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13/26

その13:”アントワーヌの幽霊”と地獄めぐり

――そして翌朝。


私は、目を覚ました。

まるで死んだように寝込んでしまった。

疲れて…っつあ!!


左手を擦った、痛い…

…アレ、ここアントワーヌの部屋じゃないの?

何も見えないじゃない。


右に手を伸ばしても、左に手を伸ばしても、壁。

目の前を見ると、青い顔をしたアントワーヌが見えた。


”逃がさないよ。ここから。”


声が出ない、声が出ない!!

うっ!!


背中がガチゴチに痛い!この木の板…体が合わない!


”声を出すなって言ったよね。ほら、あなたは声が出ない…”


ひっ!


”あれ?どうしたの?勉強の時間だよ。”

周りを見渡した。何も見えない。


真っ暗なのにそんなはずない。


”立たないと…”

私は怖くなり、必死に壁を使って立ち上がる。

服は汗でびしょぬれ。いや、汗だけじゃないかも。

手探りで昨日置いた着替えを探す。


…有った。これをお手洗いで。

何とか立ち上がり、移動しようとしてよろめく。


あだっ、痛っつ!

頭をぶつけ、膝をぶつけ、

扉を手で押すと開いた。


視界の隅から隅まで”壁”、まるでそびえたつ様な。


”お手洗いは左だよ。”


私は震えながら、そこに飛び込んだ。

木の板から少し穴がのぞき、その空間は…


クッサ…!

うう、うっう…

オエェェェェ!!!


吐いてしまった。

穴の中に我慢して吐いた。

すると臭くて、止まらず…ええっゲェエエ!!!


魔法のない、旧式便所…


”外で着替えたほうが良いんじゃない?”


そんなの出来るわけないじゃない!!!

アントワーヌの部屋に戻って、素早く着替えを済ませる。

足がもつれ、倒れた。

靴下が捌けない。


”見た目なんて気にする余裕あるんだね。

着替えたらあそこに置くんだよ。”


あそこ…?


”そうだよ。あなたも2年前確認したでしょ?

汚染物の回収用の引き出し。”


…悪ふざけで仲間内で言ってただけなのに、いまさら引き出さないで!!

アントワーヌには、言っていないはずなのに。


”あなたの事は全部知ってるよ。

苦しんで。”


ああ、あああああ!!


――そして、1時間後。


靴下も諦めた、服の細かい部分も全部諦めた。

そのまま歩いて逃げる様に、通路の壁にぶつかりながら歩いて

そして…


”ほら、登ろうよ。ほらほら。”


3階までの梯子っが


”ねえ、お父さんの気づかいで出来た大切な梯子だよ。

昇ってあげないと、ねぇ。”


ねぇ、手が震えてるの。服まで落ちちゃいそうなのに

登らなきゃダメ…?


”ダメ。許すはずないでしょ。

同じ体験でもすれば別だけど。”


あの目だ、あの目だ!


私は逃げる様に梯子を掴み、

勢いよく昇る。


はっ、はあ…はあ…

窓に…窓に足が上手く…届かない!


”待っててあげるよ。落ちられたら困るし。”


へ…?


”一番楽しみな授業だよ。

物音も立てずにする授業。

もし立てたら、どうなるか…”


え、はっ…

そんな事を、私自身が言ったんだった。


何故か勝手に、教室の中に入っていた。

自分が見たかっただけなのかもしれない。

そう思ったのに…


”ものおとをたてたなぁあぁ!!”


そう言われたかと思うと、昨日梯子の下に用意してあった

クッションに体を包まれていた。


”あれ、そんなモノに頼ってるんだ。”


乱れ、剥がれた服を着直して、もう一度梯子に手を掛ける。


腕が…腕に疲れが…

息を切らしながらもう一度上ると

窓が少し開いていた。


さっきはものすごく遠く感じたのに、今は手を伸ばせば

開けれる距離にある。


勢いよく開ければ、少しの接触で…

そう思った直後、幽霊の満面の笑みが見えた。


”ものおと”


私はまたクッションの上に落ちていた。


それでもまた昇った。

せめて教室に。

教室に入らないと同じが始まらない。


”あしもと”


脚から滑り落ちてしまった。

それでもまた昇った。

腕や足が動かないなら、口で梯子に齧りついて

体を整える。


そしてまた一歩、登って窓の前。

過去のアントワーヌに祈った。


”窓を開けるときは、物音を立ててもいいの?”

全力で頷くと、勝手に窓が開いていた。


教室に転がり込もうとして、頭を打った。


…また、1階のクッションの上に居た。


もう…


――目を開けると、小雨。

お腹が…ペコペコだ。


…臭い、ゴミ捨て場の匂いがする。

自分も…臭い気がした。


雨を拭い、はしごを掴もうとした。

ぬれて危ない。

まだ万全じゃないけど、飛行魔法が使えれば。


歯を食いしばり、登る。


そして疲労がすこし回復したからなのか

窓までたどり着いて、意を決して浮遊しながら飛び込む。


着地の際に音がした。

なのに、それをとがめられることは無かった。


憐れむような、アントワーヌの目線が刺さる。

そしてその幽霊は教室の真ん中にある椅子の机に伸びて行った。


でも私は、お腹がすいていて。


昇降機の上の、パンを手に取った。


”それを本当に食べるの?”


食べる。お腹が減ってて。


”後悔するよ。”


口を広げ、以外と大きなそのパンを近付ける。


”グチュ”


ああ、あああああ!あああああああ!!


血、内臓?血の味、血の味がする…!!

断面を見ると、まるで、いやあああ。


”何で血の味なんだろうね。覚えはないかな。”


のろ、呪い…


”私、苦しかったんだよ。ねぇ”


私は目が合った、血の涙を流したアントワーヌと。


”全部食べていいよ。”


――気絶してしまったみたいで。


起きると、断面がほのかに赤いパンが見えた。

他の食事は…消えている。


空腹も…少しマシになっていた。


全部、食べていいよ…そうだ、食べてみよう。


濃い鉄の味がする、血のパンはこれ位空腹なら

ギリギリ食べられた。


まったくもって美味しくはないけれど、弓のような形で

腹の右から左に引きつる様に走る空腹の痛みには効くようだった。


全てが消えると、私は泣きながら

石の机に座っていた。


また、とがめられることはなかった。


”授業の時間だよ。”


机の上に、時たま自習の際に置かれていた魔道具があった。


触れて見ると動作する。

黒板に、絶えず問題がかかれている。


私は今の教育範囲、初等部3年の

魔法論理学と魔道具で伝えて見た。


**

アントワーヌ、珍しい希望だな。

4時間も遅れて来るぐらい疲れているならたまには良いだろう。

今回は初等部の学習のおさらいだ。

中等部三学年の復習はまた明日にしよう。

**


絶句した。

何を言っているのかさっぱりわからない。

何から何まで、衝撃を受ける言葉だった。


”何が始まるのかな。”

そんなの知らない、受けたのも初めてなんだから。


**

三つの林檎


3つの等間隔な林檎を

全て同時に、同じ形に、全て3分の1以下の体積に破壊できる魔法の種類と

その力加減を答えよ。


**


えっと、三つの林檎を破壊

同じ大きさに、

3分の1以下…??

えっと、えっと、えっと


**

遅いぞ、不正解だ。

らしくないぞ、アントワーヌ。

**


また、呆然とした。



**

正解は幾つかあるが、もっとも簡単なのは

真上からの分断魔法を1回

真横からの分断魔法を1回、切断できるより強く放つことだ。

切断系なら全て正解だったのに。

**


あ、あ、あ。


**

次の問題だ。

**


え、え。

***

人物Aが鉄に対して、媒介線経由で

魔力を流し込んだ場合と

不純物のない水(同体積)に魔力を

流し込んだ場合。

魔力切れまでそれぞれ1時間、2時間と掛かった場合

その人の魔力容量はどの程度か。


なお集中力の強さは均一とする。

***


…


――歯が…立たなかった。


**

アントワーヌ

まともに寝れて居ないんじゃないか。

正解は一問だ。

これじゃあ、追放されるぞ。頑張れ。

**


うっ、ううううううううう!!!

アントワーヌ…!!!!

替わって…!!!!

替わって…!!!!


**

今日の残りは自習にする。

休憩を取ったり、好きな本を読め。

**


ヘステス…先生。


私は席を立って、本を見た。

絵本でもないかって、やけに整理された本を。


…全てが、学術本だった。


へなへなと座り前のめりに床に倒れ込む。


情けない、姿勢。

――そんなのどうでもいいぐらい疲れていた。


よる、おきて、ひとり。


まっくらのきょうしつのなか。


動けず、ずっと泣いていた。


うっすす、すっす

すっすす。


すすす、すっす。


こんなに暗いのにっ、降りられるわけない。


んんん~~~…!!

んーん……


…はあ、はあ、はあ…


私は立ち上がって、覗く月明かりを見た。

世界は、ずっと、変わっていない。


そんな空しさを感じた。


すっと、息を吸うと。

どことなく、匂いがした。

女性的なにおい、あいつの…匂いが。


そこからずっと、毎日がこうだったらって

ぼーーっと、考えていた。


――その時、後ろの扉が開いて…


「おかしいと思ったら、入り込んでいたか。」

ヘステス先生がそこに居た。


「お前、アントワーヌをどこにやった。」


ひっ


「お前の希望で、学園長からこの教室に追いやられた

アントワーヌを何処にやった。」


ぶるぶる首を振る。

はっはっは…


「お前がここを占領したら

アントワーヌがここに居られないじゃないか…」


そうして私は肩を掴まれ、腕を引っ張られた。


「あの子の本が盗まれるといけない。

どれだけ楽しみに読んでいたことか。」


廊下の外まで引っ張られて。


「明日アントワーヌに伝えなきゃな。

気を付けろって。」


私を微塵も気にせず、鍵をかけて。

そのままヘステス先生は下に降りて行った。

ぼーーっととした目をしていた。


何故か、分かる気がした。


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