FILM.49 俺の「好き」
入浴と夕食を済ませた俺たちは自由時間を過ごしていた。扉を開けて部屋に戻ると、片村が布団の上であぐらをかきながらカメラを触っていた。
「たくさん写真は撮れた?」
「うん。普段とは違う環境だからすごい新鮮だった」
カメラから目を離し、立ちながら作業をする俺を見上げながら片村は答える。
「お前は?どんな写真撮ったんだよ?」
「え、俺?」
「うん。見せてよ」
「普通の写真……だけど……」
布団を敷き終えスマホを片手に腰を下ろしていた俺は、その場から手を伸ばしカメラを手に取る。カメラを操作している俺の顔を片村が見ていた。
「何?顔になんか付いてる?」
俺はカメラを置いて手で顔を触る。
「いや……上田ってメガネかけるんだなーって思って。メガネかけてるところ初めて見たから」
「学校ではコンタクト着けてるから。家では基本的にメガネかけてる」
「そうなんだ」
そして彼は再びカメラを触る手を動かした。隣で撮った写真を次々と振り返る片村。この様子に俺が気になったのは、片村の手にあるカメラだった。
「片村さ、そのカメラ中学の時に買ってもらったって言ってたよね。『新しいの欲しいなー』とか思わないの?」
「否定は出来ないかな。新しいの見ると『欲しいな』って思うけど、やっぱり高いから」
「確かに、軽く20万ぐらいするカメラもあるしな……」
カメラの値段なら俺も知っている。過去に何度も家電量販店にあるカメラを眺めていたから。その度に俺自身も値段で諦めてきた。そのような大金を払っておいて、もし自分がカメラを諦めてしまったら全てが無駄になる。今まで「何かを好きになる」という感情を知ってこなかった自分だからこそ、余計に気にしてしまう。しかし、もっと良いカメラがあれば俺もより素敵な写真が撮れていたのだろうか。
「お前が何を考えてるかは知らないけど、俺は写真の美しさや出来映えは高いカメラが全てじゃないって思ってるから」
「……え」
「もちろん、全くっていうわけじゃないと思うけど、最終的に写真のクオリティーを決めるのは自分自身。だからお前が写真を好きになればなるほど、上手くなると思う。ほら、『好きこそものの上手なれ』って言うだろ」
片村の言葉が染みる。カメラを持っていないことが自分が片村に踏み込むことが出来ない理由だ。それでも、今の言葉を聞いて彼が写真に関して欲張らない理由が分かった気がする。
「ってことで、ほら、早く上田の撮った写真見せてよ」
片村は右手を俺に差し出している。カメラを渡そうと思ったが、俺は立ち止まった。
「その前に、少しいいか……?」
「え、まだ何かあるの?」
俺の一言に片村は差し出していた右手を下ろし、そして少し不満そうな顔をしながら片村は布団に置かれた自分のカメラを取った。その様子を見た俺は心にピンと張っていた糸が緩やかになった気がした。
「片村、ありがとう。カメラの面白さを教えてくれて」
「……え?何、急に」
片村がカメラをゆっくりと下ろす。照れているのか、混乱しているのか分からない表情をしながら彼は俺のことを見る。
「俺の人生はさ、今まで何もなくて、無色透明で。誰にも見てもらえなくて、つまらなかった」
「上田……?」
「新しいことを初めても全部長くは続かなくて。だから、前にも言ったけど、お前みたいに自分の好きをいつまでも貫き通せる人が本当に羨ましかった」
いつも楽しそうで、嬉しそうで、幸せそうで、片村を見ているだけでカメラの楽しさが俺にも伝わってくる。だから、俺は今ここにいるんだ。
「お前にカメラを教えてもらって、自分で初めて『やりたい』って思えたり、こうして写真部に入った。今の俺があるのは片村のおかげなんだ」
これが今の俺の全て。合宿という名の旅で同じ時間を共有しながら、分かったこと。俺はこの日その答えに辿り着いた。写真ではなく、今の自分の言葉で片村に伝えたい。
「俺、カメラが好き」
静かに俺の話を聞いている片村。綺麗事のように聞こえるこの言葉を彼は微笑みながら受け入れてくれた。
「この先もきっと、俺は写真を撮ってると思う。片村のおかげで俺は大事なものが出来た。だから、ありがとう」
俺は片村にお礼を言った。こんなふうに誰かに自分のことを語ったことは無かった。家族にも話したことは無かった。カメラを好きになり、そのことを自分で伝えられたことが何よりも嬉しい。
「じゃあ、その『好き』は大事にしてやれよ」
「うん」
優しく手を差し出す片村と握手をした。手を離し、俺は片村に自分のカメラを渡した。嬉しそうにカメラを開く片村に俺は目頭が熱くなった。
「お前……、人の魅力引き出すの上手いな」
「え?何か言った?」
「いや……、なんでもない。てか、綺麗に写真撮れてるじゃん」
「マジ?」
「うん、俺は結構好き」
俺はきっと、この日のことを忘れない。この日の出来事はもちろん、雰囲気、香りなど俺の感覚を刺激していた全てを今でも覚えている。
最初は全く興味がなかった。でも、お前のおかげで。お前がいつも楽しそうに話してくれるから。俺にはお前が誰よりも幸せそうに見えた。だから俺も「やってみたい」と思ってしまったんだ。
―この先もきっと、俺は写真を撮ってると思う。
そう、思ってたのに。
現実は俺を見下すように裏切る。逆らうことは出来ない。どんな自分でも最後は俺らしい場所に戻ってきてしまうようだ。




