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ほら吹き少年と司祭  作者: 山風勇太
第三章 信頼するということ
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聖女

 アリーシャはレッコーを連れて、寺院を囲む塀のそばまでやってきた。

「アイナ司祭って、美人よねえ」

 アリーシャが言う。

「ヘレより綺麗な人なんて、わたし、見たことなかったわ」

「はあ、そうですか」

「明るいし、優しいしさ。ま、ちょっと頑固なところがあるけどね」

「ええ」

「なによ、反応薄いわね」

「いや……そんなことを言うために、わざわざこんな場所へ?」

「ふふん、本題はこれからよ、これから」

 アリーシャは意味ありげな表情で、レッコーの顔を見つめた。

「あなた、司祭のことが好きなんでしょ?」

 からかうように言って、ニッと笑う。

 レッコーはしかし、ほとんど動揺した様子も見せず、穏やかに答えた。

「好き、というのにも色々あります」

 それを聴いて、アリーシャは笑い声を上げた。

「そうね、その通りだわ……司祭はあなたにとって、さしずめ、聖女、というところかしらね」

「聖女……?」

「いつも優しくて、いつも見守っていてくれて、あなたのことを大事に思ってくれる。だからあなたの方でも、大事に思う……」

「そうです、その通りです」

 レッコーは深く頷いた。

「聖女、聖女か……」

 レッコーが呟くのを、アリーシャは塀に背中を預けながら、しばらく黙って眺めていた。が、ややあって、また口を開いた。

「でも、お互いを大事に思っているから、心の中を見せられないのよね」

「……何の話です?」

「分かってるんでしょ、全部。頭良いんだから」

「……」

 レッコーは困ったような顔をして、口を閉ざした。

 アリーシャは、ふふ、と笑った。

「頭良いって、損かもねえ」



 レッコーとアリーシャの話を、塀の反対側で聴いていた者があった。たまたまそこを通りかかった、エーデである。

(みんな、レッコーのこと気にかけすぎなのよ)

 そんなことを考えながら、塀に寄りかかる。

(あたしが気合い入れてやろうと思ってたのに……そっか、やっぱりあいつ、アイナ様のことが好きなのかな……ま、別に、どうだって良いんだけどさ)

「エーデ、何してんの?」

 突然声がかかって、エーデは跳び上がりそうになった。向こうから、ウェインがやってくる。

 エーデは全力で、「黙れ」のジェスチャーをした。



「時に、司祭――」

 ひとりベンチに腰かけているアイナに、タウロンが背中を向けたまま声をかけた。

「レッコー君は『ほら吹きレッコー』と呼ばれていたそうだが、あなたにも何か、あだ名があったのかね?」

「『美人司祭』と呼ばれていましたわ」

「……ふうん」

 そう言ったきり、タウロンは黙ってしまった。

「……え、ちょっと、何かおっしゃってください!」

「コメントのしようがないな」

「自分から訊いたくせに……!」

 アイナはしばらく、恨めしそうにタウロンの背中を睨みつけていた。しかし、何の反応もなかったので、仕方なく付け加えた。

「……あとは、そう、『間抜け司祭』とも、呼ばれていましたわ」

「あなたは実に、正直だね」

「うううう……!」

 アイナは、歯を食いしばって唸った。それから、はっと気付くことがあって、また口を開いた。

「……ご存知だったんですか?」

「何が?」

「ですから、わたしのあだ名を」

「うーん……そういえば、エーデさんから聞いたことがあったような……」

 アイナはタウロンを後ろから突き倒そうかと思ったが、すんでのところで思いとどまった。結界術が解けては、ブラドロの命に関わる。

 そこで、話題を変えることにした。

「ところで、タウロン様」

「うん?」

「魔法具屋のご主人が、また着火石を作ってほしいとおっしゃっていましたよ」

「そうですか。しかしなあ……」

「何です?」

「……剣術道場の謝礼が、けっこう良いんだよ。手間を考えると、あっちの方が儲かる」

 途端、アイナが立ち上がった。

「『儲かる』なんて、神官の言うことですか!」

「わたしは旅の神官だからね。稼がないと食べていけないわけだよ」

「これまでだって、着火石で食べてこられたのでしょう」

「そうは言うが……そうだ、それに、あまりわたしが着火石で稼いではまずいだろう。本当の職人の儲けを、奪うことになる」

「何ですか、『そうだ』って……今思い付いたんじゃありませんか。それに、職人さんには悪いですが、質の良い着火石がこの町の人達に普及するのは、悪いことではないと思いますわ。値段だって、わざわざよその町の職人さんから仕入れるより、安くなるわけですし」

「……そこまで言うなら、あなたが作れば良いよ。作り方は教えるから」

「それは……」

「そうだ、そうしよう。わたしは剣術道場を見て、着火石はあなたに任せる」

「……」

「大体、道場での指導も、人の役に立つことだ。着火石は良くて、道場は駄目というのは、理屈に合わないよ」

「……どのくらいかかりますか、着火石を作れるようになるのに?」

「そうだね、わたしが三年も指導すれば」

 アイナがプッと吹き出した。そのまましばらく、クスクスと笑う。

「……おっしゃる通り、理屈に合わないことを申しました。いつの間にか、タウロン様を言い負かすのが目的になっていました。タウロン様とお話ししていると、感情的になってしまっていけませんわ」

「良いんだよ、感情的になって」

「はい……?」

 アイナは不思議そうな、それでいて愉快そうな顔をしていた。

 それを知ってか知らずか、今度はタウロンが話題を変えた。

「ところで、レッコー君のことだが――」

 何かを察したものか、アイナの顔から笑みが消える。

「寄り添うだけが、愛ではないぞ」

 タウロンの言葉に、アイナは一瞬、固まった。が、次の瞬間には、険しい表情をして声を荒げていた。

「そんなこと、分かっています! でも、それなら、どうしろっておっしゃるんですか!」

「あなたにしろレッコー君にしろ、言うなれば、そう、気を遣い過ぎるのだ」

 タウロンは、あくまで穏やかに言う。

「大事なところには触れないようにして……しかし、お互いを信頼しているというなら、もっと抱えているものをさらしてみても良いのではないか?」

「そうやって、あなたは――」

 アイナが、タウロンの頭を睨みつける。

「いつも、自分だけ何でも分かっているような顔をして……!」

 そこまで言って、アイナは口をつぐんだ。

「どうした、その調子で、腹の中にあるものをもっと出してみろ」

 タウロンの口調が、少しだけ強くなる。

「わたしがあなたのことを頑固だと言うのは――」

「レッコー達が戻ってきました」

 アイナが、急に落ち着いた声になって、さえぎった。

「……そうか」

 タウロンが頷く。

(わたしではうまくいかないのか? セイルは理性の神、わたしはそのセイルの使者……しかし、司祭を縛っているのは、その理性なのだ……)

 一段落ついたのか、ブラドロとヘレも戻ってきた。



「だって、〈散弾〉って、防ぎようがないじゃないですか」

 ブラドロが気落ちした表情で、ブツブツと言う。

「一度に十発も、弾が飛んでくるんですよ」

「今度、〈障壁術〉を教えてあげる」とヘレ。「だから、またやりましょう」

「そんなに楽しかったの、ヘレ?」

 アリーシャが訊く。

「うん」

「そう、良かったわね!」

(どの辺から、楽しかったと読み取れるんだろう?)

 ヘレの表情に乏しい顔を見ながら、ブラドロは思った。

「わたしはいいかげん、疲れたよ」とタウロン。「こんなに長時間、結界を張り続けて……もう少しで、術を解いてしまうところだった」

 ヘレが、クスッと笑った。

「そしたらブラドロさん、穴だらけ」

「うわあああ!」



 その日の夕食の後、レッコーがタウロンのそばの席へやってきて、腰かけた。いつになく、神妙な顔をしている。

「タウロン師。今日はおれの話を、聴いていただけませんか」

 アイナはレッコーの表情を見て、居住まいを正した。ブラドロ、アリーシャ、ヘレも、話をやめる。

 タウロンはわずかの間、何か考えるように目をつむった。しかし、すぐに目を開け、少年の顔を見据えた。

「聴こう」




アイナ「次回からこのお話のタイトルは、『ほら吹き少年と聖女』ね」

カルエレ「それはちょっと、高慢じゃないかい……?」

セリア「『ほら吹き少年と間抜け聖女』っていうのは?」


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