11.調停者という存在
視点がユーリグゼナ→アルフレッド→ユーリグゼナと変わります。
ユーリグゼナがテラントリーと談話室でしばらく待っていると、アルフレッドとスリンケットがやってきた。
「セルディーナ様からの呼び出し? アナトーリーって、ユーリグゼナの叔父さん?」
スリンケットに尋ねられて、ユーリグゼナは戸惑った顔で頷く。彼は昨晩とても機嫌が悪かった。どう対応していいか彼女には分からない。スリンケットはすっと彼女に近づき顔を覗き込んだ。赤茶色のくせ毛がフワッと揺れた。
「元気そうで何より。でももう嘘つかないで。本当に嫌なんだ……」
彼はいつもと違い苦しそうな表情だった。
ユーリグゼナは嘘をついたつもりはない。でも心配してる彼に眩暈がしていることを隠した。それすらスリンケットには嫌なのだろう。彼の真摯な一面に驚きながら、彼女は誓った。
「正直に言います。これからは」
スリンケットの青い目はとても澄んでいる。その目を細くしてふわりと笑った。彼は指先でユーリグゼナの頬をスッと撫でる。
「よろしくね」
今まで見たことがない、優しい表情だった。アルフレッドとテラントリーも、彼の顔を茫然として見ていた。スリンケットは三人に軽く首を傾げて言う。
「急ぎの呼び出しだろう? 行こう」
三人ともハッと我に返り、セルディーナの部屋へ急いだ。
◇◇◇◇◇
アルフレッドが友人たちと向かったセルディーナの部屋の前には、控えている側近がいなかった。扉を叩くと男の声で入るように言われる。
なにか起こっていると感じた。入室すると、ちょうど男が机の上の書類にサッと布をかけ、慌ただしく立ち上がるところだった。四人に向き直ると、軽く会釈をして名乗る。
「朝早くから申し訳ない。はじめまして。アルフレッド。スリンケット。アナトーリーと申します。いつも姪のユーリグゼナがご迷惑をおかけしてすみません」
非常に珍しいことに、ユーリグゼナが口を出した。
「……迷惑をかけてると、決めつけないで欲しい」
「かけてないのか?」
ユーリグゼナは、うっと息を飲みアルフレッドとスリンケットを見た。二人の微妙な表情に、アナトーリーは「ほら見ろ」と、話を続ける。アルフレッドはユーリグゼナの親しげな様子に少しムッとした。
「今、セルディーナ様は不在です。ライドフェーズ様と側近、側人も一緒に今回の襲撃の犯人を押さえるため、出ておられます」
四人は驚き思わず手に力がこもった。
「寮にいる大人は私一人です。できれば学生たちに気づかれないよう、全員を寮から出さず、外部の侵入者も封じたい。力を貸していただけませんか? 一応これの叔父です。信頼して頂けると有難い」
スリンケットとテラントリーは同時に頷き、アルフレッドも遅れて了承する。
「ありがとう。まずテラントリー。セルディーナ様の不在を悟られぬよう、この部屋の扉の前で待機して貰いたい」
テラントリーは頷き、そっと部屋を出る。アナトーリーは彼女が部屋を出るのを見送ると、スリンケットに向き直る。
「スリンケットには魔法陣の設置を。陣は用意しました。こちらとこちらに──」
地図を出し指示を出す。少し打ち合わせただけで分かるスリンケットの知識の深さに、アナトーリーは驚いた。
「……五学年でその実力ですか。先が楽しみですね」
「恐れ入ります」
「少し情報管理と節度は見直した方がいいです。もったいない」
スリンケットは押し黙る。
アルフレッドは、アナトーリーに挑むように口を挟む。
「外出禁止令が出ていたのにも関わらず、ユーリは外出していたのですよね? 叔父として管理はどうなんですか?」
アナトーリーは面白そうに頬を歪ませ、ゆっくり優雅な動きでアルフレッドに近づいてくる。ひんやりとした冷気を感じた。
「アナトーリー!!」
ユーリグゼナが二人の間にサッと入り込む。アナトーリーの方に向き直り、慌てて話した。
「急いでいるのでしょう? 私たちにも指示を!」
「──そうですね。ユーリグゼナにはライドフェーズ様から指示がありました。これから学校長のところへ向かってください。アルフレッドは彼女が危ないので、──彼女自身の心配ではなく、周りの安全と失言対策のために同行をお願いいたします」
むっとした顔のユーリグゼナを横目に、アルフレッドは彼女と同行することを了承する。確かに彼女の補助は必要だと思えた。アナトーリーは澄ました顔で話を続ける。
「調停者の存在はご存じですか?」
アルフレッドは他の二人と顔を見合わせ首を振った。
「この世界の四つの国と、神々と称される人外の存在の間を取りもつ、調停者という方がいます。今回の戦争に大きく関わっており、襲撃の収拾の場にもいらっしゃるでしょう。発言にはくれぐれもご注意なさってください」
アルフレッドは訝し気に、アナトーリーに聞く。
「なぜユーリグゼナが呼ばれるのですか?」
「さぁ」
アナトーリーは魅惑的な笑顔を彼に向けたが、それ以上は語らなかった。
アナトーリーを部屋に残し、スリンケットは魔法陣の設置場所へ、ユーリグゼナとアルフレッドは学校長室へ向かう。
ユーリグゼナは道すがらアルフレッドに訊ねる。
「どうして私が寮を抜け出したこと知ってるの?」
「いや。知っていたわけじゃない。勘……」
驚くユーリグゼナに、アルフレッドは本音を伝える。
「……アナトーリーが、スリンケットとテラントリーのことを注意してきたことに腹が立った。何か言い返したくて。確信はなかったけど、ユーリに外出禁止令のこと伝えてなかったし、昨日と同じ服着て寝不足の顔だし、まあ多分と」
ユーリグゼナはあわあわしながら言う。
「私はスリンケットとテラントリーのことを注意してるって気が付かなかった……」
「だろうな。いいんだよ。もう心配いらないことだから。それよりアナトーリーは何なんだ? 途中でキレてたし」
「ごめん。アナトーリーは家族が関わるといつも行き過ぎる……」
ユーリグゼナは申し訳なさそうに、黒曜石のような目の光を陰らせた。アルフレッドは眉をひそめる。
「一人で留守を任されるって、信頼が厚い証拠だ。ライドフェーズ様は元々は敵国の王子だろう?」
彼女は思い当たる顔で俯いた。アルフレッドは不信感を露わにした。
「──戦争中、何をやっていたのかと疑う」
「…………事情があると思う。アナトーリーは家族のために無理するところがあるから。きっと」
彼女は必死でアナトーリーを庇う。それがまた彼の癇に障る。
「家族だっていうなら、止めたら?」
アルフレッドの言葉に、ユーリグゼナの黒い目から光が消える。彼はハッとした顔で黙り込んだ。
◇◇◇◇◇
学校の講義棟の周りに近づくに連れて武装した護衛が慌ただしく走り回り、捕らえた侵入者たちを移動させていた。ユーリグゼナは、アルフレッドとともにすぐに声をかけられた。名乗ると速やかに案内された。
彼女が案内された部屋に、見知った顔があった。くせの強い栗色の髪がいつもより整えられている。
(今日のライドフェーズ様は感じがいいなあ。いつもそういう風に格好良くしていれば、セルディーナ様ともお似合いに見えるのに)
「おい。まず挨拶しろ」
不機嫌そうな声が違う方向から聞こえ、ぎょっとして声の主を探す。栗色のくせ毛のライドフェーズの姿があった。
(!? じゃあこの人は誰?)
アルフレッドが緊張した面持ちで、貴人たちに跪き、礼を執る。ユーリグゼナも慌てて彼に続き名乗った。ライドフェーズが渋い顔で二人に彼らを紹介する。
「こちらはペルテノーラ国王のカミルシェーン。私の兄だ」
ライドフェーズと同じ顔立ちにも関わらず、カミルシェーンには威厳がある。明朗な表情は人を惹きつけ、彼を魅力的にみせていた。彼はユーリグゼナにニッコリ笑いかける。
ライドフェーズは、まっすぐな美しい銀髪を腰の下まで伸ばした、整った顔立ちの男を紹介する。
「学校長だ」
ユーリグゼナは前に現場検証で会っていたが、今回は様子が違っていた。立ち振る舞いが優美で、どこか世俗離れした雰囲気が漂う。学校長はユーリグゼナと目が合うと、いたずらっぽくニヤリとした。
「今回は助かった。礼を言う」
「……」
ユーリグゼナはなんのことか全く分からない。跪いたまま固まっているユーリグゼナとアルフレッドに、立ち上がるよう学校長は言う。そして今回の襲撃の経緯を説明した。
襲撃の罪で捕らえられたのは、魔獣の死体を仕掛けた副学校長だった。戦後の体制に不満を持っていて、学校長になり替わる計画を立てた。彼の元には、学校長に敵対する勢力が集まっている。襲撃をきっかけに敵対勢力を全て捕らえた。
(副学校長が、そこまでする動機はなんだろう)
ユーリグゼナには理解できない。なぜ不満があると、学校長になりたくなるのだろう。
学校長は、わずかに緑がかった黒い目を細めた。
「不思議そうだな。申してみよ」
表情に出ていたのだろう。彼女は正直に疑問をぶつけることにした。
「…………学校長になりたい理由が分かりません」
アルフレッドが胸を押さえ、ライドフェーズは片手を額にあてた。学校長は変わらず、ニヤニヤして答える。
「実際になりたかったのは調停者だ。前任に心酔していたから、処刑した儂を恨んだ。ずっと愚か者扱いしおって、鬱陶しい……」
「そう見えるよう、演じておられましたから……」
カミルシェーンが苦笑いする。学校長は改めて名乗った。
「儂はこの世界の調停者を務める、アルクセウス・ゼトランズという。学校長と兼任するのが古くからの習わしだ」
さきほどアナトーリーの説明が、彼女の頭をよぎる。
(でも調停者の役割って何? 国と人外の者を繋ぐ? 権力ある人?)
本音を言うと、まだまだ全然分からない。訊いてもいいだろうか? アルフレッドがもうやめてくれ、と悲壮な顔で彼女を見るので、素直に頷く。
(もう、やめるよ。なんで副学校長がシキビルドを敵視してたかなんて、些細なことだよね)
アルクセウスが目を向ける。
「申してみよ」
心を読んでいるかのようだった。戸惑いながらも口を開く。
「襲撃の際、シキビルドへの攻撃が他より激しいものでした。魔獣の死体の件も、シキビルドをより不利な状況に持ち込むために思えます。なぜシキビルドだけ狙うのでしょう?」
「ああ。それは……」
ライドフェーズが説明する。
「戦後の体制を作ったのが私だと認識されているからだ。そして……セルディーナの出生を怪しみ、排除しようとしていた」
セルディーナは元妖精だからいけないということか。ふざけた話だ、とユーリグゼナは思った。アルクセウスの長い真っ直ぐな銀髪がさらりと揺れる。
「実際に戦争の終息のために動いたのは、儂とカミルシェーン、ライドフェーズの三人だ。そして神々の御力もお借りしている……」
「神々……」
ライドフェーズの苦虫を潰したような声で呟く。カミルシェーンがふふっと笑いながら、ライドフェーズをからかう。
「まだ疑っているのか。ライドは本当に頭が固いな」
「本当に。儂が言っている時点で信じよ」
ライドフェーズの顔が、少し子供っぽく拗ねた顔になる。
「カミルシェーンも、教授も、戦争前は全く信じていなかったとお見受けしますが?」
ユーリグゼナは思わず、教授?! と呟く。その声を拾ってアルクセウスがやわらかく微笑む。
「そうだ。二人は私の教え子だ。私は調停者になる前から授業を担当している。国の統治に関する科目ばかりだが。未来の指導者を育てることも儂の務めの一つなのだ」
次回「戦勝国の者」は12月17日18時に掲載予定です




