聖女
アリーシャはレッコーを連れて、寺院を囲む塀のそばまでやってきた。
「アイナ司祭って、美人よねえ」
アリーシャが言う。
「ヘレより綺麗な人なんて、わたし、見たことなかったわ」
「はあ、そうですか」
「明るいし、優しいしさ。ま、ちょっと頑固なところがあるけどね」
「ええ」
「なによ、反応薄いわね」
「いや……そんなことを言うために、わざわざこんな場所へ?」
「ふふん、本題はこれからよ、これから」
アリーシャは意味ありげな表情で、レッコーの顔を見つめた。
「あなた、司祭のことが好きなんでしょ?」
からかうように言って、ニッと笑う。
レッコーはしかし、ほとんど動揺した様子も見せず、穏やかに答えた。
「好き、というのにも色々あります」
それを聴いて、アリーシャは笑い声を上げた。
「そうね、その通りだわ……司祭はあなたにとって、さしずめ、聖女、というところかしらね」
「聖女……?」
「いつも優しくて、いつも見守っていてくれて、あなたのことを大事に思ってくれる。だからあなたの方でも、大事に思う……」
「そうです、その通りです」
レッコーは深く頷いた。
「聖女、聖女か……」
レッコーが呟くのを、アリーシャは塀に背中を預けながら、しばらく黙って眺めていた。が、ややあって、また口を開いた。
「でも、お互いを大事に思っているから、心の中を見せられないのよね」
「……何の話です?」
「分かってるんでしょ、全部。頭良いんだから」
「……」
レッコーは困ったような顔をして、口を閉ざした。
アリーシャは、ふふ、と笑った。
「頭良いって、損かもねえ」
レッコーとアリーシャの話を、塀の反対側で聴いていた者があった。たまたまそこを通りかかった、エーデである。
(みんな、レッコーのこと気にかけすぎなのよ)
そんなことを考えながら、塀に寄りかかる。
(あたしが気合い入れてやろうと思ってたのに……そっか、やっぱりあいつ、アイナ様のことが好きなのかな……ま、別に、どうだって良いんだけどさ)
「エーデ、何してんの?」
突然声がかかって、エーデは跳び上がりそうになった。向こうから、ウェインがやってくる。
エーデは全力で、「黙れ」のジェスチャーをした。
「時に、司祭――」
ひとりベンチに腰かけているアイナに、タウロンが背中を向けたまま声をかけた。
「レッコー君は『ほら吹きレッコー』と呼ばれていたそうだが、あなたにも何か、あだ名があったのかね?」
「『美人司祭』と呼ばれていましたわ」
「……ふうん」
そう言ったきり、タウロンは黙ってしまった。
「……え、ちょっと、何かおっしゃってください!」
「コメントのしようがないな」
「自分から訊いたくせに……!」
アイナはしばらく、恨めしそうにタウロンの背中を睨みつけていた。しかし、何の反応もなかったので、仕方なく付け加えた。
「……あとは、そう、『間抜け司祭』とも、呼ばれていましたわ」
「あなたは実に、正直だね」
「うううう……!」
アイナは、歯を食いしばって唸った。それから、はっと気付くことがあって、また口を開いた。
「……ご存知だったんですか?」
「何が?」
「ですから、わたしのあだ名を」
「うーん……そういえば、エーデさんから聞いたことがあったような……」
アイナはタウロンを後ろから突き倒そうかと思ったが、すんでのところで思いとどまった。結界術が解けては、ブラドロの命に関わる。
そこで、話題を変えることにした。
「ところで、タウロン様」
「うん?」
「魔法具屋のご主人が、また着火石を作ってほしいとおっしゃっていましたよ」
「そうですか。しかしなあ……」
「何です?」
「……剣術道場の謝礼が、けっこう良いんだよ。手間を考えると、あっちの方が儲かる」
途端、アイナが立ち上がった。
「『儲かる』なんて、神官の言うことですか!」
「わたしは旅の神官だからね。稼がないと食べていけないわけだよ」
「これまでだって、着火石で食べてこられたのでしょう」
「そうは言うが……そうだ、それに、あまりわたしが着火石で稼いではまずいだろう。本当の職人の儲けを、奪うことになる」
「何ですか、『そうだ』って……今思い付いたんじゃありませんか。それに、職人さんには悪いですが、質の良い着火石がこの町の人達に普及するのは、悪いことではないと思いますわ。値段だって、わざわざよその町の職人さんから仕入れるより、安くなるわけですし」
「……そこまで言うなら、あなたが作れば良いよ。作り方は教えるから」
「それは……」
「そうだ、そうしよう。わたしは剣術道場を見て、着火石はあなたに任せる」
「……」
「大体、道場での指導も、人の役に立つことだ。着火石は良くて、道場は駄目というのは、理屈に合わないよ」
「……どのくらいかかりますか、着火石を作れるようになるのに?」
「そうだね、わたしが三年も指導すれば」
アイナがプッと吹き出した。そのまましばらく、クスクスと笑う。
「……おっしゃる通り、理屈に合わないことを申しました。いつの間にか、タウロン様を言い負かすのが目的になっていました。タウロン様とお話ししていると、感情的になってしまっていけませんわ」
「良いんだよ、感情的になって」
「はい……?」
アイナは不思議そうな、それでいて愉快そうな顔をしていた。
それを知ってか知らずか、今度はタウロンが話題を変えた。
「ところで、レッコー君のことだが――」
何かを察したものか、アイナの顔から笑みが消える。
「寄り添うだけが、愛ではないぞ」
タウロンの言葉に、アイナは一瞬、固まった。が、次の瞬間には、険しい表情をして声を荒げていた。
「そんなこと、分かっています! でも、それなら、どうしろっておっしゃるんですか!」
「あなたにしろレッコー君にしろ、言うなれば、そう、気を遣い過ぎるのだ」
タウロンは、あくまで穏やかに言う。
「大事なところには触れないようにして……しかし、お互いを信頼しているというなら、もっと抱えているものをさらしてみても良いのではないか?」
「そうやって、あなたは――」
アイナが、タウロンの頭を睨みつける。
「いつも、自分だけ何でも分かっているような顔をして……!」
そこまで言って、アイナは口をつぐんだ。
「どうした、その調子で、腹の中にあるものをもっと出してみろ」
タウロンの口調が、少しだけ強くなる。
「わたしがあなたのことを頑固だと言うのは――」
「レッコー達が戻ってきました」
アイナが、急に落ち着いた声になって、さえぎった。
「……そうか」
タウロンが頷く。
(わたしではうまくいかないのか? セイルは理性の神、わたしはそのセイルの使者……しかし、司祭を縛っているのは、その理性なのだ……)
一段落ついたのか、ブラドロとヘレも戻ってきた。
「だって、〈散弾〉って、防ぎようがないじゃないですか」
ブラドロが気落ちした表情で、ブツブツと言う。
「一度に十発も、弾が飛んでくるんですよ」
「今度、〈障壁術〉を教えてあげる」とヘレ。「だから、またやりましょう」
「そんなに楽しかったの、ヘレ?」
アリーシャが訊く。
「うん」
「そう、良かったわね!」
(どの辺から、楽しかったと読み取れるんだろう?)
ヘレの表情に乏しい顔を見ながら、ブラドロは思った。
「わたしはいいかげん、疲れたよ」とタウロン。「こんなに長時間、結界を張り続けて……もう少しで、術を解いてしまうところだった」
ヘレが、クスッと笑った。
「そしたらブラドロさん、穴だらけ」
「うわあああ!」
その日の夕食の後、レッコーがタウロンのそばの席へやってきて、腰かけた。いつになく、神妙な顔をしている。
「タウロン師。今日はおれの話を、聴いていただけませんか」
アイナはレッコーの表情を見て、居住まいを正した。ブラドロ、アリーシャ、ヘレも、話をやめる。
タウロンはわずかの間、何か考えるように目をつむった。しかし、すぐに目を開け、少年の顔を見据えた。
「聴こう」
アイナ「次回からこのお話のタイトルは、『ほら吹き少年と聖女』ね」
カルエレ「それはちょっと、高慢じゃないかい……?」
セリア「『ほら吹き少年と間抜け聖女』っていうのは?」




