その24
どしゃぶりだ。アスファルトの上に波が行き来し、排水溝に吸い込まれていく。頭上で開く透明傘を見上げた。無数の雨粒が傘の表面にぶつかっては砕け、色を持たない水滴がいくつも消滅していく。空は雨雲で覆われ、太陽の光が遮られている。朝だというのにやけに暗い。音が全身を包む。自分自身が鳴り止まない雨音と同化し、消えていくかのようだった。
「ユウヤ、中入るぞー」
降りしきる雨の中、ハジメに大声で呼ばれた。
雨で視界が悪いが、一目で思い出せる。ここは、夢で見た体育館。忘れようとしてた、あの場所だ。
陣取った席に鞄を置き、会場を見下ろす。しばらく目が離せなかった。
開会式が終わり、ジャケットを羽織る。会場では全ての台で試合が始まっていた。
「暇だなー」
ハジメが隣で同意を求めるように愚痴た。
「しょうがないよ、今日の大会は団体戦六人いないと出れないんだから」
ケイ君が説き伏せた。
「分かってっけどー」
「みどりちゃん、今何時ー?」
座りながら三神先生にそう言うタケシ先輩。
「みどりちゃん?」
オレ達一年が同時に疑問符を浮かべた。
「霧島、下の名前で呼ぶなっつーの」
「いいじゃん、今更直せないしー」
「……先輩、三神先生知ってたんですね」
「おう、みどりちゃんの授業受けてるんだよ」
「寝てるのを叩き起こされてますの間違いだろ?」
威嚇するかのような三神先生の視線に、タケシ先輩は笑って返した。
「女子の試合始まりますよ」
オレがそう言うと、タケシ先輩もフロアを見下ろした。
「お、アヤも出るみたいだな」
オレ達から見てすぐ前で、女卓が台につこうとしていた。
卓球が好きだった。
いや、好きだったかですら、今となっては曖昧に思えてきた。思い出はいつだって美化されている。あの頃の感情だって、振り返ればそうだったかもしれないという推測程度に過ぎない。
ならなぜまだ引きずっているのだろう。周りの目を気にしているのもあるけど、それが一番ではない。逃げたくない、負けたくない。何かするわけでなくとも、どこかで逆らおうとする反骨的な感情を抱えているように思える。
「アヤちゃん、あなた一軍の一番手ね」
意味が分からなかった。部長に聞き返した。
「私ですか?」
「そうよ」
真っ直ぐな瞳で見つめられた。
「……分かりました」
一年の私は団体戦では二軍の予定のはずだった。突然の変更。困惑して、その場に立ち尽くしてしまった。
「……ほら、フロア行くよ」
後ろから声をかけられた。部長の声じゃない、他の先輩が私に声をかえ、階段を下りていった。
だって、私のこと嫌いなんじゃ……?
「みんな、アヤちゃんが頑張ってるのを見てたのよ」
部長が私の肩に手を添えて、そう言ってくれた。
ここにいてもいいんですか?
みんなと一緒に卓球しても、いいんですか?
「おーい、置いてくよー?」
先輩達が呼んでくれた。
「行こ、アヤちゃん」
「……はいっ」
ここが、私の居場所なんだ。
「やっと俺達の出番か」
「ですね」
午前の団体戦が終わり、午後の個人戦が始まろうとしていた。
「よし、したら円陣組むか!」
「良いですね!」
三神先生含め全員その場に集まり、輪の中心で手を重ねた。
「よっしゃ、やるからには勝ってこい! 負けんじゃねえぞ! 殴り倒せえ!」
「殴っちゃダメでしょ先生……」
タケシ先輩が息を吸い込んだ。
「ピンポン同好会――」
「「「ファイッ、オー!」」」
円陣を解いて、タケシ先輩が何か思い出すようにつぶやいた。
「あ、さっき小便した時に手洗い忘れてた」
「「「きたなっ!」」」
じゃがりこスパイシーチキン味食べてきた。おいしかったけど、やっぱりサラダ味に限る。