№ 002 ケレス、イザヴェルに行く
一七歳を迎えたケレスは家族の支えとニョルズの人の優しさにより、
無事に夢の場所、イザヴェルへと出発する事が出来た。
だが、その途中でまたもやトラブルに巻き込まれてしまう。
無事、ケレスはイザヴェルへと到着する事が出来るのであろうか……。
いい匂いがする……焼きたてのパンのバターの匂いだ……。
そう思ったケレスの腹が、ぐうぅと鳴り、その音で目が覚めた。
そんなケレスはまだ昨日の疲れが取れず、瞼が重く、夢現状態だったが、
目を開けると黄色いあいつの顔がデンッ!!と入ってきたのだ。
それと目が合ったケレスは息が出来なくなる程びっくりし、布団から飛び起きた。
また、あいつ!!
心臓がバクバクする中、ケレスはそれとすぐに気付く。
「ぴゅーけん!? 何してんだ!!」
怒鳴ったケレスの胸の上から白い割烹着を着ている ぴゅーけんは羽ばたく様に飛び下りた。
そして横目でケレスを見ながら、ふふっと笑った。
「ケレス君!? どうしたの?」
すると慌ててラニーニャが部屋に入って来た。
「姉ちゃん!! こいつが脅かしたんだ!!」
ぴゅーけんを右手で指差すケレス。
「ケレス君。ぴゅーけんと仲良しだね。好かれてるみたい」
ラニーニャは、くすくす笑う。
ぴゅーけんと俺が仲が良い?
顔のパーツを中心に集めたケレスが、ぴゅーけんをじぃーっと見ていると、
「朝食できたから、顔を洗ってきてね」
と、言い残したラニーニャは部屋を出て行った。
それからケレスが布団から出ると、ぴゅーけんはさっさと布団を片付け始める。
俺が邪魔なだけだったのか……。
また ぴゅーけんに馬鹿にされた気がしたがケレスは言われた通り顔を洗いに行った。
俺は今日、一七歳になったんだ!! こんな情けない顔をしててどうする!!
そこにあった鏡に写る自分の情けない顔を直す様に念入りに顔を洗。
すると、少しだが気は晴れた。
それからケレスが部屋に戻るとまた大きな机が置かれており、朝食が並べられていた。
「ケレス、遅い! 早く、座ってよ!」
そして、そわそわしているミューからケレスは急かされた。
「ミュー、どうしたんだ?」
「別に」
首を傾げたケレスにミューは素気無く答えた。
変だとは思ったが三人で朝食を始めると、
「姉ちゃん、これって!?」
と、叫んだケレスのテンションは一気に上がった。
何故なら机に並べられた朝食の中心に、
ケレスがニョルズで一番好きな塩バターパンがあったからである。
この塩バターパンはニョルズで早朝に売り切れる事もある程大人気な品物だ。
目を輝かせたケレスは重ねられた塩バターパンを一心に見つめる。
「ミューちゃんとね、今朝、買いに行ったんだ!」
「ケレス、これ好きでしょ? お姉ちゃんに頼んで買いに連れて行ってもらったの!」
にこにこしているラニーニャがミューを見るとミューもにこにこしながらケレスを見つめてきた。
ミューが変だったのはこれか!
それがわかるとケレスは何処と言わず少しくすぐったくなった。
「ミュー、ありがとな」
と、笑顔で言えたケレスは三人で食事を始めた。
それから食事を終え片付けを始めた頃、ガラッと玄関が開く音と、
うさ爺の、帰ったと、いう、不愛想な声が聞こえた。
すると、
「ぴゅーけん、座布団」
と、言って、部屋に入ってきたうさ爺が昨日座っていた場所に行き、
ぴゅーけんはわかっていたかの様に正方形のクッションをうさ爺が座る所へ運んだ
うさ爺はそれにドカッと座る
俺が座っているこれは、そんな名前なんだ……。
学んだケレスは自身が座っている座布団を見つめた。
そこにラニーニャがまたいい香りのする食べ物を運んで来た。
「うさ爺、おかえり。アップルパイ出来たけど、どうする?」
ラニーニャが持って来たのはホール上のアップルパイだった。
ラニーニャが笑い掛けると うさ爺は軽く頷き、机の上にアップルパイは置かれた。
そのアップルパイは黄色いあいつの分を含めた五等分に切り分けられる。
このアップルパイは料理の得意なラニーニャの中でも特に自信のある料理で、
ケレス達の誕生日には必ず作ってくれる代物だ。
そんなラニーニャのアップルパイは表面に広がる卵黄のカバーの上に、
焦がしたグラニュー糖が散りばめられている。
そして、中身は数層のさくさくしたパイ生地の中に、甘く、しっとりとしたリンゴと、
甘さ控えめのカスタードクリームが入っており、切断面からそれ等がトロッと顔を覗かせる。
「ケレス君。誕生日おめでとう! 今日のアップルパイ、特に良く出来たんだ!
あと、プレゼントは少し待ってね。ジャップと共同なの!」
「姉ちゃん、ありがとう!」
アップルパイを前に嬉しそうにするラニーニャを見たケレスはまたくすぐったくなり笑った。
ちなみにジャップとは、軍に入隊したケレスの兄の事で、
今日イザヴェルで落ち合う事となっている。
まだケレスはくすぐったがっていたが、うさ爺が今日ショルズと話してきた事を話し始めた。
うさ爺は果樹園を営んでおり、収穫した果物をニョルズで売って生計を立てている。
今日も朝早くからニョルズに行き、そこでショルズと話した様だった。
そのショルズとの話の内容は昨日の事で、わかったことは二つだけ。
一つは、蕾とやどり木の家は全焼し、何も残っていない。
もう一つは、厚手の服を着た少女は行方不明という事だった。
わかった事を伝え、アップルパイを食べ終わったうさ爺は何かの袋を置いて部屋を出て行った。
「うさ爺? これは?」
ラニーニャがその袋を開けると中には比較的若い男向けの衣料品が入っていた。
「これって、ニョルズの人達がケレスにくれたんだよ!」
ニョルズの人達の優しさにミューがいち早く気付くと、
ケレスに感謝の気持ちと共に、昨日の出来事が蘇ってきた。
ああ……。俺、何も無くしてしまったんだ……。父さんの日記帳も可……。
ケレスは胸が締めつけられた。
さらに言葉が出なくなり、目頭までもが痛くなると涙を堪えきれそうになくなった。
だが、何故かケレスではなく、ラニーニャが号泣していた。
「何で姉ちゃんがそんなに泣いてんだよ?」
呆れてしまったケレスの涙は引っ込んだ。
「だってぇ……」
「もう、お姉ちゃんたら!」
ラニーニャが泣き止むまで、眉が下がったミューは背中を摩り続けた。
それから暫くしてラニーニャは落ち着きを取り戻し泣き止んだ。
仲が良いっていうのは、こういう事を言うんだよな……。
そんな二人を見ながらケレスは一粒だけ出てしまった涙を拭った。
そして事態が落ち着いてきたので、各々、準備に取り掛かった。
ケレスは思い描いていたイメージとは違ったがそれなりに準備を整え、部屋に戻った。
すると、そこには、お洒落をしたミューがいた。
今日のミューはいつものパンツスタイルではなく膝上までのカーキ色のワンピースを着ていた。
そして少し見える鎖骨の間には銀のネックレスがキラッと光っていた。
さらに髪型もリボンを絡ませた三つ編みで、しかも薄っすらだが化粧もしていた。
「ど、どうかな?」
ケレスを前にミューはもじもじしていた。
そして、何かを言ってほしい様にケレスをじっと見つめる。
ケレスは恥ずかしかったが口を開いた。
「ねえ、ケレス君! どう? ミューちゃん、似合ってるよね! 可愛いよね!」
が、ケレス達の間にラニーニャが割り混んだ。
「お姉ちゃんたら! 恥ずかしいからやめて!!」
「結構、似合ってる」
「ほらぁ♪ 似合ってるって!」
赤面しているミューにラニーニャはずっと可愛い♡と言い続けた。
そのラニーニャに乗せられケレスが少しお世辞を入れて言うと、ラニーニャは上機嫌になった。
「じゃあ、行こっか?」
それから切り替えたラニーニャとケレスは出発する事となった。
そして玄関先に ぴゅーけんが見送りに来た後に、うさ爺が たぬてぃと来た。
「たぬてぃ、チビを頼んだ」
うさ爺が たぬてぃの頭を軽く触ると、たぬてぃはラニーニャの右肩に乗った。
チビとは、うさ爺がラニーニャを呼ぶ時に使う名である。
姉ちゃんが小さいんじゃなくて、うさ爺がデカすぎなだけなんじゃ?
うさ爺をそういう目で見るケレス。
すると庭からクリオネがタッタカっと足音を鳴らしながらミューの所に走って来た。
「うさ爺、行ってきます!」
ラニーニャが嬉しそうに うさ爺に手を振ると、うさ爺は表情を変える事なく頷き、
「うさ爺、お世話になりました」
と、言ったミューが頭を下げたので、慌ててケレスも頭を下げた。
それからケレスがそっと頭を上げると、やはり ぴゅーけんが不敵に笑いケレスを見つめていた。
最後まで黄色いあいつに馬鹿にされっぱなしのケレスは不機嫌だったが何とか出発する事となった。
そんな気分は今日の天気の良さと、心地よい風が少しずつ解消してくれる。
いい天気だ! しかし、相変わらず女二人は仲が良いな。
てか、ミューもイザヴェルに行くんだ……。
ケレスが呑気な仲良し二人組を見ているとまたクリオネが牙を剥き出し、威嚇を始めた。
「クリオネ!? どうしたの? やめて!!」
ミューは征したがクリオネは威嚇をやめなかった。
その威嚇の先には二〇代後半ぐらいでケレスと同じくらいの身長、
金髪のストレートヘアーを腰まで伸ばし、色白さと色っぽさを目立たせるショートパンツをはき、
青い瞳に真っ赤な口紅が際立つ見惚れる程の美女が歩いていた。
「なぁに? そのコ、何で怒ってるの?」
その女性は静かにそう聞いたが、クリオネは毛を逆立て牙の間から炎を出した。
すると
「全く……躾がなってないんだから!」
と、言ったその女性はクリオネを恐れず腰に付けていた鞭を右手で取り地面にバチンッと叩きつけた。
そしてグラグラグラ!と、地面が激しく揺れ出す。
ガラガラ!
地面から音が聞えると巨大な土人形が生えてきた。
さらにその土人形はどんどん二階建ての建物ぐらいまで成長する。
そして、巨大な右手を伸ばしクリオネを掴んだ。
「きゃわんっ!?」
クリオネの悲痛な鳴き声が響いた。
「クリオネ!? やめて!! クリオネを離しなさい!!」
「嫌よ。だって、まだ躾が終わってないもの!」
ミューの叫びを無視したその女性はさらにクリオネを握る様に巨大土人形に命令した。
すると、クリオネはその拳の中でぐったりとした。
どうしたらいいんだ!?
巨大な土人形の拳の中でぐったりしているクリオネを助ける方法をケレスが考えていると、
その土人形の握りが急に止まった。
いや、それは止まっているというより動けない?
「ど、どうしちゃったのクレイドール!?」
動揺するその女性。
ケレスが辺りを見渡すと土人形の影の上で、
たぬてぃが尻尾をピンと真直ぐ上げ、四つ足で踏ん張っていたのだ。
「あれは、影踏み!?」
思わずケレスはそう叫んだ。
影踏みとはラニーニャが たぬてぃにマナを分け与えて出来る不思議な技のうちの一つで、
影を踏まれた者は動けなくなってしまう。
「たぬてぃ! そのまま抑えてて!!」
叫んだラニーニャはクリオネを助け様とした。
「んでっ? それで、助けられるとでも思ってるの? 何か、ムカつくな……」
が、その女性は今度は腰に付けていた短刀を左手で抜き、ターゲットをラニーニャに変えた。
「えっ? えっと……。あの、そ、その……」
その女性は笑みを浮かべながらラニーニャに近づく。
するとラニーニャは足がすくみ動けなくなり、ラニーニャとその女性の距離がどんどん縮まる。
何も出来ないケレスは万事が休してしまった。
だが、その時だった。
「姉貴!! そのまま伏せるんだ!!」
聞き覚えのある声が響いた。
、 ドンッ!!
そして何かを破壊する音が聞える。
ガラガララ……。
それに続き何かが壊れ堕ちる音もした。
さらに土埃が舞い上がりケレスの視界を奪う。
「こうやって助けるんだぜ、お姉さん?」
土埃が少しずつ晴れていくとその声の持ち主の男が見えてきた。
その男は土埃が舞う中、壊れた土人形の上でクリオネをしっかりと左手で抱きかかえ、
右手に斧を持って陽気に笑って立っていたのだ。
「兄貴!」
その男を見たケレスは叫んだ。
そう、いつも頼りになり、特に今日は頼りになっているジャップの目をケレスは見た。
「ケレス! ミューを連れてミラまで走れ!!」
ケレスの目を見たジャップから命令される。
ここは兄貴を信じて言う通りにしよう!
ケレスに迷いはなかった。
ジャップを信じ、ミューの手をしっかりと握りミラまで走り出す。
「ケレス!? お兄ちゃん達は?」
その途中で聞かれたがケレスはそれを無視し、ミューの手を離さずにミラまで走り続けた。
今自分が出来る事はミューを連れて逃げる事だけだとわかっていたからである。
はっはっと聞こえる二人の息。
タタタッと駆ける二人の足音。
その二つだけが聞える中ケレス達は全速力で駆けていた。
五分程そうやって全速力で走るとミラの街が見え出し、人も多く見え出した。
そのままケレス達はミラの街に入った。
それはミラの街には衛兵もおり、その付近にいればジャップ達と合流出来ると考えたからである。
そしてミラの街に入った息がまだ荒い二人は何があったのかを話し始めた。
「またクリオネどうしちゃったのかな? さっきの人と昨日の女の子、何か関係があるのかな?
お兄ちゃん達、大丈夫かな?」
ミューはこの様に質問だらけだったが、
「クリオネが何か異変を感じたのは確かだろうな。
昨日の奴もさっきの女みたいに暴れ出すかもしれないし……。ニョルズは大丈夫か?」
と、ケレスは冷静に答え、息を整える様に大きく息を吸って、吐いた。
「でも、兄貴がいるんだ! 何とかなるって!!」
「そうだといいんだけど……」
何故か自信があるケレスとは対照的に不安げなミューは下を向いた。
そんなやり取りをしていると、
「おーい? 二人共、バテてるのか?」
と、ケレス達の後ろから陽気なジャップの声が聞えたのである。
「あ、兄貴!? もう追い着いたんだ!」
「追い付くも何も、俺達もほぼ同時に逃げたんだぜ!」
振り返ったケレスにジャップは笑いながら教えた。
そのジャップの傍にはラニーニャ、たぬてぃ、ラニーニャの腕の中には、クリオネがいた。
ジャップは小麦色に日焼けし、炎色の短髪は汗一つかいておらず、瞳はその髪と同じ色である。
そして、その優しい瞳に一五センチメートル程上から見つめられると、
「マジか!? 全然、気付かなかった!!」
と、叫んだケレスは整えた息がまた上がってしまった。
「まあまあ、落ち着きなって。作戦は成功した訳だし! しかし、何なんだ、あのお姉さんは?
クリオネにあんな酷い事が出来るなんて……」
「そうだ!? クリオネは?」
ジャップから宥められたケレスがクリオネを見ると既にミューがクリオネの所にいた。
しかもラニーニャがクリオネに治癒術をかけ終えていた。
「お姉ちゃん、クリオネ大丈夫?」
「今は気絶してるけど、大丈夫」
心配しているミューにラニーニャが落ち着いて説明したので、ケレスは胸を撫で下ろした。
「何処か休める所を探そう」
それからジャップの提案に皆、賛同し、店を探し始めた。
ミラはさすが街と言わんばかりに広く、店、人、交通量が多く、
ニョルズとの違いにケレスは戸惑い、空の低さを感じた。
「ここでいっか」
だが、適当な店を見つけたジャップはいつも通りで、その店に入り、ケレスはそれに続いた。
その店はテラス席もある洒落た店で、ケレス達はテラス席に座り、メニューを見た。
「ケレス、ミュー。何にするか? 俺はメロンソーダ。姉貴はピーチティーだろ?」
メニューを見らずにジャップがそう言って見るとラニーニャは頷いて返事をした。
兄貴……この店に姉ちゃんとよく来るのか? てか、兄貴は子供っぽいのをたのむんだ……
色々な思いが巡っているケレスはメニューを見たが洒落たメニューしかなかった。
なので結局、ケレスはジャップと同じものを注文し、ミューは、チャイティーを注文していた。
そして注文したメニューが運ばれて来た。
「さて、お前達、大変だったな。蕾とやどり木の家の事もだが、さっきの女が良くない」
真面目な顔になり声も低くなったジャップが話し始める。
「良くないって、どういう意味だ?」
「あれは恐らく、根の一族だ。だから、クリオネが反応したんだ」
ケレスに頷いたジャップはある話を始めた。
「根の一族は災いを齎してきた一族で、
あらゆる災いの影に奴等が暗躍していた事はお前等、知ってるな?
しかし、奴等は謎が多く、どのくらいいるか、どんな力を使うのかや、何処に潜んでいるのか等、
わからない事が多い。
だが、わかっている事の一つに根の一族の中に地のマナを操り、
土人形として従わせるという事があるんだ」
ここまで話すと、ジャップはメロンソーダを一気に飲み干した。
「その根の一族に何故、クリオネが反応したの?」
次に口を開いたミューは膝で寝かしたクリオネにそっと手を置く。
すると、ジャップは胃に溜った炭酸ガスを、ふぅーっと出した。
「クリオネは災いを祓う力がある霊獣だ。だから、災いを呼ぶ、根の一族に反応したんだろう」
ジャップ達の話にケレスは付いていけそうになかった。
根の一族? そんなのはお伽話でしか聞いた事ないぞ?
それにクリオネって、そんな凄い力があるのか?
ケレスの頭はもやもやした。
だが、そんなケレスは置いて話はどんどん進んでしまい、
いつの間にかこの後イザヴェルに行き、ジャップは王宮に報告する事となっていた。
どうやら、楽しみにしていたジャップとのイザヴェルでの予定は潰れた様だった。
憂鬱になったケレスが、はぁーっと溜息をついてメロンソーダを少しずつ飲んでいると、
「ケレス君! ジャップの分も私が案内するから、そんな顔、しないで!」
と、ラニーニャから励まされ、ケレスは少しだが元気が出た。
そして精霊列車に乗る為、街の中心部にある駅に皆で向かうと、
駅に近づくに連れ、人や建物が続々と多くなっていった。
まだ凄くなるのか!?
ケレスは軽いめまいに襲われた。
「こんな事ぐらいでビビってどうするんだ? イザヴェルはもっと凄いんだぜ!!」
するとケレスはジャップから肩にポンッと右手を置かれた。
その行為がいつもの陽気なジャップのものだったので安心したケレスのめまいは治まってきた。
そして駅に着き、ジャップが皆の切符を買いに行くと、
クリオネを抱きしめているミューから何か言いたげにケレスは見つめられた。
「どうした、ミュー?」
「あ、あのね、ケレス……」
違和感を持ったケレスがミューを見たがミューはケレスとあまり目を合わさなかった。
何だ? 何か言いたそうだけど……。
ケレスはミューの言葉を待ったが返って来なかった。
それどころかミューは助け舟を頼む様にラニーニャを見つめたのだ。
「ミューちゃん、大丈夫よ。自分で言うって決めたんでしょ?」
するとラニーニャから諭されたミューは深呼吸をし、意を決して何かを言おうとした。
だがその時クリオネが目をパチッと開けた。
さらに辺りを見渡して、フンフンと空気を嗅ぐ。
「クリオネ!? 良かった!」
喜んだミューはクリオネを抱きしめ、クリオネも喜びを表現する様にミューの頬を舐めた。
それからジャップが切符を買い終わって戻って来るとミューはジャップの所に行ってしまった。
「何なんだ? 変なミュー。姉ちゃん、何か知ってるんだろ?」
「ケレス君……ミューちゃんの口から言うのを待ってあげてね。いずれわかる事だから……」
ミューの謎な行為に首を傾げたケレスがラニーニャを見ると、
ラニーニャは寂しそうな顔でミューを見つめていた。
何だよ!? 姉ちゃんまで変だ!! 何か俺に隠し事でもあんのかよ!!
ケレスの頭はまたもやもやし、イライラしてきた。
それからジャップとミューは楽しそうに開札口に向かったが、
不機嫌なケレスはジャップ達から離れ、歩いていた。、
すると、
「ケレス君、離れないでね? 離れたら列車に乗れなくなっちゃうよ?」
と、ラニーニャに心配されてしまった。
うっ!? これじゃあ、子供みたいだ!! いい歳こいて、姉ちゃんに心配かけてしまった……。
頭を冷やしたケレスは遅れずにジャップ達の後に続いた。
が、この後すぐにケレスはラニーニャの忠告を聞いていて良かったと思う事となった。
そう、改札口を抜けていくつものエスカレーターを使い、入り組んだ道を進み、
やっとの思いで目的のホームに着いた時にはどんなルートを使ったなんて覚えていなかったのだ。
そして乗り場まで来ると、ジリリリとベルが響く。
すると、列車が入り、開いたドアから多くの人が降りてきた。
そうかと思うと、今度はケレス達が列を成し列車に休む事なく乗り込んだ。
そうやってジャップが用意した指定席まで来るとそこは四人用の向かい合わせに座る席だった。
だが、四人で座っても十分広く、窓も大きくて外の景色がはっきりと見えた。
「どうよ? 良い席だろ?」
「ジャップ!? こんな凄い席、良かったの?」
ジャップは自慢したがラニーニャは席に座れずにおろおろしていた。
ちなみにケレスも何となく座れずにいた。
「お姉ちゃん、ケレス。危ないから、早く座りなよ」
が、先に窓際に座っていたミューは冷静でいた。
「わかった」
ケレスは窓際に座ったがそれでもラニーニャは座れずにいた。
「ほれほれ、姉貴。列車が発車しちまうから、座ろうぜ!」
それからジャップがラニーニャと一緒に座ると列車はゴトンゴトンと動き出した。
その発車直後、窓の外にはまだホームの様子が見え、人が流れる様に見えた。
するとその景色は壁が見えるだけへと一変する。
だが、スピードにのってきた列車が風を切る様に走り出すと、
すぐに窓の外は何所までも広がる海の景色へと変わった。
その何所までも広がる海を見下ろすと海は太陽の光を反射し、キラキラと光っており、
その中を大小様々な船が行き交っていて、さらに海の上は、飛行機や、飛行船までも見る事が出来た。
さすが、交通の街、ミラだ!
ケレスはその景色に翻弄された。
「うわぁ! 見て見て!! ミューちゃん、海が光ってる!!」
ラニーニャは子供の様にはしゃぐ。
「もう、お姉ちゃんたら! いつも通勤で見てるんでしょ?」
「だって、いつもはアンダー列車だから!
こんな高い所からなんて、滅多に見れる事なんてないもの! 綺麗!!」
ミューに呆れられてもラニーニャはまだ外を楽しそうに眺めていた。
今、ケレス達が乗っている列車はハイウェイ列車で、
ラニーニャが通勤で使っている列車はアンダー列車である。
ハイウェイ列車はミラとイザヴェルを直通し、
アンダー列車はいくつかの駅を経由してイザヴェルまで繋がっている。
なので二つの列車の違いは線路の高さ以外に、スピード、所要時間となる。
「ところでどのくらいでイザヴェルに着くんだ?」
「そうだな。三〇分くらいだ」
大分落ち着いて来た所でケレスが聞くとジャップが答えた。
そんなに早く着くのか!? ヤベッ!! 心の準備が……!?
いよいよ夢の場所へと近づいている事を実感したケレスの手から汗が出てくる。
胸のドキドキが停まらない程緊張してきた。
あと、三〇分……早く、着かないかな!
だが、その緊張は程好い刺激へと変わる。
胸が高鳴っているケレスの中では当の昔に三〇分は過ぎていたが、
まだ、イザヴェルには着かなかった。
まだか……って、あれ? そう言えば……。
ふとある事を思い出したケレスは心配になった。
「そう言えば兄貴。今日って、イザヴェルで落ち合うんじゃなかったっけ?」
「ああ、そんな事か。姉貴から昨日連絡があってな。
心配になって俺が迎えに行こうと勝手に決めたんだ!」
そんなケレスを他所にジャップは陽気に笑った。
「でも、俺達と行き違いになったらどうするつもりだったんだよ?」
透かさずケレスはつっこむ。
「お前……恩人に対して、そういう事普通言うか? まあ、俺はそんなヘマはしねえけどな!」
「何すんだ!? 本当の事だろ? それでよく兄貴は軍にいられんな!!」
悪戯な顔のジャップはケレスの頭をグシャグシャにした。
これはいつものスキンシップの一つ……なのだと思うが
身長差が一五センチメートルもあるとスキンシップではなくなる!
そしてケレスが両手で頭を守ると楽しそうな音楽が列車内に鳴り響いた。
「さあ、イザヴェルに着いたぞ!」
ジャップがケレスの頭をポンポンと叩くと列車はゆっくりとイザヴェルのホームへと入った。
その窓の外にはいかにも都会といった格好の人達が目立ち、ケレスは、浮いている気がした。
「よし、降りるぞ!」
そんなケレスはお構いなしにジャップは席を立つ。
それからケレス以外も立ち上がったので、
不安を抱えたままだったがケレスも立ち、ジャップに続いた。
そして、ケレスは夢の舞台 イザヴェルのホームへと下り立つ。
ケレス君、誕生日、おめでとう!
ラニーニャちゃんのアップルパイ、美味しかったかい?
えっ!?
黄色いあいつが一番大きいカットを食べただって?
そんな事で怒るなんて……まだまだ君は子供だね!
これから先の事を考えなさい!!
と言う事で、次の話のタイトルは、【ケレス、夢の舞台に辿り着いて知る】だ。
ケレス君、君は少しだけ大人の世界を知る事になるよん♪
※この作品は無断転載禁止でございます♪




