№ 1 ケレス、家を出る
海と風の里、ニョルズに住む少年ケレスは明日夢を叶える為、
一歳から暮らしてきた孤児院、蕾とやどり木の家を旅立とうとしていた。
しかし、蕾とやどり木の家は、全焼してしまう。
ケレスは無事に旅立ち、夢を叶える事は出来るのであろうか……。
これは宝珠の国の海と風の里、ニョルズの話。
実りのとある晴天の日、ケレスは一七歳を迎え様としていた。
ケレスは少し日焼けしたベージュ色の肌、
頭の上で少し束ねたダークグリーンの髪と瞳の持ち主の少年である。
そんなケレスは一六年前、両親を亡くしてからずっと暮らしてきた孤児院、
蕾とやどり木の家に少し寂しさを感じつつも、別れを告げていた。
それは、明日がずっと心に決めていた旅立ちの日だからである。
自分の部屋、食堂、礼拝堂、中庭。
何所も思い出は詰まっているが、この孤児院に残っている孤児はケレスを含め、二人だけだ。
何故なら孤児院のルールとして、一六歳になると孤児院を出る事が出来、
一八歳までには出なくてはならなく、さらに、孤児の数が減ったからである。
皆、ここを出てそれぞれの夢を叶えていき、ケレスも早くそれに続きたかった。
そのケレスの夢は、自分の特殊な力を使える仕事に就く事である。
その力というのは父と同じく、あらゆる物質から情報を読み取れる力、時読みと言われる力だ。
この力を使い、父が叶えたかった夢、国家特殊科捜研で働く事こそが、ケレスの昔からの夢である。
そこで働く為には、まずアカデミーで四年間 就学し、そして、卒業、
さらに国家資格を取る必要がある。
だが、ケレスの父は国家特殊科捜研で働こうとした矢先に死んだ。
それは一六年前、世界を襲った大恐慌のせいである。
その大恐慌では空から光は消え、病気、飢饉、災害等々が世界中で起こり、
それは四年間も続き、多くの人が命を落とした。
それに巻き込まれたケレスの両親も命を落としたが、それはケレスが一歳の時の話である。
だからケレスに両親の思い出はほとんどなく、残っている思い出はケレスの父の日記帳だけだ。
その日記帳には、ケレスの父の気持ちや体験した出来事が克明に書かれており、
何度もそれを読んだケレスはいつか父と同じ景色を見たいと思う様になっていた。
その気持ちを胸にケレスはいつか来る日に向け、お金を貯め、勉強もしてきた。
しかし、ケレスがアカデミーに入学出来るまでには、まだ時間がある。
何故なら、アカデミーに入学出来る歳は満18歳だからである。
だが、早くそこに近づきたかった事と、秘めたる思いがあるケレスは、
明日、蕾とやどり木の家を出る事にしたのだ。
そんなアカデミーは、ケレスが暮らしてきた里 ニョルズから離れた王都 イザヴェルにある。
そして、イザヴェルにはニョルズから徒歩で約一五分程かかる交通の街 ミラから、
精霊列車で約一時間はかかる様だ。
様だというのも、ケレスは、まだイザヴェルに行った事はない。
それは、イザヴェルに行くのはケレスの父が初めてイザヴェルに行った一七歳になってからだと、
ケレスが勝手に心に決めていたからである。
そういう事もあり、ケレスは明日にかなり期待していた。
その時だった。
不意に蕾とやどり木の家以外にも別れを告げる事を思い出したケレスは、
慌てて蕾とやどり木の家を飛び出した。
心地よい風がひゅーっと吹き抜ける中、近所のお兄さん、お姉さん、おじさん、おばさん、子供達、
よく通った店、バイトさせてもらった店等々をケレスは回った。
そこで会った人は皆、ケレスの夢の後押しをしてくれ、
ケレスはさらに明日への期待に胸が膨らんだ。
そして、辺りは日も暮れかけてケレスが蕾とやどり木の家に帰り着く頃には、
蕾とやどり木の家は、夕日で茜色に染められていた。
すると、蕾とやどり木の家の前に一人の少女が佇んでいた。
その少女の名は、ミュー。
今も、ケレスと蕾とやどり木の家に住んでいる。
夕日に映えるミューの褐色の肌、赤みがかった茶色の肩まで伸びた髪は、そよ風に靡いていた。
そして、ミューの大きな黒い瞳がケレスを見つめてきた。
「どうしたんだ?」
その瞳が何か思いつめていたので、ケレスがそう聞くと、
「どうしても、明日出て行くの? まだ、一年はいれるんだよ?」
と、ミューは思いも寄らない事を言い出したので、
「何でそんな事を言うんだ?」
と、皆がケレスの夢の後押しをしてくれていると思っていたケレスは、語気を強めて言った。
するとミューは剥れ、傍にいた霊獣のクリオネを抱きしめ、ケレスから顔を背けた。
クリオネは、全身が紅色で、金色のタビーが入った短毛。
大きな三角形の耳に、黒色のアイラインが入った緑色の目で、
大きな鼻と、ふわふわした尻尾を持っている。
さらに首元には丸く、その周りに羽の様な形をした水晶が生えた小型犬の姿をした霊獣で、
ミューの友達である。
そんなクリオネはミューの頬をペロペロと舐めて機嫌を直そうとしたが、
ミューの機嫌は直らなかった。
(何で怒ってんだ?)
ケレスは色々と考えを巡らせたが、
「寂しいのはわかるけど、一生会えなくなる訳じゃないだろ?
それに、お前だってあと二か月もしたら、一六歳になるんだ。
そうしたらイザヴェルに出て来れば、いいじゃないか!」
という言葉が出てしまうと、ケレスはある事を思い出した。
ミューとは、ケレスが蕾とやどり木の家に住んでいる間、ほとんど一緒で、
幼馴染というより、家族そのものだった。
特に、ミューとケレス、そして、もう一人とは仲が良く、
その一人と別れた時の事をケレスは思い出したのである。
もう一人とは、兄で、ケレスとは六歳離れている。
その兄はとても頼りになる存在だったが、六年前に蕾とやどり木の家を出てしまい、
その時、ケレスは兄と離れるのが嫌で泣いた。
そんなケレスを見て、優しい兄はちょくちょくケレスに会いに来てくれたが、
それから一年程すると兄は軍に入隊してしまい、必然的に会える回数は減ってしまった。
なので、ケレスとミューはさらに仲が良くなっていき、色んな事を二人で乗り超えてきた。
しかし、今から四年前、ミューの母が死んだ時はそうはいかなかった。
ミューの母の名は、マーサ。
蕾とやどり木の家の創設者で、中々蕾とやどり木の家にいない程忙しい方だったが、
いる時は優しく、まるで太陽の様な人出、明るく、孤児達から慕われていた。
だが四年前、そんな彼女は死んでしまったという報告が入った。
そして、彼女が死んだ四年前は、蕾とやどり木の家にはケレスとミューだけだったので、
すぐに帰ってこれなかった兄が不在の中、ケレス一人では、ミューを支えられなかった。
冷たいかもしれないが、両親がいないケレスには母が死ぬという気持ちがわからなかったのである。
そんなケレスが途方に暮れていると、もう一人の家族、姉はとても頼りになった。
姉は蕾とやどり木の家には住んではなく、ニョルズから少し離れた処に祖父と二人で住んでいる。
そんな姉は、兄やマーサとは違った優しさを持っており、
例えるならば、月の光の様に穏やかに人を包み込んでくれる優しさを持っている。
だが、そんな姉は物心ついた時に、両親を亡くしていた。
だから、そんな姉はミューの気持が、痛い程わかり、
そんな姉の経験と優しさでミューは立ち直る事が出来た。
ケレスはそうやって四人で助け合ってきた事を思い出した。
(ずっと、四人で助け合ってきてたのに……。ミューは、特に家族の絆を大切に思っていたのに……。
俺、浮かれすぎた‼)
そう後悔したケレスは、
「ごめん。俺、お前の気持を考えなかった。自分の事ばかり、考えてて……。
だけど、俺、自分の夢を叶えたいんだ‼」
と、改めて気持ちを伝えると、
「わかってる……」
と、その言葉だけでミューはケレスの言葉を遮った。
そうしていると徐々に夜の帷が訪れかけたが、その時クリオネが急に唸り声をあげた。
「どうしたの? クリオネ?」
そして、ミューはクリオネを宥めたがクリオネは威嚇をやめず、
それどころかミューを振り払って、威嚇を続けた。
その威嚇の先には、この温かい土地には似合わない厚手の服を着た、色白で、
紫色のショートボブヘアーの一〇代半ばくらいの少女がいたのだ。
そして、その少女はクリオネより一回り小さな大きさの真っ白なウリ坊を連れており、
その少女がクリオネの威嚇に腰を抜かすと今度はそのウリ坊が威嚇を始めた
それから両者が一歩も引かずに睨みあっていると、不思議な現象が起きた。
その現象とは、毛を逆立てたクリオネが牙を剥き出しにすると牙の間から炎が噴き出し、
毛を逆立てたウリ坊も姿勢を低くし全身を震わすと、ウリ坊の周りを粉雪が取り囲んだ事だ。
その様子からして、ウリ坊も霊獣の様だ。
普通の動物では、こんな事は出来ないのだから。
クリオネは炎のマナを使う霊獣で、ウリ坊は見たままだが、氷のマナを使うだろう。
この世界には色々なマナがあり、マナとは生命エネルギーの様なもので、生き物が持っていたり、
物に宿っていたり、それに加えクリオネ達の様にそれを使える生き物もいる。
ちなみに、ケレスの能力はマナを読み取る事に由来する。
呆気に取られている内にどちらが始めたのかはわからないが攻撃が始まっており、
炎と氷のマナが衝突し、バンッ‼という音と衝撃が伝わってきた。
それは踏ん張るのも難しい程の威力でミューは踏ん張れずに転んでしまい、
ケレスはミューを助けに行く事だけで精一杯だった。
「大丈夫か?」
ケレスがミューの所に行くと、
「何、あのコ……。クリオネ、どうしちゃったの?」
と、クリオネ達を見て言ったミューは、ふるえていた。
小柄ながらも二体の戦いは恐ろしく、唯ケレス達が戦況を見守る事しか出来ずにいると、
事態は思わぬ方へ向かってしまった。
何と、クリオネの炎が蕾とやどり木の家に飛び火し、
瞬く間に、蕾とやどり木の家が真っ赤に燃え上がったのだ。
そして、バチバチという音と火の粉がケレス達に襲いかかってきた。
「早く、離れないと‼」
それを見たケレスは逃げ様としたが、何故かミューは蕾とやどり木の家に向かって行き、
「危ない‼」
と、叫んだケレスがミューを押さえつけると、
「放して‼ このままじゃ、蕾とやどり木の家が‼」
と、泣きながらミューは叫んだが放す訳にはいかず、ケレスはミューを押さえつけていた。
すると、里の人達が集まって来て消火活動を始めたので、
ケレスはミューを安全な所に誘導し、消火活動に加わった。
それから二時間程で鎮火したが蕾とやどり木の家はほとんどその面影を無くし、
焼け焦げた数本の柱と何かの跡と焦げ臭い臭いだけがそこには残されていた。
そして、鎮火に一応の落ち着きを覚え放心状態のケレスに、
ほぼ同じ状態のミューが、ふらふらと近づいてきてそのまま座り込んだ。
そんな火傷を負っていた二人は一言も喋る事なく、暗闇の先にある何かを見つめていた。
その時だった。
「ミューちゃん⁉ 大丈夫? 怪我は?」
と、言いながら綺麗な鈴の音と共に優しくミューを抱きしめたのは、姉だった。
姉の名は、ラニーニャ。
ケレスとは七つ歳が離れており、ケレスは、姉ちゃんと呼んでいる。
ラニーニャは色白のベージュ色の肌、長く黒色のまつ毛と瞳、それに背中まで伸ばした髪型で、
身長はミューと同じくらいである。
そんなラニーニャに気付き、ミューは我に返った。
「お姉ちゃん?」
我に返ったミューが声をふるわせて言うと、
「大丈夫」
と、言ったラニーニャが何かを念じると、ラニーニャから淡く光る白色の光が溢れ、
ミューを優しく包み込んだ。
これは、治癒術だ。
ケレス達は何度も癒されてきたから、わかる。
「お姉ちゃん、ありがとう」
すると、そうだとわかっているミューの声のふるえはなくなり、
「ミューちゃん。無事で良かった」
と、言いながらラニーニャがミューをまた抱きしめると、
「お、お姉ちゃん⁉ 私、もう、大丈夫だから! 早く、ケレスを‼」
と、言ったミューの顔は赤くなってしまい、
「ケレス君、ごめんね……」
と、少し頬を赤くしたラニーニャが言いながらケレスに近づき、ケレスにも治癒術を施すと、
ケレスの心と傷は癒されていき、
「姉ちゃん、ありがとう!」
と、ケレスが言うと、ラニーニャは首を横に振って微笑んだ。
そして、そんな三人に近づいて来た里の長 ショルズが事の成り行きを聞いてきたので、
ケレスはわかる事全てを話した。
すると、
「ふむ……。わかった。しかし、どうしたものか……」
と、言ったショルズは暫く考え、
「ラニーニャよ。ここは儂等に任せ、今宵、この二人を頼めるか?」
と、ラニーニャを見て言うと、
「はい、わかりました」
と、ラニーニャは即答したので、ケレス達はラニーニャの家に行く事となった。
そして、少し肌寒い月夜の道を三人+一体で歩いていると、
先程まで喋らなかったミューはラニーニャと楽しく話していた。
その二人から少し離れて歩いているケレスは二人の話声を聞きながら少し孤立感を感じつつ、
一五分程過ごした。
すると、暗闇にぽつんと灯りが見えた。
「着いたよう!」
そして、まるで子供の様に はしゃぎながらラニーニャがその灯りのついた家に小走りで行くと、
その家の玄関前には奇妙な生き物が二体いた。
「たぬてぃ、ぴゅーけん。ただいまぁ!」
と、ケレス達を見つめていた奇妙な生き物達にラニーニャが声を掛けると、
その内の一体が急いでラニーニャの所に浮遊して近づいてきた。
浮遊してきたのは、身長一五センチメートル程、つぶらな瞳の猫のぬいぐるみの様な姿をした精霊。
名前は、たぬてぃ。
今は見えにくいが全身が、薄桃色で、耳先と両足の先、
それに、尻尾の先と鼻の周りが茜色をしている。
そんな たぬてぃはいつも体のラインを隠す様にポンチョを着ている、ラニーニャの友達である。
たぬてぃは精霊だが、マナが豊富な精霊は人が触れたり、服を着せる事が出来る。
そんなたぬてぃをラニーニャが抱きしめて顔を擦り寄せると、たぬてぃも同じ事をした。
すると、のそのそと、もう一体の奇妙な生き物がケレス達の傍に歩いて近づいてきた。
体全体が黄色で丸井頭、その頭の頂点から立派な黒くて長い毛が同じ所から二本だけ生えた、
これまたつぶらな瞳を持った身長三〇センチメートル程、三頭身でペンギンの様な姿をし、
ぽんぽんの様な尾を生やして豊かなピンクの嘴を持った生き物は、ぴゅーけん。
ラニーニャ達と暮らしている霊獣らしい。
「うさ爺は?」
その ぴゅーけんにラニーニャが聞くと、ぴゅーけんは無言で灯りがついた家を指さし、
「二人共、ちょっと待っててね!」
と、言ったラニーニャは、ぴゅーけんが指差した家に入って行ったが、
それから暫く待った後、ラニーニャがその言えから大柄の老人と出てきた。
見上げる程の身長で、白髪頭、口髭と顎鬚で、口の周りを囲んだ白髭を蓄えた、
日焼けしたベージュ色の肌の恐表の老人は、ラニーニャの祖父だ。
ラニーニャは、うさ爺と呼んでいる。
そんな うさ爺は大きな目で、ジロリとケレス達を見て、
「入りなさい」
と、不愛想に言い放ったので、
その うさ爺の迫力にケレスは何か怒られている感じがし、怖くて家に入れずにいた。
しかし、ミューはさっさと家に入っていった。
(おいおい、マジか……)
そんなケレスの様子を横目に、ふふっと不敵に笑った ぴゅーけんは、のそのそと、家に入り、
ケレスだけが玄関先に取り残されてしまい、
「何なんだ⁉ あいつは‼」
と、ぴゅーけんに小馬鹿にされた気がしたケレスは苛立ちを感じつつも、家に入る事にした。
その家は風変わりな造りで玄関等の扉は引き戸で玄関を入ると、靴を脱いだ。
そして、一段上がった先は板間の廊下で、それを進んで左手にある引き戸を開けると、
何とも言えない若草の様な、枯れ草の様な香りがする部屋があった。
その香りの正体は畳で、その部屋は畳が敷き詰められていた。
そして、その畳の部屋には大きな机があったが机の足は短く、
その周りには正方形のクッションが置かれ、それに皆、座っていた。
ケレスは普段 床に座る生活をしていない為、抵抗があったが、
また ぴゅーけんに馬鹿にされまいと平然とし、それに皆と同じ様に座った。
すると、ぴゅーけんが取っ手のないコップに入れた緑色の温かく香る飲み物を運んで机に置いた。
それは緑茶という、偶に蕾とやどり木の家でも出た事のある飲み物で、
ケレスがその緑茶を一口飲むと、何となく落ち着けた。
そして、暫く静かな時が流れた。
すると、
「ミューちゃん、お風呂入六花?」
と、ラニーニャが誘い、ミューを部屋から連れ出し、
(えっ⁉ 姉ちゃん、俺、うさ爺と二人っきりになるんですけど?)
と、ケレスは重苦しい空気が漂った中、
(何も話す事ないし、あまり面識もないし……。どうしたものか?)
と、思いながら緑茶を少しずつ飲んでいた。
だが、
「お前さんがケレスだったな」
と、うさ爺が不愛想な声で聞いてきたので、
「はい」
とだけ、小さな声でケレスは返答し、無言の長い時が流れると、楽しそうな二人が帰ってきた。
「お長い風呂でしたねぇ」
そんな二人にケレスが少し皮肉交じりで声をかけたが、
「一時間ぐらいだよ? ごめんね、そんなに待った? ケレス君も、お風呂どうぞ」
と、石鹸の香りを纏ったラニーニャには皮肉は効かず、
ケレスは虚しさを感じながら ぴゅーけんに風呂場まで案内されて、また不適に笑われたので、
(くそっ‼ あいつ、また馬鹿にしやがって‼)
と、思ったケレスは風呂場に入った。
その風呂場は蕾とやどり木の家より狭いが造りは大体同じだった。
その風呂場にある湯舟にはられた湯にケレスが思いっきり飛び込むと、
ザバン、ビショッ!と湯が溢れ、その感覚が気持ち良かった。
そして、暫く波が収まった湯舟につかってケレスは今日あった事を振り返り、
これからの事を考えてはみたが、何も考えられなかった。
それから、のぼせた体を冷やしながら風呂場から出ると、大きめの服が置かれていた。
(恐らく、うさ爺のだろうが、着て良いものなのか?)
ケレスは考えたが服がそれしかなく、ケレスはそれを着て部屋に戻る事になり、
ケレスが部屋に戻ると机に人数分のカレーが置かれていた。
「ケレス、早く食べよう!」
そして、ミューに言われ食事を始めるとカレーはコクがあり中辛だったが、とても美味しかった。
それから一番早くケレスがカレーを食べ終わると、
「ケレス君、おかわりあるけど、どうする?」
と、ラニーニャに聞かれ、
「姉ちゃん、頼む!」
と、答えたケレスは空の皿を差し出し、二敗目を食べた。
そして、皆がカレーを食べ終わると、
「御馳走様でした」
とだけ うさ爺は言い残して部屋を出たが、ラニーニャと、ぴゅーけんが片付けを始めたので、
ケレスはミューと二人きりになった。
だが、いつもなら何て事ないのに何故か二人共恥ずかしくなり、何も喋れずにいると、
「ミューちゃん、今日は私の部屋で、お泊りだよ!」
と、ラニーニャに声を掛けられたミューは嬉しそうに部屋を出て行ってしまった。
そして、ケレス一人だけになった部屋に、また不敵な笑みを浮かべた ぴゅーけんが登場した。
「何の用だ‼ ぴゅーけん‼」
その ぴゅーけんに疑いの眼差しを向けたケレスは怒鳴ったが、ぴゅーけんからは返事はなく、
(霊獣や精霊が喋る訳ないのに……。俺、何してんだ……)
と、思ったケレスが溜息をつくと、ぴゅーけんは机を片付けて敷布団を敷き部屋を出ようとしたので、
(何だ……。何か、企んでた訳じゃないんだ!)
と、ケレスは、ほっとし、
「ぴゅーけん、ありがとな」
と、言って、頭を下げると、ぴゅーけんはケレスを見て一礼してから部屋を出て行った。
「変な奴。今日は、ここで寝ろってか?」
そんな ぴゅーけんを少し見直したケレスが式布団に座っていると、
引き戸を、トントンと叩く音がした。
そして、
「ケレス君、ちょっといいかな?」
と、ラニーニャの声がして引き戸がすっと開くと、ラニーニャが部屋に入りケレスの前に座り、
「今日は大変だったんだね。ミューちゃんに全部、教えてもらった。
ミューちゃんは疲れちゃって、眠っちゃったんだ。
ケレス君も疲れてると思うけど、少しだけ、話をさせてね」
と、話した後、ラニーニャは一度深呼吸をしてケレスを穏やかに見つめたので、
ケレスはラニーニャと目を合わせて頷いた。
すると、
「ケレス君。蕾とやどり木の家が、あんな事になった時になんなんだけど……。明日はどうするの?
ずっと、イザヴェルに行きたかったんだよね?」
と、言った後にラニーニャの目から、ぽろぽろと涙が溢れてきた。
ラニーニャはミューとは違い、泣き虫で、ちょっとした事でもすぐに泣いてしまう。
「姉ちゃん。俺、大丈夫。何とかなるって!」
何の根拠もないが姉を心配させまいとそう言ったケレスが笑って、
「とりあえず、明日は、イザヴェルには行く。約束もあるし!」
と、伝えると、
「そっか……。じゃあ、約束どおり、私も行くね!
明日は休みをもらってるし、ちゃんと、案内するから!」
と、言ったラニーニャは涙を拭いて笑った。
ちなみに、ラニーニャはイザヴェルで働いているのだ。
しかも、四年くらい前まではアカデミーに在籍していたので、
ケレスはラニーニャにもイザヴェルの案内を頼んでいた。
「うん。じゃあ、明日は頼むよ!」
それからそうケレスが確認すると、
「うん。わかった。じゃあ、今日は遅いから、おやすみなさい」
と、言ったラニーニャは笑顔で部屋を出て行ったので、
(相変わらず、姉ちゃんは子供っぽいけど、明日どうするのかが決まったな!)
と、思ったケレスは、ほっとして床につく事が出来た。
ケレス君。初登場から大変だったね。
でも、がんばるんだ‼
この話は、君の成長話でもあるのだから……。
そして、黄色いあいつと、仲良くするんだよ?
えっ⁉
無理だって⁉
そんな事を言わないで!
黄色いあいつは、かなり良い奴なんだから。
そんな黄色いあいつも登場する次回の話のタイトルは、【ケレス、イザヴェルに行く】だ。
ケレス君、無事に、旅立つんだね。
でも、また災難に巻き込まれちゃうんだ……。




