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FILM.30 失ったものを取り戻す方法

冬休み。当然のように部活はある。いつものことだ。何も変わったことではない。

「うわ、寒っ……」

美術室に入って真っ先に暖房のスイッチをオン。その後、教室の電気を点けた。マフラーやコートを脱ぎ、櫛で髪の毛を整えた。数分後、暖房が効いていると感じ始める。以前までは私が来た時はすでに部屋は快適になっていた。夏は冷房、冬になると暖房が効いていた。そのどちらにも共通していたことは莉桜がいたこと。いつもなら、莉桜が私より早く学校に着いて準備をしているのいるはずなのに。


―茉由の道具、美術室にあるから


「あぁ。これ莉桜が片付けてくれたんだっけ……」

あれから莉桜は退部した。ここに莉桜の姿は無い。虚しくただポツンと置かれている私の道具たち。私は1人黙々と絵を描く準備を進める。そして気付く。1人がこんなにも寂しいということに。

「おはようございます、茉由先輩」

「おはよう」

徐々に教室が賑やかになる。人がいることにこんなに安心するなんて知らなかった。

「あれ、珍しいですね。今日莉桜先輩はいないんですか?」

「あ……うん」

「体調でも悪いんですか?」

「……多分ね」

美しい水が絵の具で汚れていくように、純粋に描くことが好きな私の心はいつの間にか漆黒の霧に包まれていた。本当のことを言うべきだと分かっている。それでも、「退部した」という言葉を口にしようとすると、苦しくなる。自分とのいざこざを通しての莉桜の退部。自分は絶対に間違っていないと分かっていても心のどこかでは自分の責任なのではないかとも思ってしまう。そして徐々にその思いは罪悪感としていつまでも消えることは無かった。


「先生、莉桜は退部するとき何か言ってませんでしたか?」

「何かって?」

「私のこと……とか」

私との喧嘩を先生に話している可能性はある。もとはと言えば先生の提案したコンクールから始まった喧嘩だった。先生のせいにしているわけではないが、どうして私にも提案してくれなかったのだろうと思ったのも事実。

「特に何も言ってなかったわよ。あ、でも、『道具はまとめてあるから無くしたもの無いか確認しておくよう言っておいて』的なことは言われたかな」

「そうですか」

「市川さんと何かあったの?」

「いえ何も……でも、少し喧嘩して……」

「喧嘩か。え、それで市川さんは退部したの?」

「いえ、そんなはずはないです」

そうだよ。私は何も悪くないんだから。

「本人は喧嘩する前から退部するつもりだったらしいですから」

「そう……。まあ本人が決めたことならあまり詮索はしないけど。喧嘩したならきちんと仲直りしなね。友だちなんて失うときは本当に一瞬なんだから」

「……はい、分かってます」

本当に大切なものは失ってから気付く。この事に私は莉桜の退部で学ばされた。

「仲直りするにはどうすればいいですか」

それを聞くのはいけない。自分で考えて動くからこそ大切だというのに。人に頼ってその通りに動く。まるで操り人形だ。

「きちんと気持ちを伝えること。そしてきちんと相手の話を聞くこと」

「……え。それだけ……ですか」

あまりにもあっけない答えに思わず本音を口を滑らせてしまった。

「それだけって思うでしょ?そんなの簡単じゃんって。でもね、これがなかなか、思っている以上に難しい」

私には未知の世界。誰かとこんなにぶつかる経験をしたことがなかったから。そんな私を見透かしたように先生は優しく教えてくれた。

「喧嘩ってさ、感情的になるからいろいろぶつけちゃうと思う。だから『人の話を聞く』という基本的なことが出来なくなる。揉めてるときだからこそ、難しいかも知れないけど感情的にならないできちんと自分の気持ちを伝える。そして、相手の気持ちを聞くことも忘れない。自分に考えがあるように相手にも考えていることはある。伝えることが一方的にならないようにする」

耳が痛い。痛すぎる。以前の私は全く逆のことをしている。思えば、莉桜は私に何かを伝えようとしていた。それを私が遮っていた。もしかして、本当に悪かったのは私だったのか。

「分かりました。そうしてみます」

これ以上先生の話を聞いていると立っていられない。

「莉桜、今何してるんだろう……」

ふとスマートフォンを開く。莉桜とのトーク画面はあれから動いていない。心に大きな穴が空いている。今さら後悔しても後の祭りだ。終わったことだ。過去は変えようがない。

「……ダメだ……」

今までのことは忘れようとしていても、忘れられない。筆を握ればあの時のことを思い出してしまう。部活に影響してしまうのだけは避けたい。そのために今、私がやらなければならないこと。選択肢は無い。答えは1つだけ。


部活を抜けて、すぐさま莉桜に電話をかける。なかなか繋がらない。それでも私は電話を繋ぎ続ける。

「……もしもし?茉由?」

「……!?あ、莉桜……!!」

莉桜の声が聞こえた瞬間、全身が硬直した。

「どうしたの?急に電話なんて。っていうか、部活はどうしたの……?」

「……あるけど、抜けてきた。今日はサボる」

「え!?」

「ところで、莉桜、今って時間ある……?」

不思議だ。以前の口論の時は発言に緊張など皆無だったのに、今は違う。電話越しでも自分の言葉が本人に伝わっていると考えるだけでも恐ろしい。

「空いてるよ。それがどうしたの?何?」

言い方が間違っているかもしれない。莉桜を傷付けるかもしれない。だけど、変にオブラートに包むときちんと伝わらない気がする。

「……あのさ、莉桜。」

「うん」

莉桜と繋がっている携帯を握る右手。スカートを強く握りしめる左手。そしてじんわりと汗を感じる全身。バクバクと激しく音をたてる心臓。

「莉桜が退部したのって、私のせいじゃないよね……?」

「……え?」

とにかく一方的にならないように気を付ける。伝えることも大切だが、相手の気持ちも聞くことも大切。先生の話を何度も何度も思い出す。

「ごめん。いや、そんなことは今どうでもいい……。私、莉桜に話さないといけないことがあるの」

今だ。今言わないと。この気持ちが冷める前に。

「……私も」

「え?」

「私も茉由に話したいことがある」

「莉桜……」

話したいことがある。だけど、私は何度も莉桜の言葉を遮ってきた。そうなる可能性があるのならば、最初から自分を下げる方がいい。

「分かった。莉桜の話、聞かせて」

今はもう、この決意が変わらないことを祈るしかない。

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