その25
「あんま緊張すんなよー」
「うん、行ってくる!」
ラケットを持って、ケイ君が席を立った。
「ケイ君、がんばってねー!」
「ケイ君ケイくーん!」
隣の女卓の先輩達もケイ君に声をかけてきた。律儀に返事するケイ君。そこにちょうど瀧野先輩がフロアから上がってきた。ケイ君と瀧野先輩がすれ違い際に顔を合わせた。
「ケイ君、がんばってね」
「えへへ、行ってきます」
その場にいた全員が二人を凝視した。視線に気づく瀧野先輩。
「え、ちょっと、なに?」
瀧野先輩が視線にたじろいだ。
「今、部長がケイ君って……。前まで牧野君って呼び方だったのに……」
「ええ⁉ 部長、ケイ君とどういう関係⁉」
「ケイ君になにしたんですか⁉」
「何もしてないわよ!」
瀧野先輩がケイ君の方を見た。見つめられ、ケイ君はにっこりと微笑んだ。
「ちょっと、なにその二人は分かち合えてるみたいな⁉」
「部長いやらしいっ! こんな純粋な子に!」
「こら、変なこと言わない!」
「えと、試合いってきます!」
ケイ君がフロアへ駆けた。残された瀧野先輩を、女卓の面子がにやにやと見つめていた。
ケイ君の試合が始まった。
ケイ君が下回転サーブを打つ。相手はツッツキすると、即座に後ろに下がった。ケイ君もツッツキで返す。相手は次に、腕を上から下に大きく振り落とした。カットマンだ! 球はゆるやかな速度で、だがネットぎりぎりの高さでケイ君の元へ。球はあまり跳ねず、ケイ君はツッツキしたがネットに引っかかってしまった。
初戦からカットマンを相手にするなんて……。
カットマンは、相手が打つ球に下回転をかけて返し、相手がミスするまで粘るか、相手からのチャンスボールをスマッシュやドライブで決める、かなり高度なプレイスタイルだ。独特な戦い方ゆえにプレイヤーはさほど多くはないが、苦手な選手にとってはまさに沼に引き込まれるような試合になる。
相手は相当手馴れているように見える。カットマン特有の、腕の振り落としがなめらかできれいだ。
カットされた球をケイ君がツッツキで返したが、回転を見誤ったのだろう、台上に高く浮いてしまった。問答無用のスマッシュが打たれる。台から下がり、球を追いかけるケイ君。だがラケットは届かず、その場に転んでしまった。
カットマンに翻弄され続けている。球の回転、軌道によって、弄ばれるだけのゲーム進行。だが変化は、唐突に起こった。
ケイ君が腕を下から上に勢い良く振り上げた。まくるような大振りで球をこすり上げる。球はゆっくりと弧を描きながら台の奥に入り、回転数を損なわないまま高くバウンドした。ループドライブだ……! カットマンは台から大きく遠ざかり、後方から今までよりも少し高い位置で軽くカットした。弱い下回転で、しかも球の位置は高い。ケイ君がラケットを高々と上げた。
渾身のスマッシュ!
カットマンが床すれすれでさばいた。だが甘い、もうすでにケイ君は次に備えてラケットを振りかざしている。スマッシュ、スマッシュ、スマッシュ。何度もカットマンが拾うが、そのたびにケイ君がスマッシュで返す。規則正しい、はじけるようなラリー。両者手を止めない、引かない、諦めない。
ケイ君がスマッシュではなく、ラケットの面を上に向け、ツッツキの構えをした。カットマンが急ぎ足で台に詰め寄る。球の高度がみるみる下がるが、ケイ君は打とうとしない。十分に落ちたところを見計らい、ケイ君がラケットを引き寄せた。下から顔前に向かって振り上げる。カットマンが足を止めて後退しようとするも遅かった。ケイ君のドライブショットが台の奥底にねじ込まれ、バウンドした球が床に転がっていった。
ケイ君は放心したように、数秒間その場から動かなかった。
フロアから階段を上り、荷物を置いた席に戻ると、ケイ君と三神先生が待っていた。
「ユウヤ君、一回戦突破だね!」
「ああ、オレの相手は雑魚だったからな。それよりケイ君こそすごいよ! 良く勝てたね」
「ありがとー!」
無垢な笑顔でそう答えてきた。
「まさかカットマン相手に心理戦で上いくとはね。本当に上手くなった」
「そんなに褒めないでよー」
階段を上る足音が聞こえた。
「ユウヤ、ケイ君、なんでおれ勝てないのかなあ⁉」
半べそかきながら質問するハジメ。
「才能ないんじゃね?」
「ユウヤつめたっ!」
本当のことを言えば、実力はそれなりについてるはず。あとは相手との駆け引きさえできるようになればってとこか。
「こ、今度の休日一緒に練習しよ! 練習すれば強くなるよ!」
席でうなだれてたハジメが、ケイ君に向かって顔を上げた。
「えー? だってケイ君、最近は毎週末瀧野先輩と練習して、そのあとは決まって二人っきりで買い物したりご飯食べたりしてるんでしょ? 時間割いてもらうなんて悪いよー」
「ど、どうしてそれを知ってるの⁉」
「おれの情報収集力はケイ君も知ってるはずだろ?」
ハジメの目から鋭い光を一瞬感じた。
「……はあ~」
相当ショックだったのだろう、ため息なんて珍しい。
「ハジメ」
三神先生が声をかけた。
「……はい?」
「しかたないさ、お前には所詮無理だったんだよ!」
「先生のばかあっ!」
自分はカットマン苦手です。だっておれ脳筋だし。




