21.サタリー家
スリンケット視点です。
スリンケットは緊張気味にサタリー家を訪れていた。
パートンハド家の新惣領アナトーリーが手助けを求めている、と聞いている。なのに集合場所はサタリー家のアルフレッドの部屋で、当のアナトーリーは来ないらしい。──どうなっている?
一緒に招集されたテラントリーは緊張で表情が硬い。彼同様、情報が無いのだろう。
ユーリグゼナは相変わらず呆けた顔をしている。叔父の危機を助けてくれる友人に対する態度ではない。
(もうちょっとお願いしますとか、何かないの〜?!)
そんな言葉を、ため息と一緒に飲み込んだ。無駄なことは分かっている。それより別のことを期待して、ここに来たのだから。
サタリー家は現在シキビルド筆頭の貴族である。家は住処というより主幹施設のように大きく、建物内で様々な区枠がある。様々な揃いの服を着た人々が足早に通り過ぎていく。
スリンケットは忙しそうな人々の間を肩身の狭い思いで通り過ぎる。ようやく三人そろってアルフレッドの部屋に着くと、ぐったり座り込む。彼は早速アルフレッドに文句を言った。
「なんでここで集合することにしたの? 忙しそうで、もの凄くいたたまれない気持ちになったよ……」
「ユーリの提案してきた場所が、森とか平民向けの店とか、普通のところじゃなかったからです」
「ここも全然普通じゃないよ? 今、サタリー家一体何の仕事してるの? 本来『医』のお役目なのに、治水や道路、食料関係の部署まで見えたんだけど……」
「ああ。父上が今そっちも受け持ってます。あと流行り病が増えて、『医』の方も対応に追われています」
「……なんか壮絶だね」
スリンケットは、はああっとため息をついた。
サタリー家は戦後も卓越した『医』の力と組織力を維持している、稀有な一族だ。優秀で豊富な人材は今、国の仕事までも請け負い、崩壊寸前のシキビルドをギリギリもたせている。でも限界は近い。
この国のことを調べれば調べるほど焦りが募った。本当に人がいない。このままでは崩壊する。動ける者は、今すぐ全員働くべきだ。
(ああ。止め止め。僕らしくもない)
今日の面子でそんな話をするつもりはない。大切な友人と、楽しく過ごしたくてここに来た。
「……そもそもさ。なんでユーリグゼナの家の用事なのに、アルフレッドから連絡が来るわけ?」
ユーリグゼナの対人能力の無さをアルフレッドが埋めている、なんてこと分かり切っている。でもそこを突くと必ず彼が乗ってくる。
「ユーリのプルシェルに問題があるんです」
「ふーん。そう。まだ慣れないんだ?」
ユーリグゼナの黒曜石のような目がこちらに向いた。懐いたな、と思う。昔の無反応と無表情からは考えられない。
「僕のところにたまに連絡ちょうだいよ。練習にさ」
「やめといた方がいいです」
「なんでアルフレッドが答えるのさ」
アルフレッドは眉間にシワを寄せながら、「それはユーリが……」と歯切れ悪く言い返す。スリンケットはニヤつきながら「はいはい」と返す。いつまでも続くラリーが楽しい。
テラントリーは、穏やかな表情でお茶を淹れている。サタリー家の側人たちがあまりに忙しそうだからと、自ら申し出ていた。結果、気の置けない友人だけで過ごすことができて、有難く思う。
「ユーリ。アナトーリーから頼まれたことって何?」
ようやく本題にはいるらしい。
ユーリグゼナは大きく頷くと、大きな鞄から布に包まれた荷物を出す。慎重に解いていく。
「アルフ。これはシキビルド古来の楽器。二つのうちどちらかを、王の結婚式で演奏して欲しい」
アルフレッドの深緑の目が大きく見開かれた。
大きいものは三本の弦に四角の胴がついた弦楽器。細長いものは黒光りする横笛。恐らくとても古くて貴重な楽器なのだと、詳しくないスリンケットにも分かる。
ユーリグゼナは横笛を取り、吹き口に唇を近づける。
ブホォ────
風の音のような生き物の声のような不思議な音が出る。
アルフレッドは横笛に近づき、食い入るようにユーリグゼナの話を聞き始めた。
スリンケットは少しだけ寂しく思った。
ユーリグゼナとアルフレッドに放っておかれ、スリンケットはぼやいている。
「……他人の家でいきなり楽器を吹くのはどうかと思うよ」
「そうですね。でもアルフレッド様の説得には早道みたいですわ」
テラントリーの声が落ち着いている。今日は逃げないんだ、と思っていることを悟られてはならない。
「テラントリーの説得は、もう終わってるんじゃないの? 結婚式の舞の師匠は君の祖父母だと聞いたよ?」
どっから聞いたんですか? というようなしかめ面をしながらも、テラントリーは答える。
「はい。私の曾祖母が古代舞の唯一の伝承者で、セルディーナ様の側人の方の指導をしています。結婚式が他の人にも公開されることになったため、私も参加して二人で舞うことになりました」
曾祖母の家名はもう無いですが、とテラントリーが呟いているのを、スリンケットは黙って聞き流す。本当はだいたい知っていた。真面目なテラントリーにおとり潰しになった家のことは聞かない方がいい。ようやく普通に話してくれるようになったのだ。四つ下の女の子の恋心を揺さぶって情報を出させた後ろめたさが、未だに彼にはある。
(テラントリーにいつもの仕事熱が戻ってきた)
テラントリーは前みたいにきりっとした顔をしている。薄紅梅色の髪がゆらりと揺れ、薄茶色の目を煌めかせながらたずねた。
「スリンケット様は何をされるのですか?」
「僕は運営の方かな。もともと少し手伝ってはいたんだけど。今後は、アナトーリーの下につくことになるかも」
「承諾されたのですね」
「承諾もなにも……。説明が一切ないんだけど?! 僕、アナトーリーにいたぶられてる?! まぁ言いたいことは山ほどあるけど……それでも……決めたよ。手伝う。四人とも関わるなら、楽しそうだ」
アルフレッドは上機嫌で、さらっとした見事な金髪がユラユラ揺らしている。古楽器の演奏なんて面白そうなこと、引き受けたに決まってる。
「練習が楽しみだ」
「私も」
音楽をやっているときの二人は、最高にいい。スリンケットは赤茶色のくせ毛をフワフワさせながら、にっこり笑った。
二杯目のお茶がはいるころ、不意にアルフレッドが言い出した。
「ところでユーリ。実は……側人の手配が遅れている。フィンドルフに謝っておいてくれないか」
ユーリグゼナは何でもないことのように、頷いた。
「大丈夫。サタリー家の状態は聞いてる。心配しないで。フィンが側人無しでもいけるよう、私が鍛えてるから!」
「待て! それは駄目だ。フィンドルフまでユーリみたいになったらどうするんだ」
「え?! どういう事?」
「まともな従兄弟は大事にしろ」
アルフレッドの言葉に、ユーリグゼナが訝し気な顔になったところで、スリンケットは話に加わる。
「ユーリグゼナの従兄弟の新入生か。楽しみだね」
テラントリーが真剣な顔で、ユーリグゼナに詰め寄っていた。
「パートンハド家も側人を設けられるんですね? ユーリグゼナ様も来年はお願いしてくださいませ」
ユーリグゼナは目を泳がせた。
アルフレッドはフィンドルフのことを語りだした。可愛い容貌に、しっかりした挨拶。まるで自分の弟の自慢でもしているようだ。
スリンケットは苦笑いしながら、お茶に口をつける。久しぶりに四人で過ごせて、彼の頬はずっと緩んでいた。
コンコンコン
不意に扉がノックされ、サタリー家の側人が入ってくる。アルフレッドに耳打ちをして、そっと下がっていった。アルフレッドは不可解そうな顔で、ユーリグゼナに言う。
「俺のじいちゃんが呼んでるって」
「分かった」
「分かったって……。呼ばれること、知ってたのか?」
「あ。……うん。アナトーリーが連絡を取ってくれてね」
相変わらずユーリグゼナの返事は答えにならない。
ユーリグゼナは、じゃあ行ってくるね、と出て行ってしまった。
スリンケットは訊ねずにはいられない。
「アルフレッドのおじい様って、診れることで有名な人だよね?」
アルフレッドがすうっと目線を逸らした。
「そうです……。でも新規の診察はほとんど受けないんです。今担当してるだけで手一杯だからって。ずっと忙しくて、俺もだいぶお会いしてないくらいで」
「なんでそんな顔してるの?」
「……」
アルフレッドは強ばった顔のまま、答えなかった。
(言えないんだ。しかも良くない話か……)
スリンケットは急に背筋が寒くなった。
次回「診る」は1月21日18時に掲載予定です。
2026年4月大改稿。




