FILM.29 涙と本音の衝突
「話してよ、何でもするから……!!」
「……」
言わない方がいいと分かっていたのに。
「……そういうこと言わない方がいいよ。莉桜、何でもするって言って本当に何でも出来るの?私が何言っても出来るの?知らないよ。面倒な展開になっても」
「じゃあ、何をすれば正解だったの?機嫌が元通りになるまで茉由のことを放置してればよかった?そしたら、茉由は話してくれるの?」
気持ちを抑えていたストッパーが一気に破壊されていく。一度スイッチが入ってしまうともう止められない。
「放置って、言い方他にあったでしょ」
「今はそういう問題じゃない。それで、私はどうすればよかったの?」
「私に聞かないでよ。知るわけないじゃん」
「じゃあ、文句言わないでよ」
茉由の言葉1つ1つに怒りが蓄積していく。茉由にこんなネガティブな感情を抱くのは初めてだ。時間が過ぎると共に言葉もきつくなっていく。
「……なら、答える代わりに私も聞く。だからちゃんと答えて」
「うん」
変な緊張が走る。
「どうして、コンクール出さなかったの?」
「コンクール……ってスイーツのやつ?」
「うん、まぁ、それもだけど。あれから莉桜、コンクールに応募しなくなったよね。何で?どうして急にコンクールに出さなくなったの?」
「えっと……それは……」
「『いろいろあった』とか言わないでよ。そんな常套句、私にはもう通用しないからね。何かあったんだろうなって分かっててこっちは聞いてるんだから」
「……」
茉由は私のことを完全に理解している。いや、理解しすぎている。だから分かっている。私が今まで苦難をどう逃げてきたのかという手段も。
「……自信が無かったから。私のものは人に評価されるほどのものじゃないから」
私の人生を描くことが怖い。私は弱い。それが現実だ。
「自信ない……ってなんでよ……」
「……?」
「莉桜のその技術と実力で何をそんなに怖がってるの?賞だってたくさん持ってるのに評価されるほどじゃないって。そういうところだよ、莉桜。莉桜は本当に絵を描くことが好きなの?『自信がない』っていう勝手な理由一つで簡単に捨てられるものなの?」
「そんなことは……」
「だってそうでしょ!!」
絵を描くことが好きで、お互いにお互いのことが大切。本音でぶつかり合うからこそ起こるすれ違い。私の弱さが茉由を傷つけ、茉由の強さが私を苦しませる。
「私だって自信ないよ……、莉桜と違って今まで1つも賞取れてないもん。莉桜の『自信ない』は私にとっては完全なる煽りなんだよ」
「違う、そういうつもりは……」
まずい。この状況。茉由の言葉で目が覚めた。謝れば謝るほど茉由の傷を増やすことになる。
「もう、よく分からないよ……。結局、莉桜はどうしたいの……?退部したいんじゃないの?」
「……うん、するよ」
言葉に生気がない。
「……もう、いいや……」
「茉由?」
「言ったよね。『何でもする』って」
「……うん」
「じゃあ、私が『全部欲しい』って言ったらどうする?」
「全部……って」
「莉桜の道具、莉桜が描く絵、莉桜の才能、全部」
瞳を潤ませながら必死に言葉にしていく茉由。友人の頼み、大好きな茉由の頼みに対していつもならば素直に「いいよ」と受け入れていた。でも、この頼みにはそのような返事は出来ない。
「それは無理……かな」
「何で?だって退部するんでしょ?だったらもう必要ないじゃん」
そんなことはない。退部と絵から離れることはイコールではない。私は退部しても絵を描くことだけは続けるつもりだ。
「もう、これ以上苦しみたくないよ……」
反論しようとした瞬間、茉由がボソッと呟いたのが聞こえた。
ある一言が頭の中で駆け巡る。退部を決意したすべて。
―莉桜が苦しんでる姿を見てると、こっちも苦しくなるの
私が絵を描くと、必ず誰かを苦しめる。私が絵について語ると、必ず誰かを悲しませる。
「茉由、一度お互い冷静になろう。感情でぶつかっても仕方がないから……。ごめんね、茉由」
私は最後まで謝っていた。リュックが重い。いつもと何も変わらないはずの廊下がひどく長く感じる。全身に力も入らない。
「なんでこんなことになったんだろう……」
涙が止まらない。それでも時間は過ぎていく。おそらく、最初から間違っていたんだ。夢中になれば周りが見えなくなる。茉由の本音に気づくことが出来なかった。そして、最後の最後まで謝っていた。自分を守るために。
神様。
これは私の宿命なのでしょうか。
そうなら、私はどうすれば絵を手放せますか。
こんなことを天に尋ねたところで、もちろん何も返事などない。そもそも神様が本当に存在しているのかすら私は知らない。別に知りたいとも思わない。ただ、都合の良いことに、こういう状況に陥ったときだけは、信じられるのは神様だけなのだ。
そして冬休み前最後の登校日。冬休み効果か、学校が生徒の声でいつも以上に騒がしい。外で空っ風が吹き荒れるこの日、私は斉藤先生に退部届を提出した。




