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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第1部

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14/198

13.闇夜に

視点がアルフレッド→ユーリグゼナ→アルフレッドと変わります。

 セルディーナは目覚めたあと、一度も授業を受けず、卒業式前に帰国した。シキビルド寮内に、穏やかな日常が戻る。





 アルフレッドは、森の草の上に寝転がるユーリグゼナを見つけてホッと息をつき、彼女の方へ歩いて行く。彼女は何か妄想しているらしくフフっと笑っている。黒曜石のような目はキラキラしていた。


「楽しそうだな」


 寝転がったユーリグゼナを見下ろし、アルフレッドは言う。そして、ユーリグゼナの横の草の上にドサッと座った。彼のさらっとした見事な金髪が揺れる。折り曲げた膝の上に頬杖をつき、呟いた。


「いないときはだいたい森の中なんだな」


 ユーリグゼナはそのままの格好で聞く。


「もしかして探した?」

「ああ。プルシェル使ったけど通じなかった」

「そう? 気づかなかった」

「眠ってたんじゃないか? そういう時は通じないんだ」


 もしくは心を強く閉ざしていたか、とアルフレッドは思った。ユーリグゼナはライドフェーズと二人で話したあの日から、去年までの彼女に戻ったように一人の時間を多くとるようになった。そしてよく眠るようになった。それでも授業には出ているから、他からみれば気づかない事だろう。でも謝神祭(テレオンナーレ)を一緒に乗り切ったアルフレッドにとっては、距離を感じて辛かった。


(また眠り姫に戻ったな)


 アルフレッドが苦笑していると、ユーリグゼナは転がったまま彼に話しかけてきた。


「何か用だった?」

「ああ。音楽の教授から依頼がきた。閉校式の時にピエッタ弾いてもらえないかって」

「私は弾かない」


(そういうと思った)


 アルフレッドはユーリグゼナの隣にコロンと転がる。最近無気力な彼女の答えは予想がついていた。ユーリグゼナは隣に寝転がるアルフレッドをチラリと見た後、また空を見上げる。


「できればアルフも弾かないで断った方がいい。ピエッタは本当に高価で貴重なものなんだよ。そろそろシキビルドの学生ばっかり独占してると言われる」

「……確かにそうだな。そう言って断るよ」


 アルフレッドは、ぼんやり空を見ながら答えた。ユーリグゼナはつまらなそうな力の無い声で言う。


「それに、あの曲弾くのも飽きてきたし」

「はあ?! よく言えたな。まだ一回も完璧に弾けたことなんて無いだろう?!」


 アルフレッドの指摘に、ユーリグゼナは寝転がったまま、苦笑いして続ける。


「それに……恒例になって毎回お願いされそうで嫌」

「……。それは確かに。絶対断ろう」


 アルフレッドは、なんかこうやって転がってるのも気持ちがいいな、と思って少しまどろむ。


「アルフに贈る楽譜、来年の開校日には完成させるよ」

「ああ頼む。……楽しみだ。本当に。単純でとても綺麗な旋律だった」


 するとユーリグゼナはひょいと起き上がり、口笛を吹きだした。贈られた楽譜の続きだった。



ぴーふぃる ぴーふぃる ぴーふぃる ぴぴぴ



(ユーリは本当に音楽に関わると、何でも楽しそうだ)


 ユーリグゼナは満足そうに吹き終わったあと、アッという顔をしてうなだれた。


「どうした?」

「口笛って不作法だ。ごめん」

「周りで吹ける奴いないから、普通に凄いなと思ってたよ」


 アルフレッドも起き上がる。すると、思った以上に二人の距離が近いことに驚いた。


(やっぱり去年までとは違う。だいぶ距離は縮んでる)


 もうすぐ今年の学校は終わる。来年はもっと頑張ろう。アルフレッドはそう自分に誓う。


「そろそろ次の授業行くか」

「……うん」

「嫌そうに言うな」






◇◇◇◇◇







 夜の森は今日も鬱蒼(うっそう)としていて、生き物の気配がいっぱいだ。ざ──っと突風が起こり、森の中を駆け抜けていく。下草を揺らし、枯れた葉っぱや砂を空に巻き上げる。思わずユーリグゼナは目をつむった。風が過ぎていくと、森の中は一気に清浄な空気が満ちてくる。ユーリグゼナは気分が良くなり、ホッと息をつく。



森の賢者 精霊たちに 喜びと感謝を

今宵 楽しき調べ たてまつらん



 ユーリグゼナは森への挨拶をし、三本弦のある楽器を携えさらに森の奥へと足を進める。歩きながら、ライドフェーズが言ったことを考える。


(そもそも、わざわざ搾取してやる! と言う必要があるかな。何も言わずに信用させたままの方がやりやすいはずなのに……)


 そこにライドフェーズからのいたわりを感じそうになり、彼女は頭を振る。どんな形にしろあれは宣戦布告だ。でも、彼女には奪いに来るほどの物が何なのか、さっぱり分からない。ただ、セルディーナが体調を崩していることは無関係ではないと思っていた。


(セルディーナ様のためだったら、かまわない)


 優しく抱きしめてくれたセルディーナの、さらりとした長い美しい金髪を目に浮かべる。ユーリグゼナは美しいものが好きだ。生気に溢れた生き物たちが大好きだ。その反面、自分のことは薄汚く意味のないものに感じている。そういうどこか虚しい気持ちは、いつも演奏に流し込んでいた。

 今夜は月が見えない。闇夜はいつも以上に音が森に浸み込んでいくような気がする。ユーリグゼナは弦を奏でながら、軽やかに歌う。歌と同じく、弾むような声にはどこか切ない色が混じる。



君の心は 僕にうつらない 最初からずっと

世界の果てと 君の笑顔が 同じに見えて ずっと辛かった

闇夜にとけていく 僕の全てが 虚しさも全部



 ユーリグゼナの黒曜石のような目と艶やかな黒髪は、夜の闇に溶け込んでしまう。彼女にとって、それはとても心地のいいことだった。森の一部になれたようで、虚しさも全部、自分のものではないように感じる。

 目が慣れてくると周りが見えてくる。周りには魔獣たちがヒョコヒョコ集まってきていた。星も今日はたくさん見える。ユーリグゼナは元気をもらう。

 





◇◇◇◇◇






「どうしてあんな歌知ってるんだろうね?」


 突然のスリンケットの声に、アルフレッドは心臓が口から飛び出そうなほど驚いた。アルフレッドはユーリグゼナが寮を抜け出すのを見つけ、森までつけてきた。彼女に見つからないようかなり距離を置いているので、姿は見えない。ただ声は良く通るので静かな森の中では全て聞こえていた。


「なぜ、こんなところにいるんですか?」

「アルフレッドがそれを言う? 僕とユーリグゼナはいつものことだよ」

「……」


 アルフレッドはユーリグゼナが夜に森で何をしているのか知りたかった。本人には聞けないから、隠れて探る……。スリンケットは小声で聞く。


「アルフレッドは何の言葉か分かる?」

「……」

「分かるけど、言えないんだ」


 スリンケットの言葉に、少し迷いながらもアルフレッドは答えた。


「……シキビルドの現地語。平民が使っている言葉です」

「教えてくれてありがとう。かえって謎が深まったよ。何で紫位(しい)の彼女が……。いや、アルフレッドも分かるんだ?」

「……」


 アルフレッドは彼に嘘は言わないようにと思っている。なので言えないことは黙ってしまうしかない。

 彼はずっと、スリンケットに話したいことがあった。


「スリンケット。前にパートンハド家の婿養子にならないか、聞かれていました。返事をしたいと思います」


 スリンケットは黙って頷いた。


「俺にはなれません。卒業後、特権階級を捨てて平民になるつもりです」

「……なんで?」

「卒業後は、ずっと憧れていた吟遊詩人の足跡を追い、世界中を旅したいんです。特権階級だと自由に国境を越えられないから平民になろうと思っています」


 大きくため息をつくとスリンケットはその場に座り込んだ。アルフレッドも隣にしゃがむ。地面からの冷たい冷気が体に伝わってきた。スリンケットは言う。


「……僕は本気でパートンハド家継いでもらいたかったよ」


 彼の声に力が無い。アルフレッドは地面を見つめる。


「分かっていました。早く伝えたかったのですが、準備不足で具体的なことはこれからで……。こんな状態で言うのは時期そうそうですが」

「僕に正直であろうとしたんでしょ? ありがとう。アルフレッドが決めたことだから受け入れる。むしろ悪かったよ。僕は全力で外堀埋めようとしてた」

「俺の気持ち、受け留めてくれて嬉しいです。初めて人に話しました」


 アルフレッドがホッとしたように力を抜いた。それを見てスリンケットはフッと笑う。


「ユーリグゼナのことは? 側にいたいと思ってないの?」

「卒業までは一緒にいられるし、それ以上は特に……」

「好きなんでしょ?」


 スリンケットの追及が止まない。アルフレッドは戸惑う。


「俺は彼女の音楽が好きです。彼女自身のことは……よく分からないです」

「もう、好きだということにしていい?」

「俺の話聞く気あります??」


 アルフレッドは呆れたように言い返した。スリンケットはニヤニヤしている。


「はいはい。まだ卒業まで時間はたっぷりあるんだし。のんびり行くんだね? 僕もさ、今年の学校の変化と事件見て考え直してる。僕の卒業は二年後。休み中──情報集めとくよ」


 情報という言葉でアルフレッドはずっと聞きたかったことを思い出した。


「テラントリーとはどうなってるんですか?」


 アルフレッドの言葉に、今度はスリンケットが言い淀む。


「……逃げ回られてる」

「彼女が分かってるならいいですよ。スリンケットが本当に好きになったら騙すことにならないのでは?」


 アルフレッドがスリンケットの顔を覗き込むと、いつもと違う表情をしているように見えた。スリンケットは静かに目を伏せ言った。


「それはないかな」

「……先のことは誰にも分かりませんよ」

「そうだね。……でも、もう恋はしないと思う」


 スリンケットの声に思いつめたような響きがあったので、アルフレッドは黙った。あの完熟の果汁で手布(ハンカチ)が何に見えたのか、ずっと知りたいと思っていたがとても聞けそうになかった。








次回「おかえり」は12月24日18時に掲載予定です。

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