FILM.28 禁句
私は一体、何のために絵を描いているのだろうか。
「そういえばさ、コンクールどうするの?」
お弁当を食べ終えた茉由がリュックの中からグミを取り出し封を開ける。
「あー……、あれね。断った」
「っえ……!?断っちゃったの……!?」
「うん」
スイーツコンテスト。私には向いていないと判断した。
「やればいいのに、もったいない」
「私には無理だなって思ったから」
「やってもないのに諦めちゃうの?」
「試しに描いたよ。だからやめた」
「……そっか」
茉由はどこか不完全燃焼な様子で私の言葉を受け止めていた。
「他にやりたいコンクールとか無いの?」
「うーん……。今はいいかなコンクールは」
「……ねえ、何かあった?大丈夫?」
「うん、大丈夫。心配ありがとう」
きちんと目を見て話してくれる彼女に私は平気なフリをして言った。
「今日は部活、行く?」
「うん。行くよ」
しかし、この日を境に私は徐々に壊れていった。
「……あれ、何これ……」
突然、鉛筆を持つ手が震え始めたのだ。手が震えて直線がまともに描けない。これがストレスにならないわけがなかった。だが、私は自分の身に何が起こっているのかを考えようせず放置していた。これが後に最悪な事態を招くことになるとも知らずに。
時が過ぎ、クリスマスシーズン。太陽の沈む時間が早くなり、見渡せばイルミネーションが街を照らす。美術室からでも外の美しい景色は見える。しかし、どんなに美しいイルミネーションでも私たちのことは照らしてくれないようだった。
「え、退部するの……?え、なんで……?」
「まぁ、いろいろあって……」
「いろいろって何?気になるんだけど」
「……」
いつもの茉由ではない。声が真剣さを物語っている。
「最近見てて、莉桜らしくないとは思ってた。でも、退部はしなくてもいいじゃん。コンクールだってまだまだあるんだよ?」
「うん、分かってる。でも、いいの。コンクールはもう」
斉藤先生の話を聞いていて思った。無意識に自分の人生を反映しているのならば、絵を評価されるということは他人に私自身の人生も評価されるということと同じなのではないか。私のようにつまらない人生を送っている人間が描いた絵など誰が評価するのだろうか。何より、人に私の人生を評価されたくない。淋しい人生だと自分で気づいているからこそ、誰かに否定されるのではないかとも思う。
「諦めるの?」
「……ごめんね。本当に、私、自分勝手だよね」
「……うん、本当に自分勝手。莉桜のそういうところ、見てるとマジでイライラする」
「え、ちょっと茉由……!?」
荷物を抱え美術室に背中を向けて走って出ていった。
「ちょっと、茉由待って!!」
「待ちなさい」
追いかけようと私が席を立った瞬間、左肩に少し一瞬の重さを感じた。
「……斉藤先生」
「今は放っておきな」
私の左肩には振り払うことの出来る先生の手。だけど、私はそれが出来なかった。
「でも、きちんと話をしないと……」
「今話しても間違いなく逆効果。少し時間を置いてから話し合ったら?」
私は言葉が出なかった。この手を振り払うか反論でもして茉由を追いかけるべきだったのか。
「原田さんを思うならそっとしてあげなさい」
「……はい」
せめてもの償いで私は茉由の道具を片付ける。
翌日。帰りのHR終わり、茉由に話しかけた。
「何?」
「えっと……」
まだあれから24時間ほど経過。茉由に会ってすぐに分かった。明らかに避けられていると。
「茉由の道具、美術室にあるから……」
「あ、そう。分かった」
目の前に人懐っこい茉由の姿は無かった。
「じゃあね」
「ま、茉由……!!」
私の横を通りすぎようとする茉由をなんとか引き留める。
「何?」
「……ごめんね、昨日のこと茉由は何も悪くないから」
「それ言いに来たの?」
「……うん」
目の前にいるのは誰だ。私の知らない茉由だ。
「そんなこと言われなくても分かってるよ。だって実際、悪いのは私じゃない。莉桜だもん」
「え……」
茉由は何も間違っていない。だが、いざ面と向かって言われると唖然とした。
「っていうか、昨日から言ってるけどさ、何なの?『ごめん』って。謝って何したいの?退部するから謝ってるの?なんで?」
「えっと……、それは……」
突然の論破に恐怖心が芽生える。ごもっともだ。私はなんで謝っているのか。
「もちろん、退部に納得はしてないよ。でも莉桜が決めたことだし。それに昨日の感じ、これ以上私が何を言っても莉桜の答えはどうせ変わらないでしょ。お互いに時間の無駄」
心配してくれているように見えて実は猛毒を含む茉由の言葉。「どうせ」、「時間の無駄」と言葉が並ぶ。言葉という見えない矢があまりにも鋭利で、想像以上にしんどい。
「……茉由はきちんと言葉で伝えることが出来るから羨ましい」
「何それ、馬鹿にしてるの?」
「違う」
私は言葉にするのが苦手だから。
「『羨ましい』って、莉桜に言われたくない」
「え……」
咄嗟に否定する茉由に驚きを隠せなかった
「私が欲しいもの、全て持ってるくせに……、余計にイライラする」
茉由の声が震えている。涙を堪えているのか。しかしこれが茉由の本音なのだ。
「そんなにムキにならなくても……」
「分かってるよ……!!だけど、しょうがないじゃん……。今、莉桜を前にすると感情をコントロール出来ないんだもん……私」
どういうことだ。私は茉由に何かしてしまったのだろうか。思考が追い付かない。聞いてはいけないと分かっている。だが、聞かずにはいられない。
「ねえ、茉由。何をそんなに怒ってるの。私、何かした?」
「言わない……」
「ねえ、答えてよ」
「やだ」
「お願い、何でもするから」
「……」
私は間違えた。この状況で言ってはいけないことを言った。




