№ 4 ケレス、妹の秘密を知る
ケレスは、姉の職場を見ている間に、ある人物と出会う。
その人物から告げられた妹の秘密とは……。
ケレスは、二階建ての家の前に到着した。
二階建ての家は、看板等はなく、見た目も普通の家だった。
その家からは、ラニーニャが何の仕事をしているのか、全く見当がつかなかった。
(姉ちゃん。何の仕事をしてるんだ?)
ケレスが、二階建ての家を見ていると、
「先生。ラニーニャです」
と、ラニーニャはドアベルを鳴らし、声を掛けたが、何も応答はなかった。
「おかしいな。今日はいるはずなんだけど……」
首を傾げながらラニーニャがドアを開けると、施錠されてなく、
「先生? ラニーニャです。入りますよ……」
と、中に入ると、ラニーニャは言葉を失った。
家に入ると、中は大変な事になっていた。
資料らしき紙は床に滅茶苦茶に散乱し、引き出しは開いたままで、服までもが散乱していた。
「ね、姉ちゃん⁉ これって、泥棒に入られたんじゃ……」
その部屋を見たケレスが、恐る恐るその言葉を言うと、
「大変‼ お姉ちゃん、警察に言わなきゃ‼」
と、ミューは慌て出してしまい、
「た、大変だ……」
と、ラニーニャは頭を抱え、座り込んでしまった。
「姉ちゃん‼ 早く警察に連絡しよう‼」
ケレスはそのラニーニャに促したが、
「違うの……。これは先生の仕業なんだ……」
と、意外な事を悲しそうな声で言ったラニーニャを見て、
「えっ⁉ どういう事?」
と、ケレスとミューは、同じ言葉が出た。
「先生ね。何か、重大な仕事が入ると、こんな感じに部屋を散らす事が多々、あってね……」
すると、ラニーニャは、まだ立ち上がれなかったが、散らばった紙を数枚集め出し、
「何だよそれ⁉」
と、ケレスが目を丸くすると、
「昨日まで綺麗だったのに……」
と、ある程度紙を集め終わったラニーニャは、そう呟き、
「もう、そんな事を言ってる場合じゃぁない‼ このまま片付けなきゃゴミ屋敷になっちゃう‼
ケレス君、ミューちゃん、悪いけど、片付け終わるまで私の部屋にいて‼」
と、顔を上げて、すくっと立ち上がった。
それから足の踏み場がない程散らかった部屋を何とか歩き、ある部屋に入ると、
そこは先程歩いてきた部屋とは違って、机、本棚、椅子といった平凡な物が小じんまりとあった。
そして、ケレスは部屋を見渡した。
(ここが、姉ちゃんの仕事部屋……。やっぱり、何の仕事をしているか、わかんないや!)
それでもケレスが想像出来ずにいると、ミューは椅子に座り、クリオネをあやし始めた。
しかし、ケレスは、ふと本棚に並んだ本のある部分に目がいき、思わず本を取ってしまった。
そして、
「こ、これって⁉」
と、本を開きながらケレスは叫び、本を持ったままラニーニャの所へ走った。
本は、どれでも良かったのだ。
重要だったのは、本棚に並んだ全ての本に書かれていた作者名だった。
ケレスの心中を知らないラニーニャは、まだ片付けの最中だったが、
たぬてぃは飽きてしまった様で、散らばっている紙の上にダイブし、滑って遊んでいた。
「たぬてぃ。あんまり悪戯しちゃ駄目でしょ?」
邪魔する たぬてぃにラニーニャは注意しながら、片付けをしていたが、
「姉ちゃん、姉ちゃん‼」
と、叫びながらケレスがラニーニャに駆け寄ると、
「ケレス君、どうしたの? 何かあった?」
と、ラニーニャは手を休め、ケレスを見て、瞬きしたが、
「この本の作者って、知ってる?」
と、興奮したケレスが、本を見せると、
「知ってるも何も、私の先生だよ?」
と、ラニーニャは平然と答えた。
「じゃ、じゃあ、姉ちゃんの勤め先の先生が、 高杉 って、言うんだ‼」
そして、鼻息荒く、ケレスが確認すると、
「そうだけど?」
と、答えたラニーニャは、また目をパチクリさせ、
「そ、そうなんだ‼ この 高杉 って言うのが、姉ちゃんの先生⁉
何で早く教えてくれなかったんだよ‼」
と、嬉しくなったケレスは、さらに声が大きくなった。
何故なら、高杉という名前は、ケレスの父の日記帳で見た名前だったからである。
日記帳には、ある日の出来事として、ケレスの父が一七歳の時、職業体験の一環として、
国家特殊科捜研に行った時の事が克明に書かれていた。
職業体験中、何人もいる特殊科捜研の職員の中、異質の才能を見せたのが高杉だったらしい。
ケレスの父は、アカデミーを卒業していない高杉を見縊っていたが、
その才能を目の前で見せつけられ、この男には勝てないと思った。
しかし、いつかこの男と肩を並べ働こうと思い、ケレスの父はアカデミーを受け、
無事に卒業したのだった。
「姉ちゃん、俺、姉ちゃんの先生に会いたい‼ 俺の父さんの憧れなんだ‼」
先程までのラニーニャの先生への考えを忘れたケレスが目を輝かせると、
「そうなんだ……。会わせてあげたいんだけど、先生への連絡手段がないんだ。
今回、どこに行って、いつ帰ってくるのかさえわかんないんだ」
と、ラニーニャは苦笑いし、
「いつでもいいんだ‼ 出来たら早い方がいいけど‼」
と、興奮冷めやらずでいるケレスに、
「うん、合わせるって、約束するね」
と、ラニーニャは頷き、休めていた手を動かしだした。
「姉ちゃん‼ 俺にも手伝わせてくれ‼」
ケレスは少しでも高杉に近づきたかったので、そう言うと、
「わかった。じゃあ、これをあの引き出しにいれてくれる?」
と、ラニーニャは、ケレスの心がわかった様に、手伝いをさせてくれた。
暫く二人で片付けをしていくと、少しずつだが、足の踏み場が出来てきた。
(しかし、高杉先生って、どんな人だ? 一日で、ここまで家を散らかせるなんて……。
それに、寡黙って事は、性格はやっぱり暗いのか?
仕事は出来ても、こんなんじゃ子供っぽいのは確実だ!)
高杉の人物像を勝手に膨らませたケレスは、
「姉ちゃん。高杉先生って、いつもこうなのか?」
と、聞くと、
「うーんと、そうだね。
先生は散らかるのはエントロピーが増大する自然現象とか、
散らかすと、散らかってるのは違うとかばかり言って、片付けはしないね。
苦手なだけなんだけど……」
と、相変わらずラニーニャは平然と答えたので、
「そ、そうなんだ……」
と、呆れてその一言しかケレスは出なかった。
そうこうしている内に、足の踏み場が出来て、片付けも終わった。
そして、
「ケレス君。ありがとう。凄く助かったよ。
今からコーヒーを入れるから、私の部屋で待ってて」
と、ラニーニャは、たぬてぃと別の部屋に行ってしまい、ケレスがラニーニャの部屋に戻ると、
クリオネと、ミューが一緒にソファーで眠っていた。
(ミューの奴、幸せそうに寝てんな。まあ、昨日から色々とあったから、仕方ないけど)
ケレスが二人を見ていると、ケレスの背後から誰かが近づいて来る気配がして、
「だ、誰だ⁉ もしかして、あなたが高杉先生ですか?」
と、振り返ってケレスは言ったが、それは違うとすぐにわかった。
何故なら、高杉にしては若すぎたからである。
近づいて来た男は、年齢は二〇代半ば、髪の色は、赤みがかった茶色で、
耳にかかるぐらいまでの短髪。
そして、黒い瞳に、引き締まった体付きをしていて、
ケレスより身長は、二〇センチメートルは高かった。
「あ、あの……。誰?」
その鋭い眼光に、ケレスは、今度こそ泥棒じゃないかと不安になったが、
「ケレス君。お待たせ。ホットコーヒーと、お菓子を持ってきたよ!」
と、ホットコーヒーの香りを漂わせながら、右肩に、たぬてぃを載せたラニーニャが入ってくると、
「俺のも、もらえるか?」
と、その男に渋い声で言われ、
「ヒ、ヒロ殿下⁉ 何故、ここに?」
と、ラニーニャは驚きを隠せず、肩にのっていた たぬてぃも尻尾が膨れてしまった。
「そんなに驚くなよ。知らない間柄でもあるまいし?」
そんな二人にヒロは穏やかな眼差しで笑い掛けたが、
ケレスはラニーニャが言った言葉が一瞬、何の事だかわからなくなり、頭を整理した。
(ヒロ? 殿下? 殿下って事は……。えっ⁉)
そして、ケレスは気付いた。
それは、テレビ、本等で見た事のある顔だった。
「ええーっ‼ ほ、本物の、ヒロ殿下様⁉ 何で、こんな所にいらっしゃってるんだ‼」
いるはずのない人物を見たケレスが驚き、大声を出すと、ミューが目を覚まし、
「凄い声だな」
と、ヒロは、ははっと笑い、
「ミュー。迎えにきた」
と、そのままミューを見ると、
「お兄様? どうしてここに?」
と、ミューは、ヒロを見た。
(ミュー? お兄様? どうゆう事?)
ケレスには、また二人の会話がわからず、頭の中が真っ白になってしまい、
思考回路が停止していると、
「ミュー。寝惚けてないで、しっかりしろ」
と、ヒロはミューを睨んだ後、
「それと、ラニーニャ‼ 早く俺の分のコーヒーを淹れろ‼」
と、ラニーニャに注文すると、
「は、はい‼ こ、こ、これを先に‼」
と、硬い表情のラニーニャは、持っていたコーヒーセットを机に置き、
「おいおい……。そんなに畏まるなよ。
俺が悪いみたいじゃないか。なあ、たぬてぃ?」
と、穏やかな表情になったヒロは、たぬてぃを見つめた。
まだ、ケレスの思考回路が動けずにいると、
「ケレス?」
と、ミューに呼ばれ、
「ああ、ミュー」
と、ミューの声で止まっていたケレスの思考回路は動き出したが、
「ごめん。ずっと言えなかった……」
と、ミューは申し訳なさそうにし、
「どういう事だ?」
と、ケレスは自身を落ち着かせる様に聞いた。
すると、
「私、この国の皇女なの」
と、ミューは意を決して話してきたが、ケレスの思考回路は、また止まりかけた。
それでもミューは話を続けた。
「一六年前の大恐慌が起こった年に、私は生まれた。
あの時は、色々な災害や病気、争いが起こって、多くの人が犠牲になったんだ。
特に、滅びの呪いと言われた奇病は、生きとし生けるもののマナがどんどんなくなっていって、
何の対処も出来ないまま、死を迎えてた。
当時、それは人から人へと感染すると思われてて、呪いを享けた者は隔離されたの。
子供は蕾とやどり木の家に、大人は別の施設にね。そして、私もその内の一人だった」
ミューはそこまで言うと、口を噤んでしまった。
ケレスは、ミューが王族だった事よりも、蕾とやどり木の家がその為の物だった事がショックで、
自身がそうだったのかと考えると、言葉が出なくなった。
「まあ、過ぎた事を言っても仕方あるまい? 今は、これからの事を考えるんだな」
ケレスが呆然としていても、ヒロは優雅にコーヒーを楽しんでいて、
「はは……。そ、そうですね。で、これからと言うのは?」
と、喋り方が変になったケレスが聞くと、
「ミュー。約束より早いが、王家に戻れ」
と、ヒロはコーヒーカップを机に置き、ミューを睨んだ。
そして、
「えっ⁉ どうして? 私、まだ……」
と、ミューが閉ざしていた口を開くと、
「理由は、わかっているだろう‼」
と、語気を強めたヒロから言われ、ミューの顔はケレスが一度も見た事のない悲しい顔に変わった。
「ミューちゃん……」
そんなミューを、まつ毛に涙が付き始めたラニーニャが優しく抱きしめ、
「もう、決めていた事だよね? ちゃんと、言えるね?」
と、声をふるわせると、
「うん。お姉ちゃん……。ちゃんと言うよ。だから、約束守ってね」
と、ミューは何度も頷き、
「わかってる。約束、守るから……」
と、ラニーニャの頬を、涙が伝わると、
「お兄様。私、王家に戻ります」
と、ヒロを真直ぐ見つめ言ったミューの言葉で、ヒロは頷いた。
「ま、待ってくれ⁉ どういう事だよ‼」
何が何だかわからないでいるケレスが話に割り込むと、
「お前には関係のない事だ」
と、ヒロはその言葉だけで解決させようとしたが、
「お兄様‼ ちゃんとケレスと話をさせて‼」
と、ミューがそうはさせず、
「仕方がない……。聞きたい事もあるしな。お前も一緒に王宮に来い」
と、ヒロは溜息をついた後、ケレスの意見を聞かず、決めた。
「はっ⁉ 俺が王宮に行く? 何で?」
状況を飲み込めないケレスがあたふたしていると、
「ついでに、お前も来るんだ。ラニーニャ」
と、ヒロは、また勝手に決め、ラニーニャは頷き、
(おいおい‼ どうなってんだ⁉
いきなり王宮に来いだなんて‼ 殿下は人の話を聞いてくれそうにないし……)
と、結局、ケレスの心の整理が出来ないまま、ケレスは王宮に向かう事となってしまった。
そして、
(王宮に行くって言っても、どうやって行くんだ?)
と、ケレスの頭の中は、まだ、もやもやしていたが、
「さて、フィード」
と、ヒロが空に向かい呼び掛けると、
(何してんだ? この人……)
と、ケレスが瞬きした瞬間、まだ夕方でもないのに、ケレス達の上空が急に茜色に染まった。
「な、何だ⁉ 天変地異か‼」
その茜色の空を見たケレスが腰を抜かすと、
「そんな訳あるか! お前……、面白いな!
これは俺の精霊、フィード。正確に言えば、この国の守り神だがな。
今からこいつに乗って王宮に向かう」
と、ヒロからせせら笑われ、
(面白いだと? 俺じゃなくても、こうなるだろ‼
それに、今から守り神に乗るだって?
訳がわからん‼)
と、ケレスが色々な目でヒロを見ていると、茜色の空が落ちてきて、ケレス達の足元を茜色に染めた。
「えっ⁉ も、燃える‼ ん? 熱くない⁉」
混乱しているケレスが、まるで、炎の絨毯を触ったが、それは全く熱くなく、
「どうなってんだ??」
状況に付いていけないケレスを放っといて、
「さて、行け」
と、ヒロの命令で、ケレス達は空へ向かい、浮かび出し、
「ひええぇっ⁉ ど、どうなってんだぁーー?」
と、どんどん空に舞い上がる中、ケレスが叫ぶと、
「また、お前は面白いな。今、俺達はフィードの背に乗ってるんだ。
このまま王宮に向かうぞ」
と、ヒロが説明したが、
(空を飛んでいる説明になってない‼)
と、ケレスが納得する答えはなく、目の前で起きる現実を、唯受け入れる事でしか、
ケレスが自分を落ち着かせる方法はなかった。
(考えても仕方がないか……。でも、よく考えたら、守り神が自分のなんて、殿下って凄い人だ‼)
空の散歩中にケレスが、ヒロを見直していると、
「ケレス。今まで言えなくてごめん。
私、一六歳になったら、王家に戻る事になってたの。
そ、その、私はこの国で王位継承権一位だから……」
と、ミューが話し掛けてきた。
宝珠の国では、代々、女王が国を治めてきたが、今は女王代理として、
夫であるホドが、国を治めている。
(確か、女王って……)
ケレスは、ある事を思い出した。
宝珠の国の元女王、マーサは四年前、大勢の国民の前で銃殺された。
ケレスは、ミューを支える事で精一杯だったので、女王の事を考えている余裕はなかった。
例え、女王が、誰であったとしても。
「ミュー……。どうして、言ってくれなかったんだ?」
ケレスが、ミューを見ると、ミューは口を噤んでしまい、
「ケレス君。ミューちゃんは、私達との生活を壊したくなかったの」
と、ラニーニャが間に入ってきたが、
「姉ちゃんは知ってたのか?」
と、深呼吸した後にケレスが聞くと、ラニーニャは一瞬答えに困ったが、頷いた。
そして、
「じゃあ、兄貴も知ってたんだ」
と、またケレスが聞くと、ラニーニャは、また頷いた。
すると、ケレスは腹の中から、言葉では言い表わせない感情が湧き出てきた。
「そっか……。知らないのは俺だけか……。
きっと、里の人も、みんな知ってて、知らないのは俺だけなんだな‼」
その感情を抑えきれなくなったケレスが怒鳴ると、
「ケレス君、言えなかったのは悪いと思ってる。でも、信じて!
里で知っているのはショルズさんだけなの‼」
と、膝に載せた たぬてぃに手をかざしながら、ラニーニャはケレスを切ない目で見つめてきたが、
そんなラニーニャをケレスは信じられなかった。
ケレスの顔が引きつっていくと、
「蕾とやどり木の家は、行き場のない子供達の為に造ったの。
お母様は呪いは感染しないと思ってた。
けど、国民はそうは思わなかった。だから、お母様は、その事実を自ら示そうとしたの」
と、ミューが再び話し出したが、
「そんな事は、どうでもいい‼ 何で俺だけ何も知らないんだよ‼
教えてくれなかったんだ‼」
と、ケレスは苛立ちを抑えきれず、怒鳴ってしまった。
そして、
「ケレス……。あ、あの……」
と、ミューはケレスの怒りの眼差しに俯いてしまい、
(何だよ、それ……。言えないのか?)
と、そんなミューの態度にケレスの怒りは増していき、
自身だけ知らないという事に行き場のない怒りを抑えられなくなった。
すると、
「ケレス君」
と、ラニーニャの声と共に、鈴の音がして、
「そんな怖い顔しちゃ、駄目だよ。君の気持は、わかる。
でも、ミューちゃんは言わなかったんじゃなくて、言えなかったんだ。
ミューちゃん、ずっと悩んでたんだよ、ケレス君との時間が大事だったから」
と、悲しそうにラニーニャが訴えると、ケレスの怒りは、少しだが治まってきた。
しかし、姉の最もらしい言葉で、ケレスには別の怒りがこみ上げてきた。
その感情が、顔に出たケレスは、
「そうなるから言わなかったんだろ‼ それに、お前が知ってたからと言って、何が出来た?」
と、ヒロに冷たく、呆れた様に言われ、ケレスは、ぐうの音も出なかった。
まさに、ヒロの言う通りだった。
ケレスは、自分の力不足差を痛感し、恥ずかしくなってしまった。
そして、空しさを感じ、他の者の顔を見れずにいた。
すると、
「ケレス君。顔を上げて! ちゃんとミューちゃんと話をしなきゃ‼
もうあまり話せる時間はないよ‼」
と、優しいラニーニャの厳しい言葉にケレスは、はっとし、
(そうだ‼ ミューは王家に戻ってしまう⁉そして、いずれは女王になる‼
もう、今まで通りとはいかないんだ‼)
と、気付き、今までの事はどうでもよくなり、ケレスの顔は穏やかになった。
そして、ケレスは、一度、顔を強く横に振り、
「ミュー。悪かった。また、俺は自分の事ばかり考えてしまった……」
と、謝ると、
「ううん。私の方こそ、言えなくてごめんね」
と、ミューは目を潤ませながらケレスを見つめた。
そして、二人は話し出した。
内容は、先程聞いた話以外に、蕾とやどり木の家についての新たな情報があった。
蕾とやどり木の家では、呪いを享けた子供以外の孤児も受け入れ、名字は名乗らせなかった。
そうやって、マーサは誰が呪いを享けたのかをわからなくしたのだ。
そして、世界に光が戻った時、蕾とやどり木の家の秘密は口外しない様にさせた。
ケレスはミューと話していて、マーサの孤児への優しさを感じた。
一番感じれたのは、蕾とやどり木の家の名前の由来だった。
蕾とは、孤児を差し、この家が蕾が膨らみ、花となるまでの家になってほしいと。
そして、やどり木とは、いつでも帰ってこれる様にと願って付けられた。
「なあ、ミュー。お前のお母さんは、本当に凄い人だったんだな」
と、ケレスが思い出に浸る様に言うと、
「うん。私、お母様の子供で良かった‼ 絶対に、お母様みたいな人になるわ‼」
と、ミューは力強く頷き、
(お前も凄い奴だよ。だけど、ミューが女王になったら、気軽にミューなんて、呼べないな……)
と、ミューとの関係が変わっていく事を考え出したケレスの前に、
丘の上に聳え立つ美しい王宮が見え出した。
その王宮の名は、ヴィーンーゴルヴ城。
王宮 ヴィーンゴールヴ城は遠くからでも目立つ美しさで、その城の城壁をそのまま超え、
ケレス達は王宮内に入って行った。
(このまま行くのか⁉ さすが、殿下‼)
と、ケレスが考えている事はお構い無しに、炎の絨毯は王宮内のバルコニーに、
ふわっと下り立った後、ケレス達を下ろして消えた。
(炎の守り神は何処に行ったんだ?)
相変わらず起きる不思議な事にケレスが戸惑っていると、
「ケレス。行こう!」
と、ミューに誘われ、ケレスは王宮内に入った。
それから、王宮内の豪華な廊下を進むと、謁見の間があり、そこに、ホド王とジャップがいた。
そして、
「おーい、ケレス!」
と、ジャップが近づいて来て、
「兄貴……」
と、答えたケレスを見て、
「全部、知ったんだな」
と、少し低い声のジャップが真直ぐケレスを見つめると、
(さすが兄貴! 何も言わなくても、わかってくれる‼)
と、ケレスは悟って、大きく頷いた。
「悪かった。何も教えなくて」
そのケレスを見たジャップが、低い声のまま謝ってきたが、
「もう、いいんだ! ミューに全部聞けたし。
それに、少しだけど真実を受け入れられたんだ!」
と、ケレスが素直にそう言えると、
「そうか……」
と、言ったジャップの言葉は、大人になったなっと、ケレスには聞こえた。
そして、
「お兄ちゃん。ありがとう」
と、ミューがジャップの前に来ると、
「気にするな。俺達の仲じゃないか!」
と、ジャップはいつもの陽気な声になったが、
「そろそろ、始めてもいいか?」
と、ヒロが話しを遮った。
謁見の間には、ケレス達四人と、ホド王、ヒロ、それに二体だけで、
この人数では広すぎる謁見の間は寂しかったが、
「お前達、いつもミューを見守っていた事に、まずは感謝の意を伝える」
という、ホドの言葉から、話は始まった。
(えっ⁉ 国王陛下に感謝されるなんて‼)
ケレスは汗が出る程、緊張してきて、それは他の二人も同様だったが、
「国王陛下‼ 俺、い、いや我々は、いつもミューを家族の一員として見守ってきただけの事です」
と、ジャップが緊張しながらも言葉を返すと、
「ほほっ。やはり、お前達はミューの良き家族じゃ。
ミューよ、この家族に感謝を忘れるでないぞ?」
と、ホドはミューに視線を移し、
「はい。お父様」
と、ミューは少し上品に答え、
(こうやって見ると、ミューは何か品があるな)
と、二人を見たケレスは、ミューと距離を感じた。
その時、
「おい、ヒロ? どうしたんだ? 緊急要件だなんて」
と、クールな顔をした男が謁見の間に入って来た。
(誰だ? 殿下を呼び捨てにするなんて⁉)
ケレスが見た男は、年齢は、ヒロと同じくらい、身長は、ケレスより少し高め、
痩せ型で、色白の肌、髪は、明るめの茶色、ジャップよりは長いが、短毛だった。
そして、瞳は、髪と同じ色で、眼鏡を掛けたその顔はいかにも知性がある顔立ちだった。
それから、白い軍服の左腕には、あの金の腕章が付いていた。
「ああ、お前にとっての緊急要件だ。ニック?」
ニックと呼んだ男を見て、ヒロは、含み笑いをし、
「どういう事だい?」
と、ニックと呼ばれた男がヒロが指差す方を見ると、
「な、な、何で⁉ ど、どうして?」
と、クールな顔が真っ赤になり、眼鏡が落ちる程尻もちをついた。
(何だ⁉ この人、どうしたんだ?)
その光景に、ケレスが呆気に取られていると、
「大丈夫ですか、ニックさん?」
と、ラニーニャが、ニックに駆け寄り、
「お久ぶりです……。はい、眼鏡」
と、少し頬を赤くし、眼鏡を渡すと、眼鏡を渡されたニックは、暫く呆然としていた。
(何か、不思議な関係がありそう!)
ケレスが二人を見ていると、ヒロだけは笑いを堪えきれず、口を押えながら笑い続けたが、
「おい、ヒロ! いい加減にしろよ。おフザケが過ぎるぞ‼」
と、眼鏡を掛け、冷静さが戻ったニックがヒロに視線をやると、
「なっ? お前にとっての緊急要件だったろ?
さて、冗談はここまでだ」
と、ヒロは真顔になり、
「お前達。要件は勿論、根の一族についてだ‼ 知っている事を話せ‼ ニョルズでの事もだ‼」
と、命じ、ケレス達はニョルズからあった事を全て話す事となった。
そして、ケレス達は、それぞれ事情を話した。
すると、
「わかった。お前達は、これ以上関わるな。そして、この事は他言無用だ‼」
と、話を聴き終わったヒロから念を押され、
(関わりたくない‼ しかも、殿下、メッチャ怖い‼)
と、ケレスが思いながら根の一族についての話し合いは終わり、
これから金も、住む所も無くなったケレスが、どうするのかが話し合われる事になった。
その会議の中で、
「俺の知り合いにでも頼むか? と、言っても、大抵が軍の奴だしな……」
と、ジャップが意見を出し、
「蕾とやどり木の家を出た人に頼むとか?」
と、ラニーニャも意見を出して、
「僕が、何処か住み込みで働ける所を探してみようか?」
と、ニックまで加わったが、一人、野宿とか?といった意見は、当然、却下され、
(うーむ。俺、家なき子状態だ‼)
と、ケレスが頭を悩ますと、
「あ、あの! 落ち着くまで王宮に住んだら?」
と、ミューが提案してきたが、
「気持ちは嬉しいけど、それは無理だろ」
と、ケレスが断ると、
「無理じゃないよ‼ 部屋なら、いっぱいあるし。ねえ、お父様? いいでしょ?」
と、ミューが、ホドを見ると、
「まあ、それもよかろう。何と言っても、ミューの家族が困っておるからの」
と、ホドは、快く許可した。
そして、
「やったぁ‼ お父様、ありがとう‼」
と、笑顔が弾けているミューがホドに抱き着くと、
「これこれやめなさい。人前じゃぞ?」
と、何だかんだ、ホドは嬉しそうにして、
「ケレス、良かったね‼」
と、ミューの笑顔がさらに弾けた。
(えっ⁉ そんな事あり?
とは言え、断りにくいし……。住む所も、金もないし……)
そして、結局ケレスが出した答えは、
「ミュー。何か悪いな。暫く世話になるよ」
となり、ケレスのイザヴェルでの生活が、ここから始まった。
ケレス君……。
びっくりした?
まさか、ミューちゃんが、そうだったとは!
でも、こんな事ぐらいで、驚いていては、いけないよ?
まだまだ、この世界は、嘘と、秘密に塗れているのだから……。
そんな世界の次の話のタイトルは、【ケレス、家族旅行に行く】だ。
な、何と、あの人と、再開しちゃうんだね!
ケレス君、大丈夫かなぁ……。
とっても、心配だよ。