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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第1部

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21/198

20.シキビルドの守り神

視点がヘレントール→ユーリグゼナと変わります。

 ──少し時は(さかのぼ)る。





(あの馬鹿。ついに血迷ったんじゃないでしょうね?!)


 森で家族みんなで鍋をつつき、帰りが遅くなった夜のことだ。

 ヘレントールは静かに怒りをため込んでいた。彼女は走り出した二人の息子フィンドルフとアラントスを追い、森から先に家に戻ってきていた。しかし、どんなに待ってもユーリグゼナとアナトーリー、そしてユキタリスは森から帰ってこない。時間が経つにつれて、彼女はあらぬ方向へと想像が膨らんでいく。 


 だから、ボロボロの二人と泣き顔のユキタリスが目に入った途端……彼女の足は空を切り、アナトーリーの腹部を蹴り飛ばした。ヘレントールの薄茶色の髪がふんわりと風に舞う。

 すでに限界を迎えていたアナトーリーは、避けることもできずに飛んでいった。ユーリグゼナが、慌てて止めに入る。


「ヘレン!! 遅くなってごめんなさい。でもアナトーリーが悪かったわけじゃなくて、魔獣たちに襲われて……」


 ユーリグゼナはお漏らしで濡れたユキタリスを、ヘレントールに差し出す。我が子の冷たい太腿に触れ、彼女の呼吸は静かになった。


「あら、冷えちゃったわね」


 ヘレントールは母親の顔に戻り、ユキタリスを落ち着かせ着替えをさせる。パートンハド家最強の戦闘力をほこる彼女は、結婚しても子供を産んでも衰えない。現在、シキビルドで最も強い人間になっていた。






「あら、勘違い?」

「ヘレン……。自分の弟をどんな人間だと思ってるんだ?!」

「色ボケ暴走男でしょ?」


 ヘレントールはお茶を注ぎながら、失神から目覚めたアナトーリーに事情を聞く。アナトーリーはぐったりと項垂れていた。ヘレントールは視線を遠くにやりながら、懐かしそうに目を細めた。


「アナが姉様に夢中で、暴走するところ何度も見てるし」


 アナトーリーは口に含んだお茶を吹き出す。ヘレントールは、まあ汚いと呟く。


「別にユーリが嫌じゃないなら、アナが結婚を言い出しても仕方ないかなと思ってたわよ? 姉様とは異母姉弟だから血も近すぎないし、ユーリの事情も理解してるし。でも、十三歳に手を出したら犯罪よ?」

「何もしてない」

「本当に?」

「……本当に」


 ふーん、とヘレントールは呟く。


「で、アナはユーリのライドフェーズとセルディーナの養女の話と、カミルシェーンとの婚約の話を受けるつもりなのね?」

「ユーリの()()を考えると、シキビルドを離れた方がいいと思っている」

「反対よ」

「え?」

「絶対に反対。あなたが断れないなら直訴する」


 ヘレントールが反対すると、アナトーリーは目を見開いた。彼女は大きなため息をついた。


「三年たっても全然駄目ね。ようやく家族で幸せそうに暮らす子に、よくも引き離すような提案考えられるわね」

「ユーリはこのままシキビルドに居たら、死ねない体になる。家族が全員いなくなってこの世界に一人残される方が不幸じゃないか? いてててててて────」


 アナトーリの頭蓋骨は、ヘレントールの両(こぶし)によりゴリゴリとねじりあげられた。痛みで彼の思考を妨げながら、彼女はきっぱりと断言する。


「やっぱりアナじゃ、ユーリは守れないわね」






◇◇◇◇◇







 ヘレントールが失神したアナトーリを看ている間に、ユーリグゼナはフィンドルフとアラントス、ユキタリスの三人に寝る準備をさせた。十歳のフィンドルフには、早々に部屋から追い出される。


(フィンドルフが成長して、少し寂しい)


 ユーリグゼナは、アラントスとユキタリスをそれぞれの部屋で寝かせると、アナトーリーの様子を見に行く。彼はすでに目覚め、ヘレントールにひどく叱られたようで、非常に疲れていた。


 ユーリグゼナは、シキビルド王ライドフェーズの養女となり、ペルテノーラ王カミルシェーンと婚約する話があることを聞く。ヘレントールが激怒して反対していることもあり、この件はアナトーリーが断わることになった。ユーリグゼナもライドフェーズからの宣戦布告の話を二人にする。きっとこの養子縁組と婚約の話のことでは、と二人は言った。


(違うと思う。そんな生半可なものではなかった)


 そうユーリグゼナは思っているが、それ以上話はしていない。





 家族五人が住む家は、ユーリグゼナが学校にいる間にヘレントールが用意していた。紫位(しい)階級のものとしては小さすぎ、特権階級を招くには質素な家は森の入り口近くにある。ユーリグゼナにとって最高の家だった。そんな家に遊びに来てくれるのは、森の魔獣たちくらいのものだったが、ある日古い知人(ケン)が訪ねてきた。


「ご無沙汰して申し訳ございません。アナトーリー様」

「いや。こちらこそすまない。パートンハド家の御用達として、長年支えてもらったのに守ることができなかった」

「いいえ。私どもは十分に守っていただきました。元惣領様しかり、こちらのユーリグゼナ様にも……。十歳の子が精一杯両手を広げて守ってくださった。パートンハド家の所領地全てを格安で譲っていただいたお陰で、これからも商売させていただける金子を作れました。今こそ所領地をお返しするときです」


 そういうと、契約書を机の上に広げる。


「こちらはユーリグゼナ様と結んだ契約です。格安で譲る代わりに、パートンハド家が存続し代金を支払うことができた場合は、土地をお返しすることになっています」

「ありがとう。(ケン)。実際は、戦争の混乱から所領地の荒廃を防ぐことができなくて、お譲りしたはずだ。守ったうえに、財も増やせるとは流石の手腕だな」


 (ケン)は穏やかに微笑んだ。ユーリグゼナは机の上にそっと代金を置く。(ケン)はユーリグゼナに会釈をして、中身を改める。


「多いですね」

「色を付けてお返しする約束でしたから」

「お金でないものを所望したいのです」

「?」

「パートンハド家の御用達に戻していただくことはできませんか?」


 ユーリグゼナはハッとしてアナトーリーを見た。アナトーリーは大きくうなずく。


「了承しよう」


 研は床に跪き、誓う。彼の灰色の巻き毛がさらりと額に落ちる。


「パートンハド家が富み栄え輝いていきますよう、全身全霊を持ってお仕えいたします」

「それに応え、全信頼と守護と感謝を捧げましょう」


 アナトーリーは研の右肩にそっと手を置く。儀式が終了する。ユーリグゼナは少し涙ぐみ、そっと退出をする。長い話になるだろうから、お茶とお菓子だけでなく食事も準備するつもりだ。






 最近ユーリグゼナは、三兄弟が寝静まった夜間に、アナトーリーとヘレントールの三人でお茶をしている。仕事の報告も兼ねているので、いつもアナトーリーの話が多い。話が進むにつれて厳しい表情になっていたヘレントールがついに口を開く。


「アナトーリー。あなたに仕事が振られ過ぎよ。(レン)が協力してくれて、研も戻ってきてくれて本当に助かってる。でもそれで全ての仕事をこなしても、あなたのためにもシキビルドのこれからの人材育成のためにも良くない」

「……分かった。もっと別の人間に振るよう進言する。受けてる分も他の階級に頼んでみる……」


 アナトーリーは苦しそうに言う。ライドフェーズにはやはり意見が言いにくいらしい。ヘレントールは本当にしょうがないわね、という顔で続ける。


「結婚式を古式で行うのは、手間的にも特権階級の反発を考えても、かなり無理があるんじゃない?」

「確かにそうなんだが……。シキビルドの神獣に捧げるものなので、ちゃんとやりたい」

「シキビルドの神獣?」


 聞いているばかりだったユーリグゼナが口を挟む。アナトーリーとヘレントールは顔を見合わせ、アナトーリーが頷き話し出す。


「各国には一柱(ひとはしら)ずつ神獣があらせられる。シキビルドにいるのは朱雀だ」

「神様なの?!」

「いや。生きておられるから、むしろ人間の方が近い。とてつもなく寿命は長いが……。朱雀はシキビルドの領地を維持する守護神だ。王は朱雀がもたらす安定した空間の中で初めて統治することができる。パートンハド家は朱雀のために王を選び国を守る。国が乱れると、朱雀は弱り眠ってしまうから……」


 アナトーリーの歯切れは悪い。今は弱り眠っている状態なのだろうか。


「初めて聞いた……」

「だろうな。このことは調停者、各国の代表しか開示されていない情報だ。俺も卒業後初めて父上に伺った」

「私も卒業後にパートンハド家の役割とともに父上に教えられたわ」


 ユーリグゼナは二人の話に目を丸くする。この世界は生き物によって維持されていたのだ。その事実は生き物の存在を感じながら生活している彼女にとって、納得しやすいことだった。


「そうすると音楽を奏でると、朱雀に届……」


 ユーリグゼナはいきなり体がぐらりと揺れて、話ができなくなった。頭の中がぐるぐるする。そしてあの黒く生ぬるい存在が彼女の体にすり寄ってくるのを感じた。アナトーリーが駆け寄り、彼女に何か言っている。


(なんだろうこれは。気持ち悪い)


 そして意識を失いそうになる時、誰かがユーリグゼナに言った。


『お前がパートンハド家を滅ぼしたのだ。口を噤むがいい。この苦痛は当然の償いだ』


 ユーリグゼナは声を漏らさないよう、苦痛に耐える。するとどこからか、優しい声がした。


「そんなこと、誰がいうものか。ユーリは何も悪くない」


 ユーリグゼナが目を開けると、アナトーリーとヘレントールが苦しそうな顔で彼女を見ていた。途端にヘレントールが泣き崩れる。アナトーリーの(こぶし)は強い力で握りしめられ、赤黒い色に変わっている。

 ユーリグゼナはさっきの優しい声はアナトーリーだったと分かった。


(私には何かあるんだ)

 

 ユーリグゼナは自分の手をじっと見る。彼女自身では何も感じないし、思い出すこともできない。黒く生ぬるい存在が彼女の頭の上でくるくると回り出す。気持ちが少しずつ安らぎ強い眠気が起こる。ユーリグゼナが再び目を覚ますと、彼女は倒れてからのことを何も覚えていなかった。黒く生ぬるい存在はいつの間にか消えていた。





 ライドフェーズが住む御館に、ペルテノーラ出身の側人が来訪した。ライドフェーズとセルディーナに長年仕える二人で信頼も厚い。有能らしく、彼らが御館に入ってからライドフェーズの動きが格段に良くなった。アナトーリーの負担も少し減ったように見えた。心配していたユーリグゼナとヘレントールは少しホッとする。


 ちょうど同じ時期にライドフェーズとセルディーナの結婚式が、当初の予定をはるかに超えて大々的に行うことが決まる。特権階級向けと平民向けに披露されることになり、儀式のための舞も公開されることになった。

 事実上、ライドフェーズが王になってから初の国家行事だ。しかも前例がない内容が多い。どこでどのような形式をとれば可能なのか、護衛体制は、飲食は……。凄まじい仕事量が予想された。

 

 アナトーリーは通常業務に加えて、この式の準備、段取り一切を任されることになった。その負担は大きく彼は連日連夜奔走することになる。家を守ることを優先していたヘレントールも、時々御館に呼ばれ仕事を請け負うようになった。

 アナトーリーは疲れた顔で帰ってきたある夜、ユーリグゼナに言った。


「ユーリ。お前の学校の友達を全員貸してくれないか。力を借りたい」






次回「サタリー家」は1月18日18時に掲載予定です。





改稿、改題かなりしております。申し訳ございません(2023年.2024年)

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