12.戦勝国の者
ユーリグゼナは、アレクセウスが最初にした礼が気になっている。心当たりが全くない。
するとそれに答えるようなことを、アルクセウスが話し出す。
「其方は襲撃の時、上空から攻撃して飛行魔術機械を全機叩き落とした。あれで敵の出鼻は完全にくじかれた」
アルクセウスは優雅に首を傾け、綺麗な目で見つめた。
「素手格闘技戦の会場に武器はなかった。観客席にも護衛の者が普段づかいする剣くらいしかなかった。飛行魔術機械で空中から攻撃されれば、ひとたまりもない。辺りは血の海になっていたはずだ。其方のおかげだ。たくさんの命が救われた」
「……」
ユーリグゼナの顔が赤らむ。アルクセウスはニヤリとする。
「だから、破壊した武術館のことは不問にしてやろう」
(……そうだった)
賠償しろと言われたら、大変な金額になっていた。
事実上、世界を治める調停者アルクセウスは、彼女と縁遠い人物だ。それなのに親しみを持ち始めていた。彼の所作が、声が、言葉が彼女の失った家族を思い起こさせる。
「先ほども神々に捧げものをしてくれた。あれで守護の力が一気に増した。学校の結界は今回の件でさらに緩み危険な状態だった。本当に助かった」
彼は、たおやかな所作でユーリグゼナに近づき、彼女の顎に手を添えた。
「神々への挨拶も音楽も全て自由にするがよい。ライドフェーズは止めるだろうが学校内は儂が許可する。──今回の礼に、一つ願いを叶えよう。申せ」
アルクセウスはユーリグゼナから手を放し、整った顔で美しく笑った。周りが事態について行けず茫然としている中、ユーリグゼナは満面の笑顔で言う。
「ありがとうございます。では遠慮なく申し上げます。──私に卒業資格をください! 今すぐ勉強から解放されたいのです」
黒い瞳が期待でキラキラと輝く。アルクセウスは笑顔のまま彼女の頬に両手を添えると、そのままほっぺたを押しつぶした。ユーリグゼナの顔は横から潰されひどい有様になった。
「この世界で最も高い教育を行う学校の長に、よくも言えたな。馬鹿者め。馬鹿は馬鹿なりに学び努力してから卒業して行け」
彼の笑顔は引きつり眉間にしわが寄っていた。周りが硬直する中、ユーリグゼナの顔から手を放す。
「卒業まで待ってやろう。儂を納得させるような願いを用意せよ」
「……」
なんてことだ。相手を納得させるような願いなんて、それはすでに自分の願いごとじゃない。彼女は口をすぼめる。
扉がノックされ、ペルテノーラの武装した護衛が入ってきた。護衛は礼を執りカミルシェーンのところで耳打して、すぐに退出する。カミルシェーンはアルクセウスに向き直った。
「副学校長を捕獲しました。この部屋で事情聴取をしてよろしいでしょうか?」
「構わない」
カミルシェーンはアルクセウスに頷くと、ライドフェーズに向き直り低い声で言った。
「……セルディーナが目覚めた」
ライドフェーズがホッとしたような、少しもどかしいような顔になり落ち着かなくなる。カミルシェーンはため息をつく。
「いい。行って来いよ。貸しにしとく」
「助かる……」
「この二人も連れていくか?」
「……ああそうだな」
ユーリグゼナとアルフレッドのことが全く頭になかったことが分かる物言いだった。せわしなくアルクセウスに礼を執り退室しようとするライドフェーズに、二人は連れ添う。カミルシェーンは彼女に声をかけニッコリ笑った。
「ユーリグゼナ。またお会いしましょう」
ライドフェーズは小さく舌打ちをする。
(ペルテノーラの王にもうお会いするつもりはないです……)
ユーリグゼナはそう思いながら、引きつった笑顔でカミルシェーンに会釈する。カミルシェーンはライドフェーズに鋭い目線を向ける。
「ライド。仕事が遅い。そんなに時間はないはずだ」
ライドフェーズは苦しそうな顔になる。「分かっている」と吐き捨てるように言うと部屋を出た。
ライドフェーズは黙りこくり、不機嫌な顔のまま速足で先を急ぐ。その後をユーリグゼナとアルフレッドはついて行く。ユーリグゼナは、セルディーナがいる部屋までの道を遠く感じていた。
ライドフェーズが急に走る速度を落としピタリと止まった。アルフレッドを振り返る。
「先に行ってセルディーナの側近に、私が行くことを伝えてくれないか」
「……かしこまりました」
アルフレッドは一瞬怪訝な表情になったが、承諾する。ユーリグゼナを心配そうに見ながら、歩き出した。
ユーリグゼナはライドフェーズを黙って眺めていた。ライドフェーズの栗色のくせ毛が、窓から差し込む逆光で金色に見えた。
先ほどまでセルディーナのもとに急いでいたライドフェーズが、なぜ二人で話そうとしているのか。いつもの彼とは違う、異常なほどの落ち着きに、寒気すらする。なのに……
「授業は昨年分までの全部と、今年分のほとんどを履修できたらしいな」
拍子抜けするぐらい普通で、呆れた。
「……はい」
「大変だったはずだ。良くやったな」
ライドフェーズに褒められたのは初めてだった。ユーリグゼナは頬を染める。
「私のいい思い出のほとんどはセルディーナのことか、この学校での出来事だ。勉強も卒業してようやくどれだけ役に立つか分かった。学校では勉強も友人も得られるものは得ておけ。今後の助けとなろう」
なんだ、いつものライドフェーズだ、と思い始めたときだった。
「パートンハド家が欲しい人間は多い。お前しかいない今、素知らぬふりで狙っている────そして私も」
彼はユーリグゼナの顔を見据えながら続ける。
「私は、お前から大切なものを奪うため、シキビルドにやって来た」
ライドフェーズの紫色の目を、初めてきちんと見たような気がした。とても澄んでいて綺麗だ。と、同時に背筋が凍るような冷たさがあった。
「戦勝国は戦争の代償と戦果を、全て敗戦国に求める。負けた側は、要求に応え続けるしか道はない。王である私が、敗戦国の姫であるお前を一方的に搾取しても、何の問題もない」
ライドフェーズはそう言うと、ユーリグゼナから顔を背ける。
「襲撃からセルディーナを守ってくれたこと、感謝している。でも、もうこれっきりでいい……セルディーナのところには私一人で行く」
ライドフェーズは一人歩き出した。
ユーリグゼナはそれを黙って見送った。姿が見えなくなって初めて彼女は、自分の手が震えていること、泣いていることに気が付いた。涙を拭い手の震えを止めようとするが上手くいかない。
セルディーナを通じて何かと気にかけ、こちらの意図を読んでくれるライドフェーズに、気を許していた。彼が戦勝国の者であることは、もちろん最初から分かっている。なぜ訳もなく期待し、親しみを持ってしまったのか。
(裏切られたわけじゃない。私が勝手に信用したんだ)
分かっていても、ユーリグゼナは手の震えが止められない。
次回「闇夜にとけていく」は12月21日18時に配信予定です。




