐かしくて嬉しかったが、少し照れくさくて、リッツはそっぽを向いた。


「それじゃみんな、ありがとう」

 馬車から顔を出しながら、アンナはお世話になった面々に別れを告げた。二週間の滞在だったけれど、色々な事があって、大変だったし、ちょっとはらはらもしたけれど、友達も出来たし、楽しい時間を過ごすことが出来た。

 ヘレボアも、忙しい時間を縫って見送りに来てくれた。当然のことながらそれは、国王のお見送りのためでもある。

「大佐……じゃなくて、今は自治領主か。頑張ってくれよな」

 馬車の中からリッツが声をかけると、ヘレボアは苦笑した。

「出来る限りはやるつもりだ。君も頑張ってくれ」

「……頑張りたくねえけど……」

「しっかりしたまえよ、大臣閣下」

「あ~……」

 リッツはうなだれ、ヘレボアは笑った。心なしかヘレボアは一週間の内に、少しやつれた気がする。なんと言っても突然駐留部隊の隊長から、自治領主だ。やる仕事も全然違うみたいだし、大変そうだ。リッツの横からひょこっと顔を出したアンナに、ヘレボアは手を差し出してくれた。アンナはその手を握る。

「君も元気で」

「はい」

 色々と迷惑をかけたけれど、ヘレボアは怒らずに助けてくれた。この旅では、アンナはいい人にばかり巡り会って、本当に幸せだと思う。

「皆さんのおかげで俺、首つながりました。本当にどうもでした」

 一緒にくっついてきたヒースが、リッツ、アンナ、フランツの手を順繰りに握って振り回す。

「お前、今度は道に迷うなよ!」

「道で迷ったら、ちゃんと太陽の方角を見るんだよ?」

「お金は計算して持った方がいい」

 三人それぞれに忠告すると、ヒースは恥ずかしそうに手を頭の後ろで組んで照れ笑いした。

「分かってるっす!」

 フランツも、馬車からアンテに声をかけた。

「アンテさん。色々ありがとうございます」

「おお、構わんさ。君も元気でな」

 みんなの別れがひとしきりすんだところで、アンナは馬車の窓から身を乗り出した。大人たちに遠慮するかのように、少し離れたところにリラとディルが立っていたのだ。

「リラ、ディル」

 声をかけると、二人が歩み寄ってきた。馬車の中から精一杯に手を伸ばして、二人の手を握る。 

「きっとまた会えるよ。その時まで、元気でね」

 今にも泣き出しそうなリラに、アンナは優しくそう言って微笑む。リラはアンナの言葉に何度も頷いた。アンナがこれから行くシアーズが遠いことぐらい、リラも知っているから、もう会えないような気がしているのだろう。

 アンナだって、また会うのはすごく大変だと言うことぐらい知っている。

「アンナ……行かないでよぉ……」

とうとう泣き出してしまったリラに、アンナは動くことが出来なくなってしまった。

「泣いちゃ駄目だよ、リラ」

「だって……シアーズは遠いよっ……」

 アンナもなんと言ったらいいのか言葉が出ない。手を握ったまま泣いているリラを見ていたアンナだったが、胸が詰まって言葉が出てこない。

「大丈夫だよ、リラ」

 突然にディルが胸を張って宣言した。

「僕がリラをシアーズに連れて行ってあげる」

「えっ?」

「ディルが?」

 アンナとリラは二人でディルを見つめてしまった。ディルは、自信ありげに鼻の下をこすっている。

「うん。だって僕のお父さんの絵がシアーズにあるんだ。僕はいつかきっと、シアーズの王宮に、お父さんの絵が掛かっているのを見に行く」

 ディルは馬車を眺めた。アンナたちの後ろにもう数台の馬車が並んでいた。この中に隠されていたルヴィア・サバティエリの巨大画が丁寧にばらされて梱包されているのだ。燃やされてしまった絵も、同じように大切に梱包されて積まれている。

 この絵は、王宮の画廊に飾られると言うことだった。ディルはエドワードに、いつ来ても見られるよう、通行証を貰っているのだ。

「その時に一緒に行こう! 僕が絶対にアンナのところに連れて行ってあげる」

「……うん」

 リラが頬を赤らめて、嬉しそうにはにかんだ。ここ二週間で、ディルの中から弱虫の心が消えていた。彼は少しだけ大人になったような、そんな気する。そしてリラは、そんなディルを頼もしく思い始めているようだった。

 きっとディルは、もう二度といじめっ子にやられっぱなしで泣いたりしないだろう。それだけは確実に分かる。

 アンナは胸に手を当てた。少しでもアンナはディルの心に温かな光を照らせたのだろうか。リラとディルを見ると、アンナは微笑んだ。

「ふたりともありがとう。とっても楽しかったよ」

「私も楽しかった!」

 リラはそういうと、涙を拭きアンナに手を差し出した。

「アンナ、約束、絶対にまた会おうね!」

 リラの差し出した手を、アンナは力強く握り返した。繋いだ手を強く振る。

「うん。約束!」

 アンナはじっとリラを見つめた。リラもアンナを見つめ返す。何だか嬉しくて暖かい。

「アンナ、そろそろ出発するぞ」

 リッツが優しくそういって、アンナの頭に手を乗せた。

「分かった!」

 アンナは頷き、ゆっくりとリラの手を放した。馭者のムチが馬を叩き、馬車がゆっくりとファルディナの街を離れていく。

「アンナっ! またね~っ!」

「またね、リラ!」

 中央広場を離れた馬車は、ゆっくりと、やがて軽やかに走り出した。

 アンナは二人に手を振りながら身を乗り出した。リラとディルがアンナの名前を呼びながら、馬車を追いかけてくる。

 だが徐々に速度を増す馬車の窓から、二人の姿は次第に見えなくなる。やがて馬車は街道沿いを走り出した。リッツとフランツが決闘のまねごとをしたあの広場が、後ろに流れ去っていく。

 馬車はやがて石畳をぬけ、道は固められた土へと代わっていった。そこで街が終わっているのだ。

 こうして一行は、色々あったファルディナの街を後にした。後ろには何台もの馬車が続き、ルヴィアの遺作を静かに彼の生まれた王都へと運んでいく。

「ね、リッツ、また会えるよね?」

 小さくなっていくファルディナの街を見つめながら、アンナがリッツを見上げて尋ねると、リッツは、父親のように優しい微笑みを向けてくれた。

「ああ、会えるよ。だから泣くな」

「え?」

 アンナは思わず頬に手を当てた。濡れている。そこで初めて自分が泣いていることに気づいた。

「あ、あれ?」

 ずっとずっと孤児院の世話役で、気がついたら一緒に遊べる友達がいなかった。孤児院の子たちはいつもアンナよりも早く成長して出て行く。それを寂しいとは思わなかったけれど、でもやはりアンナは友達が欲しかったのかも知れない。

 三十年の人生で初めて友達に出会い、そして初めての別れを経験した。

「……泣いてないもん!」

 アンナは両手でぐっと涙を拭くと、リッツとフランツに向かって笑顔を作った。

「だってリッツもフランツもいるもん! それにエドさんもいるもん」

 彼らの馬車は速度をあげ、旅人の街道を王都へ向かって進み続ける。

 王都に何が待っているのか、三人はまだ知るよしもない。 

ここまでで3巻『謎の宝を守れ』はおしまいです。今までの三人に加えて、初登場のエドワードが、最後の主人公になります。これからちょっぴりシリアズモードに突入ですが、彼らは相変わらず彼らなので、お楽しみいただけると思います。

ではでは次回とその次の二回、恒例のおまけ『突撃!旅路の晩ご飯』をお楽しみください。

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