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ウソなら本気にさせないで  作者: 大森みさき
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第5話

 午前中に連れて行かれた二社は、日本の経済の中枢を担っている大会社。そっか、ここの娘さんかお孫さんか姪っ子が、お見合い相手なんだろうな。

 大学では政治・経済を専攻していたから、直にトップの方のお話を聞ける貴重な機会に興奮した。同時に、ごめんなさい、と心の中で謝った。私は、「こういう女がいますので」って見せて歩くために雇われているんだもんね。だから見合いはしません、っていう社長の意志表示を、言葉にはせずに振り撒いていく。それは、私の失業後の再就職先候補が、どんどん潰されていくということでもある。

「はぁっ」

 車に戻り、思わずため息が出た。ビルを見上げる。憧れの会社だった。うぅ、働いてみたかったなぁ。さようなら……。

 運転席から、スッと飴玉が差し出された。昨夜の運転手さん。

「おひとつどうぞ。社長のために常備しております。脳に栄養を与えることは間食ではなく必要な行為だとおっしゃって」

 柔和な笑み。真っ白で清潔感溢れる手袋の上に、ファンシーな包みのキャンディー。ほっこりして、自然な笑みが浮かんだ。

「ありがとうございます」

「社長もいかがですか」

「もらおう」

 二人そろって、飴の包み紙を剥いて、口に放り込む。包み紙は運転手さんが受け取ってくれた。少しずつ溶けていく、甘い玉。脳にじんわりと栄養が染み込んでいく。ふふ、間食じゃないなんて、かわいい言い訳するんだな。

「ん?」

 社長は飴を転がしながら、明らかに機嫌が直った私を見た。謎解きをしたがっている男の子みたいな表情。

「うぅん」

 口に物が入っているから詳しくは話せないのをいいことに、返事はそれだけにした。またひとつ、好きなとこ見つけた。


 昼食は、とあるテーマパークの、ガイドブックによく載ってるランチメニューだった。デザートのプディングが、びっくりするくらいおいしいっていう評判の。

「うわ、ほんとにおいしい!」

「目を丸くして言われると、期待値が高まるな」

 まだデザートに手をつけていない社長が笑った。

「ほんとにおいしいですよ! 脳が痺れるくらい甘くて、そこが癖になる……すごい」

 午前中の憂いはどこへやら、私は幸福に浸っていた。好きな人と、湖面を見下ろすレストランで、おいしいランチ。平日だからあまり混んでいなくて、お天気がいいから景色がキラキラしてる。これに文句をつけたら罰が当たっちゃう。

 食事の後は、パークの中を散策して、テーマごとの景観を楽しんだり、ショップを見たり。意外なことに、いくつかの乗り物にも乗った。ジェットコースター系が大好きって、もう……一日にいくつもかわいいとこ見せられたら、脳がパンクしちゃうよ!

「遊びみたいなものって、これ、完全に遊びじゃないですか」

「君がそれでもいいと言うなら、そういうことにしてもいい」

「え?」

「俺と、プライベートを共にしているということになるんだが」

「そ、それはっ」

「ハハッ、真っ赤だな」

「からかわないでください……」

 本気にするじゃない。意地悪。

「ふくれた顔もなかなかいいが、どこまで続くかな。あれを見ろ」

「ん? あ、シャーベット!」

 屋台形式で販売しているそれは、種類が豊富で、シングルからトリプルまで選べる。私はレモンとオレンジのダブル、社長はメロンとマンゴー。近くのベンチに並んで座って食べた。

「おいしい~」

「これも美味いぞ。ほら」

「え、あっ」

 大きくひと口分を掬って、マンゴー味をお裾分けしてくれた。

「うん、おいしい! あ、社長、私のも」

「玲司さん」

「ん?」

「こういう時は『社長』じゃないだろ」

「う……玲司さん」

 名前呼びであーん、なんて。恥ずかしいことこの上ないのに、たまらなく幸せ。このパーク内にもお見合い候補がいるのかもしれない。それはもしかしたら屋台のお姉さんかもしれない。だったらこれも私の仕事? わかんないよー!

 頭の中で騒ぎながら、レモンのシャーベットをひと口分けた。手が震えた。彼はおいしそうに味わいながら私の手を握り、キスしてきた。

「ん……」

 レモンの味。幸せで泣きそう。それはこのパークと同じで、ひとときの夢なのに。今私は、恋する一人の女になってしまっている。彼はもう一度チュッと口づけて囁いた。

「俺の家にもシャーベットを用意させてある。毎日食べられるぞ。喧嘩しても、それで仲直りしような」

「うん。……ん?」

 俺の家?


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