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№ 2 ケレス、イザヴェルに行く

 一七歳を迎えたケレスは、家族の支えと里の人の優しさにより、無事、夢の場所、イザヴェルへと出発する。

 しかし、その途中、またもやトラブルに巻き込まれてしまう。

 無事、ケレスはイザヴェルへと到着する事が出来るのであろうか……。

(いい匂いがする……。焼きたてのパンのバターの匂いだ……)

 そう思いながらケレスの腹が、ぐうぅと鳴り、その音でケレスは目が覚めた。

 ケレスはまだ昨日の疲れが取れず、瞼が重く、夢現状態だったが、

そのケレスの目の前に黄色いあいつの顔がデンッ‼と現れた。

 それと目が合ったケレスは息が出来なくなる程びっくりし、布団から飛び起きた。

(また、あいつ‼)

 そして、ケレスの心臓がバクバクする中、それとすぐに気付いたケレスは、

「ぴゅーけん⁉ 何してんだ‼」

と、大声を出すと、白い割烹着を着ている ぴゅーけんは羽ばたく様にケレスの上から下り、

ケレスを横目で見ながら、ふふっと笑った。

 すると、

「ケレス君⁉ どうしたの?」

と、叫んだラニーニャが慌てて部屋に入って来た。

「姉ちゃん‼ こいつが脅かしたんだ‼」

 そして、ケレスが ぴゅーけんを指差してラニーニャを見ると、

「ケレス君。ぴゅーけんと仲良しだね。好かれてるみたい」

と、言ったラニーニャは、くすくす笑い、

(ぴゅーけんと俺が仲が良い?)

と、ケレスが顔のパーツを顔の中心に集め、ぴゅーけんをじぃーっと見ると、

「朝食、出来たから、顔を洗ってきてね」

と、ラニーニャは言い残して部屋を出て行った。

 それからケレスが布団から出ると、ぴゅーけんはさっさと布団を片付け始めた。

(俺が、邪魔なだけだったのか……)

 また ぴゅーけんに馬鹿にされた気がしたケレスは言われた通り、顔を洗いに行った。

 そして、そこにあった鏡に写る情けない自分の顔を見て、

(俺は、今日、一七歳になったんだ‼ こんな情けない顔をしてて、どうする‼)

と、情けない顔を直す様に、念入りに顔を洗うと、少しだが、気は晴れた。

 それからケレスが部屋に戻ると、また大きな机が置かれており、朝食が並べられていた。

 すると、

「ケレス、遅い! 早く、座ってよ!」

と、そわそわしているミューからケレスは急かされ、

「ミュー、どうしたんだ?」

と、様子が変なミューにケレスが聞くと、

「別に」

と、ミューは素気無く答え、そして、三人で朝食を始めると、

「姉ちゃん⁉ これって‼」

と、ケレスのテンションは一気に上がった。

 何故なら、机に並べられた朝食の中心に、

ケレスがニョルズで一番好きな塩バターパンがあったからである。

 この塩バターパンはニョルズで早朝に売り切れることもある程大人気な品物である。

 ケレスが目を輝かせその重ねられた塩バターパンを一心に見つめていると、

「ミューちゃんとね、今朝、買いに行ったんだ!」

と、言ったラニーニャはにこにこしながらミューを見て、

「ケレス、これ好きでしょ? お姉ちゃんに頼んで買いに連れて行ってもらったの!」

と、言ったミューもにこにこしながらケレスを見つめると、

(ミューが変だったのはこれか!)

と、その理由がわかり、少しくすぐったくなったケレスは、

「ミュー、ありがとな」

と、笑顔で言えた。

 そして、食事を終え片付けを始めた頃、玄関が、ガラッと開く音と、

うさ爺の、帰ったと、いう、不愛想な声が聞こえた。

 すると、

「ぴゅーけん、座布団」

と、言って、部屋に入ってきたうさ爺が昨日座っていた場所に行くと、

ぴゅーけんはわかっていたかの様に正方形のクッションをうさ爺が座る所へ運んだ

 そして、うさ爺がそれに座ったので、

(俺が座っているこれは、そんな名前なんだ……)

と、学んだケレスは自身が座っている座布団を見つめた。

 すると、ラニーニャがまたいい香りのする食べ物を運んで来て、

「うさ爺、おかえり。アップルパイ出来たけど、どうする?」

と、言って、うさ爺に笑い掛けると、うさ爺は軽く頷き、机の上に丸いアップルパイは置かれた。

 そして、黄色いあいつの分を含めた五等分にアップルパイは切り分けられた。

 このアップルパイは料理の得意なラニーニャの中でも特に自信のある料理で、

ケレス達の誕生日には必ず作ってくれる代物だ。

 ラニーニャのアップルパイは表面に広がる卵黄のカバーの上に、

焦がしたグラニュー糖が散りばめられている。

 そして、中身は数層のさくさくしたパイ生地の中に、甘く、しっとりとしたリンゴと、

甘さ控えめのカスタードクリームが入っていて、切断面からそれ等がトロッと顔を覗かせる。

「ケレス君。誕生日おめでとう! 今日のアップルパイ、特に良く出来たんだ!

 あと、プレゼントは少し待ってね。ジャップと共同なの!」

 アップルパイを前に嬉しそうにするラニーニャを見て、

「姉ちゃん、ありがとう!」

と、ケレスはまたくすぐったくなった。

 ちなみにジャップとは、軍に入隊したケレスの兄の事で、

今日イザヴェルで落ち合う事になっている。

 そして、ケレスがくすぐったがっていると、うさ爺が今日ショルズと話してきた事を話しだした。

 うさ爺は果樹園を営んでいて、収穫した果物をニョルズで売って生計を立てている。

 今日も朝早くからニョルズに行き、そこでショルズと話した様だった。

 ショルズとの話の内容は昨日の事で、わかったことは、二つだけ。

 一つは、蕾とやどり木の家は全焼し、何も残っていない。

 もう一つは、厚手の服を着た少女は行方不明という事だった。

 わかった事を伝え、アップルパイを食べ終わったうさ爺は何かの袋を置いて部屋を出て行った。

「うさ爺? これは?」

 そして、ラニーニャがその袋を開けると、中には比較的若い男向けの衣料品が入っていて、

「これって、ニョルズの人達がケレスにくれたんだよ!」

と、ミューが一早くニョルズの人達の優しさに気付くと、

ケレスは感謝の気持ちと共に、昨日の出来事が蘇ってきた。

 すると、

(ああ……。俺、何も無くしてしまったんだ……。父さんの日記帳も可……)

と、ケレスは胸が締めつけられ、言葉が出なくなり、目頭が痛くなってきて、

涙を堪えきれそうになくなった。

 しかし、何故かケレスではなく、ラニーニャが号泣していた。

「何で、姉ちゃんがそんなに泣いてんだよ?」

 そのラニーニャを見たケレスは呆れ、涙が引っ込んでしまい、

「だってぇ……」

としか、ラニーニャは言えず、

「もう、お姉ちゃんたら!」

と、言ったミューは、ラニーニャが泣き止むまで背中を摩った。

 すると、暫くしてラニーニャは落ち着きを取り戻し、泣き止んだ。

(仲が良いっていうのは、こういう事を言うんだよな……)

 そんな二人を見ながらケレスは、一粒だけ出てしまった涙を拭った。

 そして、事態が落ち着いてきたので、各々、準備に取り掛かった。

 ケレスは、思い描いていたイメージとは違ったが、それなりに準備を整え、部屋に戻った。

 すると、そこには、お洒落をしたミューがいた。

 今日のミューはいつものパンツスタイルではなく、膝上までのカーキ色のワンピースを着て、

少し見える鎖骨の間には銀のネックレスがキラッと光っていた。

 そして、髪型もリボンを絡ませた三つ編みで、しかも薄っすらだが化粧もしていた。

「ど、どうかな?」

 ケレスを前にミューが恥ずかしそうにすると、

「ねえ、ケレス君! どう? ミューちゃん、似合ってるよね! 可愛いよね!」

と、ケレス達の間にラニーニャはそう言って割り込み、

「お姉ちゃんたら! 恥ずかしいからやめて‼」

と、言ったミューが赤面しても、ラニーニャは、可愛いと言い続け、

「結構、似合ってる」

と、少しお世辞交じりでケレスが言うと、

「ほらぁ! 似合ってるって‼」

と、ラニーニャは上機嫌になり、

「じゃあ、行こっか?」

と、切り替え、ケレス達は出発する事となった。

 それから玄関先に ぴゅーけんが見送りに来た後に、うさ爺が たぬてぃと来て、

「たぬてぃ、チビを頼んだ」

と、言ったうさ爺が たぬてぃの頭を軽く触ると、たぬてぃはラニーニャの右肩に乗った。

 チビとは、うさ爺がラニーニャを呼ぶ時に使う名である。

(姉ちゃんが小さいんじゃなくて、うさ爺がデカすぎなだけなんじゃ?)

 だが、ケレスが うさ爺をそういう目で見ていると、

庭からクリオネがタッタカっと足音を鳴らしながらミューの所に走って来た。

 そして、

「うさ爺、行ってきます!」

と、言ったラニーニャが嬉しそうに うさ爺に手を振ると、うさ爺は表情を変える事なく頷き、

「うさ爺、お世話になりました」

と、言ったミューが頭を下げたので、慌ててケレスも頭を下げた。

 それからケレスが頭を上げると、やはり ぴゅーけんが不敵に笑いケレスを見つめていた。

 最後まで黄色いあいつに馬鹿にされっぱなしのケレスは不機嫌だったが、

それも今日の天気の良さと、心地よい風が少しずつ解消してくれた。

(良い天気だ! しかし、相変わらず女二人は仲が良いな。

 てか、ミューも、イザヴェルに行くんだ……)

 ケレスは呑気に仲良し二人組を見ていたが、またクリオネが牙を剥き出し、威嚇を始め、

「クリオネ⁉ どうしたの? やめて‼」

と、ミューが征したが、クリオネは威嚇をやめなかった。

 クリオネの威嚇の先には、二〇代後半ぐらいで、ケレスと同じくらいの身長、

金髪のストレートヘアーを腰まで伸ばし、色白さと、色っぽさを目立たせるショートパンツをはき、

青い瞳に、真っ赤な口紅が際立つ、見惚れる程の美女が歩いていた。

「なぁに? そのコ、何で怒ってるの?」

 その女性は静かにそう聞いたが、クリオネは毛を逆立て、牙の間から炎を出した。

 すると

「全く……。躾がなってないんだから!」

と、言ったその女性はクリオネを恐れず腰に付けていた鞭を右手で取り地面にバチンッと叩きつけた。

 そして、鞭の音が響くと同時に地面がグラグラと揺れ出し、

地面から巨大な土人形が生えてきた。

 さらに土人形はどんどん二階建ての建物ぐらいまで成長し、その巨大な右手を伸ばして、

クリオネを掴み、

「きゃわんっ⁉」

と、クリオネの悲痛な鳴き声が響いた。

「クリオネ⁉ やめて‼ クリオネを離しなさい‼」

 それを見ていたミューが叫んだが、

「嫌よ。だって、まだ、躾が終わってないもの!」

と、言ったその女性はさらにクリオネを握る様に命令し、クリオネは、ぐったりとした。

(どうしたらいいんだ⁉)

 巨大な土人形の拳の中でぐったりしているクリオネを助ける方法をケレスが考えていると、

その土人形の動きが急に止まった。

「ど、どうしちゃったの? クレイドール?」

 そして、止まっているというより動けないでいる土人形を見てその女性は動揺した。

 それからケレスが辺りを見渡すと、土人形の影の上で、

たぬてぃが尻尾をピンと真直ぐ上げ、四つ足で踏ん張っていた。

「あれは、影踏み⁉」

 それを見て、思わずケレスはそう叫んだ。

 影踏みとはラニーニャが たぬてぃにマナを分け与えて出来る不思議な技のうちの一つで、

影を踏まれた者は動けなくなってしまう。

「たぬてぃ‼ そのまま抑えてて‼」

 ラニーニャは叫び、クリオネを助け様としたが、

「んでっ? それで、助けられるとでも思ってるの? 何か、ムカつくな……」

と、言ったその女性は今度は腰に付けていた短刀を左手で抜き、ターゲットをラニーニャに変えた。

 そして、笑みを浮かべながら、ラニーニャに近づくと、

「えっ? えっと……。あの、そ、その……」

と、ラニーニャは足が竦み動けなくなってしまった。

 ラニーニャとその女性の距離が縮まり、ケレスは万事が休してしまったその時、

「姉貴‼ そのまま伏せるんだ‼」

と、聞き覚えのある声がし、何かがドンッ‼、ガラガララ……と壊れ堕ちる音がすると、

「こうやって助けるんだぜ? お姉さん‼」

と、土埃が舞う中、壊れた土人形の上でクリオネをしっかりと左手で抱きかかえ、

右手に斧を持っている陽気な男が立っていた。

 その男とは、

「兄貴‼」

と、ケレスは叫んだ。

 そして、いつも頼りになり、特に今日は頼りになっているジャップの目をケレスは見た。

 すると、

「ケレス‼ ミューを連れてミラまで走れ‼」

と、ジャップに命令され、

(ここは兄貴を信じて言う通りにしよう‼)

と、ケレスには迷いはなかった。

 ケレスはジャップを信じ、ミューの手をしっかりと握りミラまで走り出した。

「ケレス⁉ お兄ちゃん達は?」

 その途中、ミューが握った手の方から聞いてきたが、ケレスはそれを無視し、ミューの手を離さず、

ミラまで走り続けた。

 今自分が出来る事はミューを連れて逃げる事だけだとわかっていたからである。

 五分程全速力で走るとミラの街が見えてきて、人も多く見え出した。

 ケレス達はミラの街には衛兵もいて、ミラの街付近で待ていればジャップ達と合流出来ると考え、

ミラの街に入る事にした。

 そして、ミラの街に入り息がまだ荒い二人は何があったのかを話し出した。

「また、クリオネどうしちゃったのかな? さっきの人と、昨日の女の子、何か関係があるのかな?

 お兄ちゃん達、大丈夫かな?」

 ミューはこの様に質問だらけだったが、

「クリオネが何か異変を感じたのは確かだろうな。

 昨日の奴も、さっきの女みたいに暴れ出すかもしれないし……。ニョルズは大丈夫か?」

と、ケレスは冷静に答え、息を整える様に大きく息を吸って、吐いた。

 それから、

「でも、兄貴がいるんだ! 何とかなるって‼」

と、ケレスが何故か自信あり気に言うと、

「そうだといいんだけど……」

と、ミューは自信なさ気に言って、下を向いた。

 そんなやり取りをしていると、

「おーい? 二人共、バテてるのか?」

と、ケレス達の後ろから陽気なジャップの声がして、

「あ、兄貴⁉ もう、追い着いたんだ‼」

と、振り返ったケレスが声を弾ませると、

「追い付くも何も、俺達もほぼ同時に逃げたんだぜ!」

と、ジャップから笑いながら教えられ、その傍にはラニーニャ、たぬてぃ、

そして、ラニーニャの腕の中には、クリオネがいた。

 小麦色に日焼けし、汗一つかいていない炎色の短髪、瞳は深みがある茶色、

その優しい瞳に一五センチメートル程上から見つめられると、

「マジか⁉ 全然、気付かなかった‼」

と、叫んだケレスは整えた息がまた上がってしまった。

 すると、

「まあまあ、落ち着きなって。作戦は成功した訳だし! しかし、何なんだ、あのお姉さんは?

 クリオネにあんな酷い事が出来るなんて‼」

と、ジャップから宥められ、

「そうだ⁉ クリオネは?」

と、叫んだケレスがクリオネを見ると、既にミューがクリオネの所にいて、

ラニーニャがクリオネに治癒術をかけ終えていた。

「お姉ちゃん、クリオネ大丈夫?」

 そして、心配しているミューに、

「今は気絶してるけど、大丈夫」

と、ラニーニャは落ち着いて説明し、ケレスは胸を撫で下ろした。

「何処か休める所を探そう」

 それからジャップの提案に皆、賛同し、店を探し始めた。

 ミラは、さすが街と言わんばかりに広く、店、人、交通量が多く、

ニョルズとの違いにケレスは戸惑い、空の低さを感じた。

「ここでいっか」

 だが、適当な店を見つけたジャップはいつも通りで、その店に入り、ケレスはそれに続いた。

 その店はテラス席もある洒落た店で、ケレス達はテラス席に座り、メニューを見た。

「ケレス、ミュー。何にするか? 俺はメロンソーダ。姉貴はピーチティーだろ?」

 すると、メニューを見らずにジャップがそう言ってラニーニャを見ると、

ラニーニャは頷いて返事をし、

(兄貴……。この店に姉ちゃんとよく来るのか? てか、兄貴は子供っぽいのをたのむんだ……)

と、色々な思いが巡っているケレスは、ジャップ達を見たが、洒落たメニューしかなく、

結局、ケレスはジャップと同じものを注文し、ミューは、チャイティーを注文していた。

 そして、注文したメニューが運ばれてきて、

「さて、お前達、大変だったな。蕾とやどり木の家の事もだが、さっきの女が良くない」

と、真面目な顔をし、声も低くなったジャップが話し始めた。

「良くないって、どういう意味だ?」

 そのジャップにケレスが聞くと、

「あれは恐らく、根の一族だ。だから、クリオネが反応したんだ」

と、言ったジャップは頷き、ある話を始めた。

「根の一族は災いを齎してきた一族で、

あらゆる災いの影に奴等が暗躍していた事はお前等、知ってるな?

 しかし、奴等は謎が多く、どのくらいいるか、どんな力を使うのかや、何処に潜んでいるのか等、

わからない事が多い。

 だが、わかっている事の一つに根の一族の中に地のマナを操り、

土人形として従わせるという事があるんだ」

 そこまで話すと、ジャップはメロンソーダを一気に飲み干した。

「その根の一族に、何故、クリオネが反応したの?」

 次に口を開いたミューが膝で寝かしたクリオネにそっと手を置くと、

ジャップは胃に溜った炭酸ガスを、ふぅーっと出した後、

「クリオネは災いを祓う力がある霊獣だ。だから、災いを呼ぶ、根の一族に反応したんだろう」

と、答えたが、ケレスは話に付いていけそうになかった。

(根の一族⁉ そんなのはお伽話でしか聞いた事ないぞ?

 それに、クリオネって、そんな凄い力があるのか?)

 この様にケレスの頭はもやもやしたが、そんなケレスは置いて話はどんどん進んでしまい、

いつの間にかこの後イザヴェルに行き、ジャップは王宮に報告する事となっていた。

 どうやら、楽しみにしていたジャップとのイザヴェルでの予定は潰れた様だ。

 憂鬱になったケレスが、はぁーっと溜息をつき、メロンソーダを少しずつ飲んでいると、

「ケレス君! ジャップの分も私が案内するから、そんな顔、しないで!」

と、ラニーニャから励まされ、ケレスは少しだが元気が出た。

 そして、精霊列車に乗る為、街の中心部にある駅に皆で向かうと、

駅に近づくに連れ、人や建物が多くなっていった。

(まだ、凄くなるのか⁉)

 その光景にケレスが、軽いめまいを感じていると、

「こんな事ぐらいでビビってどうするんだ? イザヴェルはもっと凄いんだぜ‼」

と、言ったジャップから肩にポンッと右手を置かれた。

 その行為がいつもの陽気な兄のものだったので、ケレスは安心し、めまいも治まってきた。

 そして、駅に着き、ジャップが皆の切符を買いに行くと、

その間にミューがクリオネを抱きしめながら何か言いたげにケレスを見つめてきた。

「どうした、ミュー?」

 それに違和感を持ったケレスはミューを見たが、

「あ、あのね、ケレス……」

と、言ったミューはケレスとあまり目を合わさず、

(何だ? 何か言いたそうだけど……)

と、ケレスはミューの言葉を待ったが、ミューからの言葉はなく、

それどころかミューはラニーニャに助け舟を頼む様にラニーニャを見つめた。

 すると、

「ミューちゃん、大丈夫よ。自分で言うって、決めたんでしょ?」

と、ラニーニャが諭し、ミューは深呼吸をし、意を決して言おうとした。

 しかし、その時クリオネが目をパチッと開け辺りを見渡して、フンフンと空気を嗅いだので、

「クリオネ⁉ 良かった‼」

と、ミューは喜び、クリオネを抱きしめ、クリオネも喜びを表現する様にミューの頬を舐めた。

 そして、ジャップが切符を買い終わって戻って来た。

 それを見たミューはジャップの所に行ってしまった。

「何なんだ? 変なミュー。姉ちゃん、何か知ってるんだろ?」

 ミューの謎な行為にケレスが首を傾げ、ラニーニャを見ると、

「ケレス君……。ミューちゃんの口から言うのを待ってあげてね。いずれわかる事だから……」

と、言ったラニーニャは寂しそうな顔をし、

(何だよ⁉ 姉ちゃんまで変だ‼ 何か俺に隠し事でもあんのかよ‼)

と、ケレスの頭はまたもやもやし、そして、イライラしてきた。

 それからジャップとミューは楽しそうに開札口に向かったが、

不機嫌なケレスはジャップ達から離れ、歩いていた。、

 すると、

「ケレス君⁉ 離れないでね‼ 逸れたら、列車に乗れなくなっちゃう‼」

と、ラニーニャに心配され、

(うっ⁉ これじゃあ、子供みたいだ‼ いい歳こいて、姉ちゃんに心配かけてしまった‼)

と、頭を冷やしたケレスは遅れずにジャップ達の後に続いた。

 が、この後すぐにケレスはラニーニャの忠告を聞いていて良かったと思う事となった。

 改札口を抜け、いくつものエスカレーターを使い、入り組んだ道を進み、やっとの思いで、

目的のホームに着いた時にはケレスはどんなルートを使ったなんて、覚えていなかった。

 そして乗り場まで来ると、ジリリリとベルが響き、列車が入って来て、列車のドアが開き、

中から多くの人が降りてきた。

 そうかと思うと、今度はケレス達が列を成し列車に休む事なく乗り込んだ。

 ジャップが用意した指定席まで来ると、そこは四人用の向かい合わせに座る席だったが、十分広く、

窓も大きく、外の景色がはっきりと見えた。

「どうよ? 良い席だろ?」

 その席でジャップが自慢すると、

「ジャップ⁉ こんな凄い席、良かったの?」

と、言ったラニーニャは席に座れずに、おろおろしていて、

「お姉ちゃん、ケレス。危ないから、早く座りなよ」

と、先に窓際に座っていたミューは冷静に言って、

「わかった」

と、ケレスは窓際に座ったが、それでもラニーニャが座れずにいると、

「ほれほれ、姉貴。列車が発車しちまうから、座ろうぜ!」

と、言ったジャップがラニーニャと一緒に座ると、列車が動き出した。

 列車が発車した直後、窓の外にはまだホームの様子が見え、人が流れる様に見えた後、

景色は壁が見えるだけへと一変した。

 しかし、スピードにのってきた列車が風を切る様に走り出すと、

すぐに窓の外は何所までも広がる海の景色へと変わった。

 何所までも広がる海を見下ろすと、海は、太陽の光を反射し、キラキラと光っていて、

その中を大小様々な船が行き交い、さらに海の上は、飛行機や、飛行船までも見る事が出来た。

(さすが、交通の街、ミラだ!)

 ケレスが、その景色に翻弄されていると、

「うわぁ! 見て見て‼ ミューちゃん、海が光ってる‼」

と、ラニーニャが、子供の様にはしゃぎ出し、

「もう、お姉ちゃんたら! いつも通勤で見てるんでしょ?」

と、ミューは呆れ、

「だって、いつもはアンダー列車だから!

 こんな高い所からなんて、滅多に見れる事なんてないもの! 綺麗‼」

と、言ったラニーニャはまだ外を楽しそうに眺めていた。

 今、ケレス達が乗っている列車は、ハイウェイ列車で、

ラニーニャが通勤で使っている列車は、アンダー列車である。

 ハイウェイ列車はミラとイザヴェルを直通し、

アンダー列車はいくつかの駅を経由し、イザヴェルまで繋がっている。

 なので、二つの列車の違いは線路の高さ以外に、スピード、所要時間となる。

「ところで、どのくらいでイザヴェルに着くんだ?」

 大分落ち着いて来た所でケレスがジャップに聞くと、

「そうだな。三〇分くらいだ」

と、ジャップは答え、

(そんなに早く着くのか⁉ ヤベッ‼ 心の準備が……)

と、ケレスは愈々夢の場所へと近づいている事を実感し、手から汗が出てくる程緊張してきたが、

(あと、三〇分……。早く、着かないかな‼)

と、緊張が程好い刺激へと変わった。

 ケレスの胸が高鳴ると、ケレスの中では当の昔に三〇分は過ぎていたが、

まだ、イザヴェルには着かなかった。

(まだか……。って、あれ? そう言えば……)

 そんな心境の中、ふとケレスはある事を思い出し、

「そう言えば兄貴。今日って、イザヴェルで落ち合うんじゃなかったっけ?」

と、聞くと、

「ああ、そんな事か。姉貴から昨日連絡があってな。

 心配になって俺が迎えに行こうと勝手に決めたんだ!」

と、ジャップは陽気に答えたが、

「でも、俺達と行き違いになったらどうするつもりだったんだよ?」

と、透かさずケレスがつっこむと、

「お前……。恩人に対して、そういう事普通言うか? まあ、俺はそんなヘマはしないけどな‼」

と、言ったジャップはケレスの頭をグシャグシャにし、

「何すんだ‼ 本当の事だろ? それでよく兄貴は軍にいられんな‼」

と、怒鳴ったケレスがジャップから逃れると、楽しそうな音楽が列車内に鳴り響いた。

 そして、

「さあ、イザヴェルに着いたぞ!」

と、ジャップが言うと、列車はゆっくりとイザヴェルのホームへと入った。

 すると、窓の外にはいかにも都会といった格好の人が目立ち、ケレスは、浮いている気がしたが、

「よし、降りるぞ!」

と、言ったジャップは席を立ち、ケレス以外も立ち上がったので、

不安を抱えたままだったがケレスも立ち、ジャップに続いた。

 そして、ケレスは夢の舞台 イザヴェルのホームへと下り立った。




 ケレス君、誕生日、おめでとう!

 ラニーニャちゃんのアップルパイ、美味しかったかい?

 えっ⁉

 黄色いあいつが、一番大きいカットを食べただって⁉

 そんな事で、怒るなんて……。

 まだまだ、君は子供だね!

 これから先の事を考えなさい‼

 と言う事で、次の話のタイトルは、【ケレス、夢の舞台に辿り着いて知る】だ。

 ケレス君。君は、少しだけ、大人の世界を知る事になるよん♪


 


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