駆け回る
模擬戦を行うようになって、一ヶ月と少し。ここのところ、ブラドロの勝ちが続いていた。
「ブラドロさんは防御手段があるから」
ヘレが解説する。
「接近したら、レッコー君はほとんど何もできないしね」
「そうだな、このところの戦いを見ていると」とタウロン。
「負けてばっかじゃ、つまんないわよね――」
アリーシャはそう言いながら、二本の木剣を取り出した。
「そこで、これを用意しました!」
「何です?」
レッコーが訊く。
「訓練用の木剣だ」タウロンが説明する。「魔法がかけられていて、人を打った時、衝撃が緩和される」
「兵団の備品なの。管理を担当してるフォンケルにお願いしたら、しぶしぶ貸してくれたわ」
「……剣術道場のを借りられないか、頼んでみることにしよう」とタウロン。
「大丈夫、今度はヘレに、お願い、させるから。そしたらフォンケル、喜んで貸してくれるから」
「なんで?」
ヘレが不思議そうな顔をする。
「鈍いんだから! ほんと、鈍いんだから!」
アリーシャは楽しそうに言いながら、ヘレの尻をバシバシ叩いた。
「ところで、なんで二本あるんですか?」
ブラドロが訊いた。レッコーがブラドロに対抗するために使うなら、一本で良いはずである。ロアーク拳法は、両手剣と同時には使えない。
「もちろん、わたしが参加するためよ!」
アリーシャが、にこやかに言った。
「何が『もちろん』なんだね?」とタウロン。
「いやあ、あの結界、一度試してみたかったのよねえ。ね、レッコー君、相手してよ」
「……まあ、良いか」
タウロンはそう言うと、呪文を唱え、結界術を発動させた。
「あれ、この時間って、ぼくの修行のために――」
ブラドロの言葉を無視して、アリーシャがレッコーを引っ張っていく。
「ブラドロさん」
と、アイナが声をかけた。
「この岩を削って、ベンチを作ってくださらない?」
「……」
結界に囲まれた空間で、レッコーはアリーシャと向き合った。
「レッコー君」
アリーシャが言う。
「相手と距離がある時は、剣は左手に持って、右手は魔法のために使うの。魔法剣術の基本よ」
「なるほど」
レッコーは返事をして、木剣を左手に持ち替えた。
「じゃあスタート!」
アリーシャはそう言って、右手をレッコーに向けながら、迫ってきた。
レッコーが、慌てて魔力弾を撃つ。が、アリーシャはそれを横に跳んでかわし、そのまま距離を詰める。そしてレッコーの腹を、木剣で打った。
打撃の鋭さのわりに、痛みはそれほど感じなかった。しかし、痛いことは痛い。
アリーシャはすぐに、距離を取り直した。
「まだやるのか。勝負はついたようだが」
タウロンが、結界の外から怒鳴った。
「まだやるの!」
アリーシャが大声で返事をする。
「ね、レッコー君、まだやれるわよね」
「……はい!」
レッコーは答えると、アリーシャに右手を向けた。
「あらあら、レッコーったら、あんなにバシバシぶたれて……」
三人掛けくらいのベンチにヘレと並んで座りながら、アイナが言った。
「でも、なんだか、楽しそう。気のせいかしら」
「レッコー君は、頭で考え過ぎる」
ヘレが言った。
「けど、あんなにバシバシやられたら、いちいちじっくり考えていられない。だから考える前に動く。それで、考えることから解放されるんじゃないかしら」
そこまで言って、ヘレは、アイナがびっくりしたような顔をしているのに気付いた。
「なに?」
「いえ、タウロン様と同じようなことを言うから、ちょっとびっくりしたのよ」
「……わたし、あの人嫌い」
「ええ、わたしも嫌いよ」
アイナはそう言って、ヘレの長い髪をなでつけた。
(この二人がなんで気が合うのか、不思議でしょうがなかったけど、こういう仕組みだったのか……)
ブラドロは思ったが、口には出さずにおいた。
「――アリーシャはブラドロさんと違って、めちゃくちゃに攻め立ててる」
ヘレが言う。
「レッコー君もそれに応じてる。だからいつも以上に、考えることから解放されてるんだと思う」
「レッコーは、いつも、悩み続けている……」
アイナが顔を曇らせ、呟いた。
タウロンはちらっとアイナの顔を見やったが、すぐに結界の方へ目を戻した。レッコーとアリーシャは、疲れた様子も見せず、駆け回っていた。
「あーあ、さすがに疲れたわねえ」
レッコーと共に戻ってきたアリーシャが、言った。結局レッコーは、有効な攻撃をひとつも入れることができなかった。
「というわけで、ヘレ。ブラドロさんの相手、よろしくね」
「分かった」
ヘレは短く答えると、無表情なまま、つかつかとブラドロに歩み寄った。
「怖い! 怖いですよ!」
ブラドロがわめく。
「大丈夫。手加減するから」
ヘレはそう言うと、ブラドロの腕をつかんで引っ張っていった。
「じゃあ、わたしとレッコー君は、二人で休憩」
アリーシャはそう言って、レッコーを連れてどこかへ行こうとした。
「あ、それならわたしも……」
アイナが、とっさに声をかける。
だが、アリーシャはそれを押しとどめた。
「いいの、司祭は」
言って、アイナの顔を覗き込むように、ちょっと顔を近付ける。
「別に、取ったりしないわよ。今日はちょっと、貸しといて――わたしのいない時に、好きなだけイチャイチャできるでしょ?」
「イチャイチャ……!?」
そして、アイナが顔を真っ赤にして絶句している間に、レッコーを連れてさっさと行ってしまった。
(みんな、勝手なことばかりしてくれるな……)
タウロンは、ちょっと苦笑した。
(まあ、別に良いが)
エーデ「ブラドロさんて、女の尻に敷かれるタイプね」
ブラドロ「尻に敷かれてるのは、ベンチだよ」
カドル「うまいこと言おうとしなくて良いよ……うまくもないけど」




