21.サタリー家
スリンケット視点です。
スリンケットは緊張気味にサタリー家を訪れていた。ユーリグゼナが、アナトーリーを手助けするため招集をかけたのだ。
集合場所になったのは、サタリー家のアルフレッドの自室だ。テラントリーは緊張で表情が硬い。ユーリグゼナは少し呆けたような様子だ。
サタリー家は現在シキビルド筆頭の貴族である。家は住処というより主幹施設のように大きく、建物内で様々な区枠がある。様々な揃いの服を着た人々が足早に通り過ぎていく。
三人は、忙しそうな人々の間を肩身の狭い思いで通り過ぎ、ようやくアルフレッドの部屋に着くと、ぐったり座り込む。スリンケットは早速アルフレッドに文句を言った。
「なんでここで集合することにしたの? 忙しそうで、もの凄くいたたまれない気持ちになったよ……」
「ユーリの提案してきた場所が、森とか平民向けの店とか、普通のところじゃなかったからです」
「ここも全然普通じゃないよ? 今、サタリー家一体何の仕事してるの? 本来『医』のお役目なのに、治水や道路、食料関係の部署まで見えたんだけど……」
「ああ。父上が今そっちも受け持ってます。あと流行り病が増えて、『医』の方も対応に追われています」
「……なんか壮絶だね」
スリンケットは遠い目をして言う。
パートンハド家はかなり本来の仕事を超えて請け負っているが、サタリー家の場合、幅広さも仕事量も群を抜いていた。シキビルドの基幹業務に加え、平民の生活を支える業務を一手に引き受けている。事実上国を回しているのは、サタリー家と言えた。
スリンケットは赤茶色のフワフワした髪を揺らしながら言う。
「そもそも、なんでユーリグゼナの家の用事なのに、アルフレッドから連絡が来るわけ?」
「ユーリのプルシェルに問題があるからです」
「……そう。まだ慣れないんだね? 僕のところにたまに連絡ちょうだいよ。練習にさ」
「やめといた方がいいです」
「なんでアルフレッドが答えるのさ」
アルフレッドをからかいながら、嬉しそうにスリンケットが会話を続ける。テラントリーは、見慣れた光景に少しホッとした様子でお茶の用意をする。アルフレッドの側人たちがあまりに忙しそうで、自ら申し出ていた。
スリンケットは荷物をほどいて中身を出し始めたユーリグゼナに聞く。
「ユーリグゼナの荷物は、なんでそんなに大きいの?」
ユーリグゼナは顔を上げるが、彼女が答える前にアルフレッドが重ねて聞く。
「そもそも今日集められた理由は何なんだ?」
「アルフレッドは知らずに集合かけてたの?」
スリンケットの言葉に、アルフレッドはムッとした顔になる。スリンケットは笑いに堪える。ユーリグゼナはアルフレッドとスリンケットのやり取りの間、包まれた布を慎重に解いていた。真剣な顔で言った。
「シキビルド古来の楽器を持ってきました。アルフ。二つのうちどちらかを演奏して欲しい」
アルフレッドの深緑の目は見開かれる。スリンケットが初めて見る楽器だった。大きいものは三本の弦に四角の胴がついた弦楽器。細長いものは黒光りする横笛。ユーリグゼナは横笛を取り、吹き口に唇を近づける。
ブホォ────
風の音のような生き物の声のような不思議な音が出る。アルフレッドは横笛に近づきじっと見る。彼のさらっとした見事な金髪が揺れた。真剣な顔になりユーリグゼナの話を聞き始めた。
スリンケットはアルフレッドの興味が完全に持っていかれて、少しだけ寂しく思った。
「……他人の家でいきなり楽器を吹くのはどうかと思う」
長い時間ユーリグゼナとアルフレッドに放っておかれ、呆れ顔でスリンケットは呟く。
「そうですね。でもアルフレッド様の説得には早道みたいです」
それにテラントリーは静かに答えた。今日は逃げないんだな、と思いながら彼女に聞く。
「テラントリーの説得は、もう終わってるんじゃないの? 結婚式の舞の師匠は君の祖父母だと聞いたよ?」
どっから聞いたんですか? というようなしかめ面をしながらも、テラントリーは答える。
「はい。私の曾祖母が古代舞の唯一の伝承者で、セルディーナ様の側人の方の指導をしています。結婚式が他の人にも公開されることになったため、私も参加して二人で舞うことになりました」
曾祖母の家名はもう無いですが、とテラントリーが呟いているのを、スリンケットは黙って聞き流す。本当はだいたい知っていた。真面目なテラントリーにおとり潰しになった家のことは聞かない方がいい。それよりも落ち着いたみたいで良かった、と思っていた。四つ下の女の子の恋心を揺さぶって情報を出させた後ろめたさが、未だに彼にはある。
(テラントリーにいつもの仕事熱が戻ってきた)
テラントリーは前みたいにきりっとした顔をしている。薄紅梅色の髪がゆらりと揺れる。彼女は薄茶色の目を煌めかせながら聞く。
「スリンケット様は何を頼まれているのですか?」
「運営の準備。もともと手伝ってはいたんだけどね。アナトーリーの指示で動くことになりそうだ」
「承諾されたんですね」
「いや。返事はこれからだ。今受けることに決めたよ。四人とも関わるなら、楽しいだろうな」
スリンケットは赤茶色のくせ毛をフワフワさせながら、にっこり笑った。
アルフレッドは難なくユーリグゼナに説得され、古楽器の演奏を引き受けていた。しかも非常に機嫌が良さそうだ。彼のさらっとした見事な金髪がユラユラ揺れている。アルフレッドは言う。
「ところでユーリ。フィンドルフに謝っておいてくれ。側人の手配が遅れているんだ」
ユーリグゼナは何でもないことのように言う。
「サタリー家の状態は聞いてる。面倒なこと頼んでごめん。でも大丈夫! 私がフィンを側人無しでもいけるよう鍛えてるから!」
「待て! それは駄目だ。フィンドルフまでユーリみたいになったらどうするんだ」
「え?! どういう事?」
「まともな従兄弟は大事にしろ」
アルフレッドの言葉に、ユーリグゼナが訝し気な顔になったところで、スリンケットは話に加わる。
「ユーリグゼナの従兄弟の新入生か。楽しみだね」
隣に座るテラントリーは、真剣な顔になり、必死にユーリグゼナに言う。
「パートンハド家も側人を設けられるんですね? ユーリグゼナ様も来年はお願いしてくださいませ」
ユーリグゼナは目を泳がせながら、テラントリーのお茶を飲む。アルフレッドはフィンドルフのことを嬉しそうに話す。可愛い容貌や、しっかりした挨拶ができることを自分の弟のことのように言う。
スリンケットは彼の様子を見て苦笑いしながら、お茶に口をつける。久しぶりに四人で過ごせて、彼の頬はずっと緩んでいた。
コンコンコン
不意に扉がノックされ、サタリー家の側人が入ってくる。アルフレッドに耳打ちをして、そっと下がっていった。アルフレッドは不可解そうな顔で、ユーリグゼナに言う。
「俺のじいちゃんが呼んでるって」
「分かった」
「分かったって、知ってたのか?」
「アナトーリーが連絡を取ってくれてたの」
相変わらずユーリグゼナの返事は答えにならない。アルフレッドはますます不可解な顔になっている。ユーリグゼナは立ち上がり、行ってくるね、と退出してしまう。その様子を見ていたスリンケットは、アルフレッドに言う。
「アルフレッドのおじい様って、診れることで有名な人だよね?」
アルフレッドはスリンケットを見たあと、また目線を逸らす。
「そうです……。なかなか診察は受けません。ずっと忙しくて、俺もだいぶお会いしてない」
「なんでそんな顔してるの?」
「……」
アルフレッドは強ばった顔のまま、答えなかった。不安を押し込めるようにお茶に手を伸ばした。
(言えないんだ。しかも良くない話か……)
スリンケットはそう思いながら、ため息をついた。
次回「診る」は1月21日18時に掲載予定です。




